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呉へ行ってきました。年に数回はこの街に行くのですが、呉駅から呉港までの風景がいっぺんしていましたね。ゆめタウン、もうすぐオープンするそうだけど、人の流れが変わるのかな?ってちょっと首を傾げてしまう。ともあれ、もう建物も完成していて、あとは開店を待つのみではありました。(スターバックスも入るそうです。呉も都会の仲間入り?)
びっくりしたのが、広島よりかなり涼しく感じたこと。
海風が吹くからだろうか、広島より南のあるのだから、暑い!という解釈は、夏は当てはまらないようだ。
造船所の見える海だけは、呉で唯一好きな風景。時間があったら、宮原〜警固屋あたりをドライブしたい気分(潜水艦の基地の前に、おしゃれなレストランがあるそうだけど、そこは前々から気になっていた)
今回は、足を伸ばせなかったけれど、ま、もともと用がないと、絶対行かない街だし。これくらいの思いいれしかありません。(よく船旅をするので、ここから船を乗ることが多い。最近では旅の通過点ですね。ただし、正確には僕は呉で生まれたのだけど・・・
夜、呉駅前に到着したとき、ちょうど、そごうと、クレストの間で、ストリートミュージシャンが歌ってた。
2人組み。「19」の地元なんだから、彼等のような歌を歌うのかと思えば、まったくの「ゆず」。ひとりがタンバリンをたたいてたし。いまだ、ストリートの代名詞って「ゆず」のイメージなのでしょうか?
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朝晩は、幾分だけ涼しく感じるようになりましたね。
さすが、立秋を過ぎただけのことはあるな。うん。
ここちよい季節、ここちよい風と接すると、なんだかふっとこころまで落ち着くものですね。そんな季節(秋)がもうそこまで・・・と思うと、嬉しくなる。
旅をしたい。ひとりたび。そんな旅情を掻き立てられるのも秋ならでは。そろそろ準備もしないとね!!
ふーっと、深呼吸してみる。こころも身体もまっさらになる。
でも、人には悩みとかストレスとか抱えてるものって多いわけです。
かくいう、僕も、人前では明るく笑顔で接してるんだけど、やはり悩みとかストレスはあるわけで。そのはけ口として、いろんな趣味、人間関係があると思うのです。
うつというものが、本当に身近に感じられる時代だと、最近よく思います。
CMや、番組などでもよく取り上げられる。
人には、大なり小なり、そういう部分は持ち合わせてるからね。
僕も、以前、うつになりかけたことがあります。(と、いうよりなっていた)
長い間、好きだった人との突然の別れ、職場やまわりの人間関係の行き詰まり、そして、友人の死。それが、同時期にやってきたからです。
言葉で、説明するのは難しいけれど、その時の自分へのやるせなさとか、交錯した感情やこころとか・・・最終的には、強烈な孤独感に追いやられてしまう。好きだった人が戻るわけではないが、こころによりどころだったから、かなり複雑な過程を踏んだ上で別れた後の、そのこころに空いた穴は、簡単に塞がるものではないしね。
確かに、まわりには、心配してくれる友人もたくさんいてくれた。だけど、時間に、時間をかけて、自らを見つめなおす作業は、思いのほかつらかった。
(うつになったらね、人に甘える勇気を持つことが、必要だとおもうな)
ドクターにかかっていても、常にある不安感は拭いきれなかった。
その時間は、非常に苦しかったけれど、逆に、自分のこれからの生き方への指針になることを、ひとつひとつ得ることは出来たかな。少なくとも、人に対して、とても優しくなれたと思うし、大切にしなくちゃって、とても思うようになった。その反面、人や愛には、限界点があるんだということを悟った気がする。だからこそ、いい意味での「いい加減さ」なり、「適度な距離感」を大切にしたいものです。
ただ、愛する人とは、深い部分で繋がりたいけれど
ゆっくり生きていく。ほどほどのところで生きていく
そうすれば、自分にも優しく、人にも優しくなれそうだわ。
きっとね、黙っていてもこころが通じ合う人とも出会えそうな気がするよ。
人って、やはり弱いと思うから・・・
この続きは、また後日、その3で。
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僕はあまり会話で自らの強引な人生論とか、自分の過去などを一方的に長々話すのは好きではないのです。相手にとってプラスになることは皆無だもの。退屈なだけ。
それよりも、相手の話を聞いて、いっしょに考えて、さりげないひと言を添えてあげることのほうが、相手にはプラスになるとおもう。ま、自分なんてたいそうな人間じゃないから、人を批評したり、この人はこうだと決め付けたり、「きみはこうう生きるべきだ!」みたいなことをいうこと自体がナンセンスですけどね(笑)
この場ならばということで、ちょっとだけ、勝手な過去のひとりごとを何回かに分けて書いてみようかと思っています。
僕の人生を変えたひと・・・
僕には、幸いにも、そういう人が存在します。まずは、その人のことを・・・
僕が、某デパートで働いてる時代、その同じセクションで、3ヶ月いっしょになった女性がいました。20代半ばくらい。とても美人な人だった。とある学校に通いながら、パートとし働いていてこのセクションに配属になったのです。
そのセクションのチームのなかで、彼女は突出していた。
それは、いままでの自分が出会ったことない価値観や人間性を持った人。
職場の老若男女、誰とでもすぐ仲良くなって、つねに笑顔でものすごく明るい。そして、やさしい・・・どんな年配の人でも、若い子でも、下ネタまじりの冗談を交えながら、大きな目を開いて、真剣にお話を聴いている姿が今でも印象深い。ここまで人間的な魅力に惹かれる人は後にも先にもいないのでは?って思うのです。当時、とても仲良くさせてもらいました。
ときに、仕事が終わった夜、もうひとりの仲間とともに、よくドライブに連れて行ってもらった。彼女は、女性には似合わない大きな車を運転し、そしてタバコをふかしていた。
彼女の人間性や魅力はどこからきてるのだろう?なんて、個人的に興味を持つようになって・・・あるとき、彼女は自らの過去を話してくれた。
彼女は、その数年前、大きな交通事故に遭った。その時、再起不能とまで言わる重傷。自分の姿が元に戻らない・・・その大きな悲しみの中で、当時付き合っていた彼が、ずーっと支えてくれたのだそうです。何があっても、僕はいっしょだからと・・・(その後、その彼と結婚された)
いろんなことがあり、そして奇跡的に、彼女は前の姿に戻ることができた。また、再び生きることの時計が回り始めた。そこから、彼女のその人間性も動き出した
僕は、彼女のそのお話を聞いて、思わず泣いてしまった記憶がある。と、同時に、自分の中のなにかが変わった。
僕が、人へのメールや手紙はがきを出すことをすごく大切に思ったり、長い文章になりがち・・・そのルーツは、この人の影響でしょうね。彼女は、当時、年賀状を200枚も書くのだと言っていた。それだけ彼女には人が集まる魅力があるともいえるし、出会った人を大切にしていたということでしょう。つい数年前まで、僕とも年賀状のやりとりがあったけれど、終始、彼女のはがきは、びっしり文章がかかれてる。手紙のようなはがき。子育てのことから、僕に対しての気遣いの言葉まで。一枚のはがきにこめる気持ちがストレートに伝わるはがき。彼女だからこそですね。
僕は、こころのなかで、彼女のような人間になりたいと思い、いままで、頑張ってきたのかもしれない。たった2,3ヶ月の付き合いだったけれど、この出会いがなかったら、今の自分はなかったと思う。
彼女が、仕事場を離れ、なにかが変わった自分は、その数ヵ月後、専門学校に入学していたのです・・・そして、たくさんの友を得ることとなりました。
それでも、まだまだ今の僕は彼女には及ばない。
ひとつひとつ、自分と冷静に向き合って、葛藤しながら、進んでいくしかありません。
長い深い付き合いをしようと意気込んで、人と付き合うことではなく、その時、その一瞬の出会いだとしても、人のこころに、ずっと残るような人になれればいい。それくらい謙虚でもいいのでは?って思うよ。
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関西から親戚がやってきました。墓参りの帰りにね。
この親戚のいとこの子供が、びっくりするくらい元気なんですよ〜
関西弁交じりで突っ込みいれるので、まさに「吉本新喜劇」の芸人さんみてるようなんです。
上の女の子が幼稚園の年長さん、下の女の子が2歳。まぁ、かわいいですよ〜!!
(写真日記参照)
いつものことながら、僕への懐きようはすごい。僕を見つけると、手を離してくれないし、ずーっと話しかけてくる。ま、僕が子供に甘い(?)から、せがまれたら、お馬さんから、肩車までなんでもいっしょに遊んだのですが、もし、1日いっしょに過ごしたら、ヘトヘトになりそうだわ。この元気さ、明るさは、いとこ夫婦をそのまま受け継いでるね。(昨年、宮島へいっしょにいったのだけど、もう手を引っ張られてあちこち連れて行かれてヘトヘトになった)
今回も、この子にいろいろ遊びも教えてもらったし。でも、一番喜んでた遊びは、相変わらず、じゃんけん競争だね(じゃんけんで勝ったら、階段を5段進む)
いろんなお話もして、ますますなつかれてしまった・・・
学生の頃の経験で、子供への接し方ってけっこう慣れたつもりだけど、最後には、体力勝負だなって思うよね。
追記
翌日、別れるときには、この子にすごく泣かれてしまった
また、広島においでね!
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「世界の中心で、愛をさけぶ」を朝ビデオで見ました
何度もこの日記で書いてて、またかと思うけれど、ほんとうに号泣です。
朔太郎とアキの父との緊迫したやり取り・・・「きみになにができるんだ!」
白血病という十字架を背負ったアキを取り巻く人々の葛藤が描かれてた。
僕にとって、このドラマですごく印象に残る登場人物が、朔太郎の父と母。
とくに、写真館を継いだ、朔太郎のおとうさん。不器用で小心者だけど、やさしく、本当に静かに影から朔太郎を見守る姿がすごくジーンときます。(高橋克美さんが演じてるから、なおさらなのかな)あんなおとうさんになりたいものです。
緒方直人演ずる現在の朔太郎が、アキの遺骨の灰を持って、海に入水自殺しようとする場面で終わってしまった。
朔太郎が純粋すぎたゆえ、17年前の悲しい記憶から逃れられず、苦悩し続ける。
「アキの変わりに死ねといわれたら、喜んで死んでると本気で(17年前は)思っていた」
人を愛することへの究極の愛情って、この人の変わりに死ねるものなら死んでもいい・・・
ということにたどりつくのでしょうね。そこまでの深い愛情をお互いが持てたとしたら、その2人は、本当の意味での永遠の愛なのだと思う。
現在の朔太郎の心理、こころが痛いです。
大切な人を失ったという事実から、17年間逃れられないでいる・・・
僕は、ある時点から、「サヨナラダケガジンセイダ」という言葉をこころに持つようになった。昔、熟読していた寺山修司の本の中にたびたび出てくる言葉。寺山自身が、おまじないとしていつも口にしてた言葉(正確には逆さ言葉で読んでいた)。寺山の全ての作品・こわれそうなくらい繊細な文体をあらわしてる言葉です。
僕は、大切な人との深い別れを経験したとき、身にしみて、その言葉の本当の意味を知ることとなったのです
朔太郎のような生き方、寺山修司のような生き方、どちらも、普通の感覚からすれば、苦しい生き方だと思うだろうね。でも、そこには、人間として純粋すぎたからこその苦しさなのだという気がする。だれにも責められない・・・
僕は、必ず、救いは訪れると思うのです。そう信じたいです。
それは、朔太郎にも、僕の周りの、苦悩してる仲間にも、僕自身にも、信じたいです。うん。
そうした純粋な生き方、純粋な愛には「悪」の要素は全くないわけだから・・・
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オフ会へいってきました。(三越のビアガーデン)みなさん、本当にありがとうございました。
いい時間が過ごせました。こういう会ができたのも、すべてみなさんのおかげですよ〜
ことに、山口から時間を作って参加してくれたみえもさん、仕事の合間を縫ってきてくれたなかひーさんには、多謝!!