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2011年09月13日(火)
ことばのちから

昔、ある女性が私に言ったことば

「わたしは、まわりの人たちに生かされている。」

だから、いまのわたしがあると。彼女の生きてきた人生、そして、この言葉の意味については、ずいぶん昔に、この日記で書いたことがあるので、もう書きませんが


僕は、この女性とであったことで人生が大きく変わった。
この言葉に、救われた

どんなつらいことがあっても、絶望の淵に立たされても、
私は生きているのではなく、生かされているのだ。

まわりの友人、家族、恋人、そんなみんなに生かされている
死ぬなんて、できないと。


この女性のようなすてきな人には、もう出会えないだろうな
(もちろん、とても美しい、そして天真爛漫で、だれとでも、わけ隔てなく仲良くできる人でしたが・・・)


正直なところ、僕は、この人のようになりたいと思って、
いままでずっと生きてきた
これからも、自分の目標となる人。

笑顔を忘れて、とがった考え方しかできず、悩んでばかりで、暗く、
人づきあいもままならなかった私が、


つらいときも、悲しいときも、笑顔だけは忘れないように
もっとやさしく、人を許して、
気を長くして、おおらかにと。
なにより、なにがあっても、ひたむきに人を愛して、ひたむきに、強く生きる。

ちなみに、その女性の言葉で、再び「学ぶ」ことを選んだ
本当に、人生を変えてしまった


いつも、なにか人生に迷いを生じたとき、自分が否定されて自信をなくしたとき、この女性のことを思い出す。


いま、僕の周りの人間関係は、ありがたいことに、かなり広くて
いろんな人が周りにいますが、どんな出会いにしても、なにかしら感謝の気持ちだけは失わないようにと思う。どんなときでも、ありがとう、ごめんなさいの言葉は忘れないように。それは、人としてのルールだと思うし。自分なんか不器用な人間ですもの。相手に嫌な思いをさせてしまうことだってある。そんなとき、僕は素直に謝れる人ではありたいと。ありがとうという気持ちは出し惜しみしないようにと。

偏った考え方になりそうなときは、
そうやって、ワンクッションおいて。
そういうことを思いつつ、自分を冷静にと。




最近、私のもとには、たくさんの知人、友人たちから、お便りをいろいろいただく。
先日も、暑中見舞いということで、茶道の恩師の先生から、達筆なお便りをいただいた。

なにげない季節の言葉と、気遣いの言葉。だけれど、それがとてもうれしい。

ただ、ひとつ問題なのは・・・
ほかのメンバーによろしく伝えてくださいということ

ほかの茶道のメンバー・・・ふーむ
もう逢うこともないでしょうし。ちと交流できないわけもあって(笑)
どうしようかなぁ。


昨年、先生のご自宅・お茶室へお邪魔したとき、「はやくいい人を見つけてつれてらっしゃい」と言われましたよね。そういえば。それは実行できずにいる。



ときに、旅の途中に、お便りを出してくださる方が、とても増えた。
風景印や、ご当地のはがきで、そのときの旅の様子がリアルタイムに伝わる感覚。それはうれしいものです。



普段ね、しゃべることで、意志を伝え合うことばかりになっていると、言葉ひとつひとつの大切さや、本来の日本語の美しさを忘れたりしてしまいがち

話すことは、ときに感情的になって、いろいろ厳しいことを相手に言ってしまったり。自分ばかりの会話になってしまったり


逆に、相手の目の前で、リアルタイムで、感情や表情をこめて伝え合う
それは、そのときだけ。そのときを大切にできるのは、直接話すことの大きな特権


手紙やお便りって、そこの点で違いが大きい気がする。
冷静になって、ほんとうの気持ちやこころを、美しい日本語で、季語など交えて、静かに言葉を綴って、便箋やはがきに託す。


そういうのも、きっと忘れてはいけないことなんじゃないかなと思います。


わたし、もっと本音をぶつけ合って、ときに喧嘩してもいいから
生きたことば、ほんとうの自分の言葉を、
思う存分ぶつけ合える

そんな関係を、作っていかないといけないと思っているんです。

それを気づかせてくれた人にも、感謝しないといけない

自分に無理をして生きるのも、疲れますから
本当の自分、素の自分で、人と向き合ったら、
人間関係も、大きく変わるのだろうな。

ただ、必ず守らなくてはいけないこと、自分のなかでそれだけはあります。


2011年09月12日(月)
頑張るということ

仕事の中では、上司や担当者によって、頑張れの意味も違ったりする
ある人は、「もっと売り上げてもらわないと困る。もっと頑張ってくれないと」という、叱咤の意味
ある人は、「きょうはお客さん少ないし、あまり無理しないくらいで頑張って。リラックスして」という、楽にさせるための意味

僕は、日常的に「頑張れ」という言葉を言われ続ける。


頑張れという言葉。

この世の中、みんな生きるために頑張ってる。うん
それは当たり前ですもの

だから、もっと頑張れっていうことばを掛けるのは当然
仕事でも、スポーツでも、なんでも、いまの位置で満足していたら、成長はありません


みんな一生懸命頑張ってる。
それなにも、もっと頑張れといわれても・・・と感じる人もいる
特にこころの病をもっている人にとって、頑張れという言葉は、鋭い刃物で裂かれるような言葉だったりする。


わたしはね、みんな頑張っているし、頑張れ頑張れっていういのは、当たり前だからこそ、自分くらい、この社会の中で、組織の中で、頑張り過ぎないようにねと、言ってあげられる人であってもいいかなと思ってて


勝つことだけが強さではない。負けられることも、挑戦したという強さの証明

厳しさとやさしさの両方を、うまく兼ね備えることも大切。がちがちの厳しさだけではいけないし、なんでも許すようなやさしさでもいけない


頑張ることも、同じようなことがいえると思う

この世の中で、頑張ってもうまくいかないとか、頑張った人が、報われないことなんて、往々にしてある。

ならば、あなたは、頑張ったんだから、もうそのことについては、頑張らなくてもいいんだよと、言ってあげることも、必ず必要なのだと思うのです


頑張って、結果が出た人、頑張って、愛する人を大切にした人
そんな人たちには、よく頑張ったね。そう、素直にほめて、ありがとうということばを掛けてあげられたら、頑張ることの意味がカタチとなる。


2011年09月08日(木)
秋の夜は、朝まで外で語らうのもいいものです








秋の夜長は、帰り道がとてもここちよい
ついつい、遠回りして帰ろうなんて、想ってしまったり


月夜をしっかり楽しめるのも、秋だけの特典ですよね

きょうの月は、まったく雲に隠れることもなく、ずっと僕らを照らしてくれていました


わたしね、こういう秋の夜に、一度、気の知れた相手と、外で杯交わして、夜通し呑みたいって想うんです。


まだ20代前半のころ、出島の防波堤の上で、月明かりの綺麗な夜、気の知れた相手とお酒を飲んで過ごしたことがある。とてもここちよく、月明かりに照らされた海の光景を肴に、本当に楽しい時間だった(いまは、埋め立てられたので、その防波堤もありませんが)


朝まで、ここちよく語らうっていうのも、ときにいいものです
相手が女性なら、なおさら(笑)


この前、深夜に海辺で花火をしましたが、夜0時を回って、
僕らだけじゃなくて、4組くらい、花火目的で同じ海岸に繰り出していたのは、びっくりした。

夜は、飲み屋さんで過ごすのでもなく、
こうして、夜景とか、海岸とかで過ごすのも、夜通しドライブするのも、すてきな時間ですし、あっという間に夜は過ぎていく

周り気にすることなく、静かな中だからこそ、普段話せないことも話せるとおもうし。


恋人同士ならば、愛の言葉を交わせるし、抱きしめあえるし


そうそう、出島での時間は、あっという間で、ちゃっかり日の出まで眺めて、帰ったんですけれどね。


そういうのも、いい思い出となりますよ

これも、秋ならではの楽しみです


誰か、やってみません(笑)


2011年09月07日(水)
別れの意味

大切に想うからこそ、ときに気持ちを断ち切って、相手を手放さなくてはいけないこともある
人が人と別れるとき、自分の気持ちに嘘がつけないから、相手から離れていく場合もあるけれど。相手を大切に想うからこそ、自ら離れていくということもある。

別れというのは、その当事者によって本当の意味って、隠れて見えないこともたくさんある。

ただ目に見える事実だけが一人歩きしてしまうから、憎しみとか、深いこころの傷とかを生んでしまう

でも、時間が経ってみて、はじめて、過去を懐かしみ、目に見えていなかったこと、相手の本当のこころ、やさしさや、やむをえなかっただろうということがわかったりする。



わたしは、別れに弱い。
別れに弱いから、別れを避けようとする

ただ、たとえ別れがきたとして、いつか、本当の意味がわかるときがくる、納得できるときがくると、自分に言い聞かせるようにしている。
そして、相手のためだから、この別れがあるんだと。幸せになってほしいからこそ、わたしは身を引くのだと


人生には、そういうこともあるものです。


2011年09月06日(火)
涼しさの代償

人のやさしさがこころに染みる
秋ってそんな季節
きょうの夕暮れを見てると、淋しさというより、せつなさを感じてしまう
これから、毎日、物思いにふけってしまうのかな。
みなさん、明け方は寝冷えしそうなくらいになったので、気をつけて下さいね
あしたも、よい1日となりますように


2011年09月05日(月)
秋の準備へ








仕事で、都心に行っていたのですが、クレドのお化け屋敷が、もう終了していて、片付けている様子を見ると、あぁ、夏が終わったんだなと。
夏の間、行列が出来てて、いつも悲鳴が聞こえてた
きょう、あの建物の中の備品・・・ふるい扇風機とかが、外に出されていた。
あしたから、おそらく解体されることでしょう

空を見ても、たしかに入道雲もありましたが、雲を小さくちぎったような・・・そんな夏とも、秋とも言い切れない空

でもね、夕暮れからは、空気の涼しいこと
もう、秋なんだよね

人恋しくなります。
人間、やっぱりやさしさがないとだめだと、想わされた
思わず、涙ぐみそう・・・


2011年09月04日(日)
台風一過の美しい夕景








きのうの夕方、日暮れ前に、瀬野川河川敷でウォーキングした。
この日は、相棒カメラ60Dを片手に、安芸区との境まで往復しました

台風一過の夕焼けって独特の色合いとクリアさ
とても綺麗ですもの
雲も、ストライプを描いていて、あぁ、秋がはじまるんだということをこころから感じさせられた。



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
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