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栗の子もみじさんとgood-mikoさんが素敵な写真を寄せてくれました。ありがとう!
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2テーマ追加しました。
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こんばんわ。コバルトです。
みなさん、元気でしょうか?春らしいあたたかさに、ちょっとびっくりされてる人もいるかもしれませんね・・・僕は、花粉症との闘いがスタートです。ま、そんなたいそうなことじゃないか(笑)
お仕事が年度末に近づき、まとめにかかってるので、ちと忙しいです。この業界は、年度末というのは、大きな区切りなのでね。と、いうことで、きょうの日記は、連絡事項ということにさせてください。あすはまた新たなテーマで書いていきますよ〜
オフ会、みなさんメールありがとうございました。
オフ会まで、まだ時間はありますので、参加できるようであれば、ぜひぜひ!
いつもながら、のんびり、やさしい時間が流れていける会になりそうです。
「コバルトのつぶやき」
dorlisって女性シンガー、みなさん知ってる?
きょう、広島FMに生出演してたみたいですが・・・この局で番組持ってるし。
先月、ファーストアルバムを発売した、岡山でストリートやっていたシンガー。(去年だったか、パセーラのCMで歌が流れてたはず)なんかコバルト的に、ちょっと惹かれたわけです。彼女の歌ね。最新シングル「マリポーサ」は、一度聞いて頭から離れなかった。どことなくおしゃれだけどかっこいいのです
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花粉症のみなさん、いや、僕の仲間たち〜
いよいよ鼻と眼のセンサーが作動しだしましたね。暖かくなったからね。ほんとうに。僕は眼がかゆくてしかたないです。うん。毎日マスクは常備しています。
ほんとうに、花粉症対策のいいアドバイスをお聞かせください。ことしは大変になりそうです。
眼がかゆい一方で、毎週涙ぐんでるのが、アニメ「ブラックジャック」手塚治虫の名作。以前も日記に書いたけれど、相変わらず、深夜、ビデオで見ながら、なぜだか毎回泣いています。どうしてかわからないけれど泣いてしまう。ほとんどの作品は原作を読んでいるのですが、アニメになると、また違った感動を受けるものです。
時代背景にあわせて、設定も微妙に変えていたりするのも毎回興味もってしまう。昨日の「ハローCQ」なんかはいい例で、足の不自由な少年ジュンと、ニュージーランドの少年トムとのやりとりは、原作では、アマチュア無線。でも、きのうのアニメでは、インターネットのチャットという設定に変えられている。たしかに原作当時から20年以上経過してるんだものね。希望としては、膨大なブラックジャックの原作の中で、オトナ向けのダークな部類の話をもっとアニメに取り上げて欲しいところだけれど、ま、子供も見る時間帯だから、いたしかたないか。
ドラマ「優しい時間」も、いよいよ佳境に入ってて、ウルウルしながら見ています。アズちゃん、リストカットしてしまったね。次回は小泉今日子が出演するし。だんだん、マスターと息子との再会まで近くなってきました。
ちょっとお忙しい日々を送ってる、コバルトでした。
またあした!おやすみなさい。
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テレビ電話なんかいらないや!
だってさ、CMでの、ハセキョーや坂口憲二は、美女とイケメンだから、その機能を使っててもさまになるけど、コバルトなんか、テレビ電話でお見せするような顔を、しておりませんから〜〜〜残念〜〜〜!!
携帯電話ならぬ、けったい電話斬り!!
まだ3Gじゃなくてもいいなぁ。やっぱり。
それに、こういう機能使う人って、恋人とかいる人の為の需要のような気がするし。ふん。独身の遠吠えです。
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みなさん、こんばんわ。コバルトです。
きょうは、暖かかったですね。どこかお出かけされた人も多いのではないでしょうか?僕は、公私ともに、ばたばたした1日。お休みじゃないね。これは。ふぅ。
きょうのテーマは短めに
夕方帰宅して、ふっと目に入ったテレビでね、
コレクター北原照久氏と、お母さんが出演されてて、北原少年が本当に出来が悪くて、学校中退って感じだったけれど、常に、おかあさんだけは
「褒めて伸ばす」
接し方を貫いたそうです。ひとつでも、いいところを見つけて褒める!!同じような「褒めて育てる」先生との出会いもあって、北原少年は、ある時期から勉強を頑張って、落第生から学校トップの優等生になって、青学に進学する・・・ブリキの玩具博物館を始めるといったときも、母だけは反対せず、応援してくれたそうです。
日本人って、褒めるということを相対的に苦手とする部分ってあるように思います。逆に耐えるとか、叱咤激励とかを美徳とする昔からの底辺ってあったり。
どんな人でも、ひとつはいいところがあるものです。そこを見つけて褒めて伸ばす教育っていうのは、僕個人の考えでね、悪くはないのではって思ったりする。ほら、マラソンの小出監督の例もあるでしょ?
僕のことを置き換ええると・・・うちの両親はいままで一度も褒めてくれたことはない。とにかくあらを探すタイプでした。しつけも厳しかったからね。妥協はなかったなぁ。だからその分変なプレッシャーを小さい時から追ってたところはあったと思います。きっと思春期でそのツケが回ったんだね。
だから、もしいつか、結婚して子供が出来た時、こどもにはその二の舞にはしたくないって思いが強いですね。
だけど、褒めて育てるってこと、案外難しいかもな。
北原氏のお母さんのような子育て法は、子供をどれだけ信じれるか以上に、自分を信じられるかにかかってるのかもしれない
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珈琲と器の関係
Jカフェにて、まったりお茶をしました。ちょうど、横なぐりの雪交じりの雨が打ちつける直前だったので、タイミングよく。ほの暗い和の店内にて、座敷でゆったりした時間が流れる。いつものカフェとは違って、とくにリラックスしながら、会話も弾む・・・コーヒー、ラテなども、和のテイストの素敵なカップに注がれて、丸い座卓にやってくる。その器の感触、ほの暗い店内だからこそ、そういう器のデザインが、ほんのりあったかく、見た目でも楽しませてくれる。いろんなお店の雰囲気などひとつひとつ、発見があって、「すごいねぇ〜」って会話が自然と出てしまう。格子の窓からは、そのよこなぐりの雨の様子が垣間見える・・・
珈琲ってね、なにも丸い取っ手のついた形にこだわることもない。素焼きの取っ手のない器・・・それが、不思議と柔らかく、ミルクでふんわりしてる色をしてるラテにはよくあっている。
価値観や時間の流れ方、やさしさが、自分と等しいほんわかした方とお話していると、あっという間に時間は過ぎていく。でも、同じ時間の流れでも、その場の雰囲気から、器の一つに至るまで、関わるものとか要素全てをいっしょに楽しめることができる・・・それだけでも贅沢な時間に変化していくものです。Jカフェなどは、どのお店も、「灯り」を置いている。ほのかにともるその灯りは、会話や、相手との距離などに微妙な変化を与えるものですね。うん。なんかお互い変な感じでした。
休日は、本当にひとりで過ごすのが当たり前のこのごろ、しかし、誰かと関わるという時間を与えられた時、一つの物事や見たもの感じたものへの驚きや喜び、感動を複数で味わうという行為は、とても有意義に思えてしまう。人によっては、だから?っていわれそうだけど、そんな何気ないささやかなものを、ミツメてここちいい時間に変換できることは、大切だな。きっとって、再認識した1日でした。
袋町の最近オープンしたショップ(アメリカンな雑貨とカフェがいっしょになった)に立ち寄ったのですが、そこに「ファイヤーキング」がたくさんあったのです。カラフルで柔らかいガラス食器。銀・金などの、めずらしいものもあった。Jカフェのような、和食器でいただく珈琲、そして、ファイヤーキングのような、ポップなマグカップでいただく珈琲。おなじ珈琲でも、いろんな場面、雰囲気、人・・・それによりまったく性格もデザインも違う器でいただくのも、なんだか楽しいものだ。
きょうのような時間の流れ方、もっともっと増やしたいな。
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きのうの日記の続きです
みなさんは、小さい頃の本屋さんの思い出ってどんなものでしょう?
僕は、小さい頃から本屋さんへ連れて行ってもらうのが大好きでした。幼稚園〜小学校低学年の頃、行きつけだったのは、「ひろでん楽々園ショッピングセンター1階の本屋さん」でね、書店内でいつも向かっていたのは、地図売場と鉄道の本の売り場。地図とか時刻表が大好きでした。メジャーな昭文社よりも、ワラジヤ、人文社のような、マニアックな会社・・・ガキのクセに地図のメーカーにこだわりを持っていた、変わったやつだったのですよ。
昔の本屋のイメージってね、マンガ「ドラえもん」でのび太がよく立ち読みしにいく本屋のイメージとだぶる。気難しい顔をしてる店主のおじさんが、いつもハタキを手にしてて、立ち読みしてるのび太をパタパタパタ・・・。週刊誌を並べてるラックが、店の外にある。そして、今ではあまり見かけなくなった、鉄製の回転式ラックもある。(黄色い「小学館」のものと、白い「昭文社」のもの。小学館の方には、絵本がたくさん収められてて、子供がくるくる回しながら探してる。昭文社の方は、上部には全国の折りたたみ都市地図が番号順に収められてて、下部には、分厚い道路地図)レジの上には、サービスのしおりポケットカレンダーがおいてある。こげ茶色の重たい感じの書棚には、天井高くまで本が並べてある。本屋のプーンと香る事務的な匂い(郵便局とはちがう匂いね)がして、子供ごころにびしっと引き締まった気持ちにさせられる。
子どもの頃の自分にとって、本屋さん大活躍な時期は、もちろん!夏休み、それも盆過ぎね。自由研究や読書感想文、社会科の研究などなど、「これはやばい!」と気付いて、本屋で、学研やら旺文社の図鑑とか、読書感想文コンクール推奨の物語とかとか、本を買い込むわけです。あっ、新学期になったら、学校から配布された教科書を、事細かに解説してる「教科書ガイド」なる本も買いにいったなぁ。こればかりは、自分の学区の本屋に行かないと、自分が使ってる教科書会社のものが手に入らないわけでね。いまでも、郊外には、そうした昔ながらの本屋さんを見つけることが出来るが、さすがに入ることは少ないですね。でもたまに入ると、そうした子供のころの思い出がふっとよみがえります。
大型の書店がたくさん街に出来て、とても明るく広い店内に慣れてしまうと、こうした小さい街の本屋さんに、ある種のノスタルジックな気持ちを持ってしまいます。
昨日の日記で触れなかった古書店。
僕は、一度、東京の神田神保町の古書街をとことん歩いてみたい気持ちが以前からあって。昨年日記にも書いた、映画「珈琲時光」での、浅野忠信が経営してた神保町の古本屋のような世界も、それはそれで、本を人を密に結び付けてる、素敵な世界だなぁって感じるのです。本からたくさんの歴史を感じる空間といいますかな・・・僕も一時期そういう古書店によく行ってた時期があって。金座街のアカデミィ書店あたりで、昭和30年代発刊の「太宰治全集」のような小説やら、年代モノの地図などを買ったりしていました。そうした古書店で買う本には、前の持ち主のしおりとか、ちょっとしたメモとかが時々挟まれていたりする。あぁ、たかが本1冊でも、いろんな、この本を手にしてきた人の歴史が刻まれてるんだなぁ・・・などとふと感じたりします。こうした古い本、3年前の引越しの際に多くは手放してしまったが、きっといまでもその歴史は、誰かの手に、引き継がれて、どこかの書棚に納められてるんだろうな。うん。アカデミィ書店のような老舗の古書店は、歴史の迷宮のようで、独特の雰囲気ですね。ほら、ブックオフとは対極にある感じね。(さすがに僕はアカデミィさんには本を売りに行くことはないなぁ。かなり審査が厳しいから)
自分が歳をとって、脱サラというわけじゃないけれど、のんびり小さなしゃれた本屋さんでもやりたいものです。もちろん何かに特化した本をそろえて。地図でも、絵本でも、インテリアやアートの本でもいいから。おしゃれな店内、テーブルを置いて、珈琲でも作って、のんびり選んでもらう感じにしてね。ま、ささやかな夢ですな。はい。もちろん、のび太の行きつけの書店の店主のようにハタキは持たないよ(笑)
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こんばんわ。コバルトです。
みなさん、きょうもおつかれさまでした!
先日読んだ「スカンジナビア・ノスタルジア」(柳沢小実/著)という、北欧のライフスタイルを綴ったエッセイ集の中で、
「アカデミア書店」
という、美しい素敵な書店が紹介されている。フィンランド・ヘルシンキ市内にある、建築家アルヴァル・アールトが建築した書店。
大きな吹き抜け、トップライトのある、とてもモダンデザインの店内、北欧らしく、木をふんだんとつかった書棚、ヤコブセンのチェアー、そして書店内には、カフェアアルトというカフェや、文具売場も併設されている。写真で見る限り、どこもモダーン。光を取り込むことで、どことなく店内は明るく、気持ちいい空間となってる。北欧デザインが大好きな僕としては、一度は訪れてみたい書店だなぁって思いました。ムーミンワールドともに、フィンランドへ〜
美術館のような書店って、なかなか日本、いや、広島にはありませんな。でも、こういう書店って、理想的な気がする。東京で言えば、青山ブックセンターあたりが当てはまるのかもしれない。
映画「ユーガットメール」で、ニューヨークの街角で、メグ・ライアンが経営する古い書店、そして、そのすぐ近くに開店したトム・ハンクスが御曹司の大型書店・・・どちらもそれぞれかっこいい本屋だなぁ〜などと、恋の展開よりも、そちらの方に気持ちがいってしまったりした。(余談だが、メグライアンとトムハンクスが、たしか、スターバックス(?)でコーヒーを飲むシーンってあったよね。この映画見たとき、まだ広島にスタバってなかったから、いつかかっこよくコーヒーをスタバで飲みたいものだと思った)本屋で過ごす時間は、自分の日常のなかで非常に大切なのです。うん。
どうも、日本の本屋といえば、通路は狭く、事務的なにおいのする書棚や空間って印象が強い。本屋の個性とか、独自性というのが、あまりないように思う。ここ数年だろうか、広島でも、カフェが併設されたり、すわり読み用のイスが置かれたり、ずいぶん「本を選ぶ時間・楽しさ」を配慮するようになった気がします。それでも、デザインされた店内、個性とか、そういう要素に振ってる書店は少ない気がします。フロアを「ジュータン敷き」にして足の負担をなくし、視覚的に柔らかくするとか、本のコンシェルジュカウンターを置くとか、店内のインテリアにこだわったり、インテリアショップや雑貨屋を併設して、幅広くライフスタイルを提供したり、美術ギャラリーを併設したり・・・ま、いろんなことも出来る気がするのだけどな。
広島ってね、「日本一の広さ、品揃え」をうたう大型書店は他都市よりなぜか多い反面、どうも小さい書店は、つぎつぎ淘汰されてる現状ってあって、専門書店や、独自のカラーを持つ書店は少ない。地図専門店の老舗(本通の中国書店)とか、郊外にいくつもある、絵本の専門店などは、小さいけれど、店主の顔が見えるというかセンスが反映してて個性を持ってる。遠くからでも足を運ぼうと思わせるものがある気がします。以前、大野町にあった「ピーターハウス」なんかは、建物自体が絵本から出てきたようなカントリー風で、素敵な本屋でしたよね。(ちなみに、広島は極端に古書店の数が少ない大都市だそうです。以前、なにかの本に書いてた。確かにねー)
近年、閉店された、丸善とか積善館とか、好きだった。(とくに、あまり見慣れない、小さい書店ならではの、ブックカバーを付けてくれるのもこだわりでした。)あとパルコブックセンターも大好きだったなぁ。市内が一望できる窓(パルコ本館9階にあった)そして洋書や芸術書を専門的に取り扱ってた「ロゴス」も併設されてたしね。広島で最初に本を選ぶためのイスとテーブルを置いたのも、ここだったはず。ま、ロゴズの一区画だけだったけど、それは当時としては、とても画期的なことだった。あっ、パルコブックセンターのブックカバー(オレンジのPの文字がデザインされていた)が大好きで、わざわざここで、ゼミの資料を買ったりしてたな。広告関連の本もどこよりも充実してたのもあって。パルコブックセンターが新館に移転して、現在の「リブロ」になるわけだけど、いまだ僕の好きな書店ではある。スローライフや、ヤングカルチャーの本や雑誌に力入れてる。
もっと、居心地よい、ゆったりした、そして個性のある書店、専門的な書店があってもいいような気がするのは、僕だけだろうか?