ケイケイの映画日記
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2007年05月27日(日) 「パッチギ! LOVE&PEACE 」


昨日観て来ました。いっしょに観たのは共に感激した前作「パッチギ!」も観た友人で、彼女は韓流ドラマ大好き主婦で、私なんぞよりよっぽどハングルもわかっているという御仁。しかし親韓派と在日二世の私という、この映画へは好意的なはずの二人の感想は、観終わって異口同音に「前の方が良かったな」でした。丹念な時代描写や、在日の当時の暮らしぶりの再現など、印象に残るシーンも数々ありましたが、あれこれ詰めすぎて作品が散漫になっていたし、差別を問題提議しているにしては、作りが甘いと感じました。今回ネタバレです。オマケに長いっす!

前作より6年後の1974年、アンソン(井坂俊哉)は妻桃子を亡くし、息子チャンス(今井悠貴)は難病の筋ジストロフィーにおかされていました。オモニ(キムラ緑子)と妹キョンジャ(中村ゆり)と共に、治療のためヘップ業のサムチュン(伯父)を頼り、上京していました。焼肉店に勤めるキョンジャは、その愛らしさからスカウトされ芸能界へ。トントン拍子に売れていくキョンジャですが、当たり前のように在日であることを隠すように言われ、疑問が募っていくおり、太平洋戦争を描く作品のヒロインに抜擢され、苦悩は深まります。

最初続編が作られると聞いた時、悪い予感はしていました。「パッチギ!」が幅広く好評価を得たのは、青春モノだったからだと思っています。社会を知らない未熟な、しかし善良な日本人男子を主人公に、誰にでも理解し易い人種の壁を越えた恋を絡めて、何故差別があるのか、当時の在日の生活は心情は?などを実に繊細にストーリーに折込んでいて、大変感心したものです。

青春を描くことは、次代に明るさを予見させるのも容易です。そして差別を描くのも、よくは知らないが大人の受け売りという部分もあるはずで、まだまだ対等に描くことも可能で、その辺日本の人にも逆差別感が起こらず、観易かったのも好評の要因だったと思います。しかし大人を描くと、これはなかなか日本の人に納得してもらうのは容易ではないはず。その危惧が当たってしまいました。

まずは順を追ってから。電車内の暴動で、結果的にアンソンたちに加担した結果になり国鉄をクビになった佐藤(藤井隆)の心情は、良く理解出来ました。彼は東北出身でのちに孤児院で育ったと告白します。訛りの抜けない純朴な若い佐藤は、東京で友人も少なかったのでしょうか、クビになった早々、暴動後焼肉屋に誘ってくれたアンソンを尋ねたのはわかる気がします。そこで腰を痛めた彼に、「今日は泊まっていき」と初対面の自分に言ってくれた、オモニの優しさは身に染みたでしょう。在日の良き面である人情の深さに、親兄弟を知らない彼が魅かれていったのは自然でしょうし、東北というのは地理的に在日韓国人は少なく、存在自体も初めてみる佐藤には、差別心が当初から湧かなかったとも思われます。金塊の密輸に加担したのも、佐藤のアンソンへの義侠心の表れかと感じました。佐藤の口ずさむ「傷だらけの人生」は、上手く機能していました。

しかしこのことに対するアンソンの態度はどうでしょう?自分たちの身内意識で佐藤を巻き込んだなら、彼を置き去りにあのまま逃げてしまうのはどうでしょうか?いくら佐藤が自ら犠牲になってくれたとは言え、後のフォローは?「お前出てこれたんか?」」と笑顔は何事?例え難病の息子がいるにしろ、思い直して自分も警察に出頭せねば卑怯です。その上黙秘権で出てこれた、チクった船長も証言を翻したとは、あまりにご都合主義。この時代拉致問題も水面下で囁かれ始めていた時でしょうし、北朝鮮のスパイが暗躍しているという噂もありました。密航もあったでしょう。そんな時代海辺で起こった朝鮮半島絡みの事件で、これで済ますのはいかがなものか?普通は釈放して泳がす、ではないでしょうか?日本の警察や公安は、こんなに甘くはないはずです。

キョンジャが芸能プロへ入ったのは、チャンスの治療のためにお金が要るからでしょう。確かに就職差別も顕著だったあの時代、在日が大金を掴むのは芸能界とプロスポーツが手っ取り早かったと思います。アイドルの水泳大会で見せるキョンジャの気の強さに私はクスクス。上手く在日女性を表していました。愛した先輩俳優(西島秀俊)の表裏に翻弄され傷つくキョンジャは、当時こんな思いをした在日女性もたくさんいたろうなぁとしんみり。その後役を取りに行くため大物プロデューサーに抱かれに行くキョンジャには、褒めてあげたい気になりました。同じように「人種が違う」「三国人」など罵られ、自分見下げて遊び相手としてしか見ていない男なら、より力のある男を選ぶのは当たり前です。一見男に、運命に、弄ばれているようなキョンジャですが、男を食ってのし上ろうとしてるのは、キョンジャの方です。これくらいの根性やしたたかさがなければ、あの時代は世に出るのは無理だったのだろと思います。

しかしせっかく取った役なのに、あの舞台挨拶は何?映画は主演女優のためだけのものではありません。プロデューサー・監督・脚本・撮影・俳優・その他諸々の裏方さんの力が結集したもののはずです(一番権限が強いのはプロデューサーでしょうが)。それを様々な考え方があって当然の戦争について、自分の主張をハレの場所で朗々と語るとは。幾ら涙を流して話す事実であろうが、芸能界を引退する気であろうが、ぶち壊して良いことにはなりません。これを在日の芯の強さのように描くとは、正直呆然としました。在日であるという以前に、プロの俳優としてあってはならないことだと感じました。

あの時代、あの場面で自分の出自を告白したり、明確な自己主張出来るほど、在日の心は強くなかったはずです。確かにキョンジャのような人もいたでしょうが、お腹が膨れるほど言いたいことを我慢し、自分が在日という事を隠しながら、その葛藤と戦ってきた在日が如何に多かったか、一番知っているのは製作の李鳳宇だと思うのですが。そちらに焦点をあてる演出の方が、観客に感情移入や理解してもらいやすかったように感じます。私が前作で一番秀逸だと思った場面は、チョドキの葬式で笹野高史の語る演説ではなく、チョドキが康介に語る、「俺もほんまはけんかするのん、怖いねん。角を曲がったら100人くらい待ち伏せされてる夢みるねん。」というセリフだと思っています。

戦争映画に出演するキョンジャに呼応するように、日本兵としての徴兵から逃れるため、脱走兵となるアンソンたちの父ジンスンの若き日が描かれます。この事実がフィクションかノンフィクションかは、私にはわかりませなん。しかし脱走兵となっても生きて帰ろうというのが支持されるのは、今の価値観ではないでしょうか?戦争場面を挿入したいなら「俺たち在日は弾除けだ」という会話で充分だと思いました。戦地の場面はなかなか迫力があり、見応えがありました。しかしサモアの人は、当時腰ミノだけで裸で歩いていたんでしょうか?本当にそうならいいのですが、過度の土着性を強調して演出しているのなら、疑問が残ります。

過去の事柄を描くのは、とても繊細な感覚が必要だと思います。事実は一つでも歴史観には必ず表裏、様々な感想があるもので、充分な注意が必要です。何故ならこの作品は「在日を描く日本映画」のはず。日本の中での在日の存在を、自然なものとして認めて欲しい意図があるはずです。ネットや巷を席巻する謙韓派を納得させるには、全体を通してこの作りでは、配慮が足りないと感じ、反って隙を与えることになったかもと感じました。

在日の風景は、ごま油にメリケン粉を混ぜた物を湿布として使うのは、私の祖母も日常にやっていました。チャンスの病を祈祷で治そうとする場面は、実は体が弱かった私も経験があるんです。これも一世の祖母が巫女さんを呼んで行いました。オモニが一万円札を数枚、お供え物に突っ込んでいたのがおわかりになったでしょか?お金がないのにこんなバカバカしいことをやっていたんだなぁと、苦笑しながらも懐かしく思い出しました。今はとんとお目にかからない風景です。

一新されたキャストは、私は健闘していたと思います。井坂俊哉は子供を持ち大人になったアンソンに似つかわしかったし、中村ゆりも清楚で好感が持てました。二重の幅が両目違うのが、当時のアイドルはよくあったこと。皆知らない間に整っていましたが、キョンジャがあのまま芸能界にいたら、同じ幅になっていたかもです。

絶品はキムラ緑子。「私が白蛇殺したからや〜!」と、場所も相手も関係ないく号泣・絶叫する場面は爆笑。ところかまわず感情を爆発させるのは、在日にはよくあるところで、我が身を振り返り反省しつつも、別にええがな、と思う私もいたりします。忘れちゃならないのがチャンス役の今井悠貴。関西弁も完璧で、演技も大変上手でした。しかしチャンスの難病についても、あの終わらせ方は不明瞭でいただけません。

様々な事柄を詰め込んだあまり、オモチャ箱をひっくり返して終わった、そんな感想です。私自身は特別胸を張るわけでもなく、大きな顔をするわけでもなく小さくなるわけでもなく、日本に生まれた韓国人として、自然にこの国で生活しています。国籍は韓国ですが、私の過去も現在も未来も日本にある訳で、私に取っては一番大切な国です。なら何故日本人にならないかと言われそうですか、日本人になるのは、今の私とっては寂寥感の伴うものです。そういう微妙な感情を描くのは難しいものなのだ、と今回感じました。朝鮮大学を出て日本で確固たる地位を築きあげているプロデューサーの李鳳宇の心境も複雑なのでしょう。ラストのアンソンがチャンスに語る「ウリナラ(祖国)へ帰ろうか?」というウリナラは、北朝鮮です。現在の北朝鮮の状態を日本で暮らす李プロデューサが知らないはずはなく、私は彼の深いため息のように感じました。


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