ケイケイの映画日記
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2009年06月17日(水) 「レスラー」




うわっ、もうすっごく良かった!老レスラーの復活劇かと思いきや、復活なんか全然しないし、老いの孤独とみじめさが画面いっぱい広がるのに、主人公のプロレスにしがみつくレスラーの性が、万感胸に迫るのです。そして壮絶で苦いはずの幕切れの、とてつもない幸福感。本当に素晴らしい!監督はダーレン・アロノフスキー。

80年代に一世を風靡したレスラーのランディ(ミッキー・ローク)。今は落ちぶれて、平日はスーパーで働き、週末はドサ周りで試合をするプロレスラーです。ある試合の後、倒れた彼は、長年の筋肉増強剤や鎮痛剤のせいか、彼の心臓はボロボロで、バイパス手術を施され、もうリングには立てません。心寂しくなった彼は、なじみのストリッパー、キャシディ(マリサ・トメイ)に会いに行きます。そこでキャシディから娘に会う事を薦められ、数年ぶりに娘ステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)に会いに行きます。

冒頭往年のランディのスーパースターぶりを派手に見せた直後、場末の試合で僅かなギャラをもらう姿を映し、現在の彼の様子を上手く浮き上がらせています。リング上では流血のファイトを見せるプロレスラーたちですが、楽屋裏では実に和気あいあい。組み合わせが決まると、二人で段取りを決めどちらがどう立ち回るか、話し合います。こう書くと、やらせみたいですが、プロレスはやらせではなく、ショーです。それも命がけの。

筋書きがあるのは、ファンが一番良く知っているはず。それでも熱狂するのは、怪我や流血も恐れず、磨き上げた肉体を使った最高の技を、観客に楽しんでもうおうと懸命な彼らを、理解しリスペクトする心があるからでしょう。

トレーラーハウスの家賃が払えずとも、ロングの髪を金髪に染め、逞しく見えるように日焼けサロンに通うランディ。長年ステロイドなど、筋肉増強剤も使っていたのでしょう。鎮痛剤をお菓子のようにかじる姿も、若いならともかく、老境に差し掛かる今は痛ましいです。もちろん肉体的なトレーニングも欠かしません。若いレスラーたちが、一様にランディに敬意を表するのは、かつて名を馳せたからだけではなく、老いた今でも、「プロ」レスラーとして、たゆまぬ努力を続ける彼に、プロレスへの深い愛を観ているからでしょう。

寂しさからか、憎からず思っているキャシディに好意以上のものを見せるランディ。年増ストリッパーとして、屈辱的な客の冷やかしを聞き流すキャシディとて、同じ種の寂しさや侘しさは感じています。しかし素直になれない彼女。「私はこぶつきなの。そんな女、いやでしょう?」との言葉に、ランディを傷つけまいとする、聡明な女心が覗きます。本心はランディに惹かれる彼女ですが、子供のいるキャシディにとって必要なのは、子供ともども愛してくれて、安定した生活を送らせてくれる人のはず。ランディは対極にいる人です。決して自分の熱情だけでは突っ走れません。

ローク以上に私が期待したトメイですが、底辺に生きるシングルマザーの、包容力や母性、女としての経験値の高さを隅々まで感じさせるキャシディを、豊かにきめ細かく演じて、本当に素晴らしい!誰だって好きになりますよ、こんな女性なら。ストリッパーとしての妖艶さも、あまりに脱ぎっぷりがよくて、同性の私も、その気風の良さに感激するほど。40半ばのはずですが、プロポーションも抜群だったし、踊りも本職さんに習ったそうで、とてもセクシーでした。

娘役のウッドも、負けず劣らず良かったです。最初確執のある父を拒否しながら、すぐ受け入れる様は、素直な良い子であると感じさせます。親に愛されなかったと思う子供は、どこかしら自分に自信がなく、己を否定しがちです。そのことに、彼女はまだ気づいていないはず。あの成り行きは、ステファニーの年齢からは当然で、大人として親と接せられない子供の心を、ウッドも胸に沁み入るような演技でみせてくれます。

一時は引退を納得する彼が、引退した往年の選手たちとともに出席したサイン会。すっかり老いた車椅子や義足の元レスラーの姿を映します。そこにはもう「プロレスラー」の面影は全くありません。場末でも何でも、自分の輝く場所はどこなのか、彼は思い知ったのではないでしょうか?

ラストの試合で語るランディの、「俺の引退を決めていいのはファンだけだ。ファンが俺の家族だ」との言葉は、とても感動的です。本当の家族からは逃げられ、愛する女性との間ももどかしく進展しない、そんなろくでなしで不器用な男を心から愛してくれるファンを、家族だと言い切るランディ。彼の居場所は、リングしかありません。それは寂しさからだけではなく、虚構にしか生きられないからでもなく、ランディという男の宿命ではないかと思います。決して現実逃避だとは、私は思いませんでした。ストップモーションで終わるラストは、観る人に委ねられますが、私には「至福」と言う言葉しか、頭に浮かびませんでした。

大好演の女性二人に支えられ、アロノフスキーがランディ役に熱望したというロークが、期待以上の演技でとにかくお見事でした。どうしても本当のロークの俳優としてのキャリアがダブって感じますが、それも良いスパイスでしょう。セクシー系の優男だった人ですが、こんなにワイルドなろくでなし親父が似合うようになるなんて、人生捨てたもんじゃないですね。私は「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」の彼が一番好きでした。その頃の画像です。

まっ、今とだいぶ違いますが、今作で彼のファンになる人も多いかも?とにかく抜群のおススメ作品です。私はアロノフスキー作品は初めてですが、多分今までの作風とは異なっていると思います。プロレスラーの生きざまという骨太の幹を主体に、底辺に生きる人々へ、厳しくも温かい眼差しで繊細に描いた秀作でした。


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