ケイケイの映画日記
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2011年08月14日(日) 「海洋天堂」




ジェット・リー主演作ですが、アクション一切抜きで、自閉症児を男手一つで育てる父親を演じています。正直、彼がこんな穏やかで静かな演技が出来るとは思っていませんでした。決して滑らかな語り口語り口ではありませんが、とにかく作り手が、一心に真心を込めて作ったのが、切々と手に取るように届きます。あざとくはないのに、場内号泣の嵐、私もびゃーびゃー泣きました。監督はシュエ・シャオルー。

水族館で働くシンチョウ(ジェット・リー)は、妻に先立たれ、自閉症の一人息子ターフー(ウェン・ジャン)を育てています。ターフーは21才になりましたが、父親がいなければ、毎日の暮らしが成り立ちません。そんな時、シンチョウがガンで余命3ヶ月と診断されます。焦るシンチョウは、ターフーの受け入れ先を探し奔走します。

冒頭息子と心中しようとするシンチョウのシーンで始まります。結果は泳ぐことが得意なターフーによって失敗。しかしプールでターフーが溺れかけているかも知れない場面に出会すと、「お父さんが助けてやるからな!」と、服を着たままプールに飛び込むシンチョウ。あぁこれが親の気持ちなのだと、もうここで早涙の私。一緒に死ぬのは良いが、息子だけ先に死なす事など、出来るはずがありません。

この作品を観る前に、同僚のPSWさん(精神保健福祉士)にお話を伺ったところ、自閉症は知的障害を伴う事が多いそうです。今の私の職場でも、自閉症ではありませんが、知的障害と精神疾患を両方持った患者さんが何人かおられます。みんないい年なのですが、これが本当に7才前後の子供にしか思えず、当たり前ですが性格も各々全然違う。そして一様に可愛いです。自閉症児は、生活全般に自分なりのこだわりが強いと聞きます。演出はそういった自閉症児の側面を丁寧に描写し、演じるウェン・ジャンもそれに応えて、大きな体が、幼子にしか見えない愛らしさです。

私が強く印象に残ったのは、障害児を持つ親の心です。ターフーの母親は、息子が障害を持つことを苦にしての死ではないかと、シンチョウは語ります。絶望、悲嘆、必要のない自責もあったでしょう。誰もが子供のために強くなれるわけではない。シンチョウは妻の「ひ弱さ」を断罪せず、受け止めています。そしてターフーを可愛がる隣家の女性とシンチョウは、お互い想いを抱いているのですが、シンチョウは息子のため、その想いを告げませんでした。作り手は妻のひ弱さを受け入れながら、シンチョウの親として自分を強く律する姿を崇高なものとして描いています。こうであるべきだとは描かず、親を責めない。その優しさと見識の高さが深く胸に残ります。

唯一作り手が責めるのは、国の障害児への対応です。公的機関がなく、奔走するも受け入れ先が見つからないシンチョウの怒りに、その気持ちを代弁させています。しかしそれも民間と周囲の人々の善意が、風穴を開けるとヒントも出しています。サーカスの少女とターフーの交流には、爽やかな温かさを感じるものの、少女も幼い頃親と離別しています。「親のない子は、サーカスに売られる」、そんな前時代的な微妙なニュアンスも感じられ、監督の国の福祉に対しての怒りを、静かに感じます。

水族館が舞台なので、ブルーを基調とした撮影は美しく、清らかさを感じます。撮影はクリストファー・ドイルと聞いていたので期待していましたが、とても満足しました。

自閉症児は感情を表現するのが下手で、親であるシンチョウは百も承知のはず。しかし己の寂しさに胸がいっぱいで、親との別れに表面では何もないターフーの哀しさまでは、気付きませんでした。これは子供に障害が有る無しに関わらず、親には有りがちな事だと思います。

場内は障害を持っていると思しき親子連れも、ちらほら見かけました。大阪は好評のようで、一旦終了後、再上映も決まっています。涼しく清らかな作品です。


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