ケイケイの映画日記
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2016年04月23日(土) 「さざなみ」

映画館で散々観たこの作品の予告編で、大層立腹した私。何なのだ、この夫の鈍感さは。本当に幾つになっても男って。妻の方も中々に意地悪そうだし、これは面白い心理劇が観られるかも?との思いで観に行きました。しかし私的にあの予告編は、ミスリードでした。妻の哀しみは本当は何だったのかを知った時、真逆の人生を生きた私の心も、深い同情の思いに包まれました。監督はアンドリュー・ヘイ。今回はネタバレせねば書けませんので、あしからず。

イギリスの片田舎に住む、結婚45周年のパーティーを間近に控えたジェフ(トム・コートネイ)とケイト(シャーロット・ランプリング)夫妻。しかしケイトと知り合う前に、ジェフの恋人だったカチャの遺体が見つかったと、夫婦の元に届きます。スイスで登山中のクレパスの間に残された遺体は、50年経つのに、若い時のままです。急にそわそわ昔の恋を思い出す夫に、最初は不承不承ながら、理解を示すケイトでしたが、夫が隠し持っていたカチャとの思い出の品を観た事から、妻の心は波立ちます。

確かに夫は、妻の前で「僕のカチャ」などのたまい、無神経。しかし思わず口に出たんですよ。その他予告編で流れた「結婚しようと思っていた」と言う言葉は、夫は本当の言葉はぼかしたいのに、妻が問い詰めて言わしたようなもの。若かりし日々の恋心再燃でそわそわするものの、それを反省して、妻を気遣う様子も見られる。夫の鈍感・無神経なんて、老若問わず世界規模の問題なので、あら、旦那さん頑張っているじゃない、これくらいなら合格よ。予告編観てバカじゃないか?と思ってごめんなさい、と思ったくらい。

久しぶりに夫婦の営みに妻を誘うのも、後ろ暗いのを隠したいのでしょう。男が浮気で使う手ですね。浮気ではないのに、気を使っている点は褒めて良し。しかしその直後妻が寝ていると思い、カチャとの思い出に浸る姿はいただけません。気遣いが台無し。起きてきた妻はそういう事だったのか・・・と、静かに怒りが燃え盛る(当然)。スイスも行かないと言いながら、手配したりして、妻にバレル。夫の隠し事程、腹が立もんはないです。この脇の甘さも、夫の実態を上手く捉えています。

書いていて、つくづく思いますが、結婚45年の70過ぎの夫婦の話しじゃないみたい。5年でも10年でも有りなお話です。半分観ているだけで、「夫婦」であると言う煩悩は、例え100歳を迎えようと、なくならないんだなぁと思う。

表だって嫉妬を見せないケイトですが、カチャの遺品の中に、彼女の映るスライドを発見します。健康的でエキゾチックな若い娘。そして明らかに妊娠している姿。ジェフの子を宿していたのでしょう。それを発見した時のケイトの怯え哀しむ表情が本当に切ない。この夫婦は子供がいません。この事実は、お前の負けだと宣告されたようなもの。子供がいたら・・・と、思う気持ちは、ずっと彼女自身が一番ぬぐえなかったのでしょう。

夫はその事で妻を責めたりしなかったでしょう。しかし昔の恋人は妊娠していた。妻である自分は出来なかった。責めなかった事に、妻は怒る。何故感情をぶつけてくれなかったのか?あれやこれや、妄想は肥大して、きっと今までの夫婦の有り方、自分の人生まで否定してしまったのでしょう。

妻は子供を産めなかった事で、ずっと自分を責めていたのでしょう。男性から見れば、とても理不尽な怒りに思えるでしょうが、私はすごくわかるなぁ。「あなたが私の何を不満に思っているか、わかったわ」と、言われても、夫は皆目わからないはず。夫の心は置き去りに、完全に妻の独り相撲です。それでも子供バカスカ3人も産んだ私でさえ、この妻の気持ちが痛いほどわかる。少々夫が可哀想にもなるのですが、男と女の間の深い川は、本当に長くて暗い。歌の通り。一生続くんだなぁと、暗澹たる気持ちになります。

「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」も、結婚40年の子供のいない夫婦でした。おまけに妻は教師と同じ。しかし全然似てないの。アメリカの夫婦は陽光燦々と降り注ぐ(ブルックリンだけど)陽の夫婦なら、イギリスの片田舎の夫婦は、天候と同じいつも曇天のような陰。

「眺めの〜」の方は、子供が出来ない事で、妻が泣いたリ騒いだりしたのを、夫が受け止め慰める。夫は夫で、黒人である事は妻には社会的に厳しく、教師と言う職業に支障もきたした事を知っているはず。妻は常にその事で夫を庇っていたでしょう。そうやって夫婦の絆を育んできたはず。対するこちらは、夫は現役時代大手の会社で組合活動も盛んだったようで、労働者階級の勇だったのを匂わせている。田舎の下町で教師をしていた妻とは、お似合いです。だからこそ、子供がいたら完璧だったのに、との思いが拭えなかったのでしょう。

この作品で、ランプリングは初のオスカーノミニーでした。彼女ほどの大物がとても意外でした。いつまでもお洒落でチャーミングなダイアン・キートン、、気風の良い艶やかさを見せるヘレン・ミレンなど、この年齢でこそ出せる女の華やかさを持続させる中、同年代のランプリングはどうでしょう?

劇場に彼女の年表と若き日のポートレートの数々が掲げれれていました。奥様とご一緒の年配男性が、「全然違うな」とびっくりされていました。若き日の彼女は、冷たく気品のある美貌は謎めいていて、一種凄みがあり、それはそれは綺麗な人でした。それが今はもう、すっかりお婆さんで、現役の女はとうに辞めた風情です。そのランプリングが、女の残り火を明々と燃やす様子は、灰になるまで女って、こういう事なのかと、深いため息を尽かせます。だって私も行く道だもん。



ジェフの感謝のスピーチは本心ですよ。ジェフが満面の笑みを湛え高らかに上げた繋いだ手を、ケイトは険しい顔で下していたけど、時が解決しますよ。どんなに穏やかに見える夫婦にだって、山あり谷ありあったはず。そうやって乗り越えてきたんだもの。ただしこの夫婦には時間がもう少ない。一緒にスイスに行かないか?と、ジェフはケイトを誘ってくれないかなぁ。ケイトは行かないでしょうけど、ちょっとは機嫌が直るでしょう


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