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こんばんわ、みなさん。
きょうも1日おつかれさまでした。
仕事をしていても、あまり景気のよい話をすることもなく、周りや世間の雰囲気や言葉で、ますます「急激な景気悪化」に陥っていると、必要以上に想わされてしまいがち。なにか希望を見出して、ちょっとでもプラス思考で考えていかなくてはいけません。
そんな中でも、最近よく耳にすることば。(上司もよく言っている)
「ピンチはチャンス」
ピンチだからこそ、いままで見えなかった本質が見えてくる。
それを活かして、これからは強く確かなもの、本当に大切なことを認識して、進んでいければいい。その契機になっている。
ぶっちゃけ、そう想わないとやっていけないご時世ではありますが。
景気だって、ずーっと悪いままじゃない。いつかは回復するのはわかっている。その間に、淘汰されるべきものがきちんと淘汰されて、新たな経済が生まれていく。歴史を見ても、その繰り返しです。
人生もそうですが、長いスパンで、物事を見ることは大切ですし、いまの生活を維持するため、僕も含めて懸命に生きていれば、きっとこのピンチはチャンスに変わる。どこかで妥当なところで、ラインを引いて、このラインまで生ければ十分幸せと思えるように。あまり欲を出してしまうと、見失うことも増えてくるし、景気が急速に悪くなったとき落とし穴に落ちてしまうもの。最近、経営破たんした大きな会社のいくつかを見ていると、なにか身の丈にあわない展開をしていたり、確かなものをきちんと持っていない会社ばかりだったような気はするんです。
前も書いたけれど、いまの経済は一種の風邪みたいなもののような想いはするのです。
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毎週、心待ちにしているテレビ番組がある
キャノンプレミアムアーカイブス「写真家たちの日本紀行」〜未来に残したい情景〜(BSジャパン)
http://www.bs-j.co.jp/shashinka/
という番組。毎週、日本を代表する写真家が、日本を旅し、美しい写真を撮影していくというドキュメンタリー番組。美しい風景、地元の人とのふれあいを丁寧に描いている以上に、それぞれの写真家たちの感性や人間性がストレートに画面から出てくる。写真に対してのテクニックもそうだし、考え方、撮影スタイルもそれぞれまったく違う。だから写真の奥深さが改めて伝わるのです。
先週と先々週は、鉄道写真家の矢野直美さんが、雪深い五能線と、秋田内陸縦貫鉄道の旅をしていた。これまた、とても印象的な旅。矢野さんは、本当に写真と、鉄道と、人と、自然を愛しているのが伝わる。本当に楽しそうでした。
なぜ、女性なのに鉄道を撮るのか?という問いに「鉄道を愛しているから」と、もうほぼ鉄道を擬人化してるくらい。ある無人駅も「本当にかわいい」と表現していた。駅長さんや、地元の漁師さん、朝市のおばちゃんとも仲良くなって、その人たちの写真を撮影していく
鉄道も、駅も、人とも、一期一会というか、出逢いを大切にして、丁寧に撮影している様子がすごく印象的でした。「別れが本当に苦手なのです」とかたる矢野さんのやさしさが、旅の中に一貫して伝わってきました。どこか子供のような矢野さん、私と同じお歳くらいかな?と想っていたら、けっこう年上だったのはびっくりでしたが。
ある駅で、やさしい駅長さんに、珈琲を作って出していただいた。その珈琲の入ったカップを、駅のストーブの上において、それを写真を撮っていた。そんな小さなやさしさも、カメラにおさめている。
旅とカメラは切っても切れない関係。
僕も、旅をするときは、カメラだけは肌身離さず持っていくけれど、カメラがあるから、旅はもっと意味のあるものになっていくと想う。宝物をたくさん収める感覚になる。記録するというアイテムという以上に、自らの感性、こころを揺さぶるために、旅をして、カメラで撮影するということに繋がるのかもしれませんね。
学生のころ、よく友人と旅行しましたが、そのときは「みんなとの記念写真を1枚でも多く撮りたい」と思っていたものです。ひとり旅のときは、ここまで遠くへ訪れたという記録を残したいという目的だった。いまは、訪れた先でしか撮影できない、「感性に響く」写真を残したいと想うようになった。地元の人とか、出逢った猫とかにも目を向けるようになったかな。
この番組、毎週テレビの前で食い入るように見ている。そして、各写真家が番組内の撮影で使っている「EOS 50D」が本当に欲しくなってしまう・・・広告効果ばっちりの番組でもあるなぁ。
ことし、仕事がお休みの時間になったら、いままであれこれ習いたいとおもっていたことを、ひとつひとつやってみようと想っている。カメラもそのひとつで、きちんと学びたいって想っている。
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きょうは節分。みなさん、豆まきしましたか?
昨今は、商魂たくましいというか、なんでも節分にかけていろんな商品が売られている。それに乗った私は、節分ロールなるケーキを1本購入。ふわふわ卵生地が巻かれていて、チョコレートがかけられている。鬼をイメージしているのかな?でもこれでは「虎」ですよね
恵方巻もいただいて、歳の数だけ豆をいただいて。
それに、節分そばまで。節分そばの説明に「細く長く幸せになる」と書いていました。なんかこのフレーズ、大晦日にも読んだような気がするけれどね。
スーパーで先日いただいた「鬼のお面」このデザイン、まったくの不変です。僕が小さいとき、これと同じものを頭につけて撮った写真があるはずだもの。これをつけて鬼になって豆投げつけられる人、最近いるのかな?(マスオさんが鬼になっている、サザエさん一家の節分の風景のような・・・)
日本には、こうして季節ごとにさまざまな行事があります。そのひとつひとつに昔からの意味がある。こういう行事、大切にしたいですよね。もし、自分に子供がいたとしたら、ささやかな行事でも、しっかりやって大切にしたい。そういうことの積み重ねが、子供の成長に大きな意味を持つと想うから。
あすは立春です。
春の足音が、そろそろきこえてきます
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みなさんは、暮らしの中で「自転車」と関わっていますか?
自転車を「楽しい」と感じて、付き合っていますか?
案外、車にたよりきりで、自転車に乗ることを忘れていませんか
きのうの「しあわせロハス」(BS朝日)
http://www.bs-asahi.co.jp/lohas/index.html
をみていて、ふっと自分にそれを問いかけてしまった。と、いうのも、今回は「サイクリング」がテーマだったから。SHIHOさんが、自転車を趣味にしている女優の北川えりさんといっしょに、青山や表参道あたりをサイクリングしていた。まずは、おしゃれな自転車屋さんで、SHIHOさんの自転車を選んで、乗り方をレクチャー、そして2人で街乗り。インテリアショップやカフェが並ぶ青山の裏通りを走りつつ、みつけた日本茶のカフェに寄り道。カメラで写真を撮りつつサイクリングは続く・・・という内容。自転車を楽しむこと、ロハスであり、身体にもいい。そんな自転車ライフを提案してたのですが、見ている僕も、すごく楽しんでしまって。おしゃれな高級自転車ほしくなったもの(北川えりさんの愛車は、めっちゃかっこよかった。チェーンもピンクのシルバーで)
もっと自転車でおしゃれをして、風をきって走る。
やはり身体とこころをすっきりさせるいい運動でもあるし、街をもっと好きになる方法でもあるし、好奇心を掻き立てるアイテムとなるのが自転車って気がします。
僕も、自転車は休日によく乗ります。平日も都心を仕事場の自転車乗って走ることがあります。
休日のとき、けっこう遠出もしますが、自転車を楽しむという意識はあまりしていない。ただ、目的地へ向うことだけしかなくて。だから、自分の愛車のメンテナンスもほとんどしていない。もうちょっと自転車に乗っているんだぞ!っていうことを意識したら、違った楽しみ方できそう。季節のいいときは、極力車には頼らないような暮らしにしたいものだわ。
余談だが、その昔、僕が勤務していた会社にて、上司たちが本格的に自転車をやっていた。休日となると、太田川の上流の山のほうまで、本格的な自転車で出かけていく。それに半ば強制的な感じで誘われることが、すごくストレスになっていた。そうした自転車の楽しさ・よさがまったく理解できなくて。(もともとその上司たちが嫌いだったのもあって。誘われ続け、断り続け。ますます仕事上いじめられる結果になった・・・)遠くまでツーリングするような自転車を本格的にやっている人へのアレルギーは、このころできてしまったのだけれど、日常的に、おしゃれに自転車を街乗りするのは、大好き!そういうのが一番です。山へ行きたければ、車でいけばいいじゃない!
話は逸れました・・・本題に戻して。
広島の都心は、比較的自転車にやさしい街のような気がします。川が多いのを逆手にとって、サイクリングが楽しめる専用アンダーパスを比較的整備しているので、信号待ちせず、南北へ移動できたりする。ただし、駐輪場が少ないから、SHIHOさんのように気軽にカフェを見つけたからといって、すぐ止められることは案外難しいかもしれない。
春は、「自転車+カフェ」を実行してみるぞ!SHIHOさんのように
僕の場合、まずは、先週パンクしてしまったわが自転車の修理に出すことが先決なのだが(笑)ブレーキパッドも変えなくちゃ。気が付いて、よーく自転車見てみると、あれこれ気になることが出てきた。でも、自転車屋さんまで、遠い・・・
自転車は、こころにも、身体にも、自然にも、やさしい。
まさに、ロハスな乗り物なのかもしれないね♪
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自分は自分であるために
自分の人格や価値観を大切にしたい。自分を信頼して生きることは、ありのままの自分を大切にすることができる人は、結果的に魅力的に見えるような気がします
「人は自分をどう想っているのか」「どう評価されているのか」ということを、気にしすぎるところがある。私はもともと、対人恐怖症の向きがあるのが影響しているのかもしれない。でも、学生のころとは違い、社会に出て、自然と処世術をみにつけたというか、自分は自分、それより、相手をもっと知っていこうというか、人を笑顔にしようという部分が強い、もうひとつの自分が大きくなってきたと想うんです。だから、人前では、冗談も言うし、しゃべるし、いつもおどけてるし。そんな自分の認めてあげるようにしています。2つの自分のギャップにしんどくなるときもありましたが、その両輪がうまくバランスよく動いているのが、自分の調子がいい時なのだと
自分はなにか。自分はどこへ向おうとしているのか。自分がこころから楽しいこと、好きなことはなになのか。自分は正しいのか・・・
自分を客観的に見つめて。
自分の存在を認める。
大切な自分の未来へ動き出すための、美しい明日を迎えるための
プロセスとなる。
2月も、ニコニコの時間になりますように・・・