メール|
Twitter
「人間の関係」 五木寛之 著 /��-phone 3Gブーム
|

「人間の関係」五木寛之 著
僕が心の中で抱えているもの、矛盾、トラウマ・・・そこをストレートに突いた内容の本。五木さんが、まさにそれらについて、答えを出している。
「トラウマがあって、人の気持ちは変わるもので、あまり信用してはいけないという考え方からどうしても抜けきれないんです。恋をしても、信じる気持ちがある一方で信じすぎないようにしている自分がある」
まさに、私と同じ悩みを持っている若者に、五木さんは「人の気持ちに期待しすぎじゃないか」と。大切な人に一生懸命できるだけのことすればいい。それに対する見返りは一切期待しない。感謝も求めない。ほんの少しでも、好意を示してくれたら喜べばいい・・・
ふーむ。なるほどね。
この本で、いちばん印象的だった言葉がある。
「95%信じられなくても、5%くらい信じていいのでは。その5%の有無が、きっと大切なところだと想う。それ以上の信頼を求めるなんて贅沢すぎやしないか」
でも、僕は、たとえば夫婦ってね、ずっとずっと、相手を尊敬しあえて、いいところ、悪いところを受け止めて、理解しようとし続けるもののように想っている。じゃないと、ずっと長くいっしょにいることは出来ない。きっと気持ちは冷めるもの。だからこそ、「過ぎたるは及ばざるが如し」、信じすぎる、求めすぎるんじゃなくて、静かで地味でも、思い出を重ねていけたら、永続的につながりあえるような気がします
人を信じることって、それなりの覚悟がいるものなのかもしれない
いままで読んだ、五木さんの著書の中で、いちばんすーっとこころに入っていった最新の1冊。人間の関係に引っかかったり、考えたりしている人には、きっといい本のように思います。もちろん、愛すること、信じることに立ち止まっている人にも。
みなさん、こんばんわ。
きょうもおつかれさまでした。
��-phone 3Gをいち早く購入したい人が、表参道のソフトバンクショップ前に、徹夜で1000人近く並んでいるニュースを見て、日本人って、家電好き、あたらしもの好きなんだよなぁって、改めて想わされました。帰りに都心の某家電店の前を通ったけれど、広島では徹夜しそうな人は見当たらなかった。でも、「あす10時から整理券を配ります。徹夜しないでください」という大きな張り紙がたくさんしてあった。
きっと、��-phone 3Gを持ったら、ちょっとした人気者になれるかもしれないな。時代の最先端を行く人に見えるかもね(笑)意外と端末の価格は安いし。もし、手に入れた人がいらっしゃったら、その感想聞かせてくださいな。
僕も、かなりの家電好きで、大きい家電店に一度入ると、1時間は出てこないタイプですが、さすがにそこまで時代についていこうとは思いません。でも、携帯電話は、いちばん性能のいい、いちばん新しいものをいつも使っている気はします。でも、��-phoneに機種変更しないだろうな・・・アメリカでは、すでにブームは去っていると聞いているし。
ことしの上半期は、ヒット商品がなかった分、��-phone 3Gは、おそらく年末発表される「ヒット商品番付」で、大関・横綱を取るような気がするな。うん。
以前、孫社長が、「携帯は、インターネットを見るためのものになる」といっていたが、まさにそういう時代が到来したこと感じさせる出来事のように想う。
メール|
Twitter

日暮れ前、職場の近くのビルの寒暖計は、31℃を表示していました。もう梅雨ってあけていますよね。きっと。本当に暑い1日でした。みなさん、おつかれさま。ここ数日、仕事も忙しくて、バタバタとやってくる書類を処理しています。
よくお仕事で出逢った人に「ご家族は?」とか「お子さんは?」って聞かれることが、やたら多い気がします。最近は、もういちいち言い返すのが面倒くさい(笑)気持ち的には、まだ20歳前半の勢いなので、家庭持ちだと想われるのはいささか不服だわ。ま、気にしないけれどさ。
昨日、「あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった」という特別ドラマを見ました。
大小・泉コンビ(大泉洋さんと小泉孝太郎くん)を中心とした、カウラ捕虜収容所での日本人捕虜たちを描いたドラマ。とてもストーリー展開もまとまってて。「いい」ドラマだと感じました。大泉さん演じる嘉納伍長は、ひとりだけ、「命を大切に」「生きていればいいことがある」と、軍国精神に反発していた。でも、最後には、大脱走をひとりだけ反対したのみかかわらず、銃で撃たれて亡くなる・・・小泉くん演じる朝倉は、嘉納伍長に助けられ、生き残ってしまう。
こういう、収容所での物語が、実際戦時中にあったという事実、初めて知りました。でも、最終的に、国のために、反乱を起こし、たくさんの命を犠牲にした捕虜兵隊たちのことを、日本国はその事実をもみ消した。国は、こうした人たちを、切り捨てて、見捨てたのですね・・・ちょっぴり、いまの日本国と重なって見える部分もあって。せつなかった。
ドラマの中で、阿部サダヲさんが、軍国愛国精神の、激しい捕虜兵隊の役をしていた。その鬼気迫る演技は、新鮮でした。(阿部さんってどうもひ弱でコミカルな役のイメージが強いからね。)
せっかく、いいドラマだったのだから、終戦記念日のころに、放送すればよかったのにと、ちょっと想った
メール|
Twitter

みなさん、こんばんわ。
きょうも1日おつかれさまでした。
夜、所用で紙屋町に立ち寄って。夜でも蒸し暑いから、その暑さから逃れるために、地下街シャレオへ入って。引き込まれるように・・・スタバへ行ったのです。
まぁ、僕はカフェへ行く楽しみは、コーヒーをいただくこと、カフェの空間を楽しむこと、そして人間観察。いろいろ目的があります。
スタバ、確か今月中旬から、再び値上げするんですよね。
いつもよく飲む「本日のコーヒー」も、10円UP。どうしたものかな。
昔はね、「広島タンブラー」をかばんに入れて、これにコーヒーを入れてもらっていたけれど、最近はやってない。でも、エコのことも考えたら、そのほうがいいのかな?と、想ったりもする。少し値段も安くなるし。
横に座った、サラリーマンの男性、ネットに繋いだノートパソコンをかばんから出してカチャカチャ、その傍らには携帯が2台。うち1台を肩と顔に挟んでなにやら会話しながら、パソコンも打ちながら・・・コーヒーくらいのんびり飲めばいいのにと、ふと想ったりする。なんて想う私も、書類とにらめっこしながら、コーヒーを飲んでいる。
ここは、地下街の通路に向って、長いカウンターがある。
若い女性は、ここで人の流れをぼんやり見ながら過ごしてる傾向がある。僕も、1度は、このカウンターで、過ごしてみようかな。でも、地下街の歩行者からは目立つよな(笑)本通のスタバの2階の窓際から、パルコ前を見下ろすのは大好き。特に雨の日、傘がたくさん動いてる様子っておもしろいものです。
ま、そんな感じで、ささやかでも、スタバ、あるいはタリーズを、よーく利用してるわけです。なによりひとりで入りやすい、ひとりで、長い時間利用するというカフェの世界を作った功績って、あると思いますよね。
僕には、利用するのにちょうどいいのですよね。きっと。
メール|
Twitter


今夜は七夕。ひこぼしとおりひめは、無事再会できたでしょうか?
洞爺湖サミット開幕も重なったからだろうか。全国的に「ライトダウン」が行われた。と、いうことで、わたしも、帰宅して、部屋の電気はつけず、アロマキャンドルの灯りで過ごしてみた。昨年の花火の残りもあったから、この機会にやってみた。夏特有の寝苦しい暑さ、灯りを消すだけで、ちょっとした清涼感をかもし出してくれる。でも、街は明るすぎるから、この街から天の川はみれない
きょうも1日、おつかれさまでした。みなさん、この暑さですでにぐったり来ていませんか?僕もぐったりです。体調が少しすぐれないのもあって、これからこの暑さ、乗り切れるのだろうか?と、不安になります。通勤の電車、職場・・・こうした涼しい場所に、ずっととどまりたい気持ちになってしまいます
帰宅途中にたちよるスーパーの店内に、大きな笹がある。
そこに、店員さんやお客さんが短冊を書いて飾るのだが、ふと見かけた短冊に・・・
「娘がはやく、いいところにおさまってくれますように」
かなり切実みたい(笑)
メール|
Twitter
わたしのおばあちゃんは、98才になる
もう3年ぶりになるだろうか。
いま、このときに、里帰りすることとなった。ちょっと前まで、おばあちゃんは調子を崩していた。心配したのもあるし、あっという間に3年間、墓参りさえしていなかったことを、ずっと気にしていたところもあって。この機会にと。
3年間ぶりにあうおばあちゃんは、前回より元気がなくなっていた。その変化にびっくりした。歩くのもままならない感じで。でも、笑顔で迎えてくれた。耳には大きな補聴器をつけ、そして、テレビは、最大の音量で。(遠く離れた駐車場からも音声が聞こえるくらい)
だから、私の話したことは、あまり聞こえない。
テーブルの上には、大きなメモ帳がたくさんあって、いろいろな文字が書かれていた。そう、筆談するためのもの。
このことも、ショックで。
「いくつになったん」と聞かれると、エンピツで「34」と書く。それを見て、「まだそんなに若いんね!」といった具合で。
おばあちゃんの姿を、カメラにおさめる。そして、おばあちゃんといっしょに写真におさまる。
おばあちゃんの言葉。
いつも、明るくやさしい。いまも変わっていない。ただ、言葉の端々に、「最後」とか「寂しい」とか・・・弱音の言葉が並ぶ。
ただ、昔の楽しい思い出のことはいろいろ覚えてて、そのことを僕に話してくれた。
「これで逢えるのも最後かねぇ。」僕は、「そんなことはないから、また来るから」
「お嫁さんと子供をみて死にたいよ・・・」
僕は言葉に詰まった。そして目に涙があふれた。おばあちゃんも、泣いていた。
おばあちゃん孝行は、なにもできないどころか、親不孝ならぬ、おばあちゃん不孝をしている、いや、していたのだ。
確かに、たびたびここへ訪れることが出来ない理由もある。でも、僕にとってはあっというまの年月も、おばあちゃんに対して、申し訳ない気持ちにさせられる。罪悪感というか。
ただただ、ずっと元気でいてほしい。それを願う。
きょうの、おばあちゃんのわずかな笑顔が、その言葉が、
僕は一生忘れられないような気がする。
帰るとき、足が悪いのに、ゆっくり窓際まで歩いて、その窓からずっとずっとずっと、手を振っていた。力を振り絞った、やさしい笑顔で。それは、はるか遠くに止めている車に乗っても、おばあちゃんの姿が遠くにみえていた。ずっとずっと手を振り続けながら
なんともいえない、気持ちに再び襲われた。
また、涙してしまった。
帰り道に、お墓参りに立ち寄った。
おじいちゃんにも、ずっとご無沙汰してて、本当に悪かったねと。そう伝えた。もうすぐ、原爆の日ですね。おじいちゃんが僕に話してくれた、その運命の日のことは、ずっと忘れることないのですよ。