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フランスの小さな村。堅物な伯爵の影響で、因習に村の人たちがとらわれ、こころが冷たくなっている。そんな、殺伐とした、そしてちょうど断食中の村に、ある日、不思議な母娘の2人がやってくる。そして、チョコレート店を開く。村の人たちは、みな、この2人を拒否し、受け入れようとしないが、その、魔法のようなチョコレートによって、こころが少しずつ溶かされていく・・・
主人公のヴィアンヌ(ジュリエット・ビノシュ)は、村の人それぞれの、好みのチョコレートを的確に当てていく。丸い円盤のようなものをまわして、それが「何に見える」と質問する。その答えによって、その人にぴったりのチョコレートを出す。そして、村の人はそのおいしさと、彼女のやさしさに、閉ざされたこころ開いていく。彼女の作り出すチョコレートは魔法のチョコレート。そのひとつひとつ、本当においしそう!!きちんとカカオを、自らつぶして、ひとつひとつ丹念に作られていく。さまざまなチョコレートに、まず見ているこちらが魅了されていく。流れ着いてきたジプシー(ジョニー・デップ)とのラブストーリーなども絡めて、進んでいった。
おいしいスゥイーツと、主人公の女性の魅力で、周りの人たちが、幸せになっていく・・・
「アメリ」と、ちょっぴり共通した映画かもしれないなと、感じたりもした。アメリの場合、クレーム・ブリュレ、街の美しさ、ファッション・・・いろんな演出にも、注目が集まったが、「ショコラ」は、チョコレート1点という感じだろうか。
おいしいチョコレートといっしょに、見るのがいいかもしれない
そういう、映画でした。
おいしいものを食べたら、幸せになれる!シンプルなことなんですよね
みなさん、こんばんわ。
きょうも1日おつかれさまでした。私は、夜までバタバタした1日でした。ゆっくり休みたいところですが。
あしたも、夜までには更新していきます。それでは、おやすみなさい
おまけの日記です

年末、書棚を整理していて、その中でもっとも古い本は?と、想ったら、この本「太宰治全集」のようだった。僕が生まれる前・・・昭和40年の本。高校生のころ、金座街の古書店・アカデミィ書店で買った記憶がある。あのころ、太宰の本をよく読んでいたからなぁ。いまみても、クラシカルな、いい味のあるブックデザインのような気がします。いま、読むことはないけれど。ある意味、思い入れはありますね。
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キラキラの1日。
きょうもおつかれさまでした。
夜、ちょっとだけ、帰宅途中にイオンモールソレイユへ。なんとか時間までに間に合った。とはいえ、かなり遅い時間。カフェも、館内も、人がまばらでした。ある意味、ゆっくりできる。(閉店までの時間は限られてたけれど)お目当ての本も手に入れました。
どんなに、懸命で、相手のことを想って、
これ以上、どうすればよかったのか?って思ったり
先のことを思って
どうしたら、相手にとっても、自分にとっても
もっともベストなのかを想い、考え、動き
そして、信じたことは、
決して間違ってなかったってこともあると思います
ただ、こちらがそうだとしても、
相手がそれを理解しなかったら、
伝わらなかったら
結局はすべて無意味です。まったく無意味です
何が、正しい、間違いなんて関係なく。
人と人との、こころが通じ合う、わかちあうことって、
とても難しいことです。本当に。
だから、時間は、必要だと思う。
焦らないように。少しずつ、すこしずつ。
本質をきちんと理解しあえないと、
ひとつひとつ、ハードルをクリアして
きちんと積み重ねて、やっていかないと
それをなくしちゃうと
たとえ、形さえ整えたとしても
先で行き詰ることもあると思うんです。
形やモノではなく
目に見えないこと。
本当の幸せは、目に見えないことが、もっとも大切だと
めぐり合わせとか、タイミングとかもあるけれど。
また別の次元のことで。
タイミングだって、いろいろな判断で左右されるのだから。
わかちあうこと。
どうすればいいのだろう?答えって、まだ見出せないでいます
きょうもありがとうございました。
メトロポリタンカメラ更新しました
あしたも、みなさんにとって、やさしい時間が流れていきますように
おまけの日記です

鉛筆にもこだわりを
この2本の鉛筆は、外国製のもの。やはりおしゃれです。独特のデザイン。だからもったいなくて、使えなかったりします。上のような、正統派のデザインだったり、下のような、遊び心のあるものだったり(目盛りが付いてて、定規のように使える。削ってしまうほど、その機能はなさなくなるけれど)鉛筆も奥が深いのです。
僕が思う、鉛筆のスタンダードといえば、あのオレンジ色で、頭に消しゴムのついてる鉛筆。あれだけ、長い間親しまれている変わらないデザインと機能性。これ以上も、これ以下もない、あの鉛筆ってすごいと思う。また買ってみようかな?贅沢に、「1ダース買い」してみようかな?
大人になると、木で作られた文房具を使う機会って、少なくなる。鉛筆じゃなく、ボールペンだったり。でも、木のぬくもりを感じたり、木を削って芯を出すという作業だったり。そんなアナログなことを、いま一度、見つめなおしてみるのもいいかもしれないですね。
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晴れた空を見て、ホッとした1日。
きょうも、みなさんおつかれさまでした。私は、きょうも帰宅が遅かったので、いま、ひといきついているところです。
心の中では、いろんなことを考えながら、最近の毎日を過ごしています。確かに、しんどいこともあるけれど。焦らないで、時間がなにか、答えを出してくれる。いくつかのことを、信じて。ひたむきに。自分だけは、変わらないように。大切なことを、忘れないように。

帰宅途中、ある餃子店で食事した
店に入ると、写真のような大きな張り紙がドーンと貼られている。中国製冷凍餃子の影響が、ここにも出てるのかな?風評被害って、いままでもいろんなパターンであったけれど、僕だけは、惑わされずに、本質を大切に、いつものようにって、思います。まぁ、夜遅い時間だったけれど、お客さんはたくさんいたから大丈夫かな?
昨年、「カンブリア宮殿」に、生協のトップが出演していた。いつものように、村上龍さんが、鋭い質問をたくさんしていた。大型スーパーに押されたりなどなど、いままで生協も、いろいろなピンチがあって、そんな古い組織や意識を大きく改革することで、乗り切ってきたが、昨年の牛肉偽装コロッケの事件は、生協にとって、大切な消費者の信頼を大きく裏切って、最大のピンチだったと、でも、信用回復するため、頑張りたいと、振り返っていた。まさか、半年後、今度は餃子で、再びピンチにたたされるとは・・・ちょっぴり気の毒な気がします。

めがねのシャンプーなるものを、先日買い物していて見つけました。いままで、こういうものがなかったが不思議なくらい。たたんだめがねに、3〜4回、泡を吹きかけて、ちょっとだけ待って。すぐ水で流せば、汚れが落ちピカピカ。あとは、水を取るだけ(レンズを磨くことがない)
せっかく、レンズが新しいのだから、傷つけないように・・・と思って。ひとつひとつの、なにげないことだけれど、やはりこうして、モノを大切にしなくちゃいけないって、思うから。
きょうも、ありがとうございました。
あしたも、夜更新します。いろいろ思うこと、考えること、吐き出したいこと、書きたいことはあるけれど、また整理してから。あすも、できたらそうしたことを、いろいろ書いていきます。みなさん、あしたも元気で1日過ごしていきましょうね。
おまけの日記です。

木製のクリップ。以前、写真をはさんでロープにぶら下げていた。そのとき、やさしい見栄えのするクリップのほうが・・・と想い、購入した。文具も、ときには、木のぬくもりがするものを使うのもいいと思う。写真は、なんだか、クリップの家族みたい(笑)
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晴れたり曇ったり、あいまいな1日。
みなさん、こんばんわ。きょうも1日おつかれさまでした。
「カフェはメディア」
アートディレクターで、東京で2つのカフェをプロデュースしている、清野玲子さんの言葉。先日のBS朝日「しあわせロハス」にて。彼女は、中目黒の「カフェエイト」、表参道の「ピュアカフェ」をプロデュースしている。いろいろなテーマや想いを持っていた。
・「ヴィーガン=動物性野菜を食べない」
純菜食主義のメニューをだれでも楽しめるカフェ」であるということ。
・「大人の男性1人でも入れる空間作り」
忙しい方にも、使ってもらえる空間であるように
・「一歩入ったら、ここは外国」
気軽に声をかけれるような、お客さんのコミュニケーションの枠がひとつ外せるように・・・スタッフみんなが心がけている
・「destress」
つまり、自分でストレスを切り離す。身体にいい野菜などたくさんとって、いそがしくても、気持ちの込められたメニューで、気持ちよくなってもらいたい。身体に良いものを食べると、細胞が喜ぶから・・・
「ゴミを出さない」
テイクアウトには、さとうきびでできたパッケージ。ドリンクは、マイカップのみ受け付ける。サンドイッチはラップだけ
という、カフェへの想いを語っていた。
その中で、彼女が定義するカフェとは「メディア」であるという考えに、妙に僕は納得してしまったのです。
カフェは手に取りやすい雑誌のようなもの。知らなかった音楽との接点を作ったり、写真展やアート展などを、おこなったりも出来る、情報発信の場だったり、コミュニケーションのツールだったり。何やっても許される、包容力のある業態だと、語られてた。たしかに自由な空間かもしれない。オーナーさんの好みがそのまま反映される。そしてお客さんも、自由に、ゆったり過ごすことを目的とする。清野さんのカフェに対する考え方って、なかなかおもしろいな。そういう意識で、カフェと僕たちも接していったら、もっと有意義な時間となるような気もします。そういうお店に出会えたら、幸せなことかもしれないですよね。カフェに興味のある方、ぜひ再放送見てみてくださいな
カフェはメディア・・・うまいことをいう。
たしかにそういう感覚がありますね。カフェで友人といろんな話して情報を共有したり。メニューや食器に発見を得たり。カフェにある本、音楽、インテリアでいろんな新しいものを得るし。ときに、自然や、写真や絵や、生の演奏に触れることもあるし。カフェで映画を上映していたり。まさに雑誌のようだ。
シンプルでやさしい、生き方
僕がこうありたいと思うこと。
どこかに相通じるところがあるかもしれない。清野さんのお話を聞いていて。
きょうも、ありがとうございました。
あしたも、夜更新していきます。ちょっとまじめなことでも書いてみることにしましょう。
きょうはメトロポリタンカメラも更新しました。
続いてはおまけ日記

私は、たくさんポストカードを集めてきた。写真はそのほんの1部
スチールのスタンドに立てて、ちょっとしたアート感覚で楽しむために。50枚ちかくあるだろうか。いまはもう、買うこともないけれど、でも大切に持っている。写真は、大好きな映画のポストカードや、アメリカやヨーロッパのアドデザインのもの。こうしたデザインが好きなんですよね。きちんと、はがきファイルにファイリングしたら、面白いマイブックになりそうだ。
ちなみに、いまは、自分が撮影した写真をたまにプリントして、部屋の片隅に立てておいている。自分で作品を創る作業は、ささやかでも楽しい
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変わりやすい天気の1日
みなさん、こんばんわ。きょうも1日おつかれさまでした。
「サラリーマンNEO」ファンのみなさん、4月から「シーズン3」がスタートしますよ。ただし、放送時間が日曜23時〜。「情熱大陸」と重なってしまうなぁ・・・
さて、昨日の日記で、「あたりまえのようなこと、あたりまえのような存在の、大切さに気づくこと。謙虚にひたむきに、生きていくこと」
ということを書きました。
あたりまえのことを、あたりまえに、懸命に生きていかないと、きっと自分も幸せにはならないし、人も幸せにできない。幸せってね、だれかとわかちあうことで、その幸せを2倍にも3倍にも出来ると思うんです。逆に、人を不幸にして得た幸せは、本当の幸せにはなり得ない。
無論、人の愛情や情熱は、永遠に続くものではない。
それでも、信じて、ひたむきに懸命に生きていかないと。本当に大切なこと、大切なモノを、大切な存在を、必ず見失ってしまう。そうしたものってね、目に見えないモノなんです。
寂聴さんの著書に
「他を思いやる心こそ想像力であり、想像力こそ愛なのです」
という言葉が記されていた。
想像力を持つためには、こころの余裕、こころの広さって必要じゃないかな?だからこそ、僕は、謙虚に、ひたむきに、懸命に生きていかないとって、強く思います。
きょうもありがとうございました
帰宅が遅かったので、もう0時回っている・・・
あしたも、みなさんにとって、ゆったりと過ごしていけますように
メトロポリタンカメラ、更新しました。
あすも、夜更新していきますね!
続いては、おまけの日記です

先日、教えていただいた、ある雑貨店で買った、ユーズドのキーホルダー。かなり使い込まれているもの。きっとどこかのヨーロッパの街で使われていたものなのでしょう。(本当は、ブルボンキーホルダーを集めたいけれど、けっこう高価なんですよね)
雑貨、文具、本・・・そうした、私が普段使いしている、ここちいい「モノ」を、日記の最後にエッセイとして、当分毎日書き続けてゆきますね。
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午後、都心は思いがけず雨が降ってしまって。移動しなくちゃいけなかったのだけれど、傘は持っておらず。足止めを食らってしまった。窓の外から、早くやまないかなぁ〜って思いながらの一枚。
みなさん、こんばんわ。
「なっちゃん」ってジュースのCMで、GOING UNDER GROUNDが、村下孝蔵さんの名曲「初恋」をカバーして歌っている曲が使われている。「初恋」をカバーした人って、いるのかどうかわからないけれど、松本さんの、あの声と、けっこうあってるな!いいかも?って感じました。ただ、GOING UNDER GROUNDといえば、「三ツ矢サイダー」のイメージがいまだ強いけれど。
カバーといえば、きのうの「情熱大陸」で、ブックカバーのデザイナー・祖父江慎さんが出演していた。彼の名は、仕事柄、知ってはいたけれど、実際、こんな人だとは思ってもいなかった。子供のような大人。まさにそのまま。(楳図かずお氏とダブって見えた。そういう感じの方)公園へ行くと、せせらぎや側溝で見つける水面の模様に夢中になって、うつぶせになって見入ってしまう。仕事でも、ひたむきだ。表装が、裏を表にするアイデアを実現させたり。しゃべり方や、人の接し方、すべて、子供みたい。いや、こどもをあやす大人のよう。彼の生き方、そのひたむきな姿は、興味深かった。
その後、平原綾香さんのワンマンライブの番組をしてた。日曜の夜だからか、すごく心地よかったです。数年前よりも、彼女の歌声は勢いがついた感じがした。すごく声が出てて、力強い。ただ、歌い方が変わっただけかもしれないけれど、これも、成長の証なのかもしれません。
人は、ひとりでは生きていけない
孤独感は、なによりも人にとって、怖いもの
でも、そういうことって、孤独になったときに気がつくもの。
いつもの生活で、周りにいろんなものがあふれている、ある意味幸せな状態のなかで、見忘れているもの、気がつかないものがある。そして、そのありがたさや、隠れている本当の意味を知ることを、見失ってしまいがちです。それらは、後になって、気がつく。こころから。失ってからわかること。
後になって、幸せとはなんなのか、わかることもある。
(先日の日記でも書いたけれど)
僕は、いま一度、謙虚生きていかなくちゃいけないと、ここ数日、こころに刻みつつ生きている。
ひたむきに、ひたむきに。
あたりまえのようなこと、あたりまえのような存在の、大切さに気がつくことを。
きょうも、ありがとうございました。
メトロポリタンカメラ、更新しました。あしたも、夜更新していきます。
おやすみなさい