ケイケイの映画日記
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2019年07月06日(土) 「新聞記者」




とても立派な作品です。私がまだ中学生くらいの頃は、「金環食」や「不毛地帯」など、政治が舞台の骨太の作品がよく作られていました。最近はトンとお目にかからなくなった分野ですが、フィクション扱いですが、ここまで現実に即して描いて、作り手の人たちの立場は大丈夫だろうか?と心配になるほど。
よくぞ作ったと大変感激しました。監督は藤井道人。

日本人の父と韓国人の母を持ち、アメリカで育った東都新聞記者の吉岡(シム・ウンギョン)。彼女の元に新しく大学を新設するにあたり、詳細を記したファックスが匿名で届きます。上司陣野(北村有起哉)から、調査しろと命じられた吉岡。内閣府の神崎(高橋和也)が浮かびますが、程なく彼は自殺します。外務省時代、神崎の部下で、現在内閣府にいる杉原(松坂桃李)は、神崎の葬儀で、吉岡と知り合います。

基本的にはフィクションです。ですが加計学園、伊藤詩織さんのレイプ事件、関係者の自殺など、現実が作品に覆いかぶさり、まだ記憶に新しい事なので、否が応にも気持ちが高ぶります。

薄暗い内閣府調査室の中で行われる、マスコミ操作。公安と内閣府が一緒になって作り上げる、でっち上げ。それを新聞や雑誌に流し、SNSを使ってネットにも拡散する。何て恐ろしい。調査室の指揮を取る冷徹な多田(田中哲司)は、政府に反対するデモに参加する市民をピックアップし、情報を捏造しろと杉原に命じます。「一般市民じゃないですか?」と問う杉原に、「犯罪者予備軍だ」と冷酷に答える多田。”プロ市民”なる言葉は、この人たちが作り出したんじゃないのか?とさえ感じます。

デフォルメしてはいますが、私が子供の頃より、今のマスコミは変更報道が激しいのは事実。ジャーナリズムの矛先は鈍り、気がつけば人の下半身ばかり追い、下劣です。そんな風潮の中、自分の職業に対し、正義感と矜持を貫こうとする、吉岡と杉原が描かれます。

戦後70年の終戦記念日、大々的にテレビや新聞が企画を打つ中、私が一番記憶に残っているのは、新聞の中一面に寄稿した、五木寛之の文章でした。終戦の日、中学生だった彼は両親と北朝鮮にいたそう。安全なので、ここに居るようにと「政府」から放送され、教師である父親はその言いつけを守ったのだそう。しかし五木少年が、もっと上の地位の日本人が、どんどん朝鮮半島から逃げるのを父に告げるも、国を噓を付くわけがないと取り合わない。そうこうするうちに、ソ連が占領してしまい、以降日本に戻るまで、残った日本人は辛酸の限りを尽くしたと言うのです。

五木寛之は、誰が悪いのか?と言うと、国でもない、戦争でもない、占領国でもない。俺の親父だと書いていました。「政府」「国」が国民を欺くわけがない、国が自分たちを見捨てるわけがないと、信じきっていた親父が悪いと言うのです。そして、決して国の言う事を丸呑みせず、疑ってかかれと結んでいました。これ、朝日新聞だと思うでしょう?読売新聞なのです。膨大な情報を、自分で精査し分別する能力は、絶対必要なのだと、その時痛烈に感じました。

その時の想いが、この映画を観てまざまざと蘇りました。

多田の強烈な悪徳の存在感、杉原や吉岡の正義より、私が印象深かったのは、杉原の妻。愛らしく従順。国のために働く夫を黙って支える良妻で、出産時に母子共に危険にさらされ、夫と連絡が付かなくても夫を責めません。外交官の妻なのですから、妻もそれなりの学歴や背景を持つのでしょう。しかしこの古風な良妻感が、私には切ない。

神崎の妻も、同じタイプの良妻だったのでしょう。黙って夫を見守り、仕事の邪魔のならないよう、家庭を守り気を使う出来た妻です。でも夫には自殺された。神崎は生前、杉原に語ります。「俺の人生と妻子を人質に取られたようなもの」が、彼の官僚人生でした。この時例え夫の1/4でも、妻に収入があれば?夫は清濁の濁りを飲み込まず、清を選んだのじゃないかしら?妻に収入があると言う事は、夫に正しい選択の後押しをして、悪に手を染めても妻子のため稼がなくちゃいけ無いと言う呪縛から、開放させる事じゃないかしら?この作品の感想としたら的外れかもわかりませんが、私は閣僚の妻の有り方にも、変化を望みたいです。

ウンギョンはいつもの明るいキャラから、憂いを含んだ演技で、とても良かったです。でも設定はやはり無理があるかな?松阪桃李は、日の出の勢いの今この役を演じて本当に偉い!事務所もこの役を取ってきて偉い!どこからかの横槍で、桃李君の仕事が減りませんよう、切に願います。他は強烈な印象を残した田中哲司。この敵役あっての作品だと言っても、過言ではありません。

映画は大ヒット中みたいで、平日のサービスデーでもない回が、超満員でした。もうじき選挙、是非この作品を観て、政治家の言葉の噓を見抜いて下さい。


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