ケイケイの映画日記
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2010年04月07日(水) 「やさしい嘘と贈り物」




実はこの作品、チラシに重大なネタバレを書いています。その事について残念だと言う感想が目につきますが、私はそのネタバレを読んだので、この作品を観たいと思いました。個人的にはオチを知っていた為、最初から味わい深く作品を鑑賞出来て、良かったと思っています。なので今回はネタバレです。

一人暮らしの孤独な老人ロバート(マーテイン・ランドー)。仕事先のスーパーでは、共同経営者のマイク(アダム・スコット)に経営を任せ、日長デッサンをしています。そんな時、向えに娘アレックス(エリザベス・バンクス)と越してきた美しい老婦人メアリー(エレン・バースティン)から、食事に誘われます。何十年かぶりのデートに有頂天になるロバート。優しく温かいメアリーとの交流が、孤独なロバートを癒していきますが、そこには秘密がありました。

「私を忘れてしまった夫。もう一度あなたに恋をする」が、チラシのキャッチコピーです。なんの病気かは説明ありませんが、ロバートは認知症を患っている様子です。ロバートは忘れてしまっていますが、メアリーは長年連れ添った妻、マイクとアレックスは子供です。

独り暮らしのロバートは、ルーティーンワークのように毎日味気ない生活の繰り返し。メアリーには、長年大黒柱として家族を養い、立派に勤めを果たしてくれた夫の孤独を観る事に耐えられなかったのでしょう。全くの初対面を装い、ロバートの日常に入り込もうとするメアリー。「上手くいきっこないわ」と娘は母(そして父も)を心配しますが、メアリーはあきらめません。私だって夫の晩年がロバートのようだったら、同じ事をするでしょう。強固な意志の宿るメアリーの顔を観ていたら、胸がいっぱいになって、もう滂沱の涙の私。

デートは数十年ぶりだと思い込んでいるロバートは、メアリーの誘いに有頂天に。ここからは老いた二人の、再びの恋が始まります。その様子がまるでティーンエイジャーのようで、瑞々しく微笑ましいのです。女性が喜ぶトーク術を聞いて回るロバートの様子、一つの毛布で寄り添って膝かけにする時のドキドキ感、子供のようにはしゃぐソリ遊び、そして「ファーストキス」の時の光の演出など、とっても素敵。老人を描くとリアリティを出す為、ともすれば老醜に視点が置かれますが、24 歳だというニコラス・ファクラー監督の老人への敬愛に満ちた演出は、とても品が良く爽やかです。

「君とはずっと前からの付き合いのような気がする」「君といると呼吸しているようだ」。ロバートの正直な言葉に、泣き笑いのような笑みを浮かべるメアリー。どれだけ私は長年連れ添ったあなたの妻よ、と言いたかったでしょう。あぁ書きながら、また涙がでちゃうわ。どんなに記憶が薄れて行こうと、妻が誰かもわからなくなっても、その人を愛した記憶はずっと心に残るのでしょう。私はそう思いたい。

ただ気になったのは、何故ロバートを一人暮らしにさせているかと言う事。スーパーにそのまま勤めさせているのは、治療の一環だとわかります。でもロバートの状態は、一人で暮らさせるには危険も伴う状態です。薬も一日飲むのを忘れたくらいで、あんなに早く症状が進むのでしょうか?この辺は倒れた時に、医師の説明があればと思いました。この作品は、リアリティを感じさせながらも、多分にファンタジー色の強い作品です。事実がわかってからのロバートの混乱も、ショック状態になる前に、一瞬でも記憶が蘇り、彼の家族への笑顔が観たかったですけど、まぁこの辺はいいか。

と、過分に点数が甘くなるのは、ランドーとバースティンという、二人の老名優たちの心のこもった誠実な熱演が、私を感激させたからです。人生の喜びも悲しみも全て忘れてしまい、孤独を託つしか出来なくなった夫。花も嵐も手を携えて踏み越えて来たのに、その思い出も一人で噛みしめるしかなくなった妻。もう一度二人の歴史を作ろうとする姿には、親兄弟より子供より強固な、夫婦というものの縁の強さを感じます。

こんな地味な作品、観る人は高年齢ばかりだろうと思っていたら、若い人も結構いて、ちょっと感激しました。我が家も末っ子が高3になり、いよいよ夫婦だけの時間が来るのは目前です。ロバートとメアリーまで、後20年くらいでしょうか?この二人のような心境になれるよう、夫婦としての第二幕目を大切にしたいなと、しみじみ感じた作品でした。


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