ケイケイの映画日記
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2007年02月21日(水) 「ドリームガールズ」


昨日観て来ました。監督のビル・コンドンはこの作品の他にも、「ゴッド&モンスター」「愛についてのキンゼイ・レポート」を監督しています。これらはゲイの映画監督や、性へのあくなき探求に心血を注ぐ生物学者を主人公にした、いわばキワモノでした。しかしそのキワモノを誠心誠意生真面目に撮るため、ある種厳格で品の良さまで感じさせる不思議な監督で、私は両作品とも手応えがありました。そんな摩訶不思議なコンドンが、ハリウッドお得意のショービス内幕物娯楽作で、どんな手腕を見せてくれるか興味津々だったのですが、これが実に素晴らしい!同じ題材の「レイ」で感じた物足りなさもの理由も、この作品を観てわかりました。

1960年代初頭のデトロイト。エフィ(ジェニファー・ハドソン)、ディーナ(ビヨンセ・ノウルズ)、ローレル(アニカ・ロニ・ローズ)の三人は、歌手になることを夢見てオーディションを繰り返していた時、カーディーラーのカーティス(ジャイミー・フォックス)に出会います。ショービスの世界に足がかりを掴みたかったカーティスは、彼女達を人気歌手ジェームズ・アーリー(エディ・マーフィー)に引き合わせ、コーラスガールとして採用してもらいます。徐々に実力をつけた彼女達は、今では優秀なプロモーターとなったカーティスの手で、念願の単独デビューを果たします。しかしメインボーカルは、圧倒的な歌唱力を誇るエフィではなく、テレビ時代を見据えて、美しいディーナが取る事になったのです。

冒頭からオーディション場面で、ノリの良いブラックミュージックがいっぱい聞けるし観られるし、つかみは思い切りOK。話題沸騰のジェニファーの歌声もしょっぱなに聞けるし、板の上のコメディアン出身の、エディ・マーフィーの達者な歌もグー。

プロモーターとして、ジミー(ジェームズ)の育ての親的存在のマーティ(ダニー・グローバー)の、自分たちのR&Bを守るには、頑なに黒人社会に留まるべきという保守的な考えと、カーティスの伝統を踏襲しながらも、黒人社会を超えて新しいポップカルチャーを作ろうとする革新的な考えの対比が、当時の黒人たちの若い世代にうねり始めた、波を感じさせます。

黒人社会でヒットし始めたジミーの曲を、いとも簡単に盗作していく白人の世界。白人と同じ土壌に立つには大金が必要と、危ない橋を渡りながらお金を転がしていくカーティス。うちの父が口癖に「日本人と同じ土俵に立つには、日本人が100万なら、韓国人は300万要る」と言ってたなぁ。私の中でカーティスが、在日一世のやり手と重なります。

自分がメインボーカルを取れないことで、ディーナに嫉妬しグループに不協和音をもとらすエフィ。その類い稀な歌唱力は、彼女の生きる希だったのでしょう。経済的にも容姿にも恵まれず、貧しいデトロイトの町から黒人のそれも女の自分が這い上がる道は歌しかない、本当の自分を知るのが怖いエフィの心が、自分を磨こうとしない、歌の上手さで全てを圧倒するしかない彼女を作ったように思います。対するディーナは、自分はメインボーカルの器ではないと最初固辞しますが、その後の成功はただのシンデレラガールではない、ディーナの頑張りがあったればこそです。それをこれでもかとゴージャスなステージで表現し、美しいポートレートの大量投下で、観客に体感させる演出です。

この作品は元は80年代のブロードウェイのミュージカル作品だそうで、楽曲も当時のモータウンサウンドを彷彿させるオリジナルで、ディスコ調あり、メロウな曲調ありでどの曲もとても素敵。惜しむらくは日本では知られていない舞台なので、耳馴染みがなく、観終わった後あの曲この曲と耳が分散してしまい、リフレインする曲が少なかったことです。私は「ワン・ナイト・オンリー」が一番好きでした。それがお馴染みの曲がいっぱいでゴキゲンだった「レイ」とは違うところです。しかし実在のレイ・チャールズを主役に据えてしまったため、描けなかった自由さが、この作品にはあるのです。

ディーナたちはダイアナ・ロス&シュープリームス、ジミーはジェームズ・ブラウン、カーティスにも伝説の大物プロモーターのモデルがいます。しかしあくまでモデル。そして複数のショービズの世界に生きる黒人を浮き彫りにすることで、単一に黒人だからと言い切れない、様々な生き方があるのだと、目の当たりにさせることが出来たのです。そこが「レイ」にあった、「レイ・チャールズの苦悩=才能ある全ての黒人歌手の苦悩」という錯覚に陥らせません。

頑なに自分たちの黒人音楽を守ろうとするマーティやエフィ。古い自分も守りきれず新たな自分も探せず、人気者から凋落していくジミー。時代に融合し、新しい自分を見出しながらも、黒人としての「ソウル」を保つことに拘るソングライターのC・C。自分自身の新たな飛躍を願うディーナ。そして一見所属するタレントは商品、ヒットするため、金になることなら人の心を踏みにじっても厭わぬように描かれているカーティス。成功のために手段を選ばぬ彼は、いつしか白人と同じようになってしまい、黒人の「ソウル」を見失ってしまいます。しかし誰よりも白人の音楽シーンに、ブラックミュージックが席巻することを願っていたはずのカーティス。それが形を変え、ディーナ主演で「クレオパトラ」を撮る事に固執したのではないでしょうか?伝説の世界一美しい女性を、黒人女性が演じるということに。

劇中よく出て来る「ブラザー」「ファミリー」の言葉。自分が黒人であるという「ソウル」を見失ったカーティスが、「ファミリー」というタイトルの歌の流れる中、幼い少女によって自分の「ソウル」に気づく場面は、自分たちの血を大切にする黒人らしかったです。

最初ジェニファーの歌を聞いた時、上手いなぁとは思ったけど、そんなにすごいか?というのが第一印象でした。しかしお話が進むに連れ、彼女の再起を賭けた場面での歌声に私の目からは自然に涙が。そしてラスト近く、ビヨンセが切々とレコーディングで熱唱する場面でも、私は泣きました。それは声量があるとか、技巧的にどうのこうのではなく、二人とも心で歌っていたからではないでしょうか?演技ではなく、歌のみで私は二人に感動したわけ。

初出演作で物怖じしないジェニファーも素敵でしたが、私は賞を上げるなら、現在のアメリカ音楽シーンのディーパでありながら、お飾り人形のようなディーナを演じ、その成長の様子と歌手としての彼女の素晴らしさも再確認させた、ビヨンセにあげたいです。ローレル役のアニカは、舞台で活躍しているそうで、その歌声は二人に一歩も引けをとらず、後半の控えめな存在感も好感が持てました。マーフィーは文句なし。どこか現在の彼のポジションと被るのがちょっと切ないですが、これで復活かも。ダニー・グローバーは相変わらず暖かく誠実、そして「ジャーヘッド」から私が惚れているジェイミー・フォックスは、この作品でも「いやな野郎」加減が絶妙で、惚れ直しました。

圧倒的でゴージャスなステージ場面や歌ばかりが話題にされる作品ですが、それ以上に、いかにショービズに生きる黒人達が、自分たちのアイデンティティーを守りながら、賢明に模索し葛藤しながら、その地位を確立してきたかが、きちんと浮き彫りにされた作品です。そんな黒人の尊厳を込めた作品を、白人のコンドンが撮った事に、深く重要な意味があると思います。


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