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石田ゆり子 京の手習いはじめ (講談社刊)
石田ゆり子さんが、雑誌の連載で、1年間、京都に通いつづけ、京都の生活や文化、風習を着物姿で触れるというエッセイ本。
その種類は多岐に渡る。京町屋、茶事(下鴨茶寮にて)、祇園祭り・・・そして、御櫃を作ったり、九条ねぎを収穫したり、御茶屋さんで作法を学んだり、京のお正月を体験したり(お掃除まで体験して、お茶屋さんの廊下を、ダメだしされながら拭き掃除)
春夏秋冬の京都を、この1冊でまとめている。
茶事、一度、私も体験してみたい。4時間ですか・・・たしかに足はしびれるだろうけれど。
でも、いいなぁ。
どれも、美しいお着物姿で、どの写真も、凛としている女性って感じであるものの、エッセイの文章を読んでいると、相変わらずのゆり子さんらしい、ちょっとだけ抜けているところもある、ほんわかしているところもあって。でも思慮深い言葉も随所に。
彼女の本は、けっこう読んでいますが
この本は、あくまで「大好きな京都」を伝えることに徹している。写真ページが特に多い。
祇園祭りでは、
「お祭りは人生賛歌だと思う」
京都で台所道具をいくつも買ったときは
「道具には、1に実用的であること、2に余計な飾りがないこと、3に時間とともに、成熟すること、この3つを求めてしまう」
どれも、本当に素直な言葉なんだろうな。私も非常に共感させられました。(最近、いろいろ道具を買う予定なので、その言葉は身に染みました)
ゆり子さん、恵文社一乗寺店へも、訪れていた。セレクトブック・雑貨のお店。私も、次回京都行くときは、ゆっくり訪れてみたい本屋さんですが、やっぱり、大の読書好きのゆり子さんは、行かれていた。また、大のカフェ好きであるゆり子さんは、スマート珈琲店にも。
店頭には、たくさん京都本って並んでいますが、
一味違う、京都本として、おすすめです。
巻末に、「いつかここに住みたい、住んでみたい」
と、正直な感想を述べられていましたが、たしかにその気持ちはわかりますね。
私は、京都のあらゆるカフェを、訪れること。
そういう野望?を秘めております。
京都の寺院は、もうたくさん訪れたので。(ただ、桜の季節とか、もみじの季節とか、いい時期は逃しているのですが)
石田ゆり子さんと、羽田美智子さん。
お二人とも、京都好きで、着物着て京都を訪ねている本を出されていて。どちらも、のんびり、ほんわかした雰囲気を持ってる女優さんで。で、笑い上戸で。どちらも、同じ位のお歳で、なぜだか結婚もされなくて。
どこかダブってしまうんですよね。不思議と。
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こんにちは。きょうも1日おつかれさまでした
雨がすごく降ってて。夜、都心を歩いていると、けっこうずぶぬれになってしまいました。本来、雨の日が好きな私ですが、今夜のように、すごく寒くなる雨は、ちょっぴり憂鬱になってしまいます。つい、カフェの灯を見つけると、ふらり入ってしまう・・・こころも身体も、あっためて帰りたいと思うのは仕方ないね。
みなさんも、風邪ひかないように気をつけてください。
文筆をお願いされるのですが。
無論、私の書くことは、普段から好奇心が旺盛だけあって、幅広いネタから紡ぎだすエッセイ的なものもありますし、すごくまじめに、こころから、紡ぎだす言葉で書くものと、いろんな側面があるのです。
ただ、書きたいこと、アイデアは、日常的にたくさんありあまるくらいあって。それを、手帳に書き留めて、文字にしていく作業は、生活のメリハリをつける要の要素になってきています。たとえば、歌手の方が、想いついたら詩を書いたりすること、写真家が常にシャッターを切るのと、おそらく同じことでしょう。
書くことって、昔から好き。
言葉にして、話すこと以上に、書くことのほうが、自分を伝えることができ、きちんと真意を言葉にできるからこそ、書くことは、ずっとこだわり続けてるところってあるんですね。
話すことは、ある部分、自分でテンションを上げて、対峙する人をよく観察して、瞬時に考えて言葉にします。直感的なもの、日ごろの自分の会話パターンというのが作られる。その経験や出会いの多さからの土壌から形成されます。相手を思う想像力も、瞬時に必要となってくる。ある意味、スポーツ的な要素があるかもしれません
書くことは、どれだけ自分の中での想像力を広げられるか、言葉を紡ぎだすか。ある程度、時間的な余裕が与えられる。だからこそ、付け加えたり、削除したりしながら、時間かけて文字を紡ぎだしひとつの文章を完成させていく。ある意味、芸術的な要素もあるのかもしれません。
どちらも長けている人っていうのは稀ですが
通常、誰しもどちらかに長けているんじゃないかなぁって、思うんですよ。
僕は、書くことで(言葉を紡ぐこと)、自分を浄化している側面があって。
人から聞いたステキな言葉も、こころに響いたセリフも、
情報も、そして、自分が感じたこと、素直なこころの動きも、
文字にとりあえず残しておこうって。
あくまで自分に対して書いているものはそうであるけれど
この日記、ホームページ、お願いされた文筆にいたっては、
どうしても読んでいただくことが前提になるから、
自分よがりだけじゃいけない。
言葉に責任を持たなくてはいけないし、相手への想像力も、働かせないといけない、ときに、人を傷つける凶器にだってなるってことを肝に銘じておかないととか、時には、笑わせるようなユーモアもめっちゃ大切だし、ひとつでも人を楽しく、ささやかな幸せというか、元気になったり、ホッとさせられるようにありたい・・・
言葉を紡ぐという行為って、そういうものだと僕は考えています。