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こんばんわ。きょうもみなさん、おつかれさま
先日言ったとおり、仕事が終わって、さっそくその足で、きょうからはじまった「ひろしまドリミネーション」を見てきました。今年は昨年より10万個おおい85万個のイルミネーションが平和大通りを中心に平和公園まで、展開されています。みんなにとっては、今夜は寒かったかも?でも僕にはちょうどいいくらい。歩いているとあったかいものです。恋人連れが多いかな?って思ったけれど、やはり平日だもの。僕のようにサラリーマンが立ち寄るという人が多かった。ひかりのなかで、僕は吸い込まれそうな錯覚を覚える。それだけ綺麗だし、疲れた身体には、きょうの都市の灯は、こころの中にはいって、和まされるものです。
冬へのカウントダウンが刻み始めています。みなさんは準備大丈夫ですか?こころの準備はできてる?僕は、まだまだかな。でも、きょうのような光景を眼に焼き付けることで、なんとか冬も生きていけそうな気がしてきました。寂しさも、悲しさも、この街のやさしい灯りに溶かされていく・・・
みなさん、暖かくしておやすみください
それではおやすみなさい。またあした
(この日記の写真で、みなさんもすこしはこころあったかくなったかな?近いうち、フォトギャラリーに大きい写真をUPしてみます)
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こんばんわ!コバルトです。
きょうもみなさん、おつかれさまでした。寒かったねー。しっかり暖かくしてやすんでくださいね。僕の部屋にも、石油ストーブがお目見え。でも、おそらく12月くらいまでつけないだろうな。秋と冬が大好きで、寒さに強い体質なのです。もともと。
部屋のスタンドの灯りだけをつけると、とても気持がホッとします。その灯りの下には、コーヒーを美味しく入れるための方法が書かれた本と、パソコンの本が置いてある。なーにも考えず、本を開いてぼんやり読みふける。そうした時間を少しでも大切にしてるこのごろ。文字から得られる情報は、人よりは有益に活かしてる気がしてる。でも、なにより、素敵な人や、感性を揺さぶる人から発せられる生の言葉にまさるものはないかもしれない。言葉と、その人のまなざし。こころ打たれるそうした要素は、やはり日常で感じ取られる人間でありたいのです。
コーヒーを美味しく淹れるために、ちとお勉強しています。道具も少しずつそろえようかな?って思ってる。それもひとつの楽しみ。最近の楽しみの一つでいえば、イルミネーションがはじまることも。あさって、ひろしまドリミネーションがスタートします。なんとか仕事帰りに行きたいな!たのしみたのしみ。あと、楽しみといえば、出かけること。先週の尾道もそうだけど、その道の向こう、そのドアの向こうのカフェの空間、その海の向こう・・・その向こうへ足を踏み入れたいという衝動は、ものごころついたときから人の何倍も持ち合わせているようです。小さい時、自転車こぎながら、となりまちまでひとりで、遠出ただけで、違う星にやってきたような感覚に陥る。自分が見てる世界なんてとても狭いもの。そこから一歩でも外に出れば、なにかを発見できるし、自分の感性ももっと深く培われていくものだと思う。そういう感覚だけは、大人になっても失われていないようだ。
楽しみといえば、仕事帰り、ロフトへ寄ることもおおい。
そろそろ、今年のカレンダーどうしようか?って考える。ロフトの中で、候補を4つに絞って、次回行った時に購入しようと。(東急ハンズへも1度は行ってみないとなぁ)そごうのデパ地下へ行くと、クリスマスやおせちの予約がされている。パンフレットを見ると年の瀬なのだなーって気持がきゅんとなってしまうものです。ほんとは楽しい出来事が待ってるのだ!ってうきうきするところなのだが。
いちょうが色づくのも、待ち焦がれている。
会社の近くにも、大きないちょうの木があって、それが色づくのが楽しみだなぁ。
冬へ向かう僕らは、寂しさと対峙する。
だからこそ、人肌のぬくもりや、人のこころの温かさを、本能的に求め、感じとるものです
ささやかでもいい。人へのやさしさ。こころ打つ言葉。共有する時間、通いあう体温・・・それらを大切にしたいものです。ひとつでも、自分なりの楽しみを持つこともね!
みなさんの、日常のささやかな楽しみって、なんでしょう?
こっそり教えてくださいませ!
ということで、きょうはこの辺で。
みなさん、おやすみなさい。またあした!
おまけ=
最後に、ちょっぴり雑記を
・ロイヤルウエディングだったのですね。きょうは。
七五三も今日だったはずだし。なんか全国的におめでたい1日だったのですねー。こうしたハッピーなニュースが、やはりおおいほうがいいわけだし。うん。今年もあと1ヶ月半。このままおだやかに1年を締めくくることができたらいいのだが・・・とは思います。
うう!某国のアンポンタンな大統領がきょう、日本にやってきたんですねー。京都にヘリコプターでやってくるなんて、この人らしいな。
・昨夜、うとうととして、眠る前に、ふとテレビをつけたのです。そしたら、画面に出てきたのが、よりによって、レイザーラモンHGと江頭2:50。強烈な2ショット。見てはいけないものを見てしまったような・・・まぁ、いつかは共演するとは思っていたけど。スタジオでめちゃくちゃやってる江頭の前では、レイザーラモンがかなりまともに見えるものだ。
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こんばんわ。きょうは寒かったですね。
広島は、空がどんよりの1日。冬の空って感じだったです。紅葉前線もかなり都心に近づいた気がする。
土曜日に尾道へ行ってきました。そのことは、土曜日の日記、そして、写真日記にて詳しく載せています。
人のこころは不確かなもの。人を愛する気持ちも、恋する気持も、永久的に続くのは難しいかもしれない。僕個人の考えではね。あくまで。
過去の自分を振り返ってみると、一途にひたむきに人を想うこと。そこから生まれたものは、楽しさよりも苦しさだったように思う。大きな何かを背負うことだった。だけど、愛というものは、強そうに見えて、そうではなかった。過信しすぎていた。人は変わる。状況も変化する。時間が経てばたつほど、いろいろなものは風化し、それでも愛を純粋にひたむきに持ち続けたことで、自分が麻痺し、不幸な結末になってしまう。それに覚めたとき、我に返ると、自分は強くならないとと冷静に思えるようになる。こと、一方通行の恋愛だったり、障害のある恋愛だったり、お互いの違いに気づいてしまったあとの恋愛だったり。
愛は、楽しいことと苦しいことは紙一重。
必ず、思いもかけない別れが突然やってくるかもしれない。裏切りやこころ変わりに傷つくかもしれない。心が混濁してしまう長い時間が訪れる。真剣で純粋なほど、しんどいことになる。そういう時期は、だれにもどうすることもできない。ただただ、時が過ぎるのをじっと耐えること。こころを埋めることができるまで。あわてないで。その辛い時期を耐え、越えた人には、新たな人との愛を手にするのではないでしょうか?ひとつだけ、ひとつひとつ、自分の心に、人間的な深みを重ねることで、前よりも、より愛することの意味が解るようになるし、人にやさしくなる。自分本位の考え方でなくなっていくように思います。耐えられなかったり越えられなかった人には、ただ、自分にやさしくなってあげなよ。許してあげなよ・・・としかいえない。どんなに時間がかかっても、結局自分でしか越えられないから。
結婚もしないかもしれないし、ずっとひとりで強く生きることを・・・と思っている。それは裏を返せば、人を傷つけたくない。それに、自分がどういう人間なのか、ようやく判ったところによることが大きい。失敗もいろいろして、客観的に自分を見れたから。もともと弱い人間だもの。無理はしない。背伸びもしない。そう決めたから。だから、愛というものは、過信しすることはないだろうな。今後。しっかり本質を見れるように・・・
さてさて、話題は変わって・・・
土曜日に、「TVチャンピオン」って番組やってるでしょ?先週末は、「芸能人地図王決定戦」っていうのでした。僕は尾道へ行っていたので、録画して昨夜見ました。いやぁ、面白いおもしろい。それは、やっている芸能人が楽しそうだなーって。いろいろな地図記号だけが書かれた紙だけを渡されて、その記号をあらわしてるものを見つけて、どれだけの記号を埋められるか?っていうゲーム。早朝から、都内を歩いたり、電車に乗ったり、船に乗ったり、自転車に乗ったりして、「水準点」「発電所」「茶畑」などなどを見つけていく・・・僕も参加したかったなー。
それにしても、最近は新しい地図記号(図書館とか美術館とかとか)もいくつか採用されている。いま一度、地図記号を見直してみようかな?