ケイケイの映画日記
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2010年03月26日(金) 「マイレージ、マイライフ」




「サンキュー・スモーキング」「JUNO」のジェイソン・ライトマン監督作品。今年のアカデミー賞、作品・監督・主演男優・助演女優ノミネート作品。個人的に「JUNO」は好きになれませんでしたが、作品の完成度には文句ありません。若干32歳の若きこの監督、近い将来必ず21世紀のアメリカ映画の名匠となる人です。この作品で三作目ですが、本当に全部劇場で観てきて良かった!

年間322日は出張のライアン(ジョージ・クルーニー)。全米を飛行機で駆け回っています。仕事は大手企業から委託されたリストラ請負人。「バックパックに入らない人生の荷物は、一切背負わない」をモットーに、面倒な人間関係には、一切関わらない主義。毎日のように使う飛行機のマイレージを1000万マイル貯めるのが目標。自分なりに順風満帆の彼の人生でしたが、出張中出会った同じ価値観のキャリアウーマンのアレックス(ヴェラ・ファーミガ)、新入社員のナタリー(アナ・ケンドリックス)の二人の女性との出会いが、彼の人生を方向転換させることになります。

冷徹なリストラ稼業に励むライアンが、非情な人間かと言えば、さにあらず。宣告相手の気持ちを尊重し、出来るだけ心をほぐして同意してもらおうと、敬意を払っています。しかしそこへ登場するのが、新人のナタリー。リストラ宣告をネットでしちゃおうという大胆なアイディアを会社に提出し、採用されます。これで人件費も交通費も大幅に浮いて来ます。経費節減したい会社ですが、ライアンは大反対。自分のクビも危うくなるし、第一命の次に大事なマイルが貯められなくなります。

私だってネットでリストラ宣告だなんて、ふざけた話だと思います。この小娘は大人の人生を何だと思ってんだ!と憤慨しておりましたら、案の定ナタリーは、ライアンと同行してリストラ宣告されて、嘆き悲しみ、当たり散らす人々を目の当たりにし、心底狼狽してしまいます。この辺は世間知らずの若いナタリーの純粋さを、素直に表現出来ていました。

同じ出張族でキャラリウーマンのアレックスに、同族意識と親近感を覚えるライアン。いつもは女性とは都合よく一夜限りの付き合いなのに、彼女とは日を合わせて何度も会います。そこには会社の転換で些か動揺していたのと、妹の結婚で、普段は疎遠にしていた姉妹と会う事で、里心めいたものが起こったはず。人生とは何事もタイミングです。

彼氏といっしょに居たいがために、今の会社に入ったナタリーなのに、彼氏はナタリーにメールで別れを告げます。まるで彼女がした事のしっぺ返しみたい。大泣きに泣くナタリーが、自分の理想の人を語るのですが、どんな人柄なのかは全くなく、出てくるのは条件のみ。若いなぁ。私のように苦笑するアレックスですが、彼女の語る理想の人は、いやに現実感や生活感を感じさせて、私には違和感がありました。彼女のようなキャリアの女性には、似つかわしくなかったからです。

前夜を共にした朝もそう。「I like you」とアレックスに笑顔を向けるライアンに対し、「I like you too」と返すアレックスの言葉は、意味が違うように、私には感じられました。その謎は、終盤に解けました。

バックパックに入らない物と、少しずつ関わって行くうち、充足される自分の心に気付く彼。UP IN THE AIR(原題・不安定)な地に足がつかない生活から、ライアンは抜けだそうとするのですが、これが意外な展開なのです。でも私にはものすごく納得出来るものでした。

これでトントン拍子にハッピーになられちゃ、連れ合いの実家に自分の実家、その他の親戚づきあいに近所づきあい、PTAに職場の人間関係にエトセトラ・エトセトラ。そんなわずらわしい面倒臭い人間関係を、受け入れて納得して関わってきた、私を含めた多くの人は立つ瀬がないでしょ?ライアンの場合は、自分の生き方を反省したのではなく、ちょっと寂しくなって心境が変化しただけ。このくらいでハッピーになれるほど、世の中甘くはないわけです。

映画はしかし、この後の描き方が秀逸です。ライアンの仕事や生活は何も変わらないのに、一皮むけたライアンの、複雑な心境が手に取るようにわかるのです。例えば飛行機の中で機長に、「あなたのお住まいは?」と聞かれたライアンは、「ここだ」と応えます。以前なら胸を張って答えたはずの言葉が、今では虚しいライアンの心を象徴する言葉になっていました。

冒頭リストラに「ローンはどうするんだ?子供の教育費は?」「妻に何ていえばいいんだ?」と、怒り狂い落胆していた人々がラスト再び出てきます。そしてどん底の苦しみから彼らを救ったのは、家族だったと口々に語ります。それはライアンと観客に向けた、今後のライアンの生き方のヒントなのでしょう。

クルーニー、ファーミガ、ケンドリックスは全てオスカーノミニーです。クルーニーは、セルフイメージを少々変化球っぽくした役柄がとてもマッチ。立派な大人なんだけど、どこかしら子供っぽさが抜けない彼の特性も生かせています。ケンドリックスは、嫌味に観えがちなナタリーを、実は純情で可愛い子なんだと、しっかり観客に感じさせる好演でした。

私が一番感心したのが、ヴェラ・ファーミガ。アレックスを演じて絶品でした。大胆で美しくて包容力があって。狡猾なのですが、決して食えない女ではありません。理想の人を語る中に、彼女の全てがあったのだと思いました。リストラされた人々やライアン同様、会社に翻弄されるまいとして、アレックスは自分で自分を作り上げたのでしょう。ライアンに電話を入れる姿は、私は彼女なりの誠意だと思いました。空港ではなく、ライアンが自宅に帰る電車の中で受けたというのが、そのことを表していると思います。

曖昧な着地ですが、ライアンがナタリーに向けた餞、マイレージの使い方を見ると、ちょっと嬉しい気がします。以前とは違う、厳しい表情で空港を見上げるライアンとは反対に、私には彼が地に足着いた、着実な人生を歩み始める一歩のような気がしました。





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