ケイケイの映画日記
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2008年07月08日(火) 「クライマーズ・ハイ」




この作品、原作は人を引き付ける魅力があって、面白いのだろうなぁと、ずっと思いながら観ていました。新聞社内部の記者たちの描き方に見応えがあるものの、全体的に繋がりの悪いシーン、意味のないシーンが多く、散漫な印象が残りました。社会派の力作にしたいとの意気込みは伝わってきましたが。監督は原田真人。しかしこの中途半端な「芸風」は、佐々部清かと思いました。

1985年の8月。群馬県の地方新聞社である北関東新聞は、乗客524人を乗せた日航ジャンボ機が、長野県と群馬県の間に墜落したとの報に、色めき立ちます。当地で起こった未曾有の大事故に対し、地方新聞のプライドの賭けて、全国紙に対抗したい北関東新聞は、全権を遊軍記者の悠木(堤真一)に任せ、社一丸となって、この事故のスクープに凌ぎを削ります。

タイトルの「クライマーズ・ハイ」なんですが、これは悠木が登山好きというところから来ています。意味は、「登山中に興奮状態が極限にまで達し、恐怖感が麻痺すること」だそうです。これは体験したことのない地元の大事故を前にしての、記者たちの心境を表しているのだと思います。なので登山中の心境や何故山に登るのか?という問いに対し、良い記事を書きたい記者の心と掛けて、紐解いて行かねばならないはずが、これが上手く機能していません。

悠木の登山仲間で、販売部の安西(高嶋政弘)が出てきますが、背景やキャラが描き込み不足で、お話から浮いています。過労でクモ膜下になってしまうのですが、直接命じられた仕事の内容があまりにお粗末で、これで倒れるとはあまりに愚鈍に感じ、安西が可哀想です。悠木は20数年後、日航機事故のため果たせなかった登山を、安西の遺児と登るのですが、この部分も原作が長尺なら、無理に入れずとも良かったかも。この部分が入ると、新聞社内での緊迫したムードが台無しになり、鼻白む思いがします。

安西が倒れるほど頑張った仕事というのは、前社長秘書(野波麻帆)が社長(山崎努)から受けたセクハラをもみ消して欲しいと言うことです。しかし彼女の語る辞めた理由とは、セクハラの部分より今で言うモラハラ(モラル・ハラスメント)ではないかと感じました。当時はそんな言葉はなかったですが、モラハラは現代であっても「我慢が足りない。考えが甘い」と理解されないことも多く、地方とは言え新聞社のオーナーが、元社員の口封じにやっきになるのは、無理があります。彼女が悠木を好きだったというのも、全然筋に絡みませんし、要りません。社長が無慈悲で慇懃無礼な人だと描きたいのなら、他のシーンでわかります。山崎努の好演で、充分腹が立ちましたから。

記者として優秀であろう悠木が、出世を拒み未だ遊軍であるのは、母親がアメリカ軍相手の娼婦で、父親が誰かもわからないという、彼の生い立ちや育った背景に隠されているような描き方です。しかしそれがどう影響したかは、全然描かれていません。ただ同僚たちに囁かれるだけで、主婦の井戸端会議並みです。

ワーカホリックの悠木が、妻子に三行半を突き付けられたのはわかりますが、社の騒然とした様子を見ると、それは他の記者も同じのはず。何故悠木だけが家庭に恵まれず拒絶するような男になったのか、その理由を「母親が洋パンで、ててなし児」だけで終わらせるのは、あまりに乱暴です。

対して社の中での、原稿の締め切りに追われる様子や、他者にスクープを抜かれまいと必死になる様子、新聞の一面を飾るのは如何に重大なことなのか、上司との激しい対立の様子、などなど、殺気立ちながらもイキイキした様子は、とても面白く観ることが出来ました。

私は新聞というのは、社の人間一丸となって、良いものを作ろうという気持ちの結晶だと思っていたのですが、販売部・宣伝部・社会部など部によって皆、己のメンツを賭けて、丁々発止やり合う様子が面白く、ただ協力し合うだけが良い物を作るわけではないなぁと、痛く感じました。この辺も興味深かったです。

私が一番心打たれたのは、確執のある上司(遠藤憲一)を、とあることの相談相手に選んだ悠木のため、そのことを他の二人の上司に悟られまいと、同期の二人(田口トモロヲ、堀部圭亮)が助太刀する場面です。特に堀部演ずる同僚は、悠木とはソリが合わないと描かれていましたが、その彼が悠木に協力する姿は、学校の同級生とは異なる、会社での同期の情を強く感じさせ、サラリーマン諸氏が観たなら、胸が熱くなるかもなぁと感じました。その他、出世の遅れていそうなレイアウト担当の整理部長(でんでん)が、議論が白熱すると、同期前後の上司にタメグチを利くのも愉快でした。

ラストは完全に不要。要するに社の中での出来事は十分消化出来ているのに、社の外の出来事は、全く機能していないか不必要なのです。唯一社外の出来事で面白く観られたのは、緊張感が出ていた取材現場だけです。

日航機事故が題材ですが、この事故にまつわる事柄はあまり出てきません。でも記者と新聞社が中心の話ですから、これは的を絞るため良い判断だったと思います。一地方新聞社の、全国紙に負けたくないというプライドは、充分伝わってきました。これは演じる俳優さんの頑張りのお陰かな?なので悠木の生い立ちや背景には拘らず、記者たちの威信を賭けた戦いの様子だけを重点に置けばよかったかと思います。それでも充分にヒューマンな作品になったと思います。脚本の刈り方が中途半端な気がしました。

NHKでドラマ化もされているとか。NHKのドラマ作りは定評があるので、機会があれば観たいです。でもやっぱり原作を読む方が先かな?


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