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2009年10月11日(日)
秋まつり・あれこれ








































土曜日から、日曜日にかけて、
地元の多くの神社では秋祭り(秋季大祭)が繰り広げられた。

西条酒まつりも堪能した上に、
地元のお祭りもはしごしてみた

私は、お祭りは好きなので・・・

神社によって、催される行事・頂戴やお神輿なども、まったく違う

とても大きな頂戴を、たくさんの担ぎ手によって、道路を蛇行しながらゆっくり街中を進んでいくお祭りがあるとおもえば、

違う町の神社では、激しく頂戴を地面に叩き落して、担ぎ手の男たちが頂戴に乗り、左右に大きく揺らすような、非常に激しいものもあったり(漁港のある街だから、波にただよう船のイメージだろうか)

獅子舞やら、鬼やら、おかめひょっとこなどなど、その神社によって、出てくるものも違っていたり。

神楽奉納を夜遅くまでやっているところや、終日、出し物を舞台でやって盛り上がっているところとか。

まぁ、本当にいろんなお祭りのやり方があるものです。


とにかく、地域の人たちが、お祭りに賭けている、その熱気が伝わります。

かつての同級生にも出会いました。(もちろん、みな子連れでしたが)

自分に子供がいたら、なおさら楽しかっただろうな。きっと。
親子そろって、子供のようにはしゃいじゃうでしょうね。


きのうの夜、祭りも終わりになって、街も屋台の撤収がはじまり、静寂に包まれるとき、すごく、僕は淋しくなってしまう。なきそうなくらい(笑)


2009年10月10日(土)
西条酒まつり

































東広島市西条で行われている、「酒まつり」へ行ってきました。
今年も!!

西条って街が大好きだし、酒まつりも大好き。
かつて、2年間ほど住んだこともあるから、なじみも深い。


酒まつり、街中みんなが酔っ払って、とにかくしあわせそうですから。

天気も最高。お祭り日和・・・

ちょうど1年前の日記とまったく同じ文章になると想います(笑)
同じように楽しみました。

ただ、ひとつだけ違うこと
それは、自分としては、半端なく日本酒を飲んだこと

さすがに過去の教訓から、「銘酒ひろば」へは行かないまでも
無料・有料試飲を数多く梯子して、ゴクゴクゴク。

昼間からの日本酒でフーラフラフラ。
ほんとうにここちよい時間を過ごしましたよ。


酒蔵通りを歩いていると、友達にバッタリ逢いました。
夫婦で来られていて、ほろ酔い同士、あれこれお話して。
こんなところで逢うとはね。

酒まつり、もう一つの目的は、
「全国酔書かき大会」というのを、福美人酒造でされていて、
昨年、わたしも1枚書いたのです。

1年後、その書は、きちんと表装されて、再び訪れた人に渡される。
きちんと、1年後、その書をいただきに参りました。

たくさんの書の束のなかから、僕の書を探してもらって。
1年前、どんなことをかいていたのか
正直忘れていた。

「優酒」ってかいてたんですね。

そうそう、相手にもやさしい、自分にもやさしい
そんなお酒の飲み方が一番って想ったからだわ。
お酒は、人のこころをそのとき和ませ、やさしくするってこと。


と、いうことで・・・

今年は、2枚書かせてもらいました。

そのうち、1枚は

「想酒」

僕は、「思う」ではなく、「想う」という漢字をよく使う
相手を想う。おもいやりって意味になる感じだから。

でね、人を想う。
相手を想うこころをもって酒をいただく

それが一番だと想ったから


もう1枚は、自分の信念っぽい言葉を書きました。


来年、取りにいけたら、その表装された書は、大切に飾っておこうかな(笑)


その福美人にて、販売されていた原酒を2杯いただいた。
原酒には、甘口と辛口があって、
辛口が、黄金色。甘口は透明色。
私は甘口が大好きなので。これが非常美味しい!
調子にのると、いくらでも飲んでしまいそう。


白牡丹酒造での、にごり酒も、楽しみにしている
大きな甕から、白いお酒をカップになみなみと注いでくださる
本当に甘い!これも、いくらでもいってしまう。


お土産を買って、街のにぎやかな雰囲気も味わって。


今年も、酒まつりはすごい人。
お神輿とパレードも、とても、盛り上がっていました。
訪れた時間がちょっぴり遅かったのもあって、
あっというまに中りは暗くなりましたが、人の波は、酒蔵通りから中央公園方面へと流れていました。


西条って街は、なじみある街だからこそ、いつ訪れても、不思議と
居心地がいいのかもしれない。

きょうは、ほろ酔い気分でいい1日でした。


2009年10月09日(金)
愛とはなにか








ここのところ、精神的に落ちているので、
なるべくひとりでいるときは、静かな場所を求めて
ゆるやかな音楽を身体に聞かせて。
だれかに愚痴を言ったりするのはしないので、
ひとりで悩むだけ悩んで、あるラインまで自分を持ってきてしまうわけですが

秋という季節のせい。いや、いろいろなことに迷いが生じているから。
自分の弱さや、脆さを、改めて思い知らされるというか。


人はひとりじゃ生きていけない
孤独を好むものの、孤独は人にとって、最大のストレスとなる。
それを和らげるのも、強くなるのも、
自分次第であり、自分が選び進んだ上で作られた環境でもあるから。
しっかりと、進んできたつもりでも、まだまだ。

もっと自分を律して、努力しなくちゃいけません。

写真は、きょうの帰り道。友人と約束があって、となりの区へ寄り道したんですよ。軽く食事しました。



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私は愛とういものを信じない。

もちろん、愛というものは存在するはずだし、
すごく強くて、とてもすばらしいものであることはたしか。
愛があるから恋愛も、結婚も、子育てもできるわけですから。

でも、私に至っては、愛を信じることができなくなっている。
いろいろな要因があるわけですが。
こればかりは、どうしても、簡単に解決するものではないようだ
誰にも理解されないでしょうし。
理解されようとも思わない


愛とはなにか・・・
そんな質問をしたことがあったが、
「そんなことを聴くほうがどうかしてる、そんな質問は理解できない・・・」そんなことを言った人もいました。

そういう考え方は、強い人の考え方?いや、むしろ本当は「弱い人」の考え方のように思えたりする。そのときは、「なんだか淋しい人だな」と思ったものですが、何も言わなかった。

でも、愛って、なんでしょう?
そのときそのときで、定義は変わるとおもうけれど、誰しも「愛とは」って定義づけでするものがあるべきだと、僕はおもう


強い人だからこそ、愛を感じられる
愛とはなにかを、わかっている。
言葉にできるはずです。
両親や家族、周りの人から、本当のしなやかな愛情が注がれてそだった子供は、大人になっても強い子に育つという、とある研究結果がある(いつしか、新聞に載っていた)。どんな困難なことがあっても、「この人がいてくれる」「この人のために」ということが強くこころに刻まれているからかもしれない。決して甘やかすというのではなくて、本当の愛情というものが実在したかしないかの差。


私は、愛はうつろいやすい。人が心変わりしたり、裏切ったり、妬んだりするように、愛も、完全で確固たるものではないと、いまの私は思ったりします。どう変化するかわからない、とても怖いもののようにおもえてならない

昔は、もっと純粋でね、愛があれば、どんな困難も乗り越えられる、この人のためなら、私は犠牲になっても・・・そう思っていたものです。

でもね、愛があるから、伴侶を捨てて、他の人に走るとかっていうこともあるし、愛が重荷になって、逃げてしまうとか、自分を傷つけるとか、愛が一瞬にして冷めるとか。愛が色褪せてしまうとか。


人のこころが移ろいやすくて、変わりやすいのだから
愛なんて、これほど不確かなものはない。でも、愛によって、人は時として麻酔をかけられたようになるし、愛に狂う人もいらっしゃる。
僕は、そんな不確かな愛に翻弄されて、傷つくだけ傷つくのはもうしんどい
人の甘い言葉、約束も、常に疑心暗鬼に陥る状態。


どうしてこう屈折したのか?
振り返ってみると、気が重くなるけれど。でも、愛がわからなくなって、信じられなくなった自分である以上、これから先、どう一人で生きていくかを、もっと真剣に考えていかなくちゃいけないことを、最近すごく思ってしまって、不安感とかも相まって、こころが重たくなっているんでしょうね。


過去にあれこれ、自分のこと、批判されたこともあったし、「ダメだ」といわれたり。トラウマになっていることは、消えることはないですし。100%頑張っても、相手は200パーセントを求めていたとすれば、もうこれ以上もありません。疲れてしまいます。だから、これが限界だってことをわかると、無理なものは無理ということになります。でも、精一杯やったことだけは事実で。それが伝わらない、評価されないこともありますし。




結婚されている人は、本当にすごいことだとこころから思うのです。
尊敬に値する
だからこそ、結婚式に参加させていただくと、いつも精一杯祝福したいって思うし、思わずもらい泣きするくらいになる。

そこには、嘘偽りない、「愛」が存在するから。
とても尊い、強い絆の上に。


私は、人間関係の行き着くところ、行き着く愛は「慈愛」だと思っている。
慈しむ愛。無償の愛。
特別な人にのみ生まれる愛。強く、強く、強い愛。
でも、それを感じて生きている人が、果たしてどれだけいるかな?
そういないと思う。
ただ、存在を失ったとき、その人の存在の大きさに気づくとき、「慈愛」というものを、意識するのかもしれない。


恋をして、それが愛に変わる。
そのプロセスは、あまりに当たり前のようで、あまりに難しいことで、あまりに不確かなもの。

ただ、いまの僕が思うのは、愛する人に裏切られたりしても、それを受け入れる、許せるこころ、大きな覚悟ができるか。それが出来る人が、本当の愛を知っている人なのかもしれない。愛は完全じゃないってことを悟っていることって、なかなかできることじゃないけれど。



愛というものは、何なのか。
その答えは、果たして出るのでしょうか?
でないでしょうね。これからも。なかなか。
まぁ、こらからも、この調子ですね・・・

いや、「そんなことを聴くほうがどうかしてる」ってことなのかな?(笑)


2009年10月08日(木)
思い出せ、幼い頃のすべてを

きょうも、1日おつかれさまでした。

みなさん、どんな1日でしたか?

きょうは、風が吹いて、それもとても涼やかで、すごく気持ちのよい1日でした。


すーっと身体に吹き抜けていく
すると、どこかこころも浄化されるような感覚に陥る。

そんなとき、ふっと目を閉じて、深呼吸してみる。

そんなときって、ふっと、幼いころの思い出が脳裏をよぎるんです。


幼かった頃

僕は、どんなことにも興味を持って、好奇心旺盛で、なにもかもが楽しくて、1日があまりに短いと感じる子供だった。


五感で感じるものすべてに興味を持っていたというか。


通学路でも、道のそばの家、看板、緑、人
あらゆるものに興味をもってて、飽きることがなかった。

地図が大好きで、寝るまで地図を傍らから離すことななかった。お小遣いがもらえたら、本屋さんで地図を買っていた。そしていつも、お絵かき帳に、地図を描き続けてたし。自分だけの地図を

そんな地図を持って、外に出かけるのが何より楽しかった。

通学路も、時には、知らない道、初めて歩く道を歩くのがドキドキワクワクで楽しみだったり、冒険する感覚で、となりまちまでいってみたり。

大きな塀のある道を見つけたら、塀のスキマから、工場の中をのぞいて。ヒーロー戦隊ものの秘密基地のような感覚で。

自転車に乗ると、勝手に駅名をつけて、「○○駅〜」ってアナウンスしながら走ったり。(広電宮島線がすぐ近くを走っていて、生活の中で身近だったことが影響したのだろう)

駄菓子やで買って集めていたスーパーボールや寝台特急のシール、ミニカーを箱に詰めて、宝物のようにして大切にしていた

透明なもの、キラキラしたものが好きで、おもちゃのブロックも透明なブロックばかり集めたり、折り紙の金紙銀紙は大切に取っておいたり。不二家のパラソルチョコレートの傘の柄の部分(カラフルな透明プラスチック)を集め続けたり

城址公園に上って、街を見下ろすのが好きだった。
防波堤に上って、海に漂うヨットを見るのもすきだった。

友達と、あたりが真っ暗になっても、街灯の明かりだけで野球を続けたり。資材置き場にもぐりこんで探険ごっこしたり。星座早見板をもって、星空をずーっと眺めたり。天体望遠鏡が欲しくて、いつもショーウインドーに飾られていた天体望遠鏡に見とれていたり

テレビも大好きで、ブラウン管の向うの世界に、すーっと入れるんじゃないかと思っていた。

電卓とか、文房具とか、機械的なものが異様に好きだった

本屋さんとか、文房具屋さんとか、郵便局とかの独特の空気、匂いが大好きだった。

将来なりたい職業がありすぎて、それらをひとつひとつ想像するのが、楽しみで仕方なかった・・・


なにもかもが、新鮮で、興味を持っていて。
ひとつのことにこだわると、極めるまでやめようとしなかった。
(プラモデルでも、ゲームでも、勉強でも、なんでも)
まさに、寝る間も惜しいくらい。



そんな子供のころの純粋さ、新鮮さを忘れない、好奇心いっぱいのこころ。

ふっと、目を閉じて、深呼吸して
涼やかな風が、身体を吹き抜けると、
そんな淡い、幼かった頃の自分に引き戻されてしまう。
不思議なのだが。

身体が浄化された瞬間というか

大人特有の、濁った部分も、すーっと消え去ってしまう瞬間。
子供のころの、純粋で、やさしくて、人を疑うこともなかった
なにもかもが楽しく感じることのできた
そんな、子供のころの自分、記憶に戻ると、ふと考えさせられることがある。


大人になっても、そうしたピュアな子供のころのこころや感情は
忘れないほうがいいと。

子供っいぽいところも、あったほうがいいし、
幼い頃の好奇心、ワクワク感を忘れないように

趣味でも、仕事でも、家族でも、なにかひとつでも、子供のように夢中になれることがあるべきですし。

こころから、ワクワクすること、新鮮に思うことに出会うことは、
大切だと思うのです。
大人びてしまうと、そうしたものを忘れたり、押さえつけてしまいがちですが。


幼かったころの記憶が、脳裏によぎったとき

大人になったいまのわたしに、なにが足りないのか、なにが必要なのか。ふっと教えてくれるものです。

きょうは、そんな、すがすがしい、涼やかな風がふいた日でした


2009年10月06日(火)
画家が描いたような空のきょう








きょうも、1日おつかれさまでした
きょうの夕空は、なんだか画家が描いたような抽象画のようで
あぁ、これぞ秋の夕暮れだなぁって、すごく感じさせられました。
きょうも無事、1日を恙無く過ごせました。
仕事のことで、ある大きな選択を迫られています。
たとえどんな結論になろうとも、
自分がしっかり悩んで、考えて、納得いく選択をしていかなくちゃ。
ここ数日、どうもそればかり考えてて。
寝不足になるのも、仕方ないな。



よく、同僚とか友人との会話で、
「髪の長い子がタイプ?短い子がタイプ?」
という、ごくごく単純な質問をされることがある。

そうだねぇ これといって、長い子のほうがいい、短い子のほうがいいというのは、ないけれど。 (なにごとも「過ぎる」というのは、さすがに考えるけれど)

ただ、長い人は、どこかやはり、先入観で、「おとなしい、まじめ、日本的」イメージで捉えられやすい。逆に短い人は「明るく活発、親しみやすい」というイメージだろうか。

やはり、女性と接するとき、どこかで意識してる部分はあるかもしれない。
上のような会話ばかりになってしまうのも、
考えものだわ(笑)


2009年10月05日(月)
都心のかかしさん










いつも、仕事で通りかかるたび、
かかしくんは、都心の中心で、セカセカ働いているビジネスマンたちを
笑っているかのようで

「もっとのんびりいきましょうよ」

って、語りかけてるかのようです。


市役所のまん前にも、田んぼがあるのだが、
稲刈りも終わり(たしか、幼稚園児が稲刈りしたという話を聞いた)
かかしくんも、お仕事終えてホッとしてるだろうね。



きょうも、1日、おつかれさまでした。
みなさん、ゆっくり休んでくださいね。またあしたも元気で!


2009年10月04日(日)
お散歩秋祭り/UNOの4人/ブラウン監督退任に想う

















こんにちは。
きょうはどんな1日でしたか?

地元の秋祭りに、散歩のついでに、ちょっとだけ出かけてみました。
天気がよかったせいもあって、
なんだか、いろんなお祭りの景色がキラキラ光っていて綺麗だったです。お祭りの「色」について、意識させられたのは、はじめてですわ。
これから、毎週末、いろんなところで、秋祭りが行われる。にぎやかな季節になっていきますね。




たまたま、おしゃれイズムに、UNOのCMの4人が出演してたのを見たのですが、4者4様、意外と個性がわかれてるんだなぁって感じた。
瑛太さんが、「オチ」の役割になるのを嫌っていたけれど、素のままで、十分「オチ」になっていたのが、笑えたけれどね。もっとも飾らない、マイペースな人だってことはよくわかる。
小栗くんの家のように、スニーカーが玄関にあふれていたり、傍らにガンダムかなにかの巨大フィギュアがあったり。妻夫木くんは、ジーンズ300本だったり。どんなイケメン俳優でも、そうでなくても、男って、なにかめっちゃひとつのものを集めたり、こだわったりするものが、ひとつくらいあるっていうのは、共通するものなんでしょうね・・・自転車のパーツを取り替えたりして、楽しむっていうのだけは、共感できるけれど。




ブラウン監督が辞任、野村謙二郎氏に球団が監督就任を要請へ
というニュースが流れました。

個人的には、残念です。ほんとに。
カープ、クライマックスシリーズも逃してしまって、またもやBクラスに決まってしまった。

でもね、この戦力で、よくやったと想いますが。
クライマックスシリーズ争いしただけでも・・・
これ以上を、ブラウン監督に求めるのも酷な気もします。

(フィリップスやマクレーンのような補強をするのならば、どうしてシーズンはいる前にしなかったのか・・・そこが今季の敗因の一つだとおもう。オーナー・フロントの責任も、きちんと取るべきです!!こんな戦力しかそろえないで、主力選手を他球団に放出させるだけさせて、監督だけに責任を負わせるのはどうなのでしょう。)


いままでの、カープの空気と意識を、
ブラウン監督は変えたと想います。

明るく、そして見ていておもしろい野球
ファンを大切にする、ファンサービスに積極的で、親しまれた監督。選手にもフレンドリーで。退場も多かったけれど、それも選手を奮い立たせるための演出。演出もできる監督だった。
そういう監督、そしてチーム作り、いままでのカープにはなかったから。
ただ、やはり選手の起用法や、指揮に疑問符のつくものも多々あったのも事実で。逆に、ブラウン監督の想いに、球団はついていけてないというか。もっとフロント・オーナーが、戦力の面でも、ファンサービスの面でも、アイデアをだして、選手のために、ファンのために、しっかりやっていれば・・・ブラウン監督がやりたいことが、この球団の状況では、出来なかったというのが大きいでしょう


かつて、ルーツ監督が、カープの意識をガラッと変えて、古葉監督に交代にたくし、初優勝しました。
来シーズン、このようになればいいのだけれど。
上で書いたような、ブラウン監督が培ったものを、野村さんが、生かした上で、解説者としてたくさん学んだ経験、大リーグやオリンピックなどの解説で得たものなどもミックスして、緻密な野球を繰り広げて欲しい


僕が望むこと。
かつての、カープに戻って欲しくない。
(達川さんが監督で、大下コーチがいたころのような、とにかく暗いチームにだけはごめんです)
それだけは、どうかお願いします!!


今週も、どうぞよろしくお願いします。
きょうもありがとうございました。おやすみなさい



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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