ケイケイの映画日記
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2008年06月17日(火) 「イースタン・プロミス」




ヴィゴ様全開!待ちに待ったこの作品、レディースデーでもリーブルの会員デーでもない月曜日に観てきました。ヴィゴ様のためですもの、1500円だって払いますわよ(劇場会員なので300円引き)。聞いてはいたのですが、クローネンバーグにしては、至ってノーマルな、心に沁み入る社会派ミステリーの傑作でした。いや、確かにクローネンバーグらしいグロテスクな場面はあるんですけどね。そう言えばヴィゴ&クローネンバーグの前作「ヒストリー・オブ・バイオレンス」も、そんなこと言われてませんでしたっけ?ふ〜ん、ヴィゴ様がクローネンバーグを進化させたのかも?

ロンドンのとある病院に勤める助産師のアンナ(ナオミ・ワッツ)。救急で運ばれてきた臨月のロシア人少女は、女の子を産むと、ほどなく死亡します。アンナは少女が残した日記を手掛かりに、必死で赤ちゃんの身内を探します。ロシア語のわからないアンナは、日記に挟まれていたカードを手掛かりに、ロシア料理店のオーナー、セミオン(アーミン・ミューラー・スタール)まで辿りつきます。しかし温厚そうなセミオンの裏の顔は、ロシアンマフィア「法の泥棒」のボスで、少女の日記には彼らの秘密が記されています。セミオンの息子キリル(ヴァンサン・カッセル)の運転手で、謎めいた男ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)は、「深入りはするな」と、アンナに忠告します。

ノーマルと言っても18禁、かつてデビッド・リンチが「ストレイト・ストーリー」という、「まともな感動作」を作って、観客の度肝を抜いたのとはちと違い、こちらは細部に監督の趣味が感じられます。まずは「血」。冒頭の喉元かっきっての殺人場面や、14歳の若過ぎる母の痛ましい陣痛を知らせる様子など、非常に生々しく印象に残ります。美貌のヒロイン(ナオミ・ワッツ)を起用しながら、ニコライへの恋に身を焦がすのはゲイ(多分)のキリルで、この二人のツーショットは艶めかしく、常に同性愛の匂いが立ちこめます。ロシアンマフィアの人生を映す全身のタトゥー、そして話題のサウナでの全裸バトルなど、細部の彩りもケレン味たっぷりなんですが、それのどれもが、リアリティを持って観る者に迫ります。

で、ヴィゴ様。初登場シーンから、ただの運転手なわきゃない怪しさです。注意深く見ていれば、彼の秘密はわかったはずなんですが、あまりのクールなカッコ良さぶりに、ワタクシ萌え萌えで観ていたので、全然わかりませんでした。善なのか悪なのか?生い立ちは?セミオン親子への忠誠心は本物か?アンナへの思いは?等々、謎めいた佇まいは、全て表とは裏腹なんじゃないかと思わせるのですが、それがヴィゴのキャラと重なって、強烈な魅力となって伝わってきました。

全裸のバトル場面は、その衝撃性だけが興味本位で取り上げられていますが、私が痛感したのは、裸とは何と無防備なものかということです。場所はサウナで、相手は服を着て靴も履き凶器も持っている。文字通り裸で相対するのは、とてつもない恐怖なのだと感じるのです。ニコライのその姿は、全く自分の人生には関わりなかったマフィアと闘う、アンナの姿とリンクします。サウナの場面は、007的アクションではなく、確かにこうなんだろうなぁと想像できる仕上がりで、大きな見どころシーンとなっています。

アンナはニコライと、微かな思いをお互い交錯させますが、基本的には母性を表現することを担っています。流産直後という設定で、目の前に再び現れた、自分が失くしたものへの溢れる愛は、私には非常に共感出来るものでした。普段は美しいワッツですが、仕事での疲れた様子や、プライベートでの憔悴した姿など、美しく観える場面はありません。しかしその普通さが返って、アンナの強固な意志や赤ちゃんへ想いを際立たせていて、効果的でした。普通でしたが、ワッツの存在感は薄らぐことは全くなく、さすがの演技派ぶりでした。

キリルは父セミオンとの憎み合いながらも執着し合う愛は、母のいない哀しさも感じさせます。ひょっとしたら、キリルの母親から、息子だけもぎ取ったのかも?この非情で辣腕の父から観れば、キリルは出来損ないの息子でしょう。雑多なロンドンが息子を変えたとセミオンは語りますが、セミオンの息子であることが、キリルには最大の不幸なのだと感じました。マフィアのドンを継ぐにはゲイであることは許されません。自分を偽り、繊細で優しい感受性も父親からは抑え込まれ、重圧から酒浸りのキリル。彼の本当の心をラストに映し、救いを与えていたのが、父セミオンの行く末と対照的でした。

スタールもカッセルも良かったですが、特に印象に残ったのはカッセル。下手するとただのバカ王子になってしまうところを、賢くないところまで哀しさを滲ます好演で、すごく見直しました。キリルの存在は、この作品の多いなるアクセントになっています。

全編に渡り、ロシアからの成功した移民の様子が描かれ、それに重なるように、貧困からの脱出を夢見てロンドンに渡った、少女の独白が重なります。自分がのし上がるため、故郷の人々を平気で踏み台にし、骨になるまでしゃぶりつくすマフィア組織。生気の全く無い娼婦の姿を映し、違法にロンドンに辿りついた女性たちの行く末を暗示していました。

あまり目にすることがないロンドンの移民事情ですが、先進国と呼ばれる国では、同じようなことが人種を変えて起こっているはず。私がアンナのようになれるのか?と問われれば、それには尻ごみしてしまいます。しかし、ある種神々しい彼女のラストの様子から、他国出身の隣人について、学ばなくてはいけないとも思います。

ラストのドンデン返しも含めて、複雑な登場人物の感情も繊細に拾い上げ、充分深みを与えたことが、この作品を極上ミステリーとしました。もしかして、クローネンバーグがオスカー取る日が来るかも?その時も主役はヴィゴ様でお願い。


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