ケイケイの映画日記
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2008年09月25日(木) 「12人の怒れる男」




有名な元作のシドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演の作品は、中学生の頃テレビで観ました。1957年制作の作品で、これがアメリカのヒューマニズムというものかと、当時の私は痛く感激。同じ時くらいに「アラバマ物語」もテレビで観賞。「暴力脱獄」を観たのもこの頃だったかしら?浴びるほどたくさん観たハリウッドの秀作から、思春期の私は、正義と勇気の定義めいたものを学んだ気がします。その金字塔的な作品がルメット版でした。こんなオールドタイプのアメリカのヒューマニズム的作品を、今のロシアを舞台に、どういう作品になるのかと興味津々でしたが、これが素晴らしい出来!リメイクした意義がきちんとあり、まぎれもなく現代ロシアを映した作品になっています。監督はニキータ・ミハルコフ。陪審員の議長として、出演もしています。

ロシアの裁判所。チェチェン出身の少年が、元将校であるロシア人義父を殺したとして、裁判にかけられています。物的証拠、目撃者もいますが、少年は否定。少年が圧倒的に不利な中、12人の陪審員に判決は委ねられます。
早く済ませてしまいたい陪審員たちはほとんどが有罪を投票しますが、たった一人だけ、少年の運命を決めるのに、こんな簡単な審議でいいのかと異を唱え、無罪を投票。評決は12人一致でなければなりません。審議は振り出しに戻ります。

審議場所が学校の体育館に変更になったのが生きています。ロシア人俳優たちは皆体格が良く、元作と同じような個室なら、暑苦しくてしようがなかったでしょう。舞台的な唾が飛んできそうな熱演も、広々としたこの空間なら、観ていて充分受け入れる事が出来ます。そして杜撰なパイプの処理やすぐ落ちるブレーカー、トイレに薬物の痕跡を残す注射器が見つかるなど、ロシア社会の縮図を、そこはかとなく表現しています。

無罪を唱えた陪審員は、元作の颯爽としてハンサムで知的な、ヘンリー・フォンダのような人ではありません。おずおずと自信なさそうな様子で意義を唱える姿からは、それ故の信念と誠実さも感じさせます。そして次に無罪に投票したユダヤ系の老人の語る自分の奇跡の体験談以降、陪審員たちが皆が問わず語りに語った、自分の人生から得た体験・経験・知識を元に、有罪無罪を判断して行く様子は、とても説得力があります。

階級・年齢・職業の違いを越え、それぞれが滲ます人生のエピソードには、ロシア人として生まれついた、或いはその時代に生きたがためのものであると感じせています。時代のうねりの中で苦しみながら這いあがってきた、その人だけの哀歓と強さを感じさせ、12人全てのキャラの描き分けが出来ています。一様にロシア人と括りがちですが、当たり前ですが、違う思考であると感じさせます。それはロシアの民主化を表しているのでしょう。

討議の間に、少年がチェチェンで平和に暮らしていた様子、戦火を潜り抜けた悲惨な様子が挿入してあり、この辺の描写が秀逸。しかしむごさだけを強調せず、留置所で楽しかった子供時代に習った踊りを踊る少年からは、清廉な美しさも感じられ、それは私には彼の希望を捨てない心が表現されているように思えました。

次々と陪審員たちによって暴かれる杜撰な捜査と弁護。拝金主義に陥り、悪い意味で資本主義化しているロシアの、問題点が浮き彫りになります。自分の見たいように見ていた少年を、一人一人が我が身と置き換え審議して行く様子は、たった独りの勇気ある反対意見によって導かれたものである事に、元作と同じ「勇気と正義」を感じました。

清々しいラストで開放感をもたらしてくれると思いきや、このロシア版には重くて洒落たオチがついています。とても重大なロシアの現在の負の部分は、監督が自ら役を通して語ってくれます。全てが終わった後、「これからはニコライおじさんだ」と語る監督の言葉に、思わず自分の顔が輝くのがわかりました。今まで不本意な選択を、ロシアの人々はしてきたのではないでしょうか?これからは自分の意志で生きる、そういう強さを感じました。感動して泣くのではなく、強い心を受け取ったので、私の心も輝いたのでしょう。

体育館に紛れ込む小鳥は、少年だなとずっと思っていました。ラスト吹雪の中に自由を求めて飛び出す小鳥は、少年だけではなく、ロシアの真の民主化への風雪を感じさせます。ここでも困難がわかっていても、自由への渇望を感じます。

オールドスタイルのアメリカの正義を、ロシア的にとても上手く浄化して、硬骨なロシアの正義を見せてもらいました。リメイクとしても一つの作品として見ても、とても優れた作品だと思います。160分の長尺ですが、是非劇場で味わっていただきたい作品です。


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