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2005年01月18日(火)
ありがとう自動車屋さん

僕が長年お世話になっていた小さな自動車屋さんが、店を閉められました。
突然だったので、ちとびっくりしています。

最初の車のサスの修理からの付き合いでした。その時も、なるべく安く部品を探して、懸命に修理していただいた。2番目の車は、ここで買ったのだけど、その時も、けっこう僕が車種を限って注文したにもかかわらず、いろんなところから、状態のいい車を探していただいて。納車したときも、あれこれサービスしてもらったり。メンテとかも凄く気をつかってもらったのです。そうだなぁ、お店でずーっと車以外のことでも、あれこれ雑談させてもらうようなアットホームな感じだったんですよね。ま、店の方は、ほんとうによーくしゃべる人だったし。それに、修理も、メンテも、これはダメ、これはお客さんに一番いい!!って、きっぱりされてた。ほんと信頼してたんですよ。

いつだったか、お店のお兄さんに「どうしてここまでお客さんにするの」って聞いたとき、
「目先の儲けより、お客さんの信頼や、ずーっとつづく付き合いのほうが大切。そこから、お客さんも広がっていくしね」
って言われていたのが、とても印象に残っています。

馴染みのお店が、消えてしまうのはとても寂しいものです。
商売って、難しいね・・・




2005年01月17日(月)
あれから10年

HPの更新情報
・日記を3日分、一気にUPしましたので、よかったら読んでください。
・写真日記と、モノブログも一気に更新しました。

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きょうは、一転、まじめな日記。
あれから10年・・・

先週の金曜日の夜放送された、震災の実話をオムニバスで描いた2時間ドラマを僕は、その深夜、2時間ほぼ号泣しながら見ていました(平原綾香の「明日」が流れるたび、がーっと涙涙でした)。こころにあまりに痛かった。でもモデルとなった被災された方たちが、強く、しっかりこの10年を懸命に生き抜いてきたという事実に、とてもこころ響かされました。

毎年、僕は1月17日の朝5時46分、黙祷をしている。10年前のこの日のことは鮮明に覚えてる。広島でも激しい揺れ。まったく被害のことを知らないまま、朝9時過ぎだったか、専門学校の講義の空き時間に、ふと、学生ホールのテレビを付けたとき、阪急伊丹駅がつぶれた映像が飛び込んできた。僕は「なにかの映画?」って瞬間的に思った。その後倒れた阪神高速の空撮映像・・・すぐ講師やクラスメートに知らせに行った。大阪の知人や親戚に電話をしまくったが、つながらない。夕方、バスセンターの人だかりのできたテレビを、彼女と見入っていた。号外を手にしながら。
その半年後、所用で関西に行く際、神戸に降り立ったのだけど、その時の三宮の光景はあまりにこころに痛かった。よく訪れていた三宮。もうその景色はなかった。・・・あれから10年。月日ははやいです。僕は、あれ以来、神戸だけは訪れていない。いつも通過するだけ。
先日、神戸市長が言ってましたが。「まだ、復興はしていない。」でも、被災体験の風化も、ニュースから聞こえる。街は元に戻ったように見えて、まだまだ問題は多い。10年、長いようで短い。僕はこの震災のことを、軽々しく口にはできないけれど、ただ、静かに祈りを捧げることしかできません。
なにか、今日1日は、身が引き締まる、そして、いま懸命に「生きる」こと、もしなにかあったとき、助け合える関係を築くことの大切さを、友達やかけがえの無い人の大切さを、もっとしっかり見つめなおさないとって、思います。


2005年01月16日(日)
なんだぁ?

写真でもわかるように、海に出かけました。早朝の海はほんと気持ちいいよねぇ。軽い二日酔いもふっとんだよ。時間のせいか、海岸には、ほんと僕と連れしかいなかった。冷たい風は、僕にちょうどよかった。うん。ま、きょうはいろいろバタバタした、そんな1日でした。

さて、今日の本題・・・
最近、ふと気になったんです。それは・・・

「週刊和風ドールズハウス〜伝統旅館を作る」

これ、気になった人いません?無性に作りたい!って思ってしまった。書店でさっそく手にとってしまったが、買っては無い。どなたでも簡単に作れて、小さな家具まで忠実に再現。全巻買うと、応募券を送れば工具6点も全員プレゼントという、はまった人をさらに釘付けにするおまけ。なんか小学生のころ、駅とか、屋台とかのジオラマつくりで遊んでいた僕のこころをくすぐる企画だなぁって。たださぁ、作りおえたら、あとはじゃまくさいよねぇ。それにさぁ、1号=1390円が、なんと110号続くんでしょ?計算すると・・・14万円近く!!これを完成させた人って、表彰モノだとおもうよ。

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「コバルトのCMウォッチ#02」
この和風ドールズハウスのCM、笑えませんか?だってね、若い夫婦が楽しそうに作るのって、ありえん。普通、奥さんが、「またこんなもの買って!おき場所困るでしょ。」とか「あなた、最後まで飽きずに作れると思ってるの?」って言われるのがオチだよね。
それに追い討ちをかけて・・・
綺麗な奥さま「このふすま、自分で書いたのよ〜」
奥さんの友人2人「楽しそ〜」

ははは・・・なんてべたなCMだろう。若い主婦仲間が、このドールズハウスをうらやましがるだろうか?自慢するだろうか?
ディアゴスティーニって、よくこのシリーズのネタが尽きないなぁって思ってたけれど、なんかやけになってない??週刊ガンダムあたりを出したとき、「もうネタが尽きてくるしいんだろうなぁ」って思ったけれど(笑)

でも、僕は一瞬でも作りたい気持ちになったのも事実。出来上がったら、温泉に行った気分になれるだろうなぁ・・・(ディアゴスティーニの思う壺になってる)

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「コバルトのつぶやき」
ひとこと。暴力的で破天荒な恋愛をたくさんした杉田かおるが、財閥の御曹司と電撃結婚。かたや、人の良すぎる石田純一が、その石田純一と長年付き合ったおかげでいまの活躍がある彼女に、いまの活躍を頑張りたいと、別れを告げられる・・・
小泉首相の言葉を借りるとするならば、
「人生いろいろ、会社もいろいろ、恋愛もいろいろ、結婚もいろいろ」

・・・ですね。


2005年01月15日(土)
ニコニコ力(りょく)

昼に、入院してる親友のお見舞いへ行って来ました。
広島駅で焼きたてシュークリームをたくさん買ってね。その友達は、仕事帰りの自転車で転倒して腕を骨折したのです。昨年末、いっしょにドライブをしたとき、「ことし大変だった分、来年に入ったら、きっといいことあるよ〜元気だそうよ!」って励ましたんだけど・・・だから逢うのも複雑でねぇ〜、きょうは、どう言葉かけようか、病院行くまで考えましたよ。
でも、手術直後とは思えいくらい、とりあえずニコニコ笑顔を見せてくれて、こちらもほっとしました。精一杯元気そうに見せてるのかもしれない。でも、「この入院も、自分を見つめなおす小休止なんだ」って、考えるよ!という感じで話してくれて、なんか、その友達のニコニコの裏での、「強さ」をとても感じた瞬間だった。こころの中では、いろんな葛藤や不安もあるんだろうけれど・・・
ま、僕は、「春(4月新年度)からがスタートだよ。うん」というのが精一杯だった。ちと情けないねぇ。自分のボキャブラリーが乏しいのがよくわかるよ。

ニコニコ力をつけよう・・・
僕はいつのときから、そういう処世術を見につけたように思います。ま、以前、デパートで勤務してたから、営業スマイル的な部分が自然と身に付いたというのもあるけれど、4年前、ちょっと落ち込む出来事あって笑顔が消えた時期に、ふと、「どんなに苦しかったりとか、かなしいときも、ニコニコを絶やしたら、自分も周りの人も損をするな。そこで自分が止まっちゃうな」って思うようにしたのです。それを「ニコニコ力(りょく)」と自分で勝手に命名したんだよね。逆に、いま、人からは、「あまり本音を語らないよね」って言われることにもなってるが。ま、笑顔の裏には、いろいろ悩みもあるのよ・・・ねっ(笑)
無論、泣きたいときは、大いに泣いています。落ち込んでるときは落ち込んでるし。ただし、ひとりでね。


法話集のCMで、瀬戸内寂聴さんが「人間、笑わないと幸せはこないんです」なんてことを言ってたけれど、ほんとその通りだと思う。だからって、無理しちゃだめだけど。少なくとも、人の笑顔やニコニコの裏にある、もう一つのもの(悩んでたり、寂しかったりという葛藤)をきちんとわかってあげられる人になりたいって思う。まぁ、それは逆の立場に置き換えられて、そういう欲求もあるってことかもしれないけれど。
ニコニコ力は、たとえば、どんな人とも付き合っていく一つの大切なことかもね。僕は中途半端な複数の人との会話では、しゃべれなくて黙ってしまう短所があるんだけど、とりあえずニコニコしてたら、なんとか切り抜けるかなって。

夜、今年最初の飲み会がありました。プライベートの飲み会が新年一発目というのは、ほんとめずらしいなぁ〜
みんなの笑顔が見れて、ほっとしました。少しでも気分転換になれば、いいですよね。
きょうは、「静かな聞き役に徹するのだ!!」って決めてたので、あくまで「静かにおとなしく」してました。(普段は、おばかなことを、しゃべりたおし、ぶちまけてるからねぇ)あ、この集まりでのイメージは、崩したくないし(笑)
医者に言われてたお酒、飲んじゃいましたぁ。やっぱり途中で胃が・・・ことしは身体をいたわらんといけないわ。
ほんと、みなさんありがとーー。また遊んでやってくださいねっ。

みんなの「ニコニコ力」で、あったかい気持ちになったよ!


2005年01月14日(金)
はいはい

きょうは、仕事をちょっと早く切り上げて(と、いうか、先週末の代休のはずなのに!)病院へ行っていたのですが、あまりいいこと言われなかったので、ちとしょげてるコバルトです。こんばんわ〜。病院の後、ぼんやりひとり、考え事しながらコーヒーを飲んでいました。(約束の時間までちょっと時間つぶししなくちゃならんかったから)

さてさて、しょげててもしょうがないので、本文へ
昨日は、なんか変な文章になってしまったけれど、あんなに長く書いても案外意味はよくわからない(笑)自分で読んでてね。どうにもならないことだから、仕方ないけれど。やはり強がってても、どこかしんどいから無理が来てる。こころの中にね。人には、精一杯やさしい時間を作ってあげたいと思っているけれど、こと自分には、やさしい時間は作れてないような気がします。

ここのところ、時間の流れが本当に早いね!あっという間に一日が過ぎていく。きょうだって、早めに自宅に帰ったというのに、自宅では、やれ、鉢の植物の植え替えやら、出していた写真をとりに行ったりとか、スーパーや電器店で買い物とか。友達からの連絡も待っていたしね
でも、案外そのほうが自分には都合がいいです。いらんこと考えなくてすむから。たしかに馬鹿なことから、深いことまで、あれこれ考えたりするのは、すきなのですが。人は、それぞれ、案外人には言えない悩みを抱えてたり、弱い部分を盛っていたりするもの。だから、「自分だけ」とは考えないようにしたいとは思います。無論、だれかと比較するというのではないけど。

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「コバルトのつぶやき」
きのう放送されていた、2つドラマ(昨夜は仕事で帰宅が遅かったから・・・かなり深夜にね)

まずは、「富豪刑事」
予想以上によかった。うん。なんか出演してるみんながはまり役って気がしたし。なんな浮世離れしたお嬢様の役、深田恭子以外に考えられないしね。他の刑事役の人たちも、最近別のドラマで刑事役やってた人ばかり。夏八木勲さんも、富豪の役ばかり(笑)ドラマ「トリック」っぽい雰囲気の演出だなぁって想いました。原作者の筒井康隆さんも、やっぱり出演してた。この人、原作のドラマには大体、なにかの役で出てる気がする。最後「たった5億円ぽっちで」のセリフが笑えた

そして、「静かな時間」
きっと好き嫌いがはっきりするドラマでしょうね〜。「北の国から」ファンの人にとってはたまらないだろうし、最近のドラマ見慣れてる人にとっては、なんだか抑揚のない、スローペースの退屈なドラマだなぁって感じるかもしれない。きっと、こういう静かで穏やかなドラマは、「余韻」を味わうものだと思うよ。
劇的な展開や派手な演出とは対極で、じんわりこころに響くドラマってことかな。最後の場面、夜、マスターの誕生日を祝うため、たくさんの仲間がキャンドルを片手に、歌を歌う場面は、予定調和的ではあるけれど。でも優しい時間を象徴してるシーンかもしれない
ストーブの前で、三郎(時任三郎)が余命いくばくの妻のことをマスターの勇吉(寺尾聡)に話してる場面、そして、亡くなった妻(大竹しのぶ)と対話してるマスターの場面。どちらも、抑揚のないシーンだしセリフだけど。なんか見終わった後、不思議と余韻が残った。富良野の美しさと、キャストののんびりした雰囲気があいまって、優しい時間が流れてた。でも、みんな何か大きなものを心に抱えてる。だから、みんな富良野の自然の中で、優しい時間を求めていくわけだろう。みんな素朴だよね。素朴すぎて・・・こういう世界にあこがれる部分は、どこかあるのかもね。僕もミルで豆を挽いて、マスターにコーヒーを入れて欲しい。

富良野の美しさは、これからも楽しみです。


2005年01月13日(木)
私はしっかりした恋ができないでいる

妙なタイトルをつけた今日の日記。
ただね、自分は最近、ふと気をゆるすと、がーんと考え込んでしまう状態。昨年末に、きちんと整理したつもりだったのに、なぜだかね〜。昨年はそれだけいろいろあったってことだわ。自分ってね、忘れることがホント苦手なのです。ずーっと出来事がこころに張り付いて苦しいまま。

なぜ、自分はしっかりした恋愛が出来ないのか、恋愛そのものに臆病になってるのか。それは、いままでの過去に問題があるわけですが・・・ま、けっして出来ないのではなくて、どこか、こころもとない、ひずみが出来てしまう苦しい恋愛ってことかもしれないな。不確かな人のこころに、苦しめられてるっていうこと。ちょっと言葉悪いけれど。
「どうにもならないのに、好きになる・・・」この前、ある人に、「ガラスのように壊れやすい純粋な人ですよね〜」って言われたけど、多分に当たってる。純粋すぎて、一直線すぎて。本当に好きという気持ちを100%、バカみたいに真摯に受け止めてしまう。そして、決して別れたくない、失いたくない。相手の好きとか愛してるという言葉や気持ちに、なんとかそれ以上こたえたいと必死になるからという面もある。どうにもならないことわかってるのに。
無論、相手が心を許してくれたり、甘えてくれたりしてくれることを、しんどくても全て受け止めるけれど、逆に自分がそれと同じくらい相手に求めたりすることが、なにか怖い?いや、しちゃいけないのではと思うのです。その結果、自分の気持ちは後回しになったり、押し殺したり。そこらあたりが、へたくそなのですよね。それが重なるから、相手からすると、素直になってくれないという不安をもたれたりするし。逆に、自分は、抑えていたことが重なり続けて、しんどくなって、ある時点でバーンといっきに破裂するような具合だったりする。

人を好きになる度合いは、誰よりも強いと思うし、相手のこころのを受け止めたいっていう気持ちも、誰よりも強い傾向。いっしょにずっといたいと思うのだけど。その分、疑心暗鬼とか、嫉妬とか、そういうひずみを生みやすくなる。いまの自分ってね、恋愛することは、なんかひどく苦しいことばかりのような考え方になってしまった。
できることなら、人を好きになるという感情を無くせないものだろうか。情に流されない、ドライな心がほしいのです。人のこころ変わりは仕方ないのだと、割り切れるだけの強さが欲しい。
恋愛をするとすれば、しっかりしたモノが欲しい。それは、将来のことを一緒に考えることができること、みんなに祝福されること、相手だけを想って、けっして変わらない気持ち、結婚という、ある種2人をずっと、しっかり縛る、社会的な枠・・・
先につながらないとわかっていても、もしくは、その場限りの情に流される恋愛は、後に別れと苦しみを生むこともある。それでも、そこに2人の愛があったとするならば、いろんなリスクがあったにせよ、その中にどっぷり浸かってしまう、人間の性(さが)です。仕方ない。どんな形であれ、たくさん恋愛経験したほうがいいよという考え方もあるけれど、自分にとってみれば、かなりパワーの必要なことだから、大変なこと。

自分が、一途過ぎるからこそ、好きになった人の気持ちに対して、過敏になってしまう。人が言ってくれた言葉とか、気持ちとか、与えてくれたことが、あたかもずっと変わらないものだと思い込んでしまう。その上で、いまの相手のこころは、ああではないかとか、こうではないかとか、凄く相手のこころを考えてしまう。でもそういうのって、度が過ぎると、自分を追い込んでしまうことになる気がするのです。そうだなぁ、きっとギブアンドテイクに対して、「テイク」が大きくなるというか・・・
「人は、変わってしまうもの。」そう割り切ってしまわないと、やってられない!!今の自分は、心の中では、人を信じられなくなってしまってる。だから目の前の優しいものに流されていたのかもしれないね。

自分には、恋愛は向いていない気がする。懸命すぎるからこそ苦しむばっかりでね。
結局、こころから落ち着ける恋愛って出来るのだろうか?ずっと信頼しあえる結婚って出来るんだろうか?なーんか、自信ないですねぇ。ははは・・・

でも、必ず、自分を認めてくれる人、自分と近い考えや価値観の人って、この世の中にいる思うんです。いるはずなのです。それだけは信じてる。だから、いまは、出来るだけ人の情に流されないで、ひとりをしっかり生きていきたい。人は人、自分は自分ってね。ま、寂しさもあるし、複雑なこころのままだけど、いまの自分はそうしないといけない気がする

たとえどんなことあっても、やむを得ない別れがきても、離れ離れになっても、それでも、好きな気持ち、想う気持ちだけは変わらない・・・そういう普遍的な恋愛、そしてそういうこころを持つ人って、はたして存在するのだろうか・・・わたしには、そういう人は、いままでもいなかったし、これからも現れないかもしれない

ただただ、しっかりしたものがほしい。
何にも負けない、誰にも入り込めない、しっかりしたもの。
もう、無理なのかなぁ・・・


2005年01月12日(水)
あなたにとって、「旅」とは??

お正月に行った小旅行のおみやげを、数日前、仕事関係の友人に届けに行ったとき、
「○○さん、こんどはいっしょにどこか旅いきましょーよ」
と声をかけてくれた。あら、嬉しいじゃないの・・・
同姓でも、もちろん異性ならばなおさらだけど、こんな言葉をかけてくれるのは、特別嬉しいモノです。旅って、やっぱり気のしれた人とじゃないと、行けないものね。あ、それと、好奇心とのんびり力のある人。誘っていただけることにカンシャですわ。

この年末に読んだ、女優の山口智子の紀行書「手紙の行方―チリ」の中で、

「旅とは手紙を綴ること」
という言葉が出てくる。愛しい人や自分の知らない自分、まだ見ぬ出会うベき人たちに、綺麗だねとか、疲れたねとか、そんな心の声をつぶやきあって、こころが揺さぶられ、誰かと分かち合いたい・・・そんな意味を込めた言葉だそうです。

僕は旅は好きなので、日頃、本などでよく「旅とは・・・・」という言葉を見つけたら、書きとめてしまう癖がある。人それぞれ、旅をいろんな言葉でたとえてる。ある有名な作家は、「旅とは人生の縮図である」と書いていたり。ある広告では「旅は人生の浮力です」というキャッチを付けていた。「遠くへ行きたい」というテレビ番組の中で、昨年亡くなった渡辺文雄さんが「旅とは出逢いである」ということをナレーションでおっしゃっていた。
「旅とは?」っていう質問をすると、案外いろんな言葉が出てきて面白い。「人生とは?」とか、「恋とは?」とか。そういうのと同じで。

僕にとって旅はなんだろう?
僕はひとり旅が多いのですが、ひとり旅をする人の目的で多いのって、
「自分探しの旅」
だったりすると思うんです。
でも、ぼくは違うなぁ。自分なくしの旅。旅をスタートする直前までの自分と決別するための旅。そんな自分に捨てて区切りをつけるための手段って要素が多い。自分を探そうなんて思わない。そんなに簡単に見つかるものではないしね。ま、行きたい場所へ行って、いろんなものをみて。そんな単純なものです。

月曜日、たまたま朝、テレビを見ていると、竹内結子さんが出演してて、「旅が好きで、ほとんどひとり旅。ふらっと出かけてしまうんです!」と語っていた。24歳には見えない、大人びた落ち着きのある佇まいの女優さんだけど、きちんとひとり旅を楽しめるというところでも、その部分が現れてるね。ひとりきりに身を置いて、人恋しくなってきたら、帰るというパターンの旅が彼女流だそうだけど、きっともともと感受性の強い人だから、日常の仕事や生活の中でのバランスをとるためのひとり旅なのかもしれないね。

あなたにとっての「旅」とは、なにですか?



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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