ケイケイの映画日記
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2013年04月18日(木) 「ヒッチコック」

言わずとしれた巨匠の、夫唱婦随で歩んだ姿を、傑作「サイコ」の舞台裏を通して描く作品。ヒッチコックの人物の掘り下げが甘かったり、せっかく「サイコ」の舞台裏なのに、主演のアンソニー・パーキンスの出番がちょっとしかなかったりで、不満もあるんですが、私はヘレン・ミレン演じる妻アルマを主体に観たので、共感しつつ面白く観られました。

サスペンスの神様アルフレッド・ヒッチコック(アンソニー・ホプキンス)。妻アルマ(ヘレン・ミレン)と共に映画製作の道を歩み、気がつけば60歳に。記者から「もう引退は考えているのか?」との不躾な質問に怒りを感じた彼は、若き日の映画製作への情熱を思い起こさせる原作と出会います。それは「サイコ」。映画会社の反対に合い、自宅を抵当に入れてまで作った資金で、制作がスタートします。

冒頭、「サイコ」にインスピレーションを与えたエド・ゲイン事件の再現フィルムが現れます。そして流れるのが、懐かしの「ヒッチコック劇場」のBGM。私が幼い頃見ていたのは再放送でしょうね。横向きのヒッチコックのシルエットや、吹き替えの熊倉一雄の声など、よく覚えていますので、懐かしかったなぁ。画像はホプキンスと本物のヒッチコック。特殊メイクで頑張っていましたが、残念ながら似ていません(笑)。なんつーか、ホプキンスのヒッチ先生、太った鳥みたいなんだなぁ。ご本家も愛嬌のある容姿ですが、そんな人間外の雰囲気はなかったです。



上の画像は、「サイコ」制作現場で揃った主要キャストです。左から演ずるはジェシカ・ビール(ヴェラ・マイルズ)、スカーレット・ヨハンソン(ジャネット・リー)、ジェームズ・ダーシー(アンソニー・パーキンス)








そしてこれが、ご本人たち。女性陣も当時の女優さんの雰囲気を上手く掴んでいますね。でも抜きん出て、ダーシーのトニパキぶりは出色でした。私は彼目当てもあって観たので、出演場面が少なくて、とっても残念。スカヨハは、リーを演じるに当たり、娘のジェイミー・リー・カーチスに会ったのだとか。出演の頃ジャネット・リーは、トニー・カーチスの奥さんでした。役作りに熱心なスカヨハの心意気を感じる、良いお話です。

「サイコ」公開は1960年。今なら60歳は監督盛の年齢ですが、今から50年以上前は、老人扱いだったのですね。隔世の感があります。

ブロンド美人女優を偏愛するヒッチコックは、この作品の姉役も、もう既にモナコ王妃となっているグレース・ケリーに頼もうと言い出します。彼のブロンド好きは有名で、主演女優は必ずブロンド。「鳥」のティッピ・ヘドレンは、かつて彼を袖にしたため干されたと暴露。この作品でも二人の女優を追い掛け回す様子や、アルマの言葉から数々の浮気も感じます。ん〜、でもあんまり気持ち悪くはない。もうちょっと変質的・妄執的に描いても良かったかも。女優は主にリーとの絡みが多かったですが、ねっとりまとわりつく風もなく、リーに紳士的で優しかったと言わせています。この辺、御大に気を使ったのかしら?

妻のアルマは才能ある脚本家で、結婚30年、影になり日向になり夫を支えています。「サイコ」の企画も、いの一番に妻に相談する夫。危険な企画なのに、何故?と尋ねる妻に、「若い頃のように、期待と不安の入り混じった情熱的な気持ちで映画を作りたい」と言う夫。見る見る口元がほころぶ妻。そして夫には自分が必要だという自負もある。

しかし夫は駄々っ子のように、妻に求めてばかりです。遅々として進まぬ「サイコ」の撮影に苛立ち、共同の脚本を書きたいと言う旧知のクック(ダニー・ヒューストン)との間を嫉妬する夫に、妻は胸のすく啖呵を切るのです。「私は30年、あなたの仕事を支えてきた。浮気にも耐えた。それでも人は、あなたの周りに集まり私には知らん顔。クックと仕事するのは楽しいからよ。私はあなたの妻のアルマよ。あなたが契約した女優じゃないのよ!」。もうこの歳で夫の言いなりになる筋合いはない、と言う意味です。このアルマのセリフに、拍手喝采した古女房は、私だけではありますまい。

一見何でも相談する夫に見えますが、結局は自分のしたい事を自由にやっているだけ。その影の妻の内助の功なんて、当たり前過ぎて目にも入らない。妻でもなく母でもなく主婦でもない快感を、クックとの仕事でアルマが感じるのは、当然なのです。私がサイトを続けている原動力が、正にこれ。うちのように夫が天才でなくとも、自分に何がしかの才能のない妻とて同じなのだと、感慨深いシーンでした。しかしアルマには落とし穴が。

アルマの夫は天才ヒッチコック。対する妻は才能ある脚本家であっても天才ではない。人々が彼女に求めているのは、脚本家ではなく、糟糠で才色のヒッチコックの妻なのです。この人としての悲哀を、赤い水着やクックが女を連れ込む様子で、女としての悲哀にまで発展させる筋立てが上手いです。でも才女のアルマですもの、傷ついたままでは終わらない姿に、また惚れ惚れします。

夫婦とは結局相性なのだと思います。ヒッチが天才であっても、アルマなしで大成したのか?才女のアルマとて、他の天才と添っても、ヒッチほど世に出る人に仕立て上げられたか、それは疑問です。この作品を観て、そこを痛感しました。お互いそこに気づいたのでしょうね。夫の窮地に、「あなたを愛しているわ」な甘い言葉ではなく、「私もこの家に住みたいの(制作資金捻出のため、抵当に入っている)」と、ハードボイルドに立ち入るのは、長年妻をやってきた人にだけ許される、特権ですって。駄作の烙印を押された「サイコ」が、見る見る傑作に再生される過程がスリリングです。

映倫との折衝、オーディションの風景、セットの様子や撮影現場のピリピリした、でも熱気のある様子は、映画ファンとして見ていて楽しかったです。暴露的な話しは、ヴェラ・マイルズが「めまい」を降板理由が妊娠で、彼女をスターにしたかったヒッチの機嫌を損ねたと言うくらいで、私は品が良くてこの作りは好きです。面白かったのは、映倫の検査では、リーのバストトップが映っていると、ダメ出しが出たのに、実際はどこにも映っていなかったと言う件。演出とカット割りって凄いですね。見えない物まで見えちゃうのだから。


印象的だったのは、グラマラスで美しい女優たちが、一様に「私は妻で母で主婦。家に帰れば家族が待っている」と、とても家庭を大切にしている事でした(それでもジャネット・リーは、その後トニー・カーチスと離婚するけどね)。それをヒッチは「女はわからん・・・」と独白します。簡単じゃないの。女優も大事だけど、女としての人生はもっと大事と言うことよ。きっと最後まで妻の事も理解仕切れなかったはずです。夫としては凡人だったのでしょうね。

私はヘレン・ミレンが、特にこの近年大好きで、ちょっと割増の感想かも?でも映画好きには好意的に受け入れて貰えるはず。今年の「午前十時」は、確か「サイコ」が入っていたので、是非再見したいと思います。


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