ケイケイの映画日記
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2009年10月08日(木) 「空気人形」




台風迫る中、心斎橋まで出向いて観てきました。でも夫には黙っています。
どんな映画や?と聞かれて、「ダッチワイフが心を持って、ピノキオ化する話」などと言うと、台風の中、何でそんな映画!と言われそうだからです。だって監督は是枝ですから・・・、と言ったところで、是枝?誰それ?どちらさん?の世界の我が夫。まぁ普通はそうなんでしょうねぇ。一部哲学臭い部分に白けましたが、何と言ってもペ・ドゥナ!彼女の素晴らしさが全部帳消しにしてくれる作品です。

下町の古びたアパートに住む中年男の秀雄(板尾創路)は、空気人形のダッチワイフ(ペ・ドゥナ)をこよなく愛していました。ある日、秀雄が仕事に出かけた後、空気人形は心を持ち人間化してしまいます。初めて外に出て、世間を観て回る空気人形。レンタルビデオ屋が目に留まり、彼女は昼間はそこでアルバイトすることに。そして店員の順一(ARATA)に恋してしまいます。

「空っぽ」という言葉がキーワードになって、心を持った空気人形を通じて、人生の空虚や孤独を描いています。冒頭二人分の食事を前にして、一日の出来事を妻に語るような秀雄を挿入。そこから生々しい人形とのセックスシーンがあり、これはファンタジーで終わらせる気はないのだなと、最初に「覚悟」できます。行為後、空気人形の中の人口膣を洗う秀雄。私はこういう仕様になっているとは知らなかったので、何とも侘しい気がしましたが、それはこちらの感じ方で、秀雄自身は妙に達観しているように見えます。

街を歩き、働き、恋をすることで、自分は何故生まれたのか?私は誰かの代用品なのか?昼は順一に恋する乙女。夜は秀雄の性欲処理に使われる空気人形。心を持った事で、哀しさや切なさを経験する様子が、詩的な静かさで流れていきます。

彼女を取り巻くゴミ屋敷に住む過食症の女(星野真理)、犯罪マニアの老婦人(富士純子)、病気を持った元高校教師(高橋昌也)、二人暮らしの父娘、とうの立った受付嬢(余貴美子)、ストレスの溜まった浪人生(柄本祐)、一人暮らしの店長(若松了)、などの、それぞれ人との距離の取り方の不器用な、心に虚しさを託つ人々を配置して、人生においての空気人形の思いの普遍性を浮かび上がらせています。が・・・。

この周辺の人々が、私には類型的であまり面白みがなかったです。如何にもいそうですが、私の周りには一人も似たような人さえいません。リアルなようでリアリティがない。想像の産物でいいいのだけれど、空気人形との絡め方も上手く機能しているとは言えません。だいたい一人暮らしの人ばっかりなんですよね。家庭がなく一人暮らしだから孤独や空虚を感じるとは限らないはずです。

この辺詩の引用があったり、作り手の説教臭さと言うか、ほら、こうやって人生は回ってるんだよ、という哲学的な部分に押しつけがましさを感じて、ちょっと白けました。まぁねこの辺はこちとら嫁業・母親業が長く、自分の代用品なんかあってたまるかのプライドで、脇目もふらず(最近はふってますが)突っ走ってきたので、こういう想像だけの描き方では、ピンと来ないというのが本音です。

しかしそういう不満をうっちゃって、素晴らしいものを観た!という思いにさせてくれたのが、ペ・ドゥナの尋常ならざる好演です。今年30歳の彼女ですが、この愛らしさは犯罪じゃないのか?というほど、「お人形さん」っぷりが絶品です。ヌードシーンもふんだんにあるのですが、ペ・ドゥナの長い手足を生かした美しい裸身は、アンドロイドそのもの。体臭を一切消した演技からは、セックスシーンでさえ透明感が溢れています。空気人形が自分で人口膣を洗う場面がありますが、色々な見方があるでしょうが、私は洗う事で彼女がバージンに戻るような気がしました。

セックスシーンより濃密だったのは、空気の抜けた彼女に、順一が空気を吹き込むシーン。体は人形なので、セックスでは快感を得られないはずの彼女ですが、愛する人の息で体が満たされる際の、恍惚とした空気人形の表情は、セックスそのものだったと思います。心も満たされるのですからね。清楚なエロティシズムの漂う場面でした。

自分を作った人形師(オダギリジョー)に会いに行く彼女。そこでの「生んでくれてありがとう」の言葉は、苦しきのみこと多かりきに見える空気人形の人生が、彼女なりに価値のあるものであると見出しているからでしょう。平凡な言葉ですが、彼女の口から聞くと、とても重い言葉です。

ラストは衝撃的でしたが、まぁこのラストしかないかな?彼女はただ愛する人に、自分と同じ幸福感を味わって欲しいと思っていただけだから。

ちょっと不満はありますが、素敵な作品であると思います。勝因は一にも二にもぺ・ドゥナ。グロテスクな場面、生々しい場面もたくさんあるのに、美しいものを観たと感じさせるのは、全て彼女のお陰です。最初は韓国から招いてまで、何故ペ・ドゥナ?と思いましたが、こんな大胆なシーンがふんだんにあれば、日本の若手女優は本人はやりたがっても、事務所がNGだわなぁ。日本の女優さんたちは、この作品を観て是非ペ・ドゥナの女優根性に嫉妬して下さい。女優の裸は、100のセリフよりずっと物語を語ってくれるものです。





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