ケイケイの映画日記
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2018年11月18日(日) 「生きてるだけで、愛」




とっても注目している趣里が主演なので、楽しみにしていました。いやー、精神科に勤めていた時、見聞きした事が、脳裏に浮かんで離れませんでした。生き辛い彼女たちの姿を、リアルに表現しつつ、厳しくも温かく見守っている作品。監督は関根光才。

躁鬱を患っている寧子(趣里)。欝のときは過眠症状が顕著で、起きられません。ゴシップ誌のライター津奈木(菅田将暉)と同棲中ですが、家事も仕事も出来ない状態なのに、津奈木には感情の赴くまま、当り散らす日々。そんな自分に向き合わない津奈木に、寧子は不満も持っています。ある日、津奈木の以前の交際相手である安堂(仲里依沙)が、寧子の元にやってきます。

寧子が何を起因に患ったのかは描かれませんが、冒頭語られる母親の件で、私は遺伝があるのかと、想像しました。まっ、そんな事はどうでもいいのだけれど。

まー、嫌な女(笑)。散らかり放題の部屋、津奈木に理不尽な要求ばかりし、感謝どころか暴言を浴びせる寧子。津奈木が菩薩のような対応かと言うとそうではなく、何を言われても無反応に近く、逆らわないだけ。いったい何で同棲しているのか、見ているこちらは、わかりません。

それが寧子の日々を追っていくと、段々と彼女の葛藤が露になる。彼女自身、今の状態で良いと思っているわけではなく、自分を持て余し、自暴自棄寸前なのです。久しぶりに津奈木の好きなものを作ろうとしても、突発的なアクシデントに対応出来ず、発狂したように叫ぶ姿は、結果だけ切り取ると、本当に面倒臭い。しかし、そのプロセスを追うと、寧子の感情の発露が理解出来るのです。事実私は、混乱する寧子の気持ちが痛いほど伝わり、泣いてしまいました。

思いやり溢れる雇い主夫婦(田中哲司・西田尚美)に対しての対応もそう。自分なりに一生懸命動いているのに、結果が伴わず信頼も失っていく姿は、私が何度も目の当たりにしてきた光景です。

他人は全く何も感じていないのに、自分だけ敏感に感じている。周囲からポツンと取り残されるのは、「孤独」ではなく「恐怖」なのだと思います。「鬱なんて孤独だからなるんでしょ?こうやって、みんなで楽しく御飯を食べれば、元気になるのよ。」にこやかに寧子を元気付ける気持ちで、店主夫人は語りかけます。この心ある言葉の無神経さを、それに続く寧子の行動で、作り手は嗜めています。店主夫人には、何の罪もないけれど、寧子のような子を雇うなら、それなりの覚悟と勉強が必要なのだと痛感します。

あれやこれやで躁転してしまい、素っ裸で街を走り抜ける寧子。実はこれ、多いのです。症状が安定している時は、そんな姿が想像も出来ない人ばかりでした。

晴れやかな表情から一転、津奈木に対して、今の自分の葛藤、津奈木への不満や思いを吐露する寧子。「津奈木は私と別れられるけど、私は私と別れられない。津奈木が羨ましい」と語る寧子に、私は号泣。そして、暖簾に腕押しのような態度だった津奈木ですが、寧子と一緒にいる理由を聞き、すごく納得。愛情でも仏心でも惰性でもなく、共感と羨望でした。だから飄々として、共依存にならなかったのですね。

寧子に立ち直って欲しいとか、病気を治して欲しいとか、一切望まない。あるがままの彼女を、受け入れているのです。これは、見守る側としての、極意なんでしょうね。でもこれ、すごーくすごーく難しいぞ。だって本当に大変なんだもん。

趣里は、私の期待に応えまくりの熱演で、大変良かったです。人気と実力を兼ね備えた父、元アイドルで女優の母と比べられ、デビュー当時は親の七光りだの、容姿を論う声も多かったようですが、観よ、この存在感と名演技!確かに美人ではありませんが、年齢不詳の愛らしさと、それに反比例のようなダミ声は個性的で、何でも演じられる強みを感じます。彼女のお母さんは、私は正直、女優と言う括りでは認識が薄く、もはや母親は追い抜いたのでは?思い切りの良いオールヌードを見せてくれたのも、躁鬱に悩む若い女性の心情を的確に表現できており、大変良かったです。

そして菅田将暉。台詞はほとんど抑揚なく、目も死んでいるような津奈木は、当初は寧子の保護者のように見えたのに、ラストは完全に恋人同士に感じました。大熱演の趣里を向うに廻し、終始受身の演技でしたが、これがまた、彼の新境地を見せられたようで、こちらも手放しの絶賛です。

寧子は、病識はあるようでしたが、安定剤は市販のものでした。病院に通っている様子はなし。是非病院で診て貰って欲しいと思います。そして、いきなり普通のところに就労しなくていいんだよ。ハードルを低くして、デイケアでも作業所でも良し、体調に無理のないところで、働いて欲しいと思いました。それが乏しい私の知識での願いです。

私が精神科の医療事務をして、初めてのクリスマス。デイケアでのクリスマスケーキをお相伴に預かっている時、一人の患者さんが、先生のところに連れて来られました。「幻聴が、窓から飛び降りろと言うねん」と、怖くて泣いているのです。さぞ怖いだろと、咄嗟に理解出来たことで、私の患者さんへの視点は、定まった様に思います。とてもとても面倒臭く、腹ただしい(何度でも書くぞ)彼女たちですが、この作品、本当にありのままを描いています。津奈木にならなくてもいいから(私だってなれない)、ちょびっと理解して貰えたら、嬉しいなぁと思います。


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