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ありのままの自分で相手と対峙して会話するここちよさ
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職場から少し離れた場所に、いま、某不動産会社が倒産・撤退するであろうと・・・いろいろ注目されている広大跡地があるのですが、ここに最近、カフェができました。イタリアントマト。もうすぐ完成する、高層マンションに挟まれる形で。ただ、まだみんなに知られていないのか、朝でもお客さんが少ない。たしかに、ここの公園自体、都心にあるけれど、わざわざ訪れるようような場所でもないし。
夜、ある知人の女性と会うことになった。
彼女は、年下の友人ではあるが、仕事のことなどあれこれ語り合える人ではある。僕とは仕事の業種はことなるけれど。久しぶりだったのだが、よーく話す、元気のよさは相変わらず。普段、かなりおしゃべりな私も、圧倒されるものを持っている。
私は、こうした知人とあうとき、カフェでも、居酒屋でも、テーブルの上に手帳を必ず置いて開いている。
相手の言ったことで、書き留めておきたいことをすぐ書き記したり、逆に、会う前に、相手に対して、これだけは話し聞きたいとおもうことを、前もって箇条書きにしておくとか。そうしないと、なんだか安心しないんです。 (ビジネスライクなところから、つながっているわけだけれど)
自分が会話の中で、相手に求めていることを、できる限り得たいと想うし。限られた時間ですから。逆に、与えてもらったことは、ずっと自分のものにしておきたいと欲張るし。
(まぁ、人より記憶力が乏しいところもあるから、自然と「書く」ということをしてしまう)
まずは、自分のことを話す。ありのままの自分をさらけだすことができるというのは、大きな武器になるような気がする。少なくとも、彼女は、嘘とか裏表はまったくない。いつもニコニコ楽しそうだ。それはきっと相手が信頼する、安心することにつながるだろうし。
かくゆう僕も、そのひとりになっているし、自分もなんでも話せることにつながる。
別にすべての本音を言えとか、想っている悪口をなんでも言えというのではなくて。要は、会話の中でお互いがプラスになることならば、積極的になんでも話してしまえ!ってことです。笑わせようとおもえば、だじゃれでも、突っ込みでもなんでも。 逆に、相手の言葉を受け止める許容量の広さも必要だけれどね。
僕は、親しい人とは、どこか漫才のような会話になるところがあって。時にタメ口でも、ここちいい。いつもボケと突っ込みの関係となってて。おそらく、きょうの知人とも、そういう関係になれる人なのかもしれない。
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きょうも1日おつかれさまでした。みなさん、元気していますか?
夕方の空は、雲がもみじ色のように、赤く染まって、いよいよ秋の雰囲気が漂っています。秋の夕暮れって、こころはしんみりしますが。自分を見つめなおす、そんな季節になっていくんだなと。ここ数日、僕はいままでの自分を見つめなおして、あれこれ反省したりすることが多いのです
僕は不器用である。とても不器用です。手先も不器用ならば、生き方も
ただ、僕は人に対しても「不器用」という言葉を使う。
ある人がそれを聞いて、不器用といった人に「失礼じゃないか」と苦言をいっていた。おそらくその人は器用な人なのでしょう。僕の基準でいえば、「不器用」ってある種の誉め言葉なんです。不器用だから、失敗や苦い経験しているから、人間味が深く、人の気持ちに思慮深くなるというか、こころの痛みがわかるというか・・・そういう経験があるから、いまの本当の幸せがある・・・ある種不器用な人とじゃないと、わたしは長く付き合えない気もします。
きょう、「カンブリア宮殿」を見ていて、成功者の失敗談の特集をしていた
その中で、興味ふかかったのが、京セラの社長の言葉。
「失敗したことにクヨクヨ悩んでも、プラスになることはひとつもない。百害あって一利なし。失敗したら、ごめんなさいってあやまりさえすればいいんです」
なるほど。大切なのは、失敗した後。どう考えて、どう失敗を活かしていくかで、仕事も人生も、大きく変わっていくものなのかもしれません。
司会の村上龍さんは、こういう失敗について分析をしていた
「現代は、失敗に対する許容量がたりない世の中だ。チャレンジすることが、善にならないと、いけないと想う」
ふーむ。失敗することを認めてあげないと、失敗を恐れる人ばかりになって、挑戦しよう、チャレンジしてみようという気概を持たなくなる・・・たしかにそういわれたら、そうかもしれません。
私も失敗ばかりしています。落ち込みもします。人間として成長するためには、失敗したあと、どう考え動くかにかかっているのかもしれませんね。
私、仕事帰りにゆめタウン広島へ立ち寄ることがたまにあって。そこの食品売り場の肉屋さんで売られている「メンチカツ」が大好き。野球ボールのように丸くて、衣が非常にさくさくしてて。売り切れているときも多々ある。みな、おいしいものを求める気持ちはいっしょなんですね!と、いうことで、きょうは買えたのでいただきました!みなさんおすすめですよ
私の部屋においてある、最新号の雑誌。「LOVEカメラ」と「タウン情報ひろしま」いい写真、ここちよい生活を送りたいと想ったり、広島の新店カフェを攻略したい!などなど、イマジネーションだけは膨らむばかり。秋の行楽情報は・・・ま、参考までに。ことしは、西条の酒祭りだけは、参戦したいものだわ。LOVEカメラについては、また後日、改めて日記に書きます。
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夕ご飯に、ナシゴレンを作ってみました。
ほのかな辛さがおいしい。
ただし、味付けは、無印良品のアイテムを使ったのだけれどね。
無印があれば、なかなか作れない、カフェ飯や中華など、あらゆる料理が簡単に作れるような気がします。
「トップランナー」に、瑛太さんが出演していて
彼は、トークの中で、こんなことをいっていた
「俳優になる前には、自分はとてもダメな時期があった。
たとえ、ダメな時期があったとして、そのときは何もしなくていい。
ただ、それでも、自分に期待すること、いまの生活に期待することは大切だと想う。人間って、落ちてしまうのはとても簡単だから。だから、なにかに期待することができたら、きっとその先、希望につながる。」
瑛太さんは、常に間を取って、考えながら少しずつ言葉にしていく。
とてもクールで冷めているといえばそれまでだけれど、その分、しっかり人や物事を見て、考える・・・思慮深い人なのだろうなと想った。
番組の最後に、「これからどんな俳優さんになりたいか」という質問に、こんなことを語っていた。
「撮影いく途中で、困っているおばあさんがいるとしたら、立ち止まって、助けてあげられる。たとえ、それで撮影に遅刻しても、堂々としていられる役者でありたい」
ふーむ。こういう答えをするとは・・・
とても彼の言葉は、印象的に聞こえました。
役者である前に、人間であることを大切にしている人なのだなぁって。
大河ドラマ篤姫の「小松帯刀」のイメージと、佇まいはけっこう異なるけれど、芯にあるものは、似通っているのかなと。
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こんばんわ。きょうも1日おつかれさまでした。
ちょっぴり夏がぶり返してきました。うーん、身体にはちときついな。電車に乗って、流れていく街の夜景を見ていると、気が遠くなりそうで・・・
私、24時間テレビについて、ほんの少しだけ違和感持っていて。
「こころざし」がいまいち僕には見えない、「やらないよりはいいだろう」って感じがふとしてしまって。(個人的な、浅はかな感想として受け取ってくれれば・・・実際携わっている人の多くは、そんなことないと想って取り組まれていると想うので)
芸能人を走らせて、なにが残るのか、なにの意味があるのか?その裏には、なにもないのだろうか?障害をもたれている人を泳がせて、その先になにが残るのか・・・本当のドキュメントとは少し違うのかな?想うのです。少なくとも、過剰に演出された、ある部分において、感動を呼ぶようにと作られたものであることは確かで。
昔、ある放送作家さんの本にこんなことが書かれていた。
「24時間テレビをするのであれば、最低限、出演者全員、ギャラ0にして、CMも一切流しちゃだめなのです」たしかに、ぞうじゃないと、障害者の方たちを、見せ物にしてお金もうけているだけのテレビイベントにしかならない・・・という意味なのでしょう。
この言葉が的を得ているかどうかは、僕には、よくわからないけれど、僕個人として、このショーアップされた「テレビイベント」のこころざしって、ちょっぴりあいまいだなって・・・募金が集めることが大切なのだろうか?もし、そうでないというのであれば、もっと普段から、変な演出のない、ありのままを伝える、本当のドキュメンタリー番組をたくさん放送することのほうが大切なのじゃないでしょうか?伝えなくちゃいけないこと、眼を向けなくちゃいけないことって、たくさんたくさんあるはずです。
次の総理大臣、アソーさんかな?いや、ユリコさんかな?少なくとも、しっかりした「こころざし」を持って、国民にわかりやすい政治をしてほしいな。国民に謝るときには素直に謝って(笑)政局ばかり気にしないでさ。まずは、はやく解散総選挙して。フクダさん、おつかれさまでした・・・
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慈しむ毎日
1日1日を、大切に、慈しむように暮らしていくこと。
そして、自分を慈しむこと。
生きているとね、もちろん、
悲しいこと、嫌なこと、泣きたいこともあります。
上手くいかないこと、落ち込んだりすること
でも、そのひとつひとつも、人生のうちで、
意味があることだと思えば、
その1日を、慈しんで、
自分を慈しんであげることができれば
なんとか、受け入れてあげることができるかもしれません
時間なんて、あっという間。
その1日1日を、慈しんであげれば、
生き方も、人生も、きっとよい方向に変わっていく。
暮らしの中の小さなことも、人々に対しても
幸せを感じたり、よろこんだり、大切にしたりしながら
慈しむことをしていけたら。
身の丈にあわないこと
嫌といえなかったり、無理をしたり
人の言葉やどう想われているかが気になるとか
それが続くと、こころが赤信号を灯します
ここまでで、もう限界とか
無理なら無理というとか、
人のこころを気にし過ぎないとか
自分で自分をセーブしていくことも、
自分を慈しむことのように想います。
好きなことを見つけていること
笑えていること。
それが、自然にできるためにも
と、いうことで、私も今月はいろいろ背負い込みすぎたので
9月は、できる限り一人でいる時間を作りたい
ちょっぴり赤信号が灯っているかな(笑)
きょうも1日お疲れさまでした。
9月も、ゆるやかに、いい時間が流れていきますように。