ケイケイの映画日記
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2013年07月29日(月) 「ペーパーボーイ 真夏の引力」




怪作です。下品でいかがわしくて、汗がじっとり肌に張り付くような湿り気があって。そんな生臭い匂いまで感じる作品。なのに秘密や闇を抱える登場人物たちの心を、決して下劣には描かず、私はそこに心打たれました。大好きな作品です。監督はリー・ダニエルズ。

1969年のフロリダ。事件を起こし水泳部の大学も追われ中退したジャック(ザック・エフロン)。父(スコット・グレン)の会社である小さな新聞社の新聞を配達するだけの日々です。ある日年の離れた兄ウォード(マシュー・マコノヒー)が、仕事仲間で英国出身の黒人ヤードリー(デヴィッド・オイェロウォ)を連れて帰ってきます。ウォードは新聞記者で、四年前保安官殺しの罪で死刑判決を受けたヒラリー(ジョン・キューザック)の事件を洗い直すためです。ジャックは運転手として協力する事に彼らに調査を依頼したのは、謎めいた美女シャーロット(ニコール・キッドマン)。彼女は獄中のヒラリーと文通から婚約していました。若いジャックは、ひと目でシャーロットに魅了されます。

お話は冤罪事件がどうなるか?のはずなんですが、お話は登場人物ひとりひとりの人生にフォーカスします。そしてブッ飛ぶのが出演者たちの怪演です。ジョン・キューザックは暴力的でイカレた死刑囚を演じて、物凄く気持ち悪いし、いつも通り一癖ある二枚目のマコノヒーにも、驚くようなシーンがある。しかし筆頭は、何といってもキッドマンです。

当時の流行を反映させたファッションは、下品でケバく、若さを失いつつある彼女を、余計安っぽく見せています。彼女の生業は語られませんが、多分娼婦でしょう。奇妙な方法で結婚相手を探す彼女は、自分の立場や地位を、よくわかっているのです。だから囚人ばかりを相手に選ぶ。美しい容姿はそのままでも、荒れた肌はファンデではもう隠せない。老いたバービー人形のようなシャーロットの外見は、彼女が結婚相手を求める気持ちを、雄弁に語っています。

エロエロでビッチ、お尻の見えそうな超ミニや、これでもかと開いた胸元。ヒラリーとの面会シーンで見せる卑猥極まりないシーンは、この実績ある大女優がここまでやるか?と、正直感動しました。化粧を落とし、性的な対象の女としての鎧を脱いだシャーロットが見せる、慈愛に満ちた母性も胸を打ちます。そして気がつけばバストもお尻も見せていないのに、裸よりずっとエロいのです。いや恐れ入りました。何故オスカー候補にならなかったのか、怒りさえ沸く熱演です。

ヒラリーの無実の証言を取るため、彼の叔父に会いに行く兄弟。沼地にある家は、不潔で禍々しく、とても人が住める環境ではありません。他者を寄せ付けず一族郎党が住んでいる様子は、肉親同士の近親相姦も匂わせている。この環境が、あの気持ちの悪いヒラリーを作ったのだと感じさせます。善悪の区別や真っ当な感情も育たたなかったでしょう。哀れに思いました。

そしてウォード。順調に記者街道を歩んでいる風だった彼も、誰にも言えない秘密を抱えていました。当時のフロリダは因習深く、黒人差別は元より、性的嗜好にも厳しかったのでしょう。ウォードの性癖は匂わせつつあったのに、あのシーンは衝撃でした。しかし事実より、兄が自分に秘密を教えてくれなかった事がショックだと語るジャックが、衝撃を温もりに変えてくれます。

ウォードは記者の正義感を持って、事件を探っています。スクープが取りたくて、嘘があってはいけないのです。彼の秘密を知ったとて、この真摯な思いは汚されるのか?ウォードに限らず、世間一般はそう感じるのでしょう。それを逆手に取ったのが、ヤードリーです。不自由さを託つ中、ヤードリーが出世して行くのが印象的です。この時代白人側から撮れば、悪人か弱者の黒人ですが、善悪どちらでもない黒人を描いた事は、同じ黒人のダニエルズ監督ならではの主張だと思いました。

ジャックは五歳の時、母が出奔。黒人メイドのアニタ(メイシー・グレイ)が、幼い時から心を砕いて育ててくれていました。しかし消えない母への慕情。ハンサムな彼が女性に奥手なのは、母の事が影を落としているからだと思います。それはウォードも同じ。兄弟は一度も母を詰りません。息子たちの様子に関心なく、女のお尻を追い掛け回す父の姿を描くので、それも納得でした。

ジャックだけが、どん詰まりの閉塞感を感じず、一途に事件やシャーロットに向かう様子が眩しいです。それが若さなんだと感じます。怪演しまくり、圧倒的な存在感の三人は、それぞれ主演を張れる実力と人気を兼ね備えている大物です。若手のザックは、演技的には遅れを取っていたかも知れませんが、その未熟さもジャックを描く味わいに感じ、私は良かったと思いました。

中盤まで丹念に四人を見つめていた作品は、終盤は一気にミステリーに突入します。もう怖い怖い。しかし腐臭漂う画面であっても、背筋の凍る場面であっても、この作品を終始貫いていたのは、もどかしい愛と哀愁だったと思います。

シャーロットがジャックに手紙を書いたのは、彼が大人になったからでしょう。女性を救うのは、少年ではなく大人の男性のはず。あの姿は、私はジャックが精一杯シャーロットの心に報いた姿だと思います。

アニタは語り部として、ずっと物語を補足してくれ、うまく機能していると思いました。。冒頭のやさぐれた彼女が、何故こんな風になったのかも、観ているうちに紐解かれ、最後には彼女の背中をさすってあげたくなりました。その他、当時の風俗や雰囲気は、とても上手に特徴を掴んでいると思います。

寂寥感を感じるアニタの語りで終わる今作ですが、でも私の脳裏に浮かんだのは、舟の上で事の全てを受け入れて、兄ウォードに無邪気にキスするジャックの笑顔でした。とんでもない怪作ですが、鑑賞後に哀しみと愛が胸に広がる作品です。リー・ダニエルズ、これからも追いかけたいと思います。




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