ケイケイの映画日記
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2012年09月15日(土) 「夢売るふたり」




う〜ん・・・。感想書く前に、ちょっとお友達各位とネットお話してしまったのでね、少し上向く感想になってきましたが、秀作なれど、基本的には好きではない作品。監督は西川美和。今回全編ネタバレ、すごく長くなるかも?

東京の片隅で居酒屋を営む貫也(阿部サダヲ)里子(松たか子)夫妻。順調にいっていた店は、失火から火事となり廃業へ。一瞬の事でした。ふとした情事で、店の常連客玲子(鈴木砂羽)から大金を受け取った貫也は、大金の言い訳が通じず、里子に浮気がバレてしまいます。しかし里子は、その事から、夫婦で結婚詐欺をして、新しい店の準備金にすることを思いつきます。

相変わらず監督は人物描写が際立って上手い。餌食にされるのは、嫁き遅れのOL咲月(田中麗奈)、容姿に恵まれない重量挙げ選手ひとみ(江原由夏)、男運のないデリヘル嬢紀代(安藤玉恵)、シングルマザーの滝子(木村多江)など。そのどれもがくっきり内面まで浮かんできます。

しかしこの四人が描かれるのは良いのですが、その他にも騙した女はがたっくさん。ちょっとちょっと、これはないでしょう。いくら事実は小説より奇なりと言っても、夜は料亭や居酒屋で働き、同時進行でこれだけたぶらかすのは、時間的に無理ではないですか?結婚詐欺師は容姿端麗より、安心させる容貌の方が上手く行くと言ったってなぁ。ほとんどの女が、逃げられても騙された事も気づかずという高等技術。いくら現在の苦境を膨らませて取り入るったって、ど素人ですよ?まずここで疑問その1。四人だけで良かったと思います。

前半の里子は、甲斐甲斐しく夫の店を切り盛りし、廃業後はラーメン店で働き家計を支えています。対する夫はと言うと、失意から立ち直れず飲んだくれています。あげくは落ち度のない妻に難癖付けて管を巻く始末。それでも健気に夫を支える里子。愛しているのですね。だから夫が家の洗剤と違う香りの服を着て帰るだけで、浮気がわかるのでしょう。でも玲子からもらったお札燃やすか?あれは300万は下りません。

玲子が燃やすならわかるのです。仕事を持ちキャリアもあり、お金にも困っていそうにない。年齢も行き格の上がった自分に見合う男は、周りを見渡せば、仕事の出来る妻子持ちの上司しかいなかったのでしょうね。こんな手切れ金紛いの形で、終わりが来るとは思っていなかったでしょう。しかし彼女はそのお金を燃やさず、店の再興に役立てて欲しいと、貫也に渡します。「奥さん大事にしてね」の一言を添えて。厄払いだけではなく、上司との思い出でもあるお金を、彼女なりに有意義に使いたいという、真心もあったと思います。

このシーンの前にね、貫也が満面の笑みで里子の元に帰るシーンが良かった。その前はネチネチ妻に管巻いて、いっそ俺と別れた方がいいのだとか言いながら、お金が出来たらころっと豹変。夫とはこんな風に、いつも自分の甲斐性を気にしているのですね。それは妻がいればこそですよ。よその女と寝てきたのに、早く妻に会いたくて仕様がない様子で、妻への愛がわかるのです。浮気で妻への愛を表現出来るのかと、唸りました。


里子は火事の時自分たちを助けてくれた知人が、そのため入院。保険金はほとんどそちらに回っているようです。このお金は、短絡的に夫が女と寝ただけの代償ではないと、彼女はわかるはず。燃やし始めて、はたとここから結婚詐欺を思いつきますが、思いつかなかったら、あれ全部燃やしてたのかな?彼女が直情型の人間であると表しているのだと思いますが、やっぱり腑に落ちません。疑問その2。

里子が先導で詐欺を働くふたり。このお金は寂しさを託つ女性たちを喜ばしたお礼に、ひと時だけ借りただけ。借用書も書いてあるし、後で返済する気もあるので、ふたりには全く罪悪感がありません。本当はとんでもない事をしでかしているのはわかっているのですが、その真意には蓋をしているのですね。この辺の少しコミカルな演出は面白いです。

しかし歪な生活は心も歪にするもの。夫婦の心はすれ違い始めます。里子が捕まえてきた「獲物」のひとみは、かなりのおデブ。兄と称して貫也に会わせます。ひたむきで純粋なひとみとの会話が弾む貫也。妻として嫉妬する里子。そこで出た言葉は、「今回は止めよう。いい子だけど、私が男ならあれじゃあ・・・」でした。ひとみには、それしか欠点はないからです。ひとみの容姿を蔑む妻を、今度は夫が非難する。本当の気持ちが言えず、悪意のある言葉でしか表現出来ない里子。女って素直じゃないと損なのよ。素直なふりでもいい。男は気前よく騙されてくれるはずだから。この時の不器用な里子の心を、松たか子はとても上手く表現していたと思います。

ここから以降、里子の援護射撃なしに、ひとりで「獲物」を捕獲していく貫也。まるで天性の詐欺師のよう。意図しない夫の行動に、里子は徐々に狼狽し始めます。家で自分で自分の体を慰める里子は、「仕事」のため、夫とセックスはなかったのでしょう。う〜ん。でも妻とも出来ると思うけどな?それとも二人の共通の夢である新しい店を出店させるまで、願掛けしているとか?私が里子なら、一番愛されているのはやっぱり自分だと確認して確信したいです。なのでここは疑問ではなく違和感。

二人が喧嘩する場面で、貫也が里子に「お前は今まで好きな事もせず我慢していた。自由きままに暮らす女が憎くて、俺にこんなことをさせているのだろう。だから今のお前は一番いい顔している」と言うのも、私はあまり咀嚼出来ませんでした。だっていい顔なんか、してなかったもん。素直に自分の気持ちが出せず、夫は他の女と寝て自分は自慰をし、子供もまだ作れず、どん底の精神状態を乖離して、目標のため虎視眈々と作り笑顔で朝から晩まで働いて。そんな「しょうもないこと」で、いい顔なんか出来るかな?

そして貫也の方も、ひとみの窮状に悲嘆したり、紀代に感情移入したりと、そんなんじゃ心が持たないと思うけどなぁ。素人なら素人なりの苦悩があっていいはずですから、これはこれでいいのですけど、どんどん詐欺師っぷりに磨きがかかる様子と、ちぐはぐな気が。詐欺を重ねると、もっと神経も感受性も鈍麻するはずです。

で、最大の疑問は滝子。あんな短時間で、身元のはっきりしている親と同居のシングルマザーが、実の父親ともども陥落するか?どこの馬の骨かわからない男を、出会って間もなく家に泊めたり、家業を継がす事を匂わすような事しますかね?確かに「シングルマザーは寂しさより時間が欲しいんだよ。だからそこを狙うんだ」と、料理を運ぶ貫也は正しいんでしょう。でもこれはないわ。いくら子供がなついていると言ったって、これはないわ。実家に泊まると言う事は親公認ですよ。時間が短すぎる。滝子と短時間で出来ちゃって、親は知らないと言うなら、わかるんですが。最大の疑問3。

まぁこれは子供が鶴瓶を刺すために用意されたプロットなのでしょうけど。でも私はやっぱり子供、それも年端の行かない幼稚園くらいの子を、作品のオチをつけるため、包丁で人を刺すような演出は嫌です。そしてラストに笑顔で自転車に乗る母と息子。これを映画友達の方に嫌だと言うと、「そう言う時もあるはずだから、そこを切り取った」と教えてもらいました。でもそれは私は違うと思う。このくらいの子が人を刺す、それは奈落の底に落ちてしまう程のショックのはずです。事と次第では小児精神科にかかるかも知れない。なので当分あの母子には、呑気な笑顔なんてないんですよ。だから、罪は貫也が被っても、子供の様子で真実は露見してしまうと思うんだけどなぁ。滝子パートは疑問とともに、すごく嫌悪感もあります。

獲物で一番好感を持ったのは、紀代です。DVの夫(伊勢谷友介)から逃れ、都会で年をサバ読みデリヘル稼業。しかし田舎の父親の誕生日には電話をします。「取りあえず、生きてるって事で」と言う親への思いやりを込めた台詞が、私はこの作品の中で一番好きでした。そして「私は男に幸せにしてもらおうなんて思っていない。こんなザマだけど、ちゃんと生きている」と言う台詞も好きです。カナダに留学なんて言ってるけど、貫也の言うように、男が出来ると貢いでいるのでしょう。ホストクラブへ行くようなもんかな?でもそれを意に介さず、また稼げばいいさ的な風情が、逞しくてとても素敵でした。多情の責任は、ちゃんと取ってるもんね。

出演者はみんなが素晴らしかったですが、私が好きだったのは鈴木砂羽と安藤玉恵。特に鈴木砂羽の艶やかさと対比する本音のやさぐれっぷり、そして気風の良さと男前の包容力など、短時間の出演ながら、その女っぷりに魅せられました。西川監督、彼女主演で撮ってくれないかしら?

とこのように、いっぱい感情が触発されると言うのは、すごい作品であると言う証明なんでしょうね。また掘り下げれば感想が変わるかも?でも滝子パートの感想は譲れないな。


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