ケイケイの映画日記
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2007年08月31日(金) 「シッコ」



前作のブッシュ支持派からの猛烈な抗議必死の「華氏911」では、腹の据わった男気が私を感激させたムーア監督ですが、今回も毎度お馴染み偏った視点で華麗なる山師ぶりを楽しませてくれました。世間様には大好評だった「ボウリング・フォー・コロンバイン」ですが、私はあんまり。一番いやだったのは、その山師ぶりより、私の子供の頃のアイドルだったチャールトン・ヘストンを笑い物にしたことです。このお方を誰と心得る、モーゼ様なるぞ、ユダ・ベンハー様なるぞ、猿の惑星が地球だったと無念の思いをした方なるぞ、チンパンジーのジーラ博士とチュウした方なるぞ!(これは関係ない)、えーい、頭が高い!それを現役時代ならいざ知らず、チャックがほとんど棺桶に片足をつっこんだ今、ようも晒し者にしてくれたなぁ、!と、お年寄りは敬おう精神が身に沁み込んでいる、儒教の国の血を引く私としては、大変腹が立ったのでした。でも今回はアメリカ政府及び保険会社が相手ですから大丈夫。偏った視点は間引いて観ても、考えさせられる内容でした。



↑チャック・ヘストンだよ。

今回のムーアのターゲットは「医療制度」。アメリカはご存じのように健康保険制度がなく、国民は民間保険に加入しています。もちろんたくさんの無保険者もおり、私はそのことを問題提議にした作品だと思っていましたが、実はなかなかお金の下りない保険会社の周辺を取材して、健康保険制度のないアメリカの医療の実態に迫ったものでした。

私も去年手術に際して、加入している某日本の生命保険会社から、きちんと約束通りに保険金をいただきましたが、どうもアメリカはそうじゃないらしい。自分たちの会社の利益を上げるべく、ちゃんと保険に入っていても、保険会社の委託医が主治医の治療を「有効と認めず」と判断すれば、お金は全く下りないという拝金主義ぶり。22歳の時子宮頸がんになった女性は、「その若さで子宮がんはおかしい」との保険会社の判断で保険が下りなかったのには、絶句しました。その他諸々、考えられないような保険会社の判断基準に目が点になります。私が涙が止まらなかったのは、移植手術が有効だとわかっているのに、保険会社からGOサインが出ないため、夫が亡くなってしまった女性のお話です。この辺のムーアの訴え方演出の仕方は、情感濃くて上手いと思いました。アメリカは小金持ちくらいでは、病気や大怪我には対抗できない模様です。

充分観客が怒りや背筋を凍らせた後、今度は各国の医療制度を視察すべく、監督ムーア自ら諸国漫遊です。カナダ、フランス、イギリスと、同じ西側諸国は全て国の健康保険制度を導入しており、医療費は全て無料です。その充実した医療体制、存分に働きそれに応じた豊かな報酬を得る医師、医療制度に満足する国民を映します。

ここで持ち前の山師精神を発揮するムーア監督。他の国々は何故こういう制度の恩恵を受けられるかというのは、税金がアメリカより高いからだと、普通に気がつきますが、その辺は華麗にスルー。フランスでの在仏アメリカ人たちとの会話も、やらせとまでは言いませんが、良き所だけを集めて語っているのは明白だし、モデルケースとして出てきた夫婦は、あれが極々普通のフランス人家庭だと思う人はいないでしょう。結構な恵まれた層だというのは、これまた明白です。イギリスでは保険制度は充実していますが、その代りガンの手術で一年待ちなど普通だとも聞きました。アメリカの医者は金に目が眩んで、保険会社の言いなりと言う風な演出ですが、これまた一人だけ良心の呵責に苛まれた医者を登場させるだけで、現場で治療に当たる医師たちの意見は黙殺され、片手落ち感おびただしいです。

しかしあまり違和感を感じないのは、ムーアの作家性に慣れたのもありますが、彼が主張する「昔の助け合いの精神が豊かだった、あのアメリカの善意の心は何処へ?」というこの気持は、本心だとわかるからです。「華氏911」がなければ、私もまた違和感や疑問がいっぱいだったと思いますが、あの作品を通して自国アメリカを憂いている彼は本物でした。映像作家、それもドキュメンタリー畑の人は、観る順番も大事だと思いました。

この作品はアメリカ国民に実情をしってもらうと共に、諸外国でもアメリカの医療の実態を訴えかけて、問題提議をしたいのでしょう。山師が信念の人に見えてきます。それほど日本に住む私が観ても、アメリカの医療は悲惨でした。

アメリカとは犬猿の仲のキューバは、たとえ敵国の人間であろうと、キューバで医療を受ける人は無料です。その善意溢れる様子を映し、医師であるゲバラの娘まで引っ張り出してくる辺りは、ツボをおさえた作りです。

さてさて日本は健康保険制度はきちんとしています。しかし末端の末端で医療を観ている私でさえ、医療費はひたひたと崩壊の道を歩み始め、自由診療と言う名の、高額な医療費を払う日が目前なのを感じます。現場の医師や看護師は慢性的に不足、医療者側が受け取る診療報酬は少しずつ引き下げられ、患者側は老人医療や乳児医療も少しずつ引き上げられています。アメリカ方に少しずつ進んでいるのは明らかです。この映画を対岸の火事とはせず、まずは一人一人医療費削減に協力することが大事だと思いました。タクシー代わりに救急車を呼ばない、ちょっとしたことで夜間救急に飛びこまない、保険料はきちんと払うなど、現状でも誰にでも出来ることはあると思います。

それぞれのお国柄、国民性に合った的確な医療制度はあると思います。フランス式は魅惑的ですが、あれは国民性がもっと成熟していなければ無理なので、日本ではちと厳しいかな?私は全く無料は、絶対「タダだから」と、大した病気でもないのに、病院に人が溢れかえる気がする(昔老人の医療費が無料だった頃、点滴を受ける”元気な”老人がいっぱいいたよ)ので、とにかくせめて現状維持を保てるよう、政治家さんたちにはお願いしたいです。


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