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2005年02月03日(木)
ほんとうのやさしさ

「ほんとうのやさしさ」

考える。本当に考える。ほんとうのやさしさって?
人と関わっていると、ときにわからなくなる。
好きだから、大切だから、いつも笑顔で、やさしく接する。逆に、あまり踏み込んじゃいけないって思うから、距離を保って、静かに見守ることも優しさだったりする。誰かを待ち続けることも、やさしさだったり。仕事で、かなり無理して、不可解なことも、胸の中に飲み込むことも多い。やさしくありたいから、頑張りすぎる。で、自分のこころに無理がくる。

人間関係には適正距離ってあるから。その距離も人によって違う。それと比例して、優しさも、人によって変わってくるのかもしれない。難しい。昨年の後半あたりからいろんな出来事があり、その都度、自分のこころの中で複雑になってしまった。

やさしさって、日常のささやかなことであったりする。「ありがとう」のひと言もおおきな優しさ。恋人どおしであったら、見つめあうこと、抱きしめること。言葉を交わさくても通じ合うということ。それもやさしさ。泣きたいときは泣けばいいよ。傍にいてあげるから・・・とかもね。

人に対して厳しくならなくてはいけないときもあります。冷たくならざるを得なくなるときもあります。時には、大切な人、いままでの思い出を「忘れる」ことが、その人への「やさしさ」になることもあると思う。
僕は、自分なりの精一杯のやさしさってあると思ってた。でも、それはひとりよがりであったり、懸命なのだけど、けっきょく無駄になったり。伝わらなかったり。

それでも、僕は、出会いも、別れも、すべての現実をしっかり受け入れなくてはいけない。逃げたりはしない・・・自分に出来ることをしていきたい。遠くから幸せを祈ることだけは忘れたくないから。やさしいままで、変わらないで、僕はここに、存在するということ。静かに存在するということ。

いまだ、誰かの「かけがえのない人」になりえないのは、寂しくもある。誰かに純粋に必要とされることは、きっと自分にとって、生きる意味につながる部分もあると思うから。まだまだ自分が人間として未熟だということかもしれないね。たいした人間ではないからね。
大切な人に対して、「ひたむき」であることだけは、変わりえないことだけど。
とにかく、自分はしっかり生きていかなくては。


2005年02月02日(水)
明日死んでもいいように今日を生きる

HPの更新情報
「モノブログ」2つ追加。(本を2冊紹介)
「フォトグラフ・『冬の憂鬱』」を追加。

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みなさん、こんばんわ。コバルトです。
風邪などめされてないですか?元気がないときは、あったかいココアでも飲んで、一息してみましょう。コバルトの日記でもぼんやり読んで、少しでも元気になってくれれば嬉しいです。

ある音楽雑誌を読んでいて、「Do As Infinity」の伴都美子が、

「明日死んでもいいように、今日を精一杯生きたい」

というようなことを書いていたことが、ふと興味深く思った。以前、この日記で、同じようなことを、仕事仲間の女性が言っていたことを書いたことあるが、案外、こういう考え方は、一見ネガティブなような気もするが、なかなか生き方として素敵なことなのかもしれない。明日はわからない。だから、きょう、いまこの一瞬を精一杯、もしくは楽しく生きていくこと。忘れがちなことだけど。言われてみれば・・・

私は存在する。それに気づくことって、日常生活で多いほうがいい。誰かの為、自分のこれからの為、存在理由は様々だが、今一度、「いま、私は存在しているのだ」「この時間を生きているのだ」ということを、見つめなおすことも必要かな。きっと、ひとり、誰も知った人のいない遠い街へ旅に出かけたりすると、私しかいないわけだし、孤独に身を置いて、わたしの存在を見つめなおすことが出来る。そういうのは大切なこと。ひとりでいることも必要ではある。その上で、きっと、「かならず自分を必要とする人がいるはずだ」と思えるとは思うんです。

ただし、そういう考えがすーっとこころに染み渡って、動いていけばいいのだけど。人は弱いから、うまく行かない時期もある。だけど、焦ることは無い。ゆっくりでいい。とにかく今日を生きて、明日を迎える。私は存在してる。ここにいる。そういうことをもっともっと受け入れてあげる自分へのやさしさって、持ちましょう。
自分のこと、みんなのこと、あなたのこと。ひとりしかいないし、代わりもいない。だから、大切にしたいですよね。
(なんか難しいこと書いてるな。意味通じないかも?)


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「直感って信頼する?」
などと、最近職場の人とふと話したことで、よく考えてる。いままでいろんな出逢いとかあって、その都度、直感というものは必ず感じる。それを知らず知らず信じてるかもしれないし、無視してるかもしれないが、結果的に、直感が「プラス」に作用した人は、その後、自分の人生に何らかの形で大きく関わってたりする。直感ってあるのかもしれないね。

これは、明日以降、また書いていきます。宿題ね。
直感を信じるか?みなさんはどうかな?






2005年02月01日(火)
雪の街、その音、その光景

こんばんわ。コバルトです。
みなさん、きょうもおつかれさまでした。雪、凄かったね。中区でも10センチは積もってたよ。うん。写真日記に写真をUPしてみます

雪の街、その音。

雪がしんしんと降り続くと、街の喧騒はかき消されて、独特の静けさになる。
その中で、街を歩いてると、いまでは懐かしい「ガチャガチャ」の音・・・チェーン!路線バスだけは、いまだチェーンを巻くんだね。都心を歩いてると、その「ガチャガチャ」音が響いてる。雪の時でしか聴けない音。

街を歩くと、人は足早で、でも、ふと雪だるまを見つけたり、空を見上げて立ちどまる。雪はふぶいてる。広島では、近年めずらしい光景です。きっと、子ども達にとっては、いいプレゼントでしょうね。雪で思う存分遊んだ1日だろうしね。

雪は、なんだかロマンチック?
ちょっと「冬ソナ」的な気分になれるから不思議なものです。コートのエリを立てて、ちょっと気取って帰宅につきました。

でも、手が痛くなる経験は久々です。そう、「おててがちんちんする」ってやつ。「てぶくろを買いに」ってお話に出てくる表現がしっくりくる。

みなさん、こんやは、本当にあたたかくして、休んでください。
朝は、また雪が積もってそう。通勤はちと大変だけど、たまの広島の大雪、気持ち楽しみましょうね。


2005年01月31日(月)
今夜は冷えます。みなさん気を付けてね

HPの更新情報
モノブログ(広島ピンズ)をUP
写真日記を2テーマUP

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冬のスピードが最高速に・・・
みなさん、今夜は本当に暖かくして眠ってくださいね。
きっと、あす、窓を開けたら外は銀世界が広がってると、ちょっとだけ思いたいな。雪だるまをつくりたい!なんか子供だね。自分って。

ドラマ「天国の階段」で、チェジウ演ずるチョンソが、会議のプレゼンで、蛍光塗料で、暗闇に光る「マフラー」をプレゼンしてて、大喝采を浴びるシーンがあったのだけど、ふと、マフラー好きの僕は、惹かれるものがあったんです。韓国じゃ、光るマフラーが人気になってるのだろうか?恋人どおしが、夜、光ってるんだろうか?なんか、ほしいぞ!あ、明日はみなさんマフラーをしましょ。マフラーでホカホカ

ちなみに、昨夜、ドラマをいっぺんにビデオで見てて、(救命病棟24時→優しい時間→天国の階段×3話分)こういう種類のことなる3つのドラマを連続してみると、けっこう頭の中が混乱しちゃうものですね(笑)

今週は、気合入れて、本を読んでいます。通勤のバスの中でも、寝る前も、カフェでも。本が欲しい欲求は底を知らないから。少しずつ攻略してるところです。モノブログで、明日2月1日から、読んだ本をどんどんUPして行きますね。それと、フォトグラフのサイトも、2月分をUPする予定です。

と、いうことで、1月、あわただしく過ぎ去りましたが、
そんな中、日記読んでいただいてありがとう。また、2月も、どうぞよろしく!
みなさんにとって、来月も、やさしい時間が流れていきますように・・・

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「コバルトのつぶやき」
タイガー&ドラゴンが連ドラになるそうです(金曜10時)
めちゃうれしい!ほんと面白かったもの。落語家連続ドラマって初めてじゃない?クドカンの連ドラもひさしぶり


2005年01月29日(土)
押しは強いほうがいい?

伸ばしていた髪をかなり切って、さっぱりフェイスになった
コバルトです。こんばんは。
ふとしたきっかけで、地元の大きい河川敷でぼんやりしたい、寝転がりたい(?)!などと思ったのだけど、3時ごろには天気が悪くなって、中止!無論、ひなたぼっこの意味合いが強いからねぇ。さすがに曇りじゃ寒いよ。だからやめました。その代わり、テニスラケットもって、母校に進入して、壁撃ち。そろそろテニス復帰を企んでるので、その軽い予行練習ね。その後、図書館で本を選んで、いつものカフェでまったり読書タイム。仕事の資料コピーをコンビニで30枚取ったり・・・。さらりんとした、数時間を過ごしました。ひとりでこんなとりとめのない時間を過ごすのも久しぶりですわ。
ただ、これ以上ひとりだと、「人恋しい信号」が出るので、適度な時間だったな。うん。逢いたい人とは、けっこう時間が合わないから、こういう時間が出来てしまうのだけど。夜は、取り溜めてたドラマをいっきに見まくる予定。本をゆっくり読む時間がないのが最近の悩みのひとつ。部屋の床には、買った本と借りた本が積み上げられてる・・・

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きょうの本題・・・
恋愛、そして仕事、人間関係で、こと人から言われるのが

「押し」をもっと強くないとだめだよ・・・
などと、人から言われるのです。そう、僕は押しが弱い。本当に弱い。人見知りだしね
積極性がないのではなく、日本人のある種の特徴、遠慮が過ぎる性格みたいでね。
相手が、どう思うだろうか?とすごく考えるからだろうね。だから僕の周りのよく知ってる人たちは、よーくそこをわかってくれるから、積極的に誘ってくれたり、リードしてくれるわけです。距離が縮まって、仲良くなって、遠慮が過ぎるという壁を越えれば、普通に打ち解ける。

最近とても思うんです。
「自分はこうなんだ!だれにどう思われようが!」
っていうしっかりしたものを持ったほうがいい。たしかにみんなには好かれない。でも、どう思われても、そんな自分の生き方や考え方を、ぶれないように生きていけば、そんな自分を認めてくれる人もひとりはいるだろうし。そういう人と一度出会えば、長く付き合えるかけがえの無い人となるんじゃないかな?って。前にも書いたとおり、「人は人、自分は自分」

価値観、結婚観、人生観・・・人間にはさ、いろんなものさしってあると思う。それはひとそれぞれ。せめて自分だけは、そのものさしの中でしっかりとした基準をもったほうがいいねって。僕は、恋愛観とか結婚観は、わりとしっかりした基準はあると思うんだけど、やはり状況で折り合わせてしまう部分もあるしね。好きという感情はそうしたものを狂わせるものです。魔物です(笑)

僕は、人に合わせることに一生懸命だった。その都度、基準は揺れていた。あ、でも、いい意味で人を受け入れて、自分の基準を変化させることは必要だけどね。

そうすれば、もっと押しが強くなれるかもしれないな。きっと。


2005年01月28日(金)
これでいいのか?動物の命名

ヤマアラシの夫婦に、「とりあえずはやりモノの名前付けておけ!」という発想で、
「さやか」「ヒロシ」
と名づけた、安佐動物園の飼育員のセンスが、妙に気に入ってしまったコバルトです。こんばんわ。みなさん、お元気ですか?

さっきぼんやりテレビニュース見ててね、飼育員のおじさんが
「ど〜こみてんのよ〜」
ってギャグをテレビカメラの前ではしゃいでやってるのみて「なんだぁ??」って思った。ヤマアラシの夫婦に、いまブレイクしてるピン芸人、「(青木)さやか」、「ヒロシ」と名づけたらしい。いいのかぁ、こんないい加減で!!ほんとヤマアラシを大切に思ってるのかぁ??まぁ、2005年に名づけたことだけは、何年経ってもわかると思うが。そういえば、そんな芸人さんって、いたよなぁ〜ってね。でも、そのテキトーさ、僕は好きだなぁ。さすが、安佐動物園、侮れない。
僕は決めた!ことし、必ず、さやかちゃんとヒロシくんに会いに行くぞ!それ以上に、その素晴らしいセンスを持った、飼育員さんに逢いたいぞ!
きっと、この名前だから、旦那さんは尻に敷かれるのかもね。女子アナ嫌いの気の強い「さやか」さんと、ネガティブで、伏目がち、いつも方言交じりでつぶやいてる「ヒロシ」さんだもの。

前ふりが長くなったので、きょうの本題は、また次にします。
いろいろまじめなことも書きたかったので。あすにでも。

とりあえず近況ね。
風邪は完治。元気100%ですよ。仕事の「ヤマ」が去ったので、やっと落ち着きました。どっか遊びに行きたいよ〜

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「コバルトのつぶやき」
最近、人との出逢いや付き合いの中で、考えてしまうことが多い。
それは、どう、相手にとって一番いい言葉を伝えられるか?ってこともある。
元気なかったり、なにかを抱えてたり。僕は、相手のことを、わかってあげられるなんてことは思わない。出来ないもの。人って複雑だもの。ただ、静かにそばで話を聞いて、いっしょに考えること・・・くらいは、出来るかなって思うけど。
なにげない言葉とか態度で、人を傷つけることもある。誤解を生むこともある。だからこと、慎重になってしまうのです。

自分が、辛かったときのことを、いつも思い出しながら・・・


2005年01月27日(木)
「恋は・・・」の考察

「恋はするものじゃなく おちるものだ」
シネマの前で、この言葉を目にするたび、どうも深い意味がわからない、その違いがわからないなぁ・・・と、ふと思ってしまってる、コバルトです。こんにちは。

この映画ってね、いったいどんな客層が見に来るんだろう?っていうのがふと気になる。美少年との恋をあこがれる、黒木瞳世代の女性?それとも、岡田くん世代の女性?なーんてね。僕は見に行くことはないだろうから、その真意はわからないけれど。

先日、「旅とは・・・?」ってことを書きましたが、
「恋とは・・・?」というのも、いろいろな言葉があるわけで。でも「旅とは・・・?」のように、ストレートな、誰にもわかりやすい表現じゃないのが「恋とは・・・?」なんだとおもう。それだけ人によりいろいろな基準、いろんな恋愛があるということ。だから、あまりストレートな表現であらわせない部分があるのだろうか。

10年前、このようなCMのコピーがあった

「恋は、遠い日の花火ではない」

当時、学生だった僕は、広告を勉強していて、当時のこのコピーのとらえ方を、あれこれ考えたものです。ようは、映画「東京タワー」のような年の差の恋。でも映画のように、ディープな恋ではなく、ほのかな1シーンの小さな恋。

(コロッケ屋の田中裕子と医学生の大森南朋、上司・長塚京三と部下の女性とのほのかな恋のようなやりとりを描いたウイスキーのCMね。覚えてる人いるよね)

わかりにくさはあるが、CM映像とかぶらせると、なんとなくこころにしみこむ。恋の美しさと、想像力をかきたてる、いいコピーだと思います。恋は、今でもそこにあるもの・・・そういう意味なのだろうね。僕が思うに。

そう考えると、「恋はするものじゃなく おちるものだ」という言葉も、自分なりの解釈でいいのかもしれないけれど。

みんなに「恋は・・・」「恋とは・・・」と聴くとね、
どんな美しい、いや、わかりにくい(笑)言葉が返ってくるか。それも興味あるな。うん。じゃあ、コバルト自身にとっての「恋は・・・?」と聞かれたら。

うーん、難しい。ちょっと宿題にさせて
いままでいろんなこと言ってきたからなぁ。









コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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