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2009年05月06日(水)
sky and a flower and strong thought

















庭には、たくさんの花が咲いているのです。花壇やプランターには、まるで絵の具のほとんどの色を使って描いたような風景がある。この花のそれぞれの名前や、花言葉ってあるので、調べてみたら、また違った角度から楽しめるものです。花を咲き続ける時期は、限られているけれど、その限られた時間、精一杯美しく生きようとしてる・・・










日中の空は、入道雲っぽいモクモクした雲が広がっていた。夏の空へと移り変わっているんだと。

そして、友人たちとの会食を終えての、帰り道の空は、すーっと雲を描いたような空。少しずつ、少しずつ。

季節の移り変わりも、人のこころ変わりも
あっという間。とてもはかない。


強い意思と、ひたむきな想い。
時に、なにごとにも変わらず、時に、決断する勇気。
はかないからこそ、僕は、たとえひとりでも、負けたくはない。

さ、今週も、いい1週間となりますように。
笑顔がひとつでも多い、そんな時間になりますように・・・


=ホームページのお知らせ=
フォトブログ、当面、連日更新します。写真のストックがたくさんになったので。いろんな想い、写真と言葉で伝えたいものです。これからも。

カフェ案内、5月更新分から、カフェページの書式(レイアウトデザイン)を一新しました。以前より見やすくなってるはずです。それと、地図リンクも貼りますね。

また、感想など気軽にいただけたらうれしいです。
これからも、毎日執筆していきますので、どうぞよろしくお願いします


2009年05月05日(火)
ゆるやかなつながり








おもいがけず、夕方は雷雨となってしまいました。
都心で、ゆったりコーヒーをいただくこともできて、お相手していただいた方には、感謝です。ささやかなお休みの日、ゆっくりゆっくりと。

傘を持っていなかったのですが、雨の日は大好きで。つい歩いてしまいます。雨の都心は、どこの光景も、なにか映画のワンシーンンのように移ってしまう。雨は、「ストーリー」があるものです。ただ、ひとりきりで歩く雨の街も、どこか寂しさも感じてしまう。涙雨っていう言葉があるけれど、雨は涙と似ていて、街の喧騒を掻き消して、人の寂しさ、悲しさをを包み込むように、洗い流していくような気がします


涙といえば、最近映画をゆっくり見ることもなかったので、涙を流して、心身を浄化することもなく過ごしていたことに気がついた。テレビドラマは、見ること多いですが、連続ドラマで、涙を流すような秀作は昨今無いから。不況や殺伐とした昨今だからこそ、うっぷん晴らしできるような作品にシフトしてるんでしょうね。(このクールは、「臨場」「BOSS」がおすすめ)小説も、月に1冊ペースで読んでいるものの、よく読むのは小説ではなく、旅の本、カフェのエッセイ、雑貨や食べ物のエッセイ、散歩エッセイ、写真の本・・・まさに、気分転換というか、本の中で「旅をしてる感覚」になれるものが多い。(モノブログをご覧になったらわかると想うけれど)


悲しいことで涙するのは、辛いけれど、僕の中のもっとも大切にしているもの、純粋なものを、涙を流すということで、あからさまにする、そこで、自分を再確認する。

自分を再確認する行為は、生きていく上で、きっと重要なことなんだと想う。

涙を流すことと同じように、ひとり誰も知らない街に身を置いて、旅をすることも、自分を再確認する=自分の存在に気づく・・・大きな意味のあることです。


かけがえのない人と、対峙して、時間を共有すること、友人たちと言いたいこといいながら過ごすこと。

「あっ、こころから笑ってる、自分ってこんなに笑えたんだ・・・」とか、「この人は、わたしに無くてはならない、かけがえのない人なんだ・・・」とか、そういう瞬間を、日々の暮らしの中で、ひとつでも重ねていけることは、きっと本当の意味でのしあわせに繋がると想うんです。


2009年05月04日(月)
わたしはこういう人間なのです

私という、ひとりの人間を、しっかりわかってもらうのは、ある程度の時間が必要なのだと想います。

不器用な人なので、短い時間だけで、自分はこういう人間ですということ、うまく伝えられない部分が大きくて。こうして文筆により、的確に深く、自分について、そして想い、考え方を記することが、一番の自分のありのままを表現し、伝えることが出来ているのですが。

日々の暮らしの中で、いろんな人間関係があって、でも、大切なのは、私そのもの。文筆とかは関係なく、会話やしぐさで、一発勝負で向き合う。

そうして、人と対峙する。
でも、わかってもらおうとか、いろんなことを話したいとか、伝えたいとか、頑張れば頑張るほど、空回りしたり、間違った自分が伝わることもあって、本当に、そのバランスって難しいのです。

普段、対峙する人のお話をしっかり聴く、そんな聞き手になることが多いせいもあって、自分のことを話すことより、まず相手のことを知りたい、相手の話をたくさん引き出したいと、もう条件反射的にそういう姿勢になってしまう。

でも、逆に、僕がどんな人間で、どんな人で、たくさんお話を聞きたいと想う人がいることもあるので、そのとき、思う存分、たくさんおしゃべりすることも大切なのかもしれません。ただ、それがどのとき、どのタイミング?っていうのが、計れないところはあるのだけれど。



会話にしても、人と対峙するにしても、
やはり50/50に近いのが理想で。お互いがお互いのペースを想い計って、言葉やこころや、想いを、しっかりキャッチボールできることが大切。そうして、こころがしっかり通っていければ、その時間は、しなやかで意味のある時間になっていくし、相手をきちんと理解する、言葉は悪いけれど、相手を見抜くことになるんだろうし。


もっと知りたいとか、もっと近づきたいとか
そう思えたとき、自分もきちんと伝えて、相手ももっと知ろうと想う気持ちが大切になります。
でも、それには、時間って、たくさんいるし、なかなか足りないものです



最近ね、ふと自分の人に対しての接し方、向き合う姿勢というものを、いま一度考え直さないといけないなって想わされる出来事が多く。もっとも自分にとってスタンダードだと想っていたことが、間違っているのでは?って。

聞き役一辺倒というのもよくないんだろうな。
自分の素直な心の声をしっかり聴いて、そのときに、きちんと伝えないといけないんだろうな。
直感とか、タイミングを、もっと素直に受け入れたほうがいいんだろうな


こう、考え方が変わりつつあるのも
いろんな人たちを見て、接していることで、
少しずつ、自分がいい方向に変わっていっているの、その形なのでしょうね。もちろん、悲しいことも、たくさんの失敗もあってのことだけれど。


2009年05月03日(日)
ささやかフラワーフェスティバル










通りかかったので、いちおう、2009ひろしまフラワーフェスティバルの写真でも・・・それにしてもすごい人で、平和大通りを越えるだけでも大変。
20年前でも、10年前でも、現在でも、この広島でもっとも大きいイベントは、まったく変わらないですよね。花の塔も、花車も、人も・・・平和大通りの光景ってほぼいっしょだわ。

フラワー歌手というのが、設定されなくなって数年経ちましたが、それに変わるスペシャルゲストというのは、ますます、まったく脈略のない人たちが出演するようになってる。ことしはジェロさんと水森かおりさん(新曲が「安芸の宮島」だから)。なぜだか今年は演歌の2人。でも、定番のフラワーの歌も、歌われることないのかもしれないな。

子供のころは、親に連れて行ってもらって、パレード後の花車に乗ったり、花の塔の前などで、記念写真を撮影して・・・さすがにパレードに参加したことはないけれど、幼いときは、本当にフラワーフェスティバルへ行くってことは、おめかしして(外行き用の帽子かぶって、革靴を履いて)、こころして出かけたものです。

いまだに、フラワーフェスティバルって存在は、そんなノスタルジックな風景としての存在が強い。僕にとっては。

きょうは、ちょっぴり忙しい1日でしたが、まぁ、ほんの数十分だけでも、お祭り気分は味わえたので、よしとしましょうか。








夜、帰宅して、
ちととなりまちのスーパーへお買い物
ここの駐車場は、オレンジの灯がとても明るくて、妙にあたたかい雰囲気があふれる。意外とお客さんも多かった。



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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