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2008年01月10日(木)
2人で分かち合う、やさしい恋をしよう

みなさん、こんばんわ。きょうも1日、おつかれさまでした。昨日スタートしたドラマ「斉藤さん」が妙にハマったコバルトです。みなさん、見ました?おすすめです!

昨年12月後半の日記・13日分、遅くなりましたがUPしました。お暇であれば、気楽にお読みくださいな。テレビネタ満載ですよん。さ、きょうも日記にお付き合いください。4つの文章でまとめました。


<やさしい恋をしましょう>

私は、いままでの恋で、自分から相手を振ったことは一度もない。ずっと好きなまま。本当に。だからすべての恋は、相手から去ったか、周りの状況から仕方なく別れに至るか。つくづく、私は一途な人間なんだと改めて思います。「さよなら」のない恋をしようと想うけれど、いつしか「さよならまでの恋」と考えるようになってる気がします(笑)。人のこころも、恋も、どうしても変わってしまう、はかないものだから。泣いても嘆いても、人のこころは、どうにもならない。だから、渇愛に陥るのです。まぁ、それはともかく、どうしてそういうかというと・・・

昨年の12月、私はある知人の相談に乗ることと相成りました。それは「離婚」という問題。かなり深刻です。私は、愛とはなにかという問題に、精神的に、相当参っていた当人といっしょに、すごく考えさせられました。とはいえ、いっしょにゆっくり話を聞いてあげて、いっしょに泣いてあげることしか、出来なかったわけですが。こうしなさいというアドバイスは出来ません。(結婚相手の方も、私が知っている人なので余計に)本当に愛し合っていたのにどうして別れることになったのか?僕も非常にショックで悩みました。ただ、どうにもならないこともありますよね。人のこころも、愛も。どうにもならないことってあるわけですよね・・・昨年12月は、仕事の忙しさとともに、いろいろなことで、私も悩んでいたわけです


先日読んだ、聖路加国際病院の日野原重明先生の著書の中で、先生は、こうしたことを言われている

「喜びや楽しみは、人と分かち合った分だけ大きくなると信じている。愛することを心の習慣にしなさい」

愛することの意味が、この言葉に凝縮されているのかもしれないですね。大きな意味のある言葉のように思えた。


話はちょっと変わるけれど、年末に結婚会見したオダギリジョーさんと香椎由宇さん。記者の「お互いのどこに惹かれたのですか?」との問いに、オダギリくんは「彼女のひたむきな生き方を尊敬したから」香椎さんは「話を静かにしっかり聞いてくれる」。僕は、この会見、この言葉を聴いて、直感でこの2人はいい結婚生活を送るのでは?って思いました。お互いを尊敬できる。しっかり話を聴く。なかなか出来ないこと。とくに「尊敬」って言葉は、夫婦の間でなかなか言えないことだもの。私もいつか結婚するとき、相手と尊敬しあい、話を聞きあえる関係でなくちゃって想ったもの。(2人の誕生日がいっしょとの指摘で、2人とも「キムジョンイル」とも同じですと言って、会場を笑わせていましたよね)私の知人の2人も、もっと2人にとって、基本的でシンプルなことに気がついて、それをきちんと見つめていれば・・・と、ちょっぴり想った。1度歯車が合わなくなると・・・


やさしい恋をしましょう。お互いを尊重しあって、思いやって。時に謙虚に、時に強く。2人がいっしょにいることで、お互いが向上しあえる。やっぱり、2人でいる時間が、おだやかで、やさしい時間であることが一番ですから。やさしい恋は、シンプルなものです(現実的なこともあるにはあるが)


<人生の歯車>

人には、人生の歯車というものがあると思います。その一番の素になる歯車を動かさない限り、すべての歯車が動かないものです。逆にいえば、それを回すことが一番大切。一度歯車が狂うと、すべてが動かなくなる。あなたの一番の素になっている歯車ってなんでしょう??仕事かな?恋人かな?家族かな?それさえまわせば、そのほかの歯車も順調に回りだすのです。恋も、趣味も、健康も、夢も、生活も。人生は、案外シンプルな機構で動いているって、僕は思います。そう想ったほうが、幸せに生きれるはずだから。ただし、まわすには、ときに潤滑油が必要です。それは、周りの人のやさしさであり、笑うことであり。自分にとっての楽しみであり。それも忘れないように。かくいう私も、素の歯車がぎしぎし音を立てていたのです。(おそらく仕事かな?)だからいったん止めて、メンテナンスして、再びフル回転しなくちゃって想うのです。

きょうも、ありがとうございました
あすは、雨が降るみたいです。傘を忘れずにね。
あすの日記も3テーマで。1つは、こころについて、生きることについて。あとの2つは、またなにかを書きます。22時前後にUPできたら
この後は、おまけの日記。よろしかったら、お読みください↓


<友人と親友>

私は、親友と呼べる人は、数少ない。どうも、ながく関係を保つことが上手くない人間のようだ。小さい頃から、転勤の連続で、1〜2年で小学校も変わっていた。1から、人間関係を築いていく必要になんども迫られた。だからか、幼馴染というものがまったく存在しない。

そうしたひずみが、高校生ころに大きく出てしまった。私の高校生時代は、親友といえるものははほとんどいなかった。ひとりでいることがここちよかったから。本ばかり読んでいた。(部活や生徒会は懸命だったけれど、いつも一匹狼でした)


でも、友人は、大切にするべきです。
出逢いは大切にすべきだけれど
親友は、たくさんいなくてもいい。
ただ、困ったときには、助け、
離れていても、静かに見守る
なんでも言い合えて
許しあえて、思う存分泣かせてくれる

ただ、いい関係を持続するのには、自らの人間性が問われる。私は、やはりどこか不適合なところがあるのかもしれない。それでも、常に志を高く、人にたいしても、いくつかの心がけというか、こうありたいという部分がある。そこには、つねに、「去るものは追わず」という部分と同居しているわけです。 自分は、どうも対人関係が苦手なタイプのようだ。けっこう懸命に向き合っているんだけれど、どこかに問題があるのでしょうね。

友人関係、恋愛関係、人間関係、どれも、ちょっとしたことで、もろくも崩れていくものです。いままで積み重ねた信頼や時間なんてほとんど無意味で、いっぺんにもろくも崩れてしまう。崩れたら、元には戻らない。たとえば、言葉ひとつでも簡単に崩れるもの。いまの私は本当に肝に銘じないといけませんね。反対に、人に対して、寛容で、許せるくらいのこころの大きさって、必要かもしれないし、それが出来て、初めて、本当の関係になれるような気がします


ホームページで、数多くオフ会をやりますが、そこには、「自分が、いい友人と出会って、楽しくやりたい」という考えではなく、「人と人をつなごう」「みなの出逢いのきっかけになれば」との想いのほうが断然つよいのです。

そういう役割が出来ることが、私にとって、一番の幸せなのです


2008年01月09日(水)
いつも笑顔でニコニコで

こんばんわ。きょうも本当にポカポカの陽気でした。昼食を買いに、出かけたとき、都心中心部は春?って勘違いしてしまったもの。ビル群は黄砂のようにかすんでいたけれど。この暖かさ、あしたまでですよ。ハンドボールの五輪アジア予選のやり直し拒否する中東の国々に、喝!を入れたいコバルトです。きょうも3つの文章で書いていきます。メトロポリタンカメラも更新しました。どうぞお付き合いくださいませ・・・♪



<いつも笑顔でニコニコで>

自分がニコニコの笑顔じゃないと、幸せは来ません!これ、私の持論。
だから、できるだけ自分は笑顔で過ごすことを意識しています。もちろん!出会う人を笑顔に出来るようにって、必ず思うのだけれどね。ささやかなことでも。たとえば、定食屋のおやじさんには、「おいしかったです」レジの人にも「ありがとう」、バスの運転手さんにも「ありがとう」と、スマイル!こういう小さいことも、しっかり心がけていたいと、思うんですよ。もちん、家族、同僚、友人は当たり前で・・・いつも笑顔で、おだやかに。ありがとうという言葉を添えて。そうしたら、「自分はみんなによって生かされている」ってことを、その都度感じることが出来るから。


「ありがとうを多くいうと、ストレスが少なくなる」
これは、斉藤茂太先生の著書の中の言葉。本当にそうですよね。まずは感謝の気持ちを表すことは、自分を守ることになるってことです。みなさんも、そう思いません??


笑顔でいれば、自然といい顔になっていく。美人になったり、やさしい顔になったりするものだもの。うん。一番の美顔術は「ニコニコ」でいることです。でも、悲しいときは、思い切り泣けばいいんです。愚痴も言えばいいんです。要は「自分に無理しないように」いつも人に言う言葉だけど、いまは自分に言い聞かせているんですね。うん。まずは、こころが健康でなくては、なにもはじまりません。

みなさんも、笑顔、忘れてませんか?
笑顔ってね、意外ととすぐ消えてしまう。だから笑顔は絶やさないほうがいい。愛しい人の笑顔は、ずっと消えず、自らのこころを、どんなときでも温めてくれるはずですもの。



<七草がゆをおなかいっぱい>

ここ、調子が悪いのもあって、数日間、七草粥ばかり食べている。胃に本当にやさしいもの。お正月だからといって、特段豪華なものをたくさん食べたわけでもないので、胃もたれもないのだが(笑)ドクターコパさんの本を読んでいると、日本の恒例行事を、きちんと行うことが、運気を大幅に上げる。生活の、当たり前のことをきちんとすることなんですよね。やはり。その意見、同感。私も行事好きな人なので特に。そういえば、モノを捨てることも、風水ではよく言われるけれど、これも当たり前のこと。昨年末、自室のいらないものは捨てに捨て、無駄なものがなくなった。その代わり、干支の置物をきちんと東側においてたりしてる。七草粥も、そういう、運気をUPさせる意識でも食べています(風水ってそこまで信じているわけではないけれど、やらないよりはいいだろうくらいの意識)


明日も3つの文書を書いていきます(なるべく夜9時に間に合わせます。来週は食事とかいくつか予定があったりしますので、遅くなるかも)あすの内容は、やさしさと恋について、友人について、そしてもう1テーマ。おだやかに明るく書いていきますぜ♪この日記への感想がありましたら、お気軽にどうぞ。

きょうも、ありがとうございました
あしたも、みなさんにとって、やさしい時間が流れていきますように・・・
こころから、願っています。
さて、この後は、おまけの日記です。
よかったらどうぞ↓


<家族へ>

私は、父や母を、どちらかとえいば好きではない。
ひとりの人間として捕らえたとき、もし親でなかったら、きっと付き合わない人間のような気がする(笑)と書くと、とんでもない人のように想うが、そうではなくて・・・

小さいときはなついていた。ただ、いろんな面を見て、子供心に影響を受けた面もあるし。とにかく、父も母も、人の話はあまり聞かないし、こと子供のことを理解しようという姿勢は、そこまでない人だった だから、家族旅行などほとんどなく、一家で食事することもまったくなく。でも、どこか慎ましく、派手なことが嫌いで。 社会のルールに反することに対しては、本当に厳しかった。ただ、どういう人であっても、親であることは変わりない
言葉はきちんと交わさないけれど、本当は、感謝の念をとても感じている。


幼い頃から、引越しすること10回以上。短いときは1週間、長くて2年。
そのたび、荷造りし、友達と別れ、知らない土地へ行く。そのストレスは、多感な子供のころだからこそ、計り知れなかった。(父は治安を守る職種の公務員だったので、転勤は日常茶飯事だった)いまの自分を形成するのに、悪い部分で、多分に影響したことは間違いない。幼なじみというものも存在しないし。寂しがりやなのも、そこから来ているのかもしれない。その引越しのことを、母は、いまでも私に詫びることがある。本当にすまなかったと。 そのとき、感じるのは、その苦労は、父も母も、相当しているに違いない。だから責められないのです

生きた言葉を日ごろ、交わすことがない家族であっても、その裏では、各々いろんなものが存在する。感謝の気持ち、わびる気持ち、後悔の気持ち。きっといつか、それらを、たくさん言葉として出るときが、いずれやってくるでしょう。


私は、両親のような親にはなりたくない。とくに、父は、父親としての尊敬は残念ながらしていない。ただ、仕事に対しての、ひたむきさに関しては、誰よりも尊敬しているのです。これも言葉にすること、この先あるかもしれないけれど

家族を顧みず、仕事に打ち込む。こと、自分勝手で、短気で。人間としては、どうなのかと疑うところはある。僕が小さいときから、「この人」のようになってはいけないと、堅く誓ったものです。だからって、父には、感謝の念も強いのです。

両親も、もう年老いて、人間が丸くなってしまった。あんなにも厳しかった父も、私には、何も言わなくなった。私が仕事疲れで、帰宅してすぐソファーで寝ていても、父はなにも言わない。(「これから先、おまえに面倒を見てもらおうと思わん、だからお前はひとりしっかりやれ」」が、最近の唯一の口癖)何もいわないのが、せめてもの、家族への償いなのかもしれない。

そして、親に苦労かけさせ、心配させた、親不孝モノの僕は、これから先、何かの形で、この父と母に、お返ししなくてはならない。



時間は、あっという間に過ぎていく
人生も、あっという間なのです。

ならば、本当に愛し合った伴侶と子供に囲まれて、ささやかでも家族を築いて、穏やかに、当たり前のことを生きたいと、心から思う。要は、そういう相手が、いそうでいないということだけどね(笑) ただ、いますぐでも、ホントそうしたいものです

でも、正直なところ、私は、結婚しないかもしれません。それならそれが、宿命だと想うのです。人生は、自然な流れというのもあるから。
でも、両親の感謝の気持ちは、忘れずにいたい。こうした感謝の気持ちをもてないと、たとえ、仮に自分が親になったとして、同じように子供や妻に感謝されない父親に、そして家族になりそうな気がするから。それはやはり、悲しい。

一度、離れてしまったこころや絆は、元に戻すことは難しいのだから

以上、おまけの日記でした(おまけの方が長い!)


2008年01月08日(火)
穏やかに生きる、強く生きる、自分を生きる

みなさん、こんばんわ。3月のようなすがすがしい暖かい1日でしたね。笑顔で1日を過ごしましたか?おつかれさまでした!

きょうは、3つのテーマで、大切なことを書きます。
なお、この日記は、今年から、その日の夜(9時〜11時前後)に更新しています。1つの日記に、多いときは3つの文章を書いていくつもり。だから、1日分がすごい文章量になるかもしれません。お願いですので、最後まで読んでくださいね。元気になれる、笑える、あったかいものを伝えれたらって想うので。


<穏やかに生きる>

人間は、絶対に「おだやか」でなくてはいけない。
人に決して怒ったり、冷たかったり、悪口や酷い言葉を言ったりしてはいけないと常日頃思っている。もちろん、裏切ったり、嘘をついたしてはいけない。こと、自分にとって大切な人、身近な人に対してはなおさら。笑顔で、やさしく、おだやかに生きること。それを、けっして否定されたくない。一度、言葉に出してしまったことは、もう消すことは出来ないことを、肝に銘じて。一度、人を裏切ったら、その何倍の裏切りを、きっといつか自分は受けるようになるから。後で後悔しても遅い。日ごろから、何事にも穏やかに生きる努力しないと。そして穏やかに生きると、周りの人のやさしさ、暖かさなど、本質がしっかり見えてくるはずだから。おだやかに生きること、それは、「誰かといっしょに」が出来る人でもある。夫婦でも、仲間でも、仕事でも、「いっしょに」が基本の人が理想だと僕は思います。喜びも、悲しみも、いっしょに。
いっしょにというのは、やはり「おだやか」じゃないと、そうはいかないもの。

そうできるとね・・・ささかやか日常のありがたさを、毎日ひしと感じながら生きていけるはずですから。

穏やかに生きる。それは、自分に素直なこころで、ゆっくり生きるということ。



<強く生きる>

強く生きるということは、大切な、誰かを守るということ。誰かのために生きるという使命を持つと、何倍も強く生きられると想う。決して、いまだけをみてしまわないようように、楽な方、安易な方へ逃げないように、一歩前へ進んで、殻から飛び出して。これからを見て。いま、見えていないかもしれない、本当に大切なことに、いつか気がつくということ。愛する人をしっかり信じて、その人の為に生きるようにと。決して、人を見捨てたりしないことも、ひとつの強さでもあるとおもう。難しいけれどね。強く生きるというのは、決して、人を押しのけたり、勝ったりする強さじゃない。私は、人と競ったりするのは本当に苦手です。人を悲しませたり、裏切ったりしてまで幸せになろうとは想わない。そして、人を許すことができること。それだって、強く生きることになるのではないかと、想うのです。
辛いとき、悲しいとき、負けないように。まだまだしんどいところはあるけれど、強く!

強く生きる。それは、自分を信じて、志を高く生きるということ
誰かのために生きるということ



<自分を生きる>

自分を生きるということは、自分のぶれない信念を持って生きること。本当の自分を、見つけられたとき、自分を生きることの大切さに気がつく。

私は、仕事に区切りをつけようと思います
自分を生きるため。

素直なこころを、はじめて大切に、生きてみようと想う。すこし、自分を見つめなおす時間をつくって、こころゆっくりとさせて。本当の自分を生きたい。本当に、本当に・・・


この11月末から、私は情緒不安定でした。眠れないし。しんどくて。それは、仕事が多忙で、もうストレスも限界でした。私はこのままでいいのか?悩みに悩んだ。また、友人のことなど、そのほかのいろんな大きな出来事が、次々私にやってきて、自分が、正常な判断や行動が出来てなった気がします。ただね、自分のこころの支えにしてきた「大切なもの」があったからこそ、なんとかやってこれた。そういう状態の中で、多くの人に迷惑をかけてしまった。本当に、申し訳ありませんでした。こころから、謝りたい。本当にごめんなさい

前に進まないといけないから。私は、大切なものを守らなくてはいけない。守れるような人間にならなくてはいけない!

人を愛して、信じて。ずっとずっと、人を幸せにしたいという変わらない想い、何があっても自分だけは絶対に変わらない一途な想いは、けっして恥じることはないと想うのです。間違っていない。私は、たとえ、自分の想いや行動が、人から見えないこと、理解されないことであっても、それを信じて、懸命でありたい。そして、いつか、私がやってきた、伝えてきた本当の意味に、人々が気がついてくれるときが必ずくればいいなと。それだけを望む(私という人間は、なかなかそのときに、理解してもらえる人ではないことは、よくわかっているから。時を経て、人に「あのとき、あなたにいわれたことの意味が、いま本当にわかった」といわれることがけっこう多いのです。ぶれない想いがあるから、先のことをしっかり考えて伝えよう、あわてず行動しよう、大切なこと、本質を見定めようと、いつもしている自負があるから)とはいえ、それがすべてではないですけれどね。無論、自分が間違ってることなんて、たくさんあるし。引くときは引くことも大切です)


自分の想い、それを、こころからわかってくれる人は、どこかになからずいると信じたいのです。

自分を生きる。それは、後悔しないこと。


私は、これから自分をしっかり生きていく。
そう誓いたい。
自分を律して。反省して。
本当の笑顔に戻れるように



石田ゆり子さんは、著書のなかで、
「澱まないように」「止まらないように」

と書かれています。その言葉は、ずっと僕は忘れないようにしてきたつもりです。彼女のいうとおりだと想うから


きょう、会社をちょっと早めに退社して、所用を済ませ、時間があったので、またいつものタリーズへ。1時間くらいか、いつもの席でのんびり本を読んだ。その後、書店で本を漁る。

ふっと、文庫新刊台のひな壇手前にあった、ある文庫に手が伸びた。それは、「禅」の言葉を集めたもの。でね、ふっと開いたページが、なんと偶然にも、私が専門学校の学生のころ、座右の銘にしていた言葉だったので、びっくりしたのです。(書道サークルで、この言葉を書いて、発表会に出品した)


それは、

「行雲流水」

空に漂う雲、果てしない空、流れる水のように、自然に身をゆだねるようにおだやかに生きる。人のこころ、自らのこころが、小さなことでわだかまったりしないように。物事に執着せず、淡々と生きていくということ

もっと、こころおだやかに、人にもおだやかに、生きてゆきたい。
たとえ、これから、困難なことや、悲しいことがあっても、裏切られたりしても、自分だけは、しっかり強く、おだやかに、自分を生きたいとこころから想う。この本で偶然みつけた、懐かしい言葉。なんだか初心に帰れといわんばかりの出来事だった。


あしたは、3つのうち、1つは、「家族」について書くつもりです。あと2つは、あしたまた。


きょうも、ありがとうございました
あしたも、みなさんにとって、すてきな1日になることを祈っています。


2008年01月07日(月)
ただただ、待ってみるということ

ゆっくりと、待ってみることにしよう。
こころはそのままで。見守りつつ
そう、想うようになった。

その人、その物事、その未来・・・

どう、これから、どう変わるか変わらない
この世の中だって。

ただ、自らの素直な気持ちだけは、大切にしておきたいと想う
時間が経て、なにかが変わり、なにかが見えてくるかもしれない

きょう、いくつか、小さな幸せな出来事があった。
昨年末、心配していた知人から、丁寧にお手紙をいただいた。少しずつ、よい方向に向いつつあるようだ。思わず、涙ぐんでしまった。謙虚に書かれたその文面は、かなり印象的だ

探していた本が見つかった。即買ってしまった
注文しないと手に入らないかと想ったから。年末、自室の書棚の本を大量処分したので、かなり空きスペースが出来た。今年は、久々に読書をする1年にするつもりだ。自室の書棚も、新しい本が、再び並ぶだろう

昨日、泣きつかれて、眼が腫れている
いろんな出来事を振り返り、そのひとつひとつを想う
ただ、そこまでしてでも、自分を追い込まないと、何かを整理し、答えを出せないから。私には、こうしたストイックな面がある。泣いた後は、不思議と穏やかなのだ。

これからのことはわからない
だから、待ってみる

「美の巨人たち」
この番組が本当に大好き。土曜日に1時間スペシャルも放送されていた。スペシャルでは、西洋絵画の歴史をわかりやすく伝えていた。印象派について特に。
毎回、1つのアート作品に焦点を当てて、30分、その絵やオブジェなどに秘められたドラマ、作者の葛藤や人生を、わかりやすく、ドラマ風に、伝えている。(日本の作品と西洋の作品を、1回づつ交互に)美術を紹介する番組でいえば同じ、NHK新日曜美術館は、いささか堅苦しいが、美の巨人たちは、その点見やすい
なにより、ナレーターの俳優・小林薫さんの、やさしい語り口が、秀逸である。番組中流れるキリンのCMも、普段見れないロングバージョンのCMだったりして。番組の独特の雰囲気を壊さない。紹介される作品の奥に潜むもの、そして作者の苦悩やストイックさを、いつも感じてしまう。

次回は、ピカソのゲルニカ。大変楽しみ

「篤姫」
初回を見ました。とてもフレッシュな感じがしたのは、やはり主役の宮崎あおいさんの、聡明で明るい主人公・於一(篤姫)なせばこそ。見続けるかどうかは、わからないけれど。

「情熱大陸」
昨年の大河ドラマで、信玄を演じていた 市川亀治郎さんだった。こと、無口で、いつも、スタッフの質問に対して「わからない」を繰り返す人だった。毎回、歌舞伎に対して、無心で演じていることが、よくわかる。この人、私より年下だったんだね。驚きでした


日曜日に見た、番組のことについて


きょうも、ありがとうございました
あしたも、みなさんが、笑顔のいっぱいの、すてきな1日となりますように・・・

私は、時間作って、コーヒーのみにいきたい気持ちでいっぱいです
さ、きょうも元気だして♪


2008年01月06日(日)
想いは、リレーする

想いは、リレーする


幸せを願う想い、
愛する想い、
いとしい想い
励ましの想い


それらの想いは、バトンのごとく、
人から人へリレーされる


それは、親から子へかもしれない
それは、愛する人から愛される人へかもしれない
それは、仲間から仲間かもしれない

その「想い」のバトンは、
しっかり、受け取られ、
それは、また人へとリレーされる

人は、つながっている
生きている以上
たくさんの人とつながっている

これから出会う人たち、
これから出会う愛する人に、
僕らは、バトンを、しっかりと渡していかなくてはいけない

それが、絆となって
人と人がつながっていく

そのバトンは、どこかで途切れるかもしれない
悲しいけれど

でも、君はひとりじゃない

決して、リレーすることをやめてはいけない
いつか、そのバトンは、再び、自分にリレーされるから。

親から子へならば、親孝行というカタチで、親から子、子から孫へと
愛する人から愛される人ならば、結婚という永遠の愛というカタチで
時を越えて、その想いはリレーされるのです

リレーは、終わることがない
終わらしてはいけないと、僕は思う



人は、人を想い、生きていくのだから

人とつながって、生きていくのだから



===============

本当に久しぶりに、図書館で過ごした気がします。ゆっくりと、ページをめくり、文字に目をやる。すーっと文字がこころに入っていく感覚は、非常にここちいい。

仕事柄、書店や取次ぎ所を回ることが多いのだが、意外とゆっくり本を読むことはないから。

上の文章、ふっと思い浮かんだ言葉。
本当にそう想うのです
人は、ひとりじゃ生きていけないですもの。


僕は、なんどとなく、人の言葉ややさしさですくわれました
いまでも、その言葉や、その想い、そのやさしさは、決して忘れない
それを胸に、今度は、人にそのバトンを渡していこうって
想うんです。いつも

人を傷つける言葉、人のこころを思いやれない、冷たいこころは、
けっしてバトンを渡してはいけません。
渡してしまうと、それは、必ず自分に戻ってくる。絶対に

涙というバトンを渡していくと・・・いつかそのバトンは、希望というバトンへと変化していく


2008年01月05日(土)
ずっとずっと続く一途な気持ちを忘れない

私がよく読んでいる雑誌「リンカラン」の最新号に、
最近結婚された、女優の麻生久美子さんのインタビューが載っていました。その彼女の言葉は、私にやさしかった


「何をするにも素直が一番」「何をするにもストレスが一番の敵」

そう!!まさにそのとおり。
そのとおりなのよ。うん。よく言った!!
彼女はいい生きかたをしていると感じました。無論、いままでのいろんな人生経験が、彼女からそう言わせていることは、僕もわかるのだが。




午前、ある仕事つながりの知人の女性と、用事を兼ねて食事しました。彼女は年下なのだが、まぁ、私とタメ口で会話する。僕は普段、とても近い友人とでも、タメ口でしゃべることはない。本当は敬語で話されるのは、しっくりこないのだが...不思議と、彼女とは、タメ口で話し合える、ごくめずらしい知人なのだ。(彼女は関西人というのもあるのだろう)お願いしたいことがあって、書類など渡したのだが。まぁ、漫才のような会話です(笑)ただ、素直が一番にならった会話かもしれない。

その後、病院へ。病院にいっていることは、昨年日記には書いてこなかったが。こと眠れなくてなど・・・という感じなので。最近もまた。
















夕方、ソレイユへ。4日だから、駐車場も空いてるとおもったのが間違いだった。車は大行列。考えが甘かったぁ!20分くらい駐車するのに時間がかかった。今年の初カフェは、いつものタリーズ!!。一人ぼんやり、やさしい日差しが差し込むテーブルで、書き物したり、本を読んだり。

となりの席に、小さい男の子とご夫婦が座った。
本当に睦ましい、いい光景
ただ・・・すごく自分の立場を考えると、寂しい気持ちになって、
胸が痛かったのも事実。こういう経験、何度すればいいのだろうか。
その後、フタバ図書で本を探す探す探す!ソレイユはバーゲンですごい人だった。ドッターフィッシュの体験会やってて、気になったが


==============

「ずっとずっと続く一途な気持ちって、
結局は、何があっても、相手を悲しませるようなことはしない、
という強い気持ち、相手を思いやる気持ちがあるのかどうか」

そこをぶれさせることは、
決して許されないという強いものを持っていました。
僕は、その人のその言葉だけは、ずっと忘れることはなかった。
どうしても、忘れることができないのです。



私は、ずいぶん前、大きな裏切りを受けました。
その傷は深く、ずっと癒えぬまま、人を信じられず、人を愛せず。もう決して私を愛してくれる人はいないと想っていました。何年も。本当にしんどかった。

きっと、そのことが、ある地点まで、影を落としていたのかと感じます。

人を信じられない。だから、本当に慎重になる。そんな私でも懸命に信じてくれた人、信じられるようにと頑張ってくれた人に対し、少しずつ少しずつ、僕は信じようとする。この人はずっといっしょにいてくれるのだろうか?、変わらないだろうか。恐る恐る。そしてやっと信じられたとき、この人を何があっても悲しませない。一途な気持ちでずっとずっと・・・という強い想いを持つ。静かに、慎重に懸命に、相手を失わないようにと想う。でも、そのときはもう遅い。時間が経てば、いろんなことが変わってしまう。人も、成長するために変わっていく、去っていく。

やはり冷静に考えると、自分が間違っている
しっかりしたもので、繋ぐことができないから
想いは、言葉にして、行動にし、カタチにしないと
ダメなのです。絶対。

そういう自分が嫌いなのです
やはり、こんな自分は、もうしょうがないんだと、
割り切るようになったんです。こればかりは。

自分のおろかさは、まさに「そこ」なんです。

もともと、私は一途過ぎる。
それを相手に悟られると、重たく感じさせるのがいやだから、気持ちを、愛を引っ込める。すると、気持ちはわかりにくくなる。それもよくないのかもしれない。



結果的に、また、人を信じられなくなる。人が変わることを恐れる。たとえ、自分は変わることがなくても。それならば、もう人を信じるのをよそう。人を愛することをよそう。どんな言葉も、信じることをよそう。そうすれば、誰かを巻き込むこともない。そして、自分が楽になるのです。誰よりも怖がっている「別れ」「心変わり」・・・そういったものが、先に待っていないからね

だからといって、人を大切にしないのではない。
こころから、人の幸せを喜べる人でありたい。
自分は強く生きて、その人の幸せを、こころから願えること
人を元気つけられる、笑顔にしてあげられる人になりたい。
傷ついたこころを、少しでも癒してあげられる人になりたい
いつも、自分が笑顔でいるのは、
そうでないと、人を幸せにできないもの
だから、人前では笑顔を絶やさない
そうしていけば、自分にも、恋とか結婚とかとは、また違う、
別のカタチで幸せは訪れると



ささやかな幸せ。それは、結婚して家族を持つこと
子供といっしょに、伴侶といっしょに。
どんなことがあっても、その人を幸せにすること。
でも、自分の弱さがある限り、それは無理なのだろうと、いまは思います
いま、できることは、しっかりいまの仕事して、しっかり自分自身考えながら、人との出逢いは、できる限り大切にして、ひたむきに、静かに自分の生きる道を歩んでいくこと。地味かもしれないけれど。人から恥じられない生き方をしてかないと、先で、かならず後悔する。本当に孤独になってしまう。そして、ずっとひたむきに思い続けること・・・人は、人を想うから。




よく最近、人から相談を受けて
アドバイスすることがある
そのとき、よく言うのが

過去をさらっと忘れるのが一番だよ。
過去にとらわれると、本当よくない・・・と。
(ついこの前も、そういうことを言ったなぁ。友達に)

ただし、です
自分に対しては、こう付け加えている

そのもっとも辛かったときの、
あの日の自分を忘れてはいけない
あの日の、あのときの、言葉を忘れてはいけない
自分が人を傷づけたとき、
裏切ったときの苦い後悔の念を忘れてはいけない
裏切られたとき、別れるときの、
その言葉を、やるせなさを忘れてはいけない
自分が過ちを犯したときのこころの痛さ
それらを忘れてはいけない

人のやさしさ、想ってくれていた人たちの気持ち、
あのときの、あの人の強いやさしい言葉も、忘れてはいけない
初めの頃の自分、初めの頃のこころ、言葉を決して忘れてはいけない
その人たちの、そのたくさんの想いを
決して無にしないようにと。胸に刻み込む

それを忘れたら、きっと自分は、
同じ過ちを起こしてしまうと想うから
本当の意味で、人のこころの痛みをわからない
人間になってしまうから。
人の本当のやさしさに気がつかないままになってしまうから
人を、ほんとうの意味で愛せなくなる、愛されなくなる
人に、やさしくなれなくなるから


ま、そういうことです。何事についてもいえる。
シンプルにいうと(笑)
最後は熱くなったけれど。間違っていないと思っている

(最近、ちと堅い話が多いね)


きょうも、ありがとうございました。
1日、充実した時間でした。
いつもの人前では明るい私と、この日記での私。2重人格ですよね、きっと


みなさんにとって、「やさしい時間が流れる明日」となりますように
願ってます
お正月疲れをきちんと癒さないとだめだよ!
ゆっくりとね


2008年01月04日(金)
やさしさと愛すること












夕方、所用で出かける途中、ふっと空をみて、「天使の梯子」がかかっているのに気がついた。とても綺麗で。ふっと、自分の身体がその先の空へ導かれていきそうな錯覚に陥った。2008年、おだやかでやさしい時間が流れていくのでは?って想ったりした。



こと、1日笑顔を絶やさない私ですが、昨年末までは、本当に、仕事と、人の為に奔走しすぎて、疲れていたところがありました。だからお正月になって、静かになって、やっと自分のことが考えられる余裕が出てきました。少しずつ、やりたいことをやっていきたいものだわ




「恋は盲目」という言葉があります。出会って、恋をすると、誰しも相手のことを好きな気持ちでいっぱいになって、「盲目」になってしまうというもの。ただ、「恋は盲目」の状態も、いずれは冷めていく。ここからが、本当に大切なのだと。本当の愛というものを意識すること。

上に書いたことは、ずいぶん前、瀬戸内寂聴さんの著書で書かれていて、すごーく納得してしまったんです

付き合うと、結婚を意識するのは当然。こと、女性は、結婚というゴールがあるから付き合うわけですし。男性は、それを果たす大きな責任がある。ひとつひとつ問題をクリアして、もっともいい状態で2人は結ばれ、愛する人を守っていかなくてはいけません。おそらく付き合って1〜2年くらい。それを越えてしまうと、やはり難しい面も出てくるでしょうし


私も、きっと結婚願望は強いタイプでしょう。だから、はやる気持ちも出てくるけれど、でもはやる気持ちだけじゃいけないって、年を重ねるにつれ、想うようになったんです。問題は、恋は盲目を過ぎて、本質的なところを見て、相手を愛して、結婚すること。

寂聴さんの本や、出演された番組などで、ときどきおっしゃる「慈愛」という言葉。尊い言葉であり大きな意味なのだと想うのです。できれば、それを持ってして、その人を愛して、結婚して、ずっと生きてゆきたい。

いまだけを見ないで、ずーっと長い目でみたとき、長いスパンでみて、結果的に、この人で良かった、これでよかったと思えるようでありたいと思うのです。

結婚したことないからわからないけれど、
僕がひとつ思うことは、その人を愛すること、夫婦という枠を尊重することと同時に、結婚した相手の両親や、兄弟や、おおくの人と、仲良くして、自分が認められるようでありたいと。それも、自分がその人を愛する気持ちのひとつって想うんです。

ま、あーんまり難しく考えることもないけれどね。
物事は、結局のところ、シンプルなものなのですから



ミクシィで、昨年末、クリスマス特番で流れていたナショナルのCMを見て、僕がココロ打たれて号泣したことを書いた際、友達からは大反響で。3本のドラマCMのうち、特に、下にリンクしている「母と定年退職編」

http://ch.panasonic.co.jp/contents/00960/viral.html


何度見ても、泣いてしまうのです。
自分も、こういう夫婦になりたいな。こうありたいなと、思いました



私は、自戒の念が、このお正月、すごくあって。自分の弱さ、おろかさを、目の当たりにして。人を信じることを、あきらめた方が、自分が楽になれるのでは?と想うのです


こころ静かに、やさしく、人に迷惑かけないよう、ひとりで。
そう生きていくことが、せめてもの生き方かもしれませんね













朝、となりまちの公園へ散歩に出かけた際の写真
小学生のころ、この公園でよーく遊びました。そのころの自分に出会えるきがしたり。さすがにだーれもいませんでした。














お雑煮を作ってみました。おいしそうでしょ?
お正月らしさを、味わう瞬間。幸せだわ!!


箱根駅伝、きょうも2チームが、途中棄権しました。大東文化大と東海大。東海大の選手は最終10区で、線路に足を取られて靭帯を痛めた。ゴール近かったのに・・・駅伝って、過酷ですよね。本当に




きょうもありがとうございました
みなさん、あしたも、よい1日になりますように・・・



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
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