夕方、所用で出かける途中、ふっと空をみて、「天使の梯子」がかかっているのに気がついた。とても綺麗で。ふっと、自分の身体がその先の空へ導かれていきそうな錯覚に陥った。2008年、おだやかでやさしい時間が流れていくのでは?って想ったりした。こと、1日笑顔を絶やさない私ですが、昨年末までは、本当に、仕事と、人の為に奔走しすぎて、疲れていたところがありました。だからお正月になって、静かになって、やっと自分のことが考えられる余裕が出てきました。少しずつ、やりたいことをやっていきたいものだわ「恋は盲目」という言葉があります。出会って、恋をすると、誰しも相手のことを好きな気持ちでいっぱいになって、「盲目」になってしまうというもの。ただ、「恋は盲目」の状態も、いずれは冷めていく。ここからが、本当に大切なのだと。本当の愛というものを意識すること。上に書いたことは、ずいぶん前、瀬戸内寂聴さんの著書で書かれていて、すごーく納得してしまったんです付き合うと、結婚を意識するのは当然。こと、女性は、結婚というゴールがあるから付き合うわけですし。男性は、それを果たす大きな責任がある。ひとつひとつ問題をクリアして、もっともいい状態で2人は結ばれ、愛する人を守っていかなくてはいけません。おそらく付き合って1〜2年くらい。それを越えてしまうと、やはり難しい面も出てくるでしょうし私も、きっと結婚願望は強いタイプでしょう。だから、はやる気持ちも出てくるけれど、でもはやる気持ちだけじゃいけないって、年を重ねるにつれ、想うようになったんです。問題は、恋は盲目を過ぎて、本質的なところを見て、相手を愛して、結婚すること。寂聴さんの本や、出演された番組などで、ときどきおっしゃる「慈愛」という言葉。尊い言葉であり大きな意味なのだと想うのです。できれば、それを持ってして、その人を愛して、結婚して、ずっと生きてゆきたい。いまだけを見ないで、ずーっと長い目でみたとき、長いスパンでみて、結果的に、この人で良かった、これでよかったと思えるようでありたいと思うのです。結婚したことないからわからないけれど、僕がひとつ思うことは、その人を愛すること、夫婦という枠を尊重することと同時に、結婚した相手の両親や、兄弟や、おおくの人と、仲良くして、自分が認められるようでありたいと。それも、自分がその人を愛する気持ちのひとつって想うんです。ま、あーんまり難しく考えることもないけれどね。物事は、結局のところ、シンプルなものなのですからミクシィで、昨年末、クリスマス特番で流れていたナショナルのCMを見て、僕がココロ打たれて号泣したことを書いた際、友達からは大反響で。3本のドラマCMのうち、特に、下にリンクしている「母と定年退職編」http://ch.panasonic.co.jp/contents/00960/viral.html何度見ても、泣いてしまうのです。自分も、こういう夫婦になりたいな。こうありたいなと、思いました私は、自戒の念が、このお正月、すごくあって。自分の弱さ、おろかさを、目の当たりにして。人を信じることを、あきらめた方が、自分が楽になれるのでは?と想うのですこころ静かに、やさしく、人に迷惑かけないよう、ひとりで。そう生きていくことが、せめてもの生き方かもしれませんね朝、となりまちの公園へ散歩に出かけた際の写真小学生のころ、この公園でよーく遊びました。そのころの自分に出会えるきがしたり。さすがにだーれもいませんでした。お雑煮を作ってみました。おいしそうでしょ?お正月らしさを、味わう瞬間。幸せだわ!!箱根駅伝、きょうも2チームが、途中棄権しました。大東文化大と東海大。東海大の選手は最終10区で、線路に足を取られて靭帯を痛めた。ゴール近かったのに・・・駅伝って、過酷ですよね。本当にきょうもありがとうございましたみなさん、あしたも、よい1日になりますように・・・ メール|Twitter 2008年01月03日(木) クモリノナイイチニチ 空は、きょうもくもりない青だった。むなしい気持ちと、すがすがしい気持ちきょう1日、複雑な心境で過ごした。無論、笑顔は絶やさずでね。朝、年賀状を出しに、となりまちの郵便局にいく。はやく届けてもらいたいから、集配局へ持っていくのです。(←だったら、昨年投函しろ)きょうも、10枚近く届いた。せっせとお返事を!その後、電話で職場の上司と至急の打ち合わせ。引継ぎやら、今後のことを話し合う。職場になるべく迷惑かけないようにしなくちゃならない。夕方、友人から電話があった。いつものように、ゆっくり聞き役で。なにかこころに溜め込んだことを、すっきりできたのなら、僕もとてもうれしい。(相手は、恋愛のことで、いろいろ悩んでいた。ファイト!きっと大丈夫だから。)「箱根駅伝」を見る最後の往路ゴール近くで、順大の小野選手が、足にケイレンを起こし、ふらふらになって、倒れてしまった。仲村監督が車から飛び降り駆け寄る。選手に触れたら、その時点で棄権になる。監督は見守るしかない、小野選手は倒れたら立ち上がり、ふらふらになって、また倒れるを繰り返した。ゴールは目の前なのに・・・そして、監督は小野選手に手をかける。ここで、順大は棄権となってしまった。見ている僕までが、この数分間の出来事に、つい泣いてしまった。選手のひたむきさ、無念さ、こころが痛い。仲間の想いがこもった襷が、ゴール目前でつながらなかった。ゴールで待っていた他の順大選手も号泣していた。駅伝の過酷さの一面を見せ付けられた思いです。私は箱根駅伝、毎年見続けている。大好きです。いつも心打たれる場面は訪れる・・・夜、夕食の食材を買いにスーパーへ。そこで、この風水招き猫を見つけて、つい買ってしまった。かわいいですよね!1個しか残っていなかったから。なにか縁のようなものを感じて。幸運をもたらしてくれるかな??ちなみに、コパ先生による、今年の風水のキーワードは「許しあい」「助け合い」「睦(むつ)みあう」こころを大切に豊かに暮らすことだそうです。風水にならって、この招き猫、きまっている方角に置くことにしますことしのラッキーカラーは、「シルバー」「ゴールド」「赤」「白」みなさん、ちょっぴりなにかに取り入れてみたら?ひたむきに、一途に想うこころは、美しい。私は、ひたむきに一途に想いすぎるところがあって、ときどき想い詰めるところがあります(笑)僕らは、常に何かを選び、それを信じ、ひたむきに想う。大切なものを、大切な人を大切にすることで、幸せを得るのだと想うのです。ひたむきに一途に想う姿は、私から見ても、美しいと感じます人から信頼されるには、時間がすごくかかる。でもその信頼を失うのは、あっという間です。だから、ずっとずっと、時間をかけて、ひたむきに向き合いながら、関係を築き、相手を大切にしていかなくちゃ、堅い信頼って作れないと思います。もちろん、考えすぎることはない。なにげないことを大切にできたらそれでいい。そこからはじまるのだから。それと、相手に100パーセントもとめてはいけない。8割くらいで許してあげないといけないって思います(と、電話の相手にもやさしく言ったんだけれどね。100パーセントのうち8割くらいもとめられたら、よしとしようというのは、「モタ先生」の言葉)昨年買ったシクラメン。美しく咲いています。ちょっとだけこころにやさしさを与えてくれるここ最近の私昔のしんどい、悪い出来事を、四六時中、ダブってしまう感覚に陥る。なにをしていも。そういう自分がすごく嫌です。どこかで怖がっているのでしょう。いかんいかん。人の気持ちを理解して、相手の立場にたって、物事をみることが必要だわ。焦らず、ゆっくりと。ずっとずっと自問自答している。答えはなかなかでない。時間が解決してくれることに頼るしかありませんあすも、よい1日になりますように。そう、願いながら・・・ メール|Twitter 2008年01月02日(水) あたらしい未来へ みなさん、あけましておめでとうございます。なにげない、1年のはじめの日をすごしました静かです。こころが、静かです。おだやかで、年末にいろんな出来事があり、悲しんでいる人の為にたくさん泣いたりしたことが、まるで嘘のことのように、生きていることを実感した、そんな1日の始まりでした。空気は澄み、冷たい空気が身を引き締める。身体が清浄される、あたらしい自分がはじまる。そんな感覚をちょっとだけ覚えた昨夜、母と妹と、3人で、近くの神社へ初詣へ行きました。毎年同じ。まったく変わらない。だから、ついこの前、初詣へいったのにという感覚に陥ってしまう。1年でもっとも、1年の短さを実感する瞬間です。朝、自宅に届いた年賀状を整理する。妹は40枚近く。私は20枚近く。さまざまな人から、幸せな報告を送ってくださることが、私にとって、なにより幸せなことです。学生の仲間たち、大切なひとたち。こうして、忘れずにあたたかい便りを送ってくれること。本当にこころから感謝しなくてはいけません。わが子の写真が印刷されたたくさんのはがき。おかあさんに似てきたなぁ〜。おとおさんそっくりだね!・・・なんて、口ずさむ。僕の顔も、つい緩んでしまうものですみなさんに最初にお詫びを・・・年末は忙しく、こと、連日の二日酔いの為、今年は、来た年賀状を見て、お返事差し上げています。おそらく私の年賀状は3日以降にお届けです。ごめんなさい昼、となりまちの大きな神社へ。御札を購入し、おみくじを引く。これも毎年恒例。私独自の決まりとして、昨夜の神社では普通のおみくじ、こちらの神社では恋みくじ。2つ引いている。おみくじは、持ち帰り手帳に偲ばせ。12月31日に、1年を振り返る際に、おみくじの内容と照らし合わせる。これも、私独自のしきたり。今年は、前者は「吉」後者は「大吉」。ちなみに、妹はその間逆(前者が大吉、後者が吉)似たもの兄弟です(笑)ショッピングセンターで春財布を買いました。おまけに、招き猫の風水お守りをもらった。自宅に戻り、神棚を新しく設置して、御札とお神酒などを飾る。まっさらな気持ちにさせられる一連の行事のように思います。夕方、一人で地元の街を歩く。お店も閉まっていて、とても静かだ。大きなかばんやおみやげをもった若い夫婦と小さな女の子を見つけた。すぐ、家の庭へ入っていったので、きっと、遠くから帰省された家族なのでしょう。なんだかほほえましい。きっとおじいちゃん、おばあちゃんも喜んだでしょうね。あったかい光景です。手帳を新しくした昨年、プレゼントしていただいたほぼ日手帳。私の生きた証、いろんな想い、わたしのすべて・・・それがたくさん詰まった手帳本体をカバーから外し、ネットで買った新しい手帳に差し替える。分厚かった手帳が、2分の1の厚さにスマートになった。1年をスタートさせる大切な儀式である。そして、私にとって大切な手帳。また、新しい1ページを書き込んでいくこうして、おだやかに、笑顔で1日を過ごす。幸せなことだと、実感しました。しかし、これから1年、また、悩んだり、泣いたり、衝突したり。でも、どの自分も、負けないように、強く。目の前の、与えられた1日1日を、無心で、大切に過ごしてゆきたい。2008年、私は、ここに書く文章も大きく変えます私が考え、想う人生観、生きるということ、なにげない日常のしあわせ、生きた言葉、魂の言葉を、ありのままに、強く書き綴っていく。自分を律するために。強くある続けるために。それが、なにか、人のこころに響けば、みなさんのこころに、そっとやさしさをお届けできれば、それで十分です。私の生活も、ありのままに、書いていきます。メトロポリタンブログの、私の新しい写真でもわかるように、私は私。私を偽らず、隠さず、ありのままの姿の自分で、伝えたいことをそのとき、その瞬間に、書いていくつもりです。トップページも、3年ぶりに変更しました。(手が込んでいると想われるかもしれませんが、ほんとおもいつきで、1時間以内で完成した)3年前、トップページを変更した際も、失望に打ちひしがれていた。しかしまもなく、かけがえのない人と出会ったり。思い入れのあるトップページでした。どちらも、深い青の空。まっさらな気持ちで、嘘偽りなく、純粋に生きることを誓って。みんなをやさしく包みこむような場所を願って。なにより、暗い影を負った自分を、まっさらにしたかったという理由もあった私は強く生きなくてはならないと思います。どんな現実がこれから待っていようと、かけがえのない人、大切に想ってくれている人を、しっかりずっとずっと守れる人間にならなくてはいけないひとりで生きる宿命を受け入れ、孤独を受け入れる人間にならなくてはいけない私の大きな命題です。こんな、弱くてどうしようもない人間ですが、よかったら、これからもお付き合いくださいみなさんの、2008年が、幸多き、いや、幸せに満ち溢れる1年となりますように・・・私はこころから祈っています「やさしい時間が流れる空間」ここは、そういう場所なのですからいつでも、またおいでください。 メール|Twitter 2008年01月01日(火) もう、人を信じない、人を愛さない 私は、ある大きな「賭け」をしました 人を信じられなくなった私の最後の、最後の賭けとして 自分にとって、慎重に、懸命に、ひとつひとつ丁寧に選択しながら、ときに待ちながら信じつづけた。大切なものを守るため、これからのためにただ、その賭けは、 自分の想うようにはならない結果となりました人のこころは移ろいやすい 人のこころは変わるもの ひとつの側面でしか、人のこころが見えなかったらたとえ真実はどうであってもそこで終わってしまうのが現実ですとくに、愛とか、恋とか、人の心を、本当に信じれなくなった 永遠なんて、存在しない。 人間は不確かなものです。 そうおもうようになった私は、そんな、寂しい人間になってしまった だから、せめて、私と関わる人たちとの、ささやかな時間は、 相手を幸せにできるように。みんなを笑わせて、元気にしてあげられるようにと 想うようになった。 いつも、おどけて、いつも聞き役で。 いつも、人には、「泣いてもいいんだよ」「大丈夫だよ」って。できる限り気持ちを思いやってそう、まったく別の自分がそこにはある でも、結局は、自分が一番泣いている。でも、誰一人、泣かせてくれる人がいなかったということ 恋をして、愛して、本当ならば、こころゆだねられるはずなのです。 しかし、私は、こころをゆだねることまでは、出来なくなった いつも、こころを開くことはなかった。どんなに愛してくれた人にも。 だから、最後には、「あなたはいつも構えている」「こころを開いてくれない」といいのこし、去っていく。 ただ、私は相手のこころを開かせることで 自分を安心させている面があったということ 自分は、その人にとっての、かけがえのない人になりたい。 こころからつながりたいと想うのだ。そうしないと、私からこころは開けない でも、自分は・・・ こういう人間には、 人を愛する資格はない。ないのです。 それを昨年、教わった気がしますもう、人を巻き込んではいけない すごく罪悪感を感じる。 私は、おなじことを繰り返し、おなじように、人は去っていく私は、どんなに非力で、人を幸せにできない、どんなに、愚かな人間か、つくづく思い知らされた確実に証明された私は、「慈愛」という言葉が好きです いつくしむ愛。 ずっとずっとその人を変わらず愛するこころ無償の愛 きっと、結婚して、子供が生まれると 愛する伴侶と、子供を、慈愛を持って、 愛していけるとおもう。 そういう、ささやかでも家庭を作ることを望んでいた 自分を犠牲にしても、守るべきものがいるということこの言葉を、どんなに否定されても、けなされても私は大切にしたいのですただ、この世の中、結婚しても、離婚する人もいるわけだしそれがすべて正しいということはないそういうのは、意外と難しいかもしれません 人のこころは、どうにもなりません 何を持ってしても、人は変わってしまうものは変わってしまうそうなったら、なにも伝わらない。とても簡単に、相手のことは他人事となってしまうもの私も、ずいぶん前にも、経験したこと。死を覚悟するくらいしんどかったこと賭けは終わりましただから、これからの自分は・・・ もう、静かに、ひとりで生きてゆこう もう、私の中から、別れや、裏切りや、心変わりや、嘘・・・ そういう存在を、消し去りたいと想いますだから、これからの自分は・・・ そう、この文章のタイトルのとおりです 賭けをするときに、自分自身に誓ったことこの1年、わたしは、「無」すべてを無にし、ただひたすら無心に生きていきたい私の存在は、できる限り消し去り、人の記憶から遠ざけて、とにかく人を、裏切ったり、傷つけたり、悲しませたり、もう絶対してはならないと堅く誓う。かけがえのない人を、当たり前のように、ずっと大切にして、相手の立場になっておもいやること。そんなシンプルなことが、出来ない人間になってはいけないとおもうからことしの抱負って、ありません。なにをしたいとか、どこいきたいとか、そういうのは、まったくありません。ただ、小田さんのライブだけは、ずいぶん前から行こうと約束していたので、ひとりでも行くつもりですが。そのほかは、なにも考えられない目の前にある仕事、生活を、「無心」になって懸命に取り組んで、人と関わることも無理せず、絶えず自分を見つめていきたい。大切にする人は、たくさんいなくていいと思う再び、闇に堕ちることは、もう怖くはない。ただ、陽を見ようと思わなくなっただけ。元に戻っただけ。守るものがなくなっただけ。もし、私の命が尽きることがあっても、そのときは、ひとりで、潔くと想うのですわたしは、昨年までのわたしを否定するもう、昨年までの、まったく無意味で、すべて間違っていたであろう自分を自戒しなくてはならない。そうしないと、私にとって、これから生きていくすべがないような気がするのです自分を生きていく。無になって。 メール|Twitter 前日の日記へ|月別日記リスト|過去の日記リスト |次の日の日記| コバルト 広島在住 文筆とカメラとここちよい暮らしが好き ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/ 文筆依頼、感想などは、メールでよろしくお願いします メール⇒こちら My追加
空は、きょうもくもりない青だった。むなしい気持ちと、すがすがしい気持ちきょう1日、複雑な心境で過ごした。無論、笑顔は絶やさずでね。朝、年賀状を出しに、となりまちの郵便局にいく。はやく届けてもらいたいから、集配局へ持っていくのです。(←だったら、昨年投函しろ)きょうも、10枚近く届いた。せっせとお返事を!その後、電話で職場の上司と至急の打ち合わせ。引継ぎやら、今後のことを話し合う。職場になるべく迷惑かけないようにしなくちゃならない。夕方、友人から電話があった。いつものように、ゆっくり聞き役で。なにかこころに溜め込んだことを、すっきりできたのなら、僕もとてもうれしい。(相手は、恋愛のことで、いろいろ悩んでいた。ファイト!きっと大丈夫だから。)「箱根駅伝」を見る最後の往路ゴール近くで、順大の小野選手が、足にケイレンを起こし、ふらふらになって、倒れてしまった。仲村監督が車から飛び降り駆け寄る。選手に触れたら、その時点で棄権になる。監督は見守るしかない、小野選手は倒れたら立ち上がり、ふらふらになって、また倒れるを繰り返した。ゴールは目の前なのに・・・そして、監督は小野選手に手をかける。ここで、順大は棄権となってしまった。見ている僕までが、この数分間の出来事に、つい泣いてしまった。選手のひたむきさ、無念さ、こころが痛い。仲間の想いがこもった襷が、ゴール目前でつながらなかった。ゴールで待っていた他の順大選手も号泣していた。駅伝の過酷さの一面を見せ付けられた思いです。私は箱根駅伝、毎年見続けている。大好きです。いつも心打たれる場面は訪れる・・・夜、夕食の食材を買いにスーパーへ。そこで、この風水招き猫を見つけて、つい買ってしまった。かわいいですよね!1個しか残っていなかったから。なにか縁のようなものを感じて。幸運をもたらしてくれるかな??ちなみに、コパ先生による、今年の風水のキーワードは「許しあい」「助け合い」「睦(むつ)みあう」こころを大切に豊かに暮らすことだそうです。風水にならって、この招き猫、きまっている方角に置くことにしますことしのラッキーカラーは、「シルバー」「ゴールド」「赤」「白」みなさん、ちょっぴりなにかに取り入れてみたら?ひたむきに、一途に想うこころは、美しい。私は、ひたむきに一途に想いすぎるところがあって、ときどき想い詰めるところがあります(笑)僕らは、常に何かを選び、それを信じ、ひたむきに想う。大切なものを、大切な人を大切にすることで、幸せを得るのだと想うのです。ひたむきに一途に想う姿は、私から見ても、美しいと感じます人から信頼されるには、時間がすごくかかる。でもその信頼を失うのは、あっという間です。だから、ずっとずっと、時間をかけて、ひたむきに向き合いながら、関係を築き、相手を大切にしていかなくちゃ、堅い信頼って作れないと思います。もちろん、考えすぎることはない。なにげないことを大切にできたらそれでいい。そこからはじまるのだから。それと、相手に100パーセントもとめてはいけない。8割くらいで許してあげないといけないって思います(と、電話の相手にもやさしく言ったんだけれどね。100パーセントのうち8割くらいもとめられたら、よしとしようというのは、「モタ先生」の言葉)昨年買ったシクラメン。美しく咲いています。ちょっとだけこころにやさしさを与えてくれるここ最近の私昔のしんどい、悪い出来事を、四六時中、ダブってしまう感覚に陥る。なにをしていも。そういう自分がすごく嫌です。どこかで怖がっているのでしょう。いかんいかん。人の気持ちを理解して、相手の立場にたって、物事をみることが必要だわ。焦らず、ゆっくりと。ずっとずっと自問自答している。答えはなかなかでない。時間が解決してくれることに頼るしかありませんあすも、よい1日になりますように。そう、願いながら・・・ メール|Twitter 2008年01月02日(水) あたらしい未来へ みなさん、あけましておめでとうございます。なにげない、1年のはじめの日をすごしました静かです。こころが、静かです。おだやかで、年末にいろんな出来事があり、悲しんでいる人の為にたくさん泣いたりしたことが、まるで嘘のことのように、生きていることを実感した、そんな1日の始まりでした。空気は澄み、冷たい空気が身を引き締める。身体が清浄される、あたらしい自分がはじまる。そんな感覚をちょっとだけ覚えた昨夜、母と妹と、3人で、近くの神社へ初詣へ行きました。毎年同じ。まったく変わらない。だから、ついこの前、初詣へいったのにという感覚に陥ってしまう。1年でもっとも、1年の短さを実感する瞬間です。朝、自宅に届いた年賀状を整理する。妹は40枚近く。私は20枚近く。さまざまな人から、幸せな報告を送ってくださることが、私にとって、なにより幸せなことです。学生の仲間たち、大切なひとたち。こうして、忘れずにあたたかい便りを送ってくれること。本当にこころから感謝しなくてはいけません。わが子の写真が印刷されたたくさんのはがき。おかあさんに似てきたなぁ〜。おとおさんそっくりだね!・・・なんて、口ずさむ。僕の顔も、つい緩んでしまうものですみなさんに最初にお詫びを・・・年末は忙しく、こと、連日の二日酔いの為、今年は、来た年賀状を見て、お返事差し上げています。おそらく私の年賀状は3日以降にお届けです。ごめんなさい昼、となりまちの大きな神社へ。御札を購入し、おみくじを引く。これも毎年恒例。私独自の決まりとして、昨夜の神社では普通のおみくじ、こちらの神社では恋みくじ。2つ引いている。おみくじは、持ち帰り手帳に偲ばせ。12月31日に、1年を振り返る際に、おみくじの内容と照らし合わせる。これも、私独自のしきたり。今年は、前者は「吉」後者は「大吉」。ちなみに、妹はその間逆(前者が大吉、後者が吉)似たもの兄弟です(笑)ショッピングセンターで春財布を買いました。おまけに、招き猫の風水お守りをもらった。自宅に戻り、神棚を新しく設置して、御札とお神酒などを飾る。まっさらな気持ちにさせられる一連の行事のように思います。夕方、一人で地元の街を歩く。お店も閉まっていて、とても静かだ。大きなかばんやおみやげをもった若い夫婦と小さな女の子を見つけた。すぐ、家の庭へ入っていったので、きっと、遠くから帰省された家族なのでしょう。なんだかほほえましい。きっとおじいちゃん、おばあちゃんも喜んだでしょうね。あったかい光景です。手帳を新しくした昨年、プレゼントしていただいたほぼ日手帳。私の生きた証、いろんな想い、わたしのすべて・・・それがたくさん詰まった手帳本体をカバーから外し、ネットで買った新しい手帳に差し替える。分厚かった手帳が、2分の1の厚さにスマートになった。1年をスタートさせる大切な儀式である。そして、私にとって大切な手帳。また、新しい1ページを書き込んでいくこうして、おだやかに、笑顔で1日を過ごす。幸せなことだと、実感しました。しかし、これから1年、また、悩んだり、泣いたり、衝突したり。でも、どの自分も、負けないように、強く。目の前の、与えられた1日1日を、無心で、大切に過ごしてゆきたい。2008年、私は、ここに書く文章も大きく変えます私が考え、想う人生観、生きるということ、なにげない日常のしあわせ、生きた言葉、魂の言葉を、ありのままに、強く書き綴っていく。自分を律するために。強くある続けるために。それが、なにか、人のこころに響けば、みなさんのこころに、そっとやさしさをお届けできれば、それで十分です。私の生活も、ありのままに、書いていきます。メトロポリタンブログの、私の新しい写真でもわかるように、私は私。私を偽らず、隠さず、ありのままの姿の自分で、伝えたいことをそのとき、その瞬間に、書いていくつもりです。トップページも、3年ぶりに変更しました。(手が込んでいると想われるかもしれませんが、ほんとおもいつきで、1時間以内で完成した)3年前、トップページを変更した際も、失望に打ちひしがれていた。しかしまもなく、かけがえのない人と出会ったり。思い入れのあるトップページでした。どちらも、深い青の空。まっさらな気持ちで、嘘偽りなく、純粋に生きることを誓って。みんなをやさしく包みこむような場所を願って。なにより、暗い影を負った自分を、まっさらにしたかったという理由もあった私は強く生きなくてはならないと思います。どんな現実がこれから待っていようと、かけがえのない人、大切に想ってくれている人を、しっかりずっとずっと守れる人間にならなくてはいけないひとりで生きる宿命を受け入れ、孤独を受け入れる人間にならなくてはいけない私の大きな命題です。こんな、弱くてどうしようもない人間ですが、よかったら、これからもお付き合いくださいみなさんの、2008年が、幸多き、いや、幸せに満ち溢れる1年となりますように・・・私はこころから祈っています「やさしい時間が流れる空間」ここは、そういう場所なのですからいつでも、またおいでください。 メール|Twitter 2008年01月01日(火) もう、人を信じない、人を愛さない 私は、ある大きな「賭け」をしました 人を信じられなくなった私の最後の、最後の賭けとして 自分にとって、慎重に、懸命に、ひとつひとつ丁寧に選択しながら、ときに待ちながら信じつづけた。大切なものを守るため、これからのためにただ、その賭けは、 自分の想うようにはならない結果となりました人のこころは移ろいやすい 人のこころは変わるもの ひとつの側面でしか、人のこころが見えなかったらたとえ真実はどうであってもそこで終わってしまうのが現実ですとくに、愛とか、恋とか、人の心を、本当に信じれなくなった 永遠なんて、存在しない。 人間は不確かなものです。 そうおもうようになった私は、そんな、寂しい人間になってしまった だから、せめて、私と関わる人たちとの、ささやかな時間は、 相手を幸せにできるように。みんなを笑わせて、元気にしてあげられるようにと 想うようになった。 いつも、おどけて、いつも聞き役で。 いつも、人には、「泣いてもいいんだよ」「大丈夫だよ」って。できる限り気持ちを思いやってそう、まったく別の自分がそこにはある でも、結局は、自分が一番泣いている。でも、誰一人、泣かせてくれる人がいなかったということ 恋をして、愛して、本当ならば、こころゆだねられるはずなのです。 しかし、私は、こころをゆだねることまでは、出来なくなった いつも、こころを開くことはなかった。どんなに愛してくれた人にも。 だから、最後には、「あなたはいつも構えている」「こころを開いてくれない」といいのこし、去っていく。 ただ、私は相手のこころを開かせることで 自分を安心させている面があったということ 自分は、その人にとっての、かけがえのない人になりたい。 こころからつながりたいと想うのだ。そうしないと、私からこころは開けない でも、自分は・・・ こういう人間には、 人を愛する資格はない。ないのです。 それを昨年、教わった気がしますもう、人を巻き込んではいけない すごく罪悪感を感じる。 私は、おなじことを繰り返し、おなじように、人は去っていく私は、どんなに非力で、人を幸せにできない、どんなに、愚かな人間か、つくづく思い知らされた確実に証明された私は、「慈愛」という言葉が好きです いつくしむ愛。 ずっとずっとその人を変わらず愛するこころ無償の愛 きっと、結婚して、子供が生まれると 愛する伴侶と、子供を、慈愛を持って、 愛していけるとおもう。 そういう、ささやかでも家庭を作ることを望んでいた 自分を犠牲にしても、守るべきものがいるということこの言葉を、どんなに否定されても、けなされても私は大切にしたいのですただ、この世の中、結婚しても、離婚する人もいるわけだしそれがすべて正しいということはないそういうのは、意外と難しいかもしれません 人のこころは、どうにもなりません 何を持ってしても、人は変わってしまうものは変わってしまうそうなったら、なにも伝わらない。とても簡単に、相手のことは他人事となってしまうもの私も、ずいぶん前にも、経験したこと。死を覚悟するくらいしんどかったこと賭けは終わりましただから、これからの自分は・・・ もう、静かに、ひとりで生きてゆこう もう、私の中から、別れや、裏切りや、心変わりや、嘘・・・ そういう存在を、消し去りたいと想いますだから、これからの自分は・・・ そう、この文章のタイトルのとおりです 賭けをするときに、自分自身に誓ったことこの1年、わたしは、「無」すべてを無にし、ただひたすら無心に生きていきたい私の存在は、できる限り消し去り、人の記憶から遠ざけて、とにかく人を、裏切ったり、傷つけたり、悲しませたり、もう絶対してはならないと堅く誓う。かけがえのない人を、当たり前のように、ずっと大切にして、相手の立場になっておもいやること。そんなシンプルなことが、出来ない人間になってはいけないとおもうからことしの抱負って、ありません。なにをしたいとか、どこいきたいとか、そういうのは、まったくありません。ただ、小田さんのライブだけは、ずいぶん前から行こうと約束していたので、ひとりでも行くつもりですが。そのほかは、なにも考えられない目の前にある仕事、生活を、「無心」になって懸命に取り組んで、人と関わることも無理せず、絶えず自分を見つめていきたい。大切にする人は、たくさんいなくていいと思う再び、闇に堕ちることは、もう怖くはない。ただ、陽を見ようと思わなくなっただけ。元に戻っただけ。守るものがなくなっただけ。もし、私の命が尽きることがあっても、そのときは、ひとりで、潔くと想うのですわたしは、昨年までのわたしを否定するもう、昨年までの、まったく無意味で、すべて間違っていたであろう自分を自戒しなくてはならない。そうしないと、私にとって、これから生きていくすべがないような気がするのです自分を生きていく。無になって。 メール|Twitter 前日の日記へ|月別日記リスト|過去の日記リスト |次の日の日記| コバルト 広島在住 文筆とカメラとここちよい暮らしが好き ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/ 文筆依頼、感想などは、メールでよろしくお願いします メール⇒こちら My追加
みなさん、あけましておめでとうございます。なにげない、1年のはじめの日をすごしました静かです。こころが、静かです。おだやかで、年末にいろんな出来事があり、悲しんでいる人の為にたくさん泣いたりしたことが、まるで嘘のことのように、生きていることを実感した、そんな1日の始まりでした。空気は澄み、冷たい空気が身を引き締める。身体が清浄される、あたらしい自分がはじまる。そんな感覚をちょっとだけ覚えた昨夜、母と妹と、3人で、近くの神社へ初詣へ行きました。毎年同じ。まったく変わらない。だから、ついこの前、初詣へいったのにという感覚に陥ってしまう。1年でもっとも、1年の短さを実感する瞬間です。朝、自宅に届いた年賀状を整理する。妹は40枚近く。私は20枚近く。さまざまな人から、幸せな報告を送ってくださることが、私にとって、なにより幸せなことです。学生の仲間たち、大切なひとたち。こうして、忘れずにあたたかい便りを送ってくれること。本当にこころから感謝しなくてはいけません。わが子の写真が印刷されたたくさんのはがき。おかあさんに似てきたなぁ〜。おとおさんそっくりだね!・・・なんて、口ずさむ。僕の顔も、つい緩んでしまうものですみなさんに最初にお詫びを・・・年末は忙しく、こと、連日の二日酔いの為、今年は、来た年賀状を見て、お返事差し上げています。おそらく私の年賀状は3日以降にお届けです。ごめんなさい昼、となりまちの大きな神社へ。御札を購入し、おみくじを引く。これも毎年恒例。私独自の決まりとして、昨夜の神社では普通のおみくじ、こちらの神社では恋みくじ。2つ引いている。おみくじは、持ち帰り手帳に偲ばせ。12月31日に、1年を振り返る際に、おみくじの内容と照らし合わせる。これも、私独自のしきたり。今年は、前者は「吉」後者は「大吉」。ちなみに、妹はその間逆(前者が大吉、後者が吉)似たもの兄弟です(笑)ショッピングセンターで春財布を買いました。おまけに、招き猫の風水お守りをもらった。自宅に戻り、神棚を新しく設置して、御札とお神酒などを飾る。まっさらな気持ちにさせられる一連の行事のように思います。夕方、一人で地元の街を歩く。お店も閉まっていて、とても静かだ。大きなかばんやおみやげをもった若い夫婦と小さな女の子を見つけた。すぐ、家の庭へ入っていったので、きっと、遠くから帰省された家族なのでしょう。なんだかほほえましい。きっとおじいちゃん、おばあちゃんも喜んだでしょうね。あったかい光景です。手帳を新しくした昨年、プレゼントしていただいたほぼ日手帳。私の生きた証、いろんな想い、わたしのすべて・・・それがたくさん詰まった手帳本体をカバーから外し、ネットで買った新しい手帳に差し替える。分厚かった手帳が、2分の1の厚さにスマートになった。1年をスタートさせる大切な儀式である。そして、私にとって大切な手帳。また、新しい1ページを書き込んでいくこうして、おだやかに、笑顔で1日を過ごす。幸せなことだと、実感しました。しかし、これから1年、また、悩んだり、泣いたり、衝突したり。でも、どの自分も、負けないように、強く。目の前の、与えられた1日1日を、無心で、大切に過ごしてゆきたい。2008年、私は、ここに書く文章も大きく変えます私が考え、想う人生観、生きるということ、なにげない日常のしあわせ、生きた言葉、魂の言葉を、ありのままに、強く書き綴っていく。自分を律するために。強くある続けるために。それが、なにか、人のこころに響けば、みなさんのこころに、そっとやさしさをお届けできれば、それで十分です。私の生活も、ありのままに、書いていきます。メトロポリタンブログの、私の新しい写真でもわかるように、私は私。私を偽らず、隠さず、ありのままの姿の自分で、伝えたいことをそのとき、その瞬間に、書いていくつもりです。トップページも、3年ぶりに変更しました。(手が込んでいると想われるかもしれませんが、ほんとおもいつきで、1時間以内で完成した)3年前、トップページを変更した際も、失望に打ちひしがれていた。しかしまもなく、かけがえのない人と出会ったり。思い入れのあるトップページでした。どちらも、深い青の空。まっさらな気持ちで、嘘偽りなく、純粋に生きることを誓って。みんなをやさしく包みこむような場所を願って。なにより、暗い影を負った自分を、まっさらにしたかったという理由もあった私は強く生きなくてはならないと思います。どんな現実がこれから待っていようと、かけがえのない人、大切に想ってくれている人を、しっかりずっとずっと守れる人間にならなくてはいけないひとりで生きる宿命を受け入れ、孤独を受け入れる人間にならなくてはいけない私の大きな命題です。こんな、弱くてどうしようもない人間ですが、よかったら、これからもお付き合いくださいみなさんの、2008年が、幸多き、いや、幸せに満ち溢れる1年となりますように・・・私はこころから祈っています「やさしい時間が流れる空間」ここは、そういう場所なのですからいつでも、またおいでください。 メール|Twitter 2008年01月01日(火) もう、人を信じない、人を愛さない 私は、ある大きな「賭け」をしました 人を信じられなくなった私の最後の、最後の賭けとして 自分にとって、慎重に、懸命に、ひとつひとつ丁寧に選択しながら、ときに待ちながら信じつづけた。大切なものを守るため、これからのためにただ、その賭けは、 自分の想うようにはならない結果となりました人のこころは移ろいやすい 人のこころは変わるもの ひとつの側面でしか、人のこころが見えなかったらたとえ真実はどうであってもそこで終わってしまうのが現実ですとくに、愛とか、恋とか、人の心を、本当に信じれなくなった 永遠なんて、存在しない。 人間は不確かなものです。 そうおもうようになった私は、そんな、寂しい人間になってしまった だから、せめて、私と関わる人たちとの、ささやかな時間は、 相手を幸せにできるように。みんなを笑わせて、元気にしてあげられるようにと 想うようになった。 いつも、おどけて、いつも聞き役で。 いつも、人には、「泣いてもいいんだよ」「大丈夫だよ」って。できる限り気持ちを思いやってそう、まったく別の自分がそこにはある でも、結局は、自分が一番泣いている。でも、誰一人、泣かせてくれる人がいなかったということ 恋をして、愛して、本当ならば、こころゆだねられるはずなのです。 しかし、私は、こころをゆだねることまでは、出来なくなった いつも、こころを開くことはなかった。どんなに愛してくれた人にも。 だから、最後には、「あなたはいつも構えている」「こころを開いてくれない」といいのこし、去っていく。 ただ、私は相手のこころを開かせることで 自分を安心させている面があったということ 自分は、その人にとっての、かけがえのない人になりたい。 こころからつながりたいと想うのだ。そうしないと、私からこころは開けない でも、自分は・・・ こういう人間には、 人を愛する資格はない。ないのです。 それを昨年、教わった気がしますもう、人を巻き込んではいけない すごく罪悪感を感じる。 私は、おなじことを繰り返し、おなじように、人は去っていく私は、どんなに非力で、人を幸せにできない、どんなに、愚かな人間か、つくづく思い知らされた確実に証明された私は、「慈愛」という言葉が好きです いつくしむ愛。 ずっとずっとその人を変わらず愛するこころ無償の愛 きっと、結婚して、子供が生まれると 愛する伴侶と、子供を、慈愛を持って、 愛していけるとおもう。 そういう、ささやかでも家庭を作ることを望んでいた 自分を犠牲にしても、守るべきものがいるということこの言葉を、どんなに否定されても、けなされても私は大切にしたいのですただ、この世の中、結婚しても、離婚する人もいるわけだしそれがすべて正しいということはないそういうのは、意外と難しいかもしれません 人のこころは、どうにもなりません 何を持ってしても、人は変わってしまうものは変わってしまうそうなったら、なにも伝わらない。とても簡単に、相手のことは他人事となってしまうもの私も、ずいぶん前にも、経験したこと。死を覚悟するくらいしんどかったこと賭けは終わりましただから、これからの自分は・・・ もう、静かに、ひとりで生きてゆこう もう、私の中から、別れや、裏切りや、心変わりや、嘘・・・ そういう存在を、消し去りたいと想いますだから、これからの自分は・・・ そう、この文章のタイトルのとおりです 賭けをするときに、自分自身に誓ったことこの1年、わたしは、「無」すべてを無にし、ただひたすら無心に生きていきたい私の存在は、できる限り消し去り、人の記憶から遠ざけて、とにかく人を、裏切ったり、傷つけたり、悲しませたり、もう絶対してはならないと堅く誓う。かけがえのない人を、当たり前のように、ずっと大切にして、相手の立場になっておもいやること。そんなシンプルなことが、出来ない人間になってはいけないとおもうからことしの抱負って、ありません。なにをしたいとか、どこいきたいとか、そういうのは、まったくありません。ただ、小田さんのライブだけは、ずいぶん前から行こうと約束していたので、ひとりでも行くつもりですが。そのほかは、なにも考えられない目の前にある仕事、生活を、「無心」になって懸命に取り組んで、人と関わることも無理せず、絶えず自分を見つめていきたい。大切にする人は、たくさんいなくていいと思う再び、闇に堕ちることは、もう怖くはない。ただ、陽を見ようと思わなくなっただけ。元に戻っただけ。守るものがなくなっただけ。もし、私の命が尽きることがあっても、そのときは、ひとりで、潔くと想うのですわたしは、昨年までのわたしを否定するもう、昨年までの、まったく無意味で、すべて間違っていたであろう自分を自戒しなくてはならない。そうしないと、私にとって、これから生きていくすべがないような気がするのです自分を生きていく。無になって。 メール|Twitter 前日の日記へ|月別日記リスト|過去の日記リスト |次の日の日記| コバルト 広島在住 文筆とカメラとここちよい暮らしが好き ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/ 文筆依頼、感想などは、メールでよろしくお願いします メール⇒こちら My追加
私は、ある大きな「賭け」をしました 人を信じられなくなった私の最後の、最後の賭けとして 自分にとって、慎重に、懸命に、ひとつひとつ丁寧に選択しながら、ときに待ちながら信じつづけた。大切なものを守るため、これからのためにただ、その賭けは、 自分の想うようにはならない結果となりました人のこころは移ろいやすい 人のこころは変わるもの ひとつの側面でしか、人のこころが見えなかったらたとえ真実はどうであってもそこで終わってしまうのが現実ですとくに、愛とか、恋とか、人の心を、本当に信じれなくなった 永遠なんて、存在しない。 人間は不確かなものです。 そうおもうようになった私は、そんな、寂しい人間になってしまった だから、せめて、私と関わる人たちとの、ささやかな時間は、 相手を幸せにできるように。みんなを笑わせて、元気にしてあげられるようにと 想うようになった。 いつも、おどけて、いつも聞き役で。 いつも、人には、「泣いてもいいんだよ」「大丈夫だよ」って。できる限り気持ちを思いやってそう、まったく別の自分がそこにはある でも、結局は、自分が一番泣いている。でも、誰一人、泣かせてくれる人がいなかったということ 恋をして、愛して、本当ならば、こころゆだねられるはずなのです。 しかし、私は、こころをゆだねることまでは、出来なくなった いつも、こころを開くことはなかった。どんなに愛してくれた人にも。 だから、最後には、「あなたはいつも構えている」「こころを開いてくれない」といいのこし、去っていく。 ただ、私は相手のこころを開かせることで 自分を安心させている面があったということ 自分は、その人にとっての、かけがえのない人になりたい。 こころからつながりたいと想うのだ。そうしないと、私からこころは開けない でも、自分は・・・ こういう人間には、 人を愛する資格はない。ないのです。 それを昨年、教わった気がしますもう、人を巻き込んではいけない すごく罪悪感を感じる。 私は、おなじことを繰り返し、おなじように、人は去っていく私は、どんなに非力で、人を幸せにできない、どんなに、愚かな人間か、つくづく思い知らされた確実に証明された私は、「慈愛」という言葉が好きです いつくしむ愛。 ずっとずっとその人を変わらず愛するこころ無償の愛 きっと、結婚して、子供が生まれると 愛する伴侶と、子供を、慈愛を持って、 愛していけるとおもう。 そういう、ささやかでも家庭を作ることを望んでいた 自分を犠牲にしても、守るべきものがいるということこの言葉を、どんなに否定されても、けなされても私は大切にしたいのですただ、この世の中、結婚しても、離婚する人もいるわけだしそれがすべて正しいということはないそういうのは、意外と難しいかもしれません 人のこころは、どうにもなりません 何を持ってしても、人は変わってしまうものは変わってしまうそうなったら、なにも伝わらない。とても簡単に、相手のことは他人事となってしまうもの私も、ずいぶん前にも、経験したこと。死を覚悟するくらいしんどかったこと賭けは終わりましただから、これからの自分は・・・ もう、静かに、ひとりで生きてゆこう もう、私の中から、別れや、裏切りや、心変わりや、嘘・・・ そういう存在を、消し去りたいと想いますだから、これからの自分は・・・ そう、この文章のタイトルのとおりです 賭けをするときに、自分自身に誓ったことこの1年、わたしは、「無」すべてを無にし、ただひたすら無心に生きていきたい私の存在は、できる限り消し去り、人の記憶から遠ざけて、とにかく人を、裏切ったり、傷つけたり、悲しませたり、もう絶対してはならないと堅く誓う。かけがえのない人を、当たり前のように、ずっと大切にして、相手の立場になっておもいやること。そんなシンプルなことが、出来ない人間になってはいけないとおもうからことしの抱負って、ありません。なにをしたいとか、どこいきたいとか、そういうのは、まったくありません。ただ、小田さんのライブだけは、ずいぶん前から行こうと約束していたので、ひとりでも行くつもりですが。そのほかは、なにも考えられない目の前にある仕事、生活を、「無心」になって懸命に取り組んで、人と関わることも無理せず、絶えず自分を見つめていきたい。大切にする人は、たくさんいなくていいと思う再び、闇に堕ちることは、もう怖くはない。ただ、陽を見ようと思わなくなっただけ。元に戻っただけ。守るものがなくなっただけ。もし、私の命が尽きることがあっても、そのときは、ひとりで、潔くと想うのですわたしは、昨年までのわたしを否定するもう、昨年までの、まったく無意味で、すべて間違っていたであろう自分を自戒しなくてはならない。そうしないと、私にとって、これから生きていくすべがないような気がするのです自分を生きていく。無になって。 メール|Twitter 前日の日記へ|月別日記リスト|過去の日記リスト |次の日の日記| コバルト 広島在住 文筆とカメラとここちよい暮らしが好き ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/ 文筆依頼、感想などは、メールでよろしくお願いします メール⇒こちら My追加
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