ケイケイの映画日記
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2008年09月22日(月) 「パコと魔法の絵本」




先週の金曜日に、台風が来そうだというのに観ました(結局雨も降らず)。この作品の予告編を観て、相当引いておりましたが、監督が中島哲也ということで、いやいやながら観てきました。負ける喧嘩も行かねばならぬ男心というものが、ちょっぴり理解出来たような鑑賞前でしたが、観た後は滂沱の涙。やっぱり中島哲也は素晴らしい!

ヘンテコな洋館に住む青年(加瀬亮)の元へ、一冊の絵本が観たいと、堀米(阿部サダヲ)という老人がやってきます。堀米は亡くなった青年の大伯父に当たる大貫(役所浩司)と知り合いでした。堀米は尋ねられてもいないのに、過去の経緯を語るのでした。

ちょっと昔、変人ばかりが集まる病院に入院していた大貫は、偏屈で我がままな老人で、「お前が私を知ってるってだけで腹が立つ。気安く私の名を呼ぶな!」などど、暴言はき放題な困った患者でした。当然病院でも嫌われ者です。そんなとき、嬉しそうに「ガマ王子とザリガニ魔人」の絵本を読む、可愛いパコ(アヤカ・ウィルソン)と出会います。誤解からパコを殴った大貫は、翌日パコがそのことを覚えていないのに驚きます。パコは事故で記憶が一日しか保てないのです。後悔する大貫。思わず殴ってしまったパコの頬に手を当てると、「おじさん、昨日もパコの頬に触ったよね?」と、不思議そうに尋ねるパコ。以来悔い改めた大貫は、何とかパコの記憶に残りたいと願い、入院患者たちに、「ガマ王子とザリガニ魔人」の劇をやろうと持ちかけます

回想シーンが始まるまで、相当後悔しました。だってもぉ〜、洋館は意味無く不可思議なオブジェが散乱し、タレントの肖像画に混ざってムンクの「叫び」はあるわ、下では美しいとは言えないご婦人たちのフラダンスショーはやってるわ、ハッキリ言うと、極彩色のゴミだめみたいなわけ。しかし阿部サダオのお陰で何とか頑張ろうという気になります。極彩色のゴミだめにも負けない、唯我独尊の彼のハイテンションに救われるという、この不思議。

回想シーンになっても、画像のキャストは皆めっちゃめちゃ作り込んだ扮装と演技です。物欲の塊ナースの小池栄子なんか、絶対わかりません。大貫の扮装もリア王みたいだし、おかまの国村隼、瓶底メガネでもじゃもじゃ頭の医師・上川孝也、栄光から滑り落ちた元子役室町・妻夫木聡などなど、いつもはアクを感じない人まで、すんごいアク。でもこういう舞台的感覚の作品では、このくらい思いっきりやってくれた方が、断然作品にマッチするのですね。毒を持って毒を制すとゆーわけか。この辺から目と心が慣れてきたのか、段々と面白くなってきて、いっぱい笑います。

「クリスマス・キャロル」っぽい方向で大貫は改心していくわけなんですが、ここはあっさり改心します。そこで耳に残るのは大貫が語る「自分は独りで生きて来た」のセリフ。これ私の親父の口癖でもあるわけで。うちの親父は孤児同然でして、会社を始める時、私の母方の祖父母にお金を借りたそうです(自分じゃ言わない)。四人いた妻(私の母は三番目)が支えてくれたろう事も、商売やってて助けてくれたであろう人も、色々いたはずですが、そんなことは露ほども娘には語らず、如何に「自分は独りで生きてきたか?」と、年寄り特有の美化入り混じりで、己の人生を語る訳です。なので私は、大貫も孤児だったのではないかと想像しました。

私はこれを悪いと言っているのではありません。他に支えてくれた人を忘れてしまうほど、「親がいなかった」というのは、本当に辛いことなのだと思うのです。なので大貫を「おじさん」と呼ぶ浩一(加瀬亮 二役)はいますが、私は遠縁の子なのだと想像しました(うちの父親も一人っ子。いとこアリ)。なので記憶の事だけではなく、事故のため孤児の身の上になるパコに自分を重ね、彼女への思い入れが加速したのだと感じました。これが男の子なら、大貫は人生で初という涙は流さなかったのじゃないかなぁ。自分のように強くあれ、と思うでしょうし。

ヘンテコな患者たちにはそれぞれヘンテコな背景があり、ヘンテコなペーソスを漂わせます。それにしんみりしていると、ドリフ風のコントあり、「魅せられて」を歌うおかまの国村隼ありと、ずっとしんみりさせてはくれません。でも面白いんだなぁ。若い子はこんなのわかるのかなぁ?と思っていた時、ヤンキーナース・タマ子役の土屋アンナの室町への説教を聞き、なんと私の心の浮かんだのは、あの美空ひばり。

以前観た美空ひばりの特集番組である投書が読まれました。

集団就職で都会に出てきたが、辛いことばかりで自殺をしようと思った。そんな時いつも心の糧にしていたひばりさんの歌が流れてきた。私に自殺するな、頑張れば良い事があると励まされるような気がした。以来辛い時には彼女の映画を観て歌を聞いて、頑張ってきた。今では息子夫婦と孫に囲まれ幸せに暮している。

こんな内容でした。これを聞いた時ほど、心底美空ひばりはすごい人だと思ったことはありません。だって見ず知らずの人の自殺を思い止まらせたんですよ?きっと投書主のような人が、他にもたくさんいたのでしょう。昔はファンの人生を支えるスターが、たくさんいました。タマ子にとって室町は、彼女の美空ひばりだったんだなぁと涙していた私は、あぁここの病院の時代は、昭和なんだと初めて気づきます。トリッキーな作りなので、わかりませんでした。さっきから数々のエピソードで私が泣いて笑って流していた涙は、昭和の哀歓を見せられていたからなのですねぇ。「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」で、父ヒロシの臭い靴の匂いで、走馬灯のようにヒロシの生い立ちが流れる時に流した涙と、似た涙でした。

阿部サダヲが歌う「人間なんて」も、「大人帝国の逆襲」の時に流れていた同じ吉田拓郎の、「今日までそして明日から」を意識したのかしら?歌詞の内容が真逆なのですね。「今日までそして明日から」からは希望が見出せ、「人間なんて」は不透明な今の時代を映し。

涙の止まらない大貫が、「私はこんな弱い人間ではなかったのに」と語ると、医師は「弱いとダメなんですか?」と問いかけます。これは前を向き勝つことだけが命題だった、昭和には無かった答えです。頑張っても報われることが少ない現代に向けての言葉だと思いました。

CGと扮装した患者たちが合体した「ガマ王子とザリガニ魔人」の場面は、非常に見応えあり。躍動感とユーモアに富んでいて、子供達は大喜びするんじゃないでしょうか?CGと生身の人間との境目もあまり感じられず、上手くつないであります。日本のCGはチャチな感じのものが多いですが、これはハリウッドのものと、遜色ない出来だったと思います。

舞台を思わすアクの強い演技で頑張るキャストの中、とにかくパコ役のアヤカ・ウィルソンが超可愛い!子どもなりの透明感を漂わせ、とても素直な演技です。「パコ、今日が誕生日なんだよ!」を聞く度、涙がボロボロ出ました。

パコの記憶に残りたいと思った大貫の心は、きっと彼の残りの人生を豊かにしたでしょうね。誰かのために何かをしたいと思う気持ちは、結局は自分の支えになるんだと、このヘンテコな人たちに教えてもらえます。予告編で引いてしまった人は、騙されたと思って観て下さい。「こどもが大人に読んであげたい物語」というのは本当です。子供たちに連れて行ってもらって、懐かしい時代の香りを嗅いで、先行き不安な今の時代を乗り切りましょう。ゲロゲ〜ロ!


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