ケイケイの映画日記
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2010年04月30日(金) 「ダーリンは外国人」




やっとGWです。先週は三本観たのに、仕事激疲れで全く感想書けませんでした。気分は洗濯物が溜まったよう。この作品は一番近い29日に観てきました。実は原作ファンの私、どういう風に映画化されているかな?と、とても興味がありました。映画の方は原作の骨格とモチーフを散りばめた、オリジナルに近いものでした。原作ファンとしては違和感がありましたが、これはこれで、可愛い作品になっています。

漫画家志望の小多里(井上真央)は、言語オタクのアメリカ人トニー(ジョナサン・シェア)と知り合い、恋人同士になります。しばらくして二人は、結婚を前提に一緒に暮らし始めます。数々のカルチャー・ギャップを乗り越え、絆を強める二人ですが、トニーを歓迎する小多里の母(大竹しのぶ)や姉(国仲涼子)と違い、父(國村隼)は国籍の壁を理由に、二人の結婚を反対します。

原作を読まれた方なら納得のはずですが、シェア演じるトニーが絶品。いや演技が上手いわけじゃないんですが、原作で小多里に「草食動物」と例えられるトニーそのまんまなのです。恐ろしく純粋で繊細なハートの持ち主、思いやり溢れ誠実で温厚な人柄。こんないい人、世界中のどこを探したってないと思えるトニーが、そのまんまスクリーンに現れたようなのです。原作は実はトニーのこの人柄が一番の重要ポイントで、彼の並はずれた「いい人」の破壊力はすさまじく、全ての障害は乗り越えるに値あるものと感じさせます。

映画の方は、シェアのキャラに頼った部分が過分にあり、国籍や人種違いから来る、価値観のずれや微妙な違和感が、上手く表現されていたとは思えません。数々のエピソードは、どれもこれも日本人同士だってある類のもの。なので二人が少しずつのずれの積み重ねが増大し、行き違いになる時の小多里の「やっぱり国際結婚は無理なのよ。日本人同士なら言わなくてもわかりあえるのに」と言うセリフは、説得力がありません。

原作の良いところは、数々の壁があっても、結局は人間とは男女とは夫婦とは、基本的には万国いっしょなのだという認識が力強いところです。紆余曲折があっても、その辺をしっかり認識していれば大丈夫という二人の(主に妻。トニーはいつでも飄々としている)爽やかさが、しっかり伺える事に魅力があります。

映画の井上真央演じる小多里は、森ガール風の衣装で可愛いのですが、この辺が少し幼いかな?素直な良い子ですが、原作の小多里は芯がとても強いですが、表面はトニー同様穏やかで、映画のように勝気な印象ではありません。知性も少々落ちるかな?(ごめんね真央ちゃん)私は作者のファンなので、ちょっとこの辺は厳しいかも?それとトニーはしっかり職業を持っていますが、この作品ではちょろっと紹介するだけで、いつも家にいるか、友人といっしょで、あれじゃ妻の甲斐性で暮らしているみたい。この辺も描き方に工夫が欲しかったです。

とはいえ、思いやりと優しさに溢れた描き方は好感が持て、普通に楽しめる事が出来ます。両親の描き方も演じる國村隼と大竹しのぶの好演で、親心から来る心配と人柄は、如何にも日本的な善良な熟年夫婦で好感が持てます。

せっかくシェアと言う逸材を見つけたのですから、全体にもう少し作りこんでいれば、国際結婚を通じて、恋愛や結婚の普遍的な意義や意味が浮かび上がったような気がします。それがちょっと惜しいけど、ほのぼの可愛い作品だったので、私はこれでもOKでした。


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