ケイケイの映画日記
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2013年06月28日(金) 「さよなら渓谷」




大好きな大森立嗣監督作品なので、楽しみにしていました。原作は吉田修一。レイプとは、被害者のはずの女性が、身を縮めるようにして、その後の人生を生きる言う、とても不条理な犯罪です。この作品のヒロイン・かなこを観ていると、その様子に、心底同性として同情し憤りを感じます。そんな彼女が、何故理解し難い生活を送っているのか?その心情が手に取るようにわかるのです。ドロドロした情念を浮かばせながら、渓谷にそよぐ風も感じさせる、不思議な作品です。

都会の外れの静かな渓谷に暮らす尾崎(大西信満)とかなこ(真木よう子)夫婦。隣のシングルマザーが幼い子を殺し、尾崎は不倫関係にあったと警察に疑われ、マスコミにも追いかけられます。警察に通報したのは、かなこ。夫婦に興味を持った週刊誌の記者渡辺(大森南朋)は、実は二人は、15年前に起きたレイプ事件の、被害者と加害者だと突き止めます。

登場人物たちが、幾重にも対比になっていると感じました。ラグビーで社会人まで行き着いたのに、怪我で会社を辞めた渡辺と、将来を嘱望された野球選手だったのに、レイプ事件で大学を中退した尾崎。不仲の渡辺とその妻(鶴田真由)と、尾崎とかなこ。口数が少なく憂いのあるかなこと、伸びやかで健康的な渡辺の同僚記者小林(鈴木杏)。

最初の方で、妻に罵られる渡辺を観て、仕事の事で夫に不満があるのだと感じました。でも渡辺と小林との会話を聞き、妻に対しての鈍感さなのだと気づきます。夫の挫折や転職の苦労に、妻もきっと共に泣き、支えてきたはずなのに、この夫は自分の苦しみしか記憶になく、妻の存在は希薄なのでしょう。そんな自己中心的な夫に妻は苛立っているのです。

自由闊達な小林は、若いのに似合わず、人の背景に思いを馳せる、思慮深さがあります。それは記者と言う仕事を通じて、人間の心の深淵を見てきたからでしょう。小林の存在なくば、渡辺はただの仕事の出来ない男に終わったはず。小林の素直な明朗さは、かなこにはありません。それを奪ったのは、高校生の時受けた、レイプだったのでしょう。

通っていた高校を転校、両親は離婚。勤め先で知り合った恋人との縁談は、レイプ事件が明るみに出て破談。職場も変える。次に知り合った夫(井浦新)となる男性には、同じ鉄を踏まないために、告白。全て承知の上で結婚したはずなのに、夫はその事を乗り越えられずDVに走り、離婚。そして自殺未遂。書いているだけで、嫌になる。かなこは被害者なのに、まるで加害者のように世間に追い詰められ、卑屈になる。

どうしてこんな事が起こるのか?渡辺が強引に不仲の妻に迫った時、断固妻は拒否。渡辺は寝室を離れます。その時、ずっと以前に観た「ザ・レイプ」で、恋人の田中裕子に、レイプ被害にあったと告白された風間杜夫が、「本当に嫌がる女と出来るのか?僕には出来ない」と言うセリフを思い出しました。この言葉を聞き、田中裕子は告訴に踏み切ります。そういう一面も、男性の真理なのでしょう。尾崎とかのこの過去と対比になっていると思いました。

女にも隙があった、本当は合意だった。いや、女から誘ったのだ。四六時中そういう好奇の目から逃れられなくなる。そんな追い詰められた人生を送って来たかなこが、愛憎の丈を加害者の尾崎にぶちまけるのは、とてもわかる。尾崎は真実を一番知っているから。罵り着いてくるなと言いながら、橋の上で尾崎を待つかなこは、彼を試していると同時に、甘えているのだと思いました。男性に甘える事など、事件からはなかったでしょう。でもその相手がレイプの加害者だなんて、辛すぎる。

かなこの心情がとても理解出来るのに対して、尾崎は説明不足に感じました。彼もレイプ加害者として、人生が狂ってしまいますが、かなこの比ではありません。この理不尽さ。唐突に事件を暴露されるシーンも不可思議だし、数人で事に及んだのに、何故彼だけ罪の意識が重いのか、それもわからない。これは私が女性だから、わからないのでしょうか?ただ、再会後の彼の行動は、愚かな過去を本当に悔いていると感じ、よくわかります。

身の上が明かされるまでに出てくる、激しいセックスシーンとは対照的な、静かな距離感のある二人。安らぐ様子には、必ず少し不穏も覗かせます。セックスは男が誘う時もあれば、女の時もある。肌が合うと感じる二人の根底には、誰にも怯えなくて済むと言う気持ちが、必ずあるはずです。スクリーンを見つめていると、男女とは、本当に理屈じゃないんだなぁと、痛感するのです。

「このままだと幸せになりそうだったから」と言う尾崎。かなこは「幸せになるため、一緒にいるんじゃない」と言います。何故?一番かなこが許せないのは、あの時の軽はずみに尾崎たちに着いて行った自分なのだと思います。尾崎を許し、二人で幸せになる事は、自分の行動を受け入れる事です。それは出来ないのでしょう。

自分を一番委ねられる運命の人が尾崎なら、それが背徳であっても、私はかなこに受け入れて欲しい。かなこを嘲笑した世間など、幾ばくの値打ちもないと私は思うのです。数奇な道を歩む二人を観て、平凡な我が身に感謝し、妻の存在を大切なものと認識した渡辺。「必ずかなこを見つける」と言う尾崎。紆余曲折を経て得た、男性の真心だと思いました。この気持ち、かなこにも受け入れて貰いたい。私はかなこには、幸せになって欲しいと、切に思います。もちろん尾崎にも。


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