ケイケイの映画日記
目次過去未来


2009年01月30日(金) 「ファニーゲーム USA」




ぎゃー、怖い!そんじょそこらの、血まみれホラーの何十倍も怖いです。1997年に、監督のミヒャエル・ハネケが作った「ファニーゲーム」を、舞台をアメリカに移しての完全セルフリメイク作。だそう。ワタクシ元作は未見です。ハネケ作品は「ピアニスト」一作しか観ていませんが、「この作品、良かったです」というと、たいていの方にドン引きされます。ひからびた根性悪の(変態でもある)中年女の悲喜劇なんですが(そう、喜劇の部分もあるんすよ)、主人公エリカが何故こんな女になったか、そこに母親の執着の愛と支配を観たとき、まかり間違ったら、これ私だったかも?という気になったからです。そうすると俄然彼女が理解出来ました。

私の母親も同じタイプで、真面目で優等生タイプの私(自分で言うか?)には、当時の価値観からは順当な、平凡な結婚をし、男子に恵まれと満足していました。特に男の子を産みたかった母は、長女の私が男の子を産んだことに大満足。「これであの男(私の父親)に復讐出来た」と、産科のベッドで横たわる私に喜々として語り、もうおっぱい止まるかと思うほどのショックを、娘に与える母なのでした。

妹はちょっとナンパで人目を引く容姿をしていたので、これまた虚栄心満タンの母には、別の意味での欲望を満足させるのに、格好でした。まぁ妹のことなんでね、深くは書けませんが。とにかく己の理想の女の在り方を、娘二人で実現しようと、やっきになっていた人です。子供と言うのは、親の望むような子供であろうと頑張るもので、私たち姉妹は従順に母の言いつけを守っていたと思います。

なので中年になってもまだ処女のエリカの奇行や、老いた母に「このくそ婆!」と罵りながら、母親をぼこぼこにしばいたかと思うと、一転今度は母に「ママ、ママ、愛してるわ!」とすがりつく姿なんぞ、本当にぞっとするぞ。この様子に笑いもしたけど、その後非常に痛ましい気になりました。だって私がずっと独身であったなら、エリカにならない保証など、どこにもないわけです。特に母が生きていたなら。この作品を観たとき、母が早く死んだのは(享年55歳)、私たち姉妹のためだったんだなと、心の底から感じたものです。

というような感慨は、今回の「USA」版には全くなかったです。そんなウェットな思いを抱かせる間もなく、たたみかける神経逆なで、胸糞悪い描写の連続でした。しかし観た後の感想は、潔いというか、奇妙な爽快感があるんですから、さぁお立会い。

別荘に遊びに来たファーバー家。夫のジョージ(ティム・ロス)と妻のアン(ナオミ・ワッツ)と一人息子のジョージ(デヴォン・ギアハート)は、この休暇をとても楽しみしていました。そこへ隣家に滞在中のポール(マイケル・ピット)とトム(ブラディ・コーベット)がやってきて、折り目正しく卵を分けて欲しいと言ってきます。しかしこれが惨劇の始まりでした。

仲良し家族が、二人の青年から不条理な暴力に遭うお話、というのは知っているので、ポールとトムの一挙一足に目が離せず、始終ピリピリした緊張が襲います。まるでガラスをキキィーとこするような不快感を描き、それが沸点に到達したかと思うと、二人は本性を見せ始めます。もうここまで本当に怖い怖い。

評判の暴力シーンですが、正直大したことはありません。しかし決して恐ろしくないのではなく、大量の血糊や惨殺シーンなど、映画的ケレン味のある演出をしていないだけです。知人の家に助けてもらおうとして、そこで死体を観る。逃げ回りどこに相手がいるかわからない恐怖。助けを求めて真っ暗な誰もいない夜道を走る様子。そして容赦なく女子供までも手にかける。まるで犯罪ドキュメンタリーを観ている感じと言ったら、ご理解いただけるでしょうか?、得体の知れない恐怖に直面すると、人間ってこんな反応するんだ・・・と、結構間の抜けた、しかし必死のファーバー家の人々の様子に、返ってリアルに暴力を体感します。

何が潔いって、この二人の青年が、何故こんな酷いことをするのか、一切説明がないことです。彼らにはただのゲーム。彼らを病的だとも、心の闇を抱えているだのという「言い訳」が、全くありません。それが却って、どんな理由があろうとも、暴力は暴力、絶対ダメなのだと、私には強く感じました。

チャンスがあるのに、相手を撃つ事ができない息子、こんなどうしようもない状況で、妻に「申し訳ない」と謝る夫の姿。夫として父親として男として、自分の不甲斐なさを心から詫びています。そして足を折られた夫もいっしょにと、決して自分だけ逃げようとはしない妻の姿。これが理由なき快楽的な暴力を楽しむ二人の対比となって、人間の持つ良心や善なる心は、どんな状況においても、失われることはないのだと、逆説的に浮かび上がらせています。

出演者はみんな好演。特に演技派の誉れ高いワッツは、散々な姿にされ、鼻水垂らす大熱演ですが、プロデューサーにも名を連ねているそうで、さすがだと感心しきりです。

マイケル・ピットがカメラに向かって話したり、リモコンで巻き戻しして場面を別方向に展開させたりとと、ちょっとしたおふざけがありますが、私はユーモアだと感じました。何度も逃げるチャンスがあって、その度にこっちまでドキドキしてと、そういう疲労感はありました。でも評判ではかなり精神的にやられると聞いていましたが、そうでもなかったなあ。それは一見全く救われないお話だと描いているのに、私が勝手に光を見出したからでしょう。うん、これでハネケは私には合う!と確信したと言ったら、また変人扱いされるかなぁー。


ケイケイ |MAILHomePage