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秋は、自分に素直に、身をゆだねることも/カープの黄金期ユニフォーム復活
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みなさん、きょうもおつかれさまでした。
今夜は、空気が冷たい。おそらく、あすの朝は冷えるだろうな・・・
季節の移り変わりは、待ってくれない。
僕も、常に前へ前へ、先へ先へ、進んでいかなくてはいけない。仕事もそうだけれど、前へ前へ、自分を成長させていくことを止めることはいけない。
みなさんは、元気ですか?
ここのところ、夏の疲れを感じている人が、仕事場の中にも、友人にもいるので。疲れは、身体だけじゃなく、こころもそう。ときに、カフェでも旅でも、なんでもいいので、いつもとは違う世界に身を置いてみること。秋の夜長だからって、夜更かししないでぐっする眠ったり。おいしいものを食べたり。人恋しくなったら、とことんしゃべったり。ちょっとしたことだけれど、自分のこころに素直になってみること。そこからなにかに身をゆだねてみることも。きっと秋だからこそ、できることもあるはずです。
私は・・・人恋しいときと、ひとりでいたいときの差が激しいな。ま、必然的に、仕事以外では、一人でいることがほどんとなのだけれど。また疲れたときには、話に付き合ってくださいな。
カープが、今月23〜25日の巨人戦で、昭和52年から12年間着用してきた、黄金期のユニフォームを着用することになった。きょう、栗原選手と大竹選手がそのユニフォームを着て会見してて。
黄金期を知ってる僕としては、涙出るくらいうれしいニュース。やはり強いカープはこのユニフォームだもの。山本浩、衣笠、江夏、北別府、高橋・・・当時活躍した選手たちをつい思い浮かべてしまう。(どうせなら、いまの時代ではダサいであろう、当時の流行「ベルトレス」まで忠実に再現すればおもしろかったのに!)ただし、復刻ユニフォームを着用するのなら、もっと早くできなかったのだろうか?3試合だけじゃもったいない!!
今シーズン、埼玉西武ライオンズが、かつての西鉄ライオンズのユニフォームでたくさん試合していた。ソフトバンクホークスも、かつての南海ホークスの緑のユニフォームで。どちらも、1960年代あたりの、クラシックユニフォーム。両球団も、球団創立の節目の年。
カープだって、ことし市民球場最後という節目の年。ならば、その2球団のように、もっともっと古い、たとえば、市民球場を市民の樽募金を集めて建設した当時のユニフォームだとか、たとえ低迷していたとはいえ、カープの礎を築いた、青色のユニフォームとかを、復刻して着用してほしかった。もっと、広島市民によって、支えられたカープの歴史を、この機会にアピールしたらいいのにと。カープのチームカラーが、「赤」ではなく、もともと「青」だということを知ってる人だって少ないだろうし。
西武の、西鉄ライオンズのユニフォーム着用が、いまのファンに大好評だったのは、その40年近く前のデザインのユニフォームが、とてもかっこよく強い印象を受けたから。白地に黒。いたってシンプル。でもそれがかえって、強く威厳のある、いや、プロとしての品格という印象を受けるわけで。ロゴなども、歴史があるわけだし。大リーグのヤンキースのユニフォームなんかにもいえるけれど(ちなみに、いまの西武のユニフォームは、個人的には、嫌いです。あのカクカクしたLIONSのロゴや、過度なデザインのユニフォームは、品格というか、重みがまったくなくてどうも好きになれない)
おそらく、新球場が完成する来シーズン、カープは新しいユニフォームに切り替わるでしょう。そのときは、もっとシンプルで、どこかにカープの長い歴史のアイデンティティーを守ったユニフォームにしてほしいなと想います。
今回のカープの復刻ユニフォームを見て、あの「CARP」の花文字、また復活すればいいのになと、ふと感じた。
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女優の羽田美智子さんが、あるトーク番組に出演していたときの言葉。
歳を重ねるごとに、内面の豊かさを身につけて、輝く人になりたい。
若いときの魅力って、色鉛筆で例えたら、
12色くらいしかなくて、でも原色ばかりでとても綺麗で。
それが、歳を重ねていくにつれて
24色になり、40色になり、象牙色とか、黄土色とか、
名前のわからないような中間色がたくさん増えていって
そういう色を増やしていって
ある年齢になったとき
わぁ、こんなに色が増えたんだ!という人になりたい
自分なりの色鉛筆が増えたと・・・
人生の深さを色鉛筆にたとえるところが、おもしろいし、なかなか深い意味を持っているなと。ふと感じました。
羽田さんって女優さんが好きで、いつもニコニコしてて、のんびりしてて、いい意味で、単純な雰囲気ですよね。20種類以上の趣味をこなす・・・いや、やめてしまったってエピソードも披露していました。自身のことを「思い込み人生」と評していたけれど、ここちよい生き方、ここちよい単純さにそれらがつながっているのだろうなと。そんな気がしました

その番組で、羽田さんは「休息」について語っていた
本当の休息・OFFとは、何もしないことだと。
何かを欲するまで、トイレすらいかない。水すらのまない
一箇所に座ったまま、すべての身体を休み
本当にたいくつになるまで。
それが、はじめて身体を休めたことになる。
行動をおこしたくなるまでやすませないと、
本当の休息にはならない。
休みだから、本を読まなくちゃとか、
友達と会わなくちゃとか、
病院いかなくちゃとか・・・
それは細胞という細胞まで休息したことにはならない
そういうことを、羽田さんは友人から教えられて、
実行して、ずいぶんラクになったそうです。
ふーむ。なるほどな。と、想いました。
と、いうことで、きょう日曜日、私はずーっと部屋にいました。
めずらしく閉じこもってみた。
ただ、あれこれ部屋の中でしたがるのはどうにもならないな。
ステレオの新しいケーブルを接続したり。
録画したハードディスク内の番組みたり。
本を読んだり。音楽聴いたり。掃除したり。観葉植物に水やったり。
窓からの写真を撮ったり。
しまいには、読む本を求めに、駅ビルの本屋まで出向いたりした。
文庫本を2冊買って。
こういう1日、本当に身体が休息しているのだろうかな?
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土曜の朝、ラジオを聴いていた
ゲストに森山直太朗くんが出演していて。
いつものごとく、飄々とお話していた
「生きてることが辛いなら」
彼の新曲が「自殺を勧めている」ということで、昨今物議を醸している。改めて、このラジオ流れたこの曲をじっくり聴くと・・・つい涙ぐんでしまった。
コンビニエンスストアでは、この曲は放送禁止になっていることがニュースになっていた。(歌詞の一部だけ聴く恐れが強いから)
それに対して、直太朗くんは、「いい判断だ」と。
この曲は、1フレーズだけ、1番だけ聴くことはいけない。すべて聞いてもらわないと・・・という考えだから。100人中99人がすべて聞いて、きちんと理解し感じ取ってもらっても、1人が、その逆だったら、まったく意味が無いと。
「生きてることが辛いなら、いっそ小さく死ねばいい」
きちんと、曲全体を聴いたとき、直太朗さんの想いというのが、よーくわかる。
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土曜日ということで、いつもより早めに仕事をあがり、お買い物♪
家電量販店にはつい立ち寄ってしまいます
きょう、時間もあったので、ビックカメラに寄り道。デジカメのレンズが少々汚れてしまったので、クリーニングセットとかとか買いました。
レンズ・・・普段はブロアで、ホコリを飛ばすくらいしかしていなかったので、今回は念入りにしようと想って。
デジカメコーナーに行くと、夢中になる。
一眼なら、キャノンのEOS−KISS、コンデジならフジのファインピクスか、リコーのGR。つい手にとってしまいます。それにしても・・・ビックは半端じゃなくポイントが付く。EOS−KISS・X2には、20%も付くと、さすがに割安感ありますね・・・ 残念ながら、まだEOS「50D」は、展示がなかったのだけれど、予告パンフレットをもらって。ファインピクスは新型の60fdが展示してあった。いいなぁ・・・ただ、ファインピクスはびっくりするくらい値崩れするからなぁ。あわてることはない。
店員さんによると・・・
近々、キャノンは新しいレンズを発売する。標準と望遠を1本にまとめたもの。いずれ、Wズームレンズセットのように、セットとしての販売もあるだろうと。ふーむ、これはちと気にはなる。
ことし中には、一眼を手に入れて、来年は独学で勉強したいと計画中です。めざせ、アサヒカメラのコンクール掲載、カメラ日和掲載(笑)
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ありのままの自分で相手と対峙して会話するここちよさ
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職場から少し離れた場所に、いま、某不動産会社が倒産・撤退するであろうと・・・いろいろ注目されている広大跡地があるのですが、ここに最近、カフェができました。イタリアントマト。もうすぐ完成する、高層マンションに挟まれる形で。ただ、まだみんなに知られていないのか、朝でもお客さんが少ない。たしかに、ここの公園自体、都心にあるけれど、わざわざ訪れるようような場所でもないし。
夜、ある知人の女性と会うことになった。
彼女は、年下の友人ではあるが、仕事のことなどあれこれ語り合える人ではある。僕とは仕事の業種はことなるけれど。久しぶりだったのだが、よーく話す、元気のよさは相変わらず。普段、かなりおしゃべりな私も、圧倒されるものを持っている。
私は、こうした知人とあうとき、カフェでも、居酒屋でも、テーブルの上に手帳を必ず置いて開いている。
相手の言ったことで、書き留めておきたいことをすぐ書き記したり、逆に、会う前に、相手に対して、これだけは話し聞きたいとおもうことを、前もって箇条書きにしておくとか。そうしないと、なんだか安心しないんです。 (ビジネスライクなところから、つながっているわけだけれど)
自分が会話の中で、相手に求めていることを、できる限り得たいと想うし。限られた時間ですから。逆に、与えてもらったことは、ずっと自分のものにしておきたいと欲張るし。
(まぁ、人より記憶力が乏しいところもあるから、自然と「書く」ということをしてしまう)
まずは、自分のことを話す。ありのままの自分をさらけだすことができるというのは、大きな武器になるような気がする。少なくとも、彼女は、嘘とか裏表はまったくない。いつもニコニコ楽しそうだ。それはきっと相手が信頼する、安心することにつながるだろうし。
かくゆう僕も、そのひとりになっているし、自分もなんでも話せることにつながる。
別にすべての本音を言えとか、想っている悪口をなんでも言えというのではなくて。要は、会話の中でお互いがプラスになることならば、積極的になんでも話してしまえ!ってことです。笑わせようとおもえば、だじゃれでも、突っ込みでもなんでも。 逆に、相手の言葉を受け止める許容量の広さも必要だけれどね。
僕は、親しい人とは、どこか漫才のような会話になるところがあって。時にタメ口でも、ここちいい。いつもボケと突っ込みの関係となってて。おそらく、きょうの知人とも、そういう関係になれる人なのかもしれない。