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「メラビアンの法則」
話し手が聞き手に与えるインパクトには、3つの要素があり、それぞれの影響力を測定した結果を具体的な数値に表した法則
55%=視覚情報:見た目・表情・しぐさ・視線
38%=聴覚情報:声の質・速さ・大きさ・口調
7%=言語情報:言葉そのものの意味
話のそのものより、声の大きさや口調などの話し方や表情・見た目の方が、相手に与えるインパクトが大きい。中身のある話であっても、小さな声でボソボソ話したり、落ち着きのない態度や下を向きっぱなしで話したりすると、意味がなくなる。
先日、書籍紹介雑誌「ダ・ヴィンチ」を読んでいて、こんな言葉が出てきたので、ちと気になって調べて見ました。
面接の手引きのように、マニュアルに縛られろとはいわないまでも、やはり、人と会話するときは、こうした情報って大切ではあるよね。しっかり相手の目を見て離せるか。会話にうなずけているか。語り方一つでも、人それぞれだから。自分なりに、どう相手がすーっと内容を聴くことができるか。話し手の自分も、しっかり認識しながら接していかないとね。もちろん、聞き手になることにも言える。ちょっとした仕草や、表情で、大きく違いが出てくる。
人と会話することって、ひとつの演出力という要素って必要かもしれないね。もちろん、場所だってそう。落ち着けるカフェ、雑踏の中、自然の中・・・雰囲気とか、演出とかかなり違ってくる。無論、身なりだって、その場その場の状況や雰囲気によって、変えることも、もちろんあるわけだし。
聞き手になることって、案外みんなしていないこと。
それが出来るようにならないと、円滑なコミュニケーションは築けないとおもいます。ただし、自分のことも、簡潔に、きちんと伝えることも必要だけれどね。そうしないと、いつまでたっても、自分が理解されない=相手との壁が取り除けない。ある程度伝えないと、自分の魅力は伝わらないところもあるからね。そのバランスって、微妙な部分だけれど
(私の仕事場でも、「コーチング」というものを導入する向きがある。コーチングってわかるかな?)
ま、あまり考えすぎないことだわ。
きょうも暑い一日でした。熱中症にならないように、しっかり水を取って、あしたも過ごしてゆきましょうね。
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昨夜遅く、ちょっと近所のコンビニまで買い物へ行って、自転車を庭の駐車場へ置いたのですが、明け方、自転車を見ると・・・そう、隣りのお家のあさがおのつるが、自転車にたくさん巻きついていたんです。車輪や、サドル下、チェーンまで。なんと一晩で!もうびっくりです。まるで、ジャックと豆の木を連想させる、植物の生命力の凄さを改めて感じてしまいました。写真でわかるかな?
あさがお、花言葉は、「約束、はかない恋、愛情」だそうです。
梅雨が明けるころ、きっと、隣りのおうちのあさがおも、自宅のあさがおも、美しい涼しげな花を、僕たちに見せてくれることでしょうね
夏の光景、いろいろ、見つけてみたり感じたり。
ささやかなことだけど、大切なことのように思います。
あすは、地元では、はやくも夏祭りのようです・・・花火上がるんだろうな!!
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中孝介(あたりこうすけ)というミュージシャン、J−WAVEを聴いている人ならば、この人の曲をわかると思います。それだけ、よく流れている。(「それぞれに」という曲は、「J-WAVE JAM The WORLD」のエンディングテーマ)鹿児島の奄美大島出身・在住。歌声は、ほんと、奄美の島歌のような、独特のこぶしが印象的です。僕は最初、「元ちとせの男性版」って直感で感じた。
http://atarik.exblog.jp/
「思い出のすぐそばで」
この新曲も、よーくながれている
すごーく、こころにジーンと来てしまう。
夏によくあう、涼やかで、奄美らしさも感じるそのメロディーと、彼の独特の透明感のある歌声、そして、その詩のやさしさ・・・最初聴いた時、思わず鳥肌がたって、眼がウルウルしてしまいました。辛い時、こころがやさしく、涼しくなれる、そんなすてきな一曲・・・
(後から知ったんだけれど、映画「着信アリ」の主題歌だったんですね)
誰にも、悲しいとき、泣きたいとき、辛いときがある。
そんなとき、僕なんかが伝える言葉なんかじゃ、あまりにも非力で。
でも、何も語らず、静かに見守る優しさは大切だと思います。
言葉で伝えられなかったら、
時には、音楽であったり、詩であったり・・・
そういうものに思いを託して、伝えることも、いいかもしれない、
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昨日の日記は、ちと重たい内容だったので、きょうは軽めで・・・
販売士資格更新通信講座というのを、初めて受けました
というと、販売士資格を持たれてる人からは、「なんでいまごろ?」って言葉が聞こえてきそうだわ。そうなんです、更新を忘れていて、あと半年遅かったら免許失効するところだった。と、いうより、引越したことで、住所の変更手続きを、商工会議所に行ってしなくてはならなかったそうなんです。だから、更新のお知らせがまったく自宅に届かないなぁ。商工会議所はなにしてるんだろう・・・いつ届くのだろうと、のんびり思っていたのが大間違いでした。早く気がつけば、通信講座なんか受けないで、1日更新講習会の参加で、資格証をすぐ交付してもらえたのにな
で、教材が送られてきました。テキストが2冊。私は2級(店長・管理者クラス)なので、テキストが1冊多い。すごく読むふけってしまった。5年間、小売商を取り巻く環境が大きく変わったことを、このテキストで詳しく書かれてた。確かに、コンビニの伸び悩み、アウトレットモールと、ネット・通信販売の台頭、流通システムの変化、などなどなど。まぁ、いろいろ勉強。課題を送付して、合格点だったら、講習完了書が送られ、書類と、資格証のコピーをそろえて、商工会議所に提出・・・・あぁ、煩雑だ。はんざつだ!(きょう、完了書が送られてきた。)
やはり、日常なにかしら、学習することって大切ですよね。仕事とは別の何かを勉強することって、いい頭の刺激になるようなきがするな。うん。
引越しって、なにもかもすべて、きちんと変更手続きしないと、とんでもないことになるものだ。気をつけないと・・・資格免許証が手元に届くまで安心できないや
みなさん、今週もおつかれさまでした。
七夕なのだけれど、ちと天の川は見えないみたい。
短冊に願いこと書きました??
おりひめとひこぼしの再会を、影ながら祝福しながら、きょうの日記を締めます。週末、ちと天気悪いみたいですが、いい時間をお過ごしくださいね。
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価値観のズレというものは、どの人間関係にもつきものです。よく、離婚の原因とされることでもあるし。人は、本当にさまざまな価値観があります。それにともない、人それぞれ、ルールというものもまちまち。法律とか道徳とかの枠内で、ルールはあるにせよ、ときに人はその枠内でも、正しい・間違い・という論議をし、力ずくでルールを曲げようとする。
僕の周りでも、この人とは根本的に合わないひとというのは、山のようにいる。
たとえば、両親。まったく意見が合わない。と、いうより、会話がかみ合わないことがおおい。もちろん、どちらが正しいという問題ではなく。そもそも価値感が違うということ。
なにかに感動したり、友達を心配したり、旅や美術で、いろんなことを感じたり。本を読んで感銘受けたり・・・僕はそういうのを大切にする人であるのだが、両親はまったくそういう人を理解できないようだ。まぁ、僕が昔から、そんな話をしても、「そんな話はわからんから」「馬鹿やなつだ」と、まったく聞き耳持たなかった。難しいことが嫌いなわけですよね。
学生のころ、僕はある学生サークルでボランティアをしていて、毎週子どもたちと接してきました。そのとき、私の両親は当初、「この子は頭がおかしいのでは?」という感じだったわけです。ボランティアなんかする学生は、よほど暇な学生か、ちと頭の変な学生・・・まったく理解できんと言っていた。だから、卒業後もよく、「ボランティアなんかやって、なにが得することがあったん?・そんな無駄なことはもうするな」と、よく言っていた。
もともと、小学生のころくらいから、両親に、なにかをわかってもらおうという想いは、まったく失せていた。がんばって伝えても、理解されないものは理解されない。無理なものは無理ということ。自分が、しっかり信念を持っていればと。
(両親は、ルールには人一倍厳しい人で、そのしつけだけは、いま感謝してるところはある。ただ、僕はいままで褒められたという記憶は皆無。なにをしても、あら捜しされ、指摘されるばかり。両親は褒めて育てる教育は嫌いだったようだ。いま思えば寂しいはなしだね。ま、いまさらいいけれど)
会社でもそうでね、以前の職場の上司でも、出来てあたりまえ、ちょっとのことでも、完全ではなければ、叱り飛ばす・・・そういうのが趣味のような方がいました。どう、みんなが言っても、その上司は変わることはなかった。大きい組織だったから、それが仕事に影響を与えることは小さかったけれど、みんなあきらめていて、どう聞き流すか、自分に火の粉がかからないようにするかだけを考えていた。
ただ、いいたいのは、じゃあ自分が社会のスタンダードか?というと、決してそうではないということ。いろんな価値観があってこそ、いろんなスタンダードがある。人のこういうところが理解できないのならば、理解できないでいいとおもうけれど、じゃあ、自分が100%正しいのか?と、確かな確信を持てなければ、過信してはいけない。ほら、他人の価値観のよいところを取り入れるだけの余裕は必要だから。
人間って、無理なものは無理。それを他人が変えさせようというのは、生半可なことでないと思います。
確かに自分の生き方・考え方をけなされたり馬鹿にされると、落ち込むし、人間不信に陥る。でも、その人だけが世の中ではない。自分の生き方に自信さえ持っていきていけば、きっと、その生き方に共感する人が集まってくるような気もします。
価値観の違う人に、振り回されるのも、しんどいからねー
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「人生とは旅であり、旅とは人生である」
これは、きょう、現役引退を表明した中田英寿のブログの一文。
以前より、僕は、彼には、自分だけの美学というものがある人だと、認識していた。サッカー、生き方、世界観。ときに、お菓子メーカーの役員になって、パッケージングのデザインを変えてしまったり。ブログやサイトを運営したり。
いさぎよい引き際ということだろう。
これも、ひとつの美学であり、サッカーを愛するからこそ、いさぎよく身を引く。仕事人と言われる人、惹きつける人というものであればこそ、引き際の美学が美しいもののように思う。これから、どんな旅をしていくのだろう?彼の旅は終わりなき旅。行き先は変わるかもしれないけれど。違ったフィールドで、なにかを成していくことでしょうね。
私はね、最近いろいろ考えることあって。
永遠なんてないわけだし。確かなものも、時が経てば、風化して、離れていってしまう。僕らのこころだってそう。強く惹かれあっていたと思う時期があれば、そのままフェードアウトしてしまうことになっていくこともある。縁というものはそういうもの。
物事、そして人。そこに永遠がある!って、いまの僕は言わなくなった
何事も、終わりがある。そして別れがある。
僕がなぜ、親友という存在を持ち得ないのか?
きっと、僕の根底に、問題があるのでしょうね。でも、永遠なんてないんだ。人だって、変わり行くものだ・・・と思うことで、その問題を正当化させているところはありますね。
まぁ、友達は幅広いのだが。永続的にその関係が続くと確固たるものは、全くない。ただ、向き合うときは懸命そして、真摯で。それだけは、いつも明らかだ。
人生とは旅であるとするならば、
旅の行程だって、出会いと別れ。分岐点があるわけで。
なにかに固執していては、旅はうまくいかない。
これから、僕はどう人々と関わっていくか?
関わっていくべきなのか?
いちど、真剣に考える必要がありそうだ。
また、しんどい自分に戻るもの、辛いから。
一つ、自分が望むのは
本音で、真摯に、向き合いたい
そうした関係で、みんなと接していきたい。
いままでも。これからも。
感性の部分で、強く惹かれる。
ひとつの言葉の重み、深みを、繊細さを感じていく関係。
そういう関わりって、悪くないと思うんだけれど。
僕は、ひとつひとつ、人が投げてきたボールを、拾い上げていくつもりです。
最後に、更新情報。
一つ前の日記も、更新しました。
カフェ案内、2店舗UPしました。