ケイケイの映画日記
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2010年04月25日(日) 「フォロー・ミー」(午前十時の映画祭)




今映画祭の目玉作品。なんたってビデオもDVD化もされていません。私は二十歳頃テレビの深夜放送で観て感激。次に観たのは、ケーブルの放送時でした。熱狂的ファンが多い作品として有名で、平日でしたが場内は満員。名匠キャロル・リード監督の遺作で、音楽はジョン・バリー。やっぱり劇場で観ると格別ですね。今回久しぶりに観たせいか、はたまた年のせいか、うるうるあちこちで泣けました。この作品がDVDになっていないなんて、犯罪だと思います。

ロンドンで会計士をしているチャールズ(マイケル・ジェイスン)は順風満帆な仕事とは反対に、新婚のアメリカ人の妻ベリンダ(ミア・ファロー)の近頃の浮ついた様子に、妻の浮気を疑い探偵(トポル)を雇います。

昨今は時空いじり系の作品が多いですが、38年前のこの作品は、前置きして過去の出来事を描いていて、すごくわかり易いです。全ての過去の展開が前置きつきですが、それでもちょっぴりしたサプライズがあったり、ミステリーじゃければ、私はやっぱりこちらが好きだなぁ。

家柄も良く学歴高く教養もあり、おまけに仕事はステイタスの高い仕事のチャールズ。ベリンダは幼い頃両親は離婚、一つの居場所にとどまることはなく、その土地土地で仕事をして暮らしている風来坊。当時の背景からいうと、インドへ訪れた話を入れるなど、ヒッピーだったと思います。正に水と油の夫婦です。

釣り合わぬは不縁の元は万国共通、結婚半年後くらいには「僕の可愛い教え子だった妻は、謎の女の変身する(夫談)」わけです。なまじっか夫に知識があるのがいけない。出歩いてばっかする新妻が、「ボヴァリー夫人」なんかに傾倒しちゃ、そりゃ浮気を疑いますよ。うちの夫ならボヴァリー夫人なんか、内容どころか題名も知らないもん。教養も時として邪魔になるんですね。

二人が魅かれあったのは、お互い自分の人生には無いものがある、その新鮮さだったのだと思います。同じレベルの人々との親交は安定感はあるものの、物足りなさを感じていたチャールズ。彼がベリンダに魅かれた一番の理由は、豊かでユニークな感受性と自由な心だったのだと思います。そう、彼の人生に一番欠如していたのは、「自由」だったんですね。でもこの時点で彼はその事には気付いていません。ベリンダを素直で愛しい「教え子」だと思っています。

ベリンダは両親の離婚体験など、安定した暮らしをしたことがありません。文化的な教養を得る機会も少なかったのでしょう。好奇心が強そうで素直なベリンダが、自分とは別の世界で充実した人生を送っている(ように見える)チャールズに魅かれるのも、これまたとっても自然です。彼を知って、初めて安住の生活というものに、憧れを抱いたのかも知れません。

それが結婚した途端、教養豊かな安定した生活は息苦しく退屈で、自由で豊かな感受性は、未熟で自分勝手に感じ方が変わるわけす。夫にしたら愛情は持っていたけど常に上から目線、妻が自分に合わせるのは当然だったでしょう。妻も教え子ではあっても、自分も彼に与えるものがあり、いっしょに成長して行けるもんだと思っていたのが、待っていたのは息苦しさと誰にも理解されない孤独だけ。その孤独を救ったのが探偵でした。

浮気調査をしていたはずの探偵は、ベリンダを空虚で寂しい現実から逃避させます。その様子が本当に素敵で。探偵に不信感を抱いていた当初から、段々彼の存在を意識し、ベリンダが心通わせる様子が自然に描かれています。常に15m離れて言葉は絶対交わさない。リードするのは探偵だったりベリンダだったり。人がたくさんいる場所を巡っても、当初は群衆の中で、一人孤独を噛みしめるベリンダが、探偵と道連れになって再びその場所を訪れると、そこは楽しさを分かち合う、全く別の場所に感じるのです。慰めの言葉など一切なくても、ベリンダは孤独から救われるわけです。

全てがわかった後漏らす、「私は夫の人生を汚してしまった・・・」というベリンダの言葉に、私は涙が出て出て。ベリンダは玉の輿を狙ったわけではなく、憧れや尊敬出来る人が、たまたま裕福だっただけのこと。彼女は幼稚で未熟な行動も多く、夫には恥をかかせることも多かったでしょう。反省しているのです。しかし常に周囲から浮き上がり見下されて、人として自尊心が保てるでしょうか?そしてその周囲の中に、夫の目線も感じたならば、本当にやり切れないでしょう。でも愛しているんだなぁと、しみじみ感じさせる言葉です。愛していても決して卑屈になりたくない、自分に欠点がいっぱいでも、対等である。それは男女ではとてもとても大切な事だと、私は思います。

とにかくミア・ファローが可愛過ぎ!当時はゴージャスな美人女優がいっぱいいて、彼女のか細いスタイルにファニーフェイスは、ヒロインとしては異質だったと思いますが、本当に妖精のような透明感と新鮮さだなと、改めて感心しました。私は彼女の「カイロの紫のバラ」も大好きですが、年齢はいってましたが、この作品の延長線上のようなヒロインです。

ジェイスンはこの作品しか観た事がありませんが、久しぶりに観ると、中々好演だったです。周囲のスノッブなセレブ達達とも、そこはかとなく違いがあったし、一度も新妻を侮辱する言葉もなかったし、その辺もこの作品に上品さを感じさせる一因になっていると思います。

そしてトポル!この人も大昔テレビで観た「屋根の上のヴィオリン弾き」とこの作品しか知りませんが、断然こっちが好き!まぁ喋る喋る。ユニーク過ぎる探偵というより、ほとんど詐欺師に近いのですが、彼のユーモラスな大らかさと温かさが、この作品を誰からも愛される、一生忘れられない作品にしたのだと思います。彼自身、その背景からも伺えますが、探偵が本当の孤独を知る人だったから、ベリンダの心が理解出来たのだと思います。

ラストの二人の微笑みでまたウルウル。周防正行の「シャル・ウィ・ダンス」の中で、この作品のポスターが貼ってありましたね。あの原日出子の奥さん、彼女の方が夫の浮気を疑っていたけど、夫といっしょに歩みたいのに、夫には置いてけぼりにされてと、とても日本的なベリンダだったのだと思います。周防監督、あの奥さんが好きだったんだなぁ。大阪は終わりましたが、順次上映予定の地域の方は、是非とも見逃さないよう、お勧めします。


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