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私が、命を閉じようとするときを想う。
「誰かのために生きること」
その言葉が大きく頭をよぎるだろう
人生は限りがある。はかなくも、現実として。
残された時間、誰かのために生きることができるか?
だれかが、わたしのそばにずっと居てくれるだろうか。
自分の生きてきた人生の価値、いや、意味が、こうしたことで
大きく変わってくるんじゃないだろうか
孤独って、やはり怖いのです
私のような、誰よりも醜く、弱い人間でも、
孤独になることに対し、
四六時中、常に大きな恐怖感を持っています。
いつも、こころの片隅で、おびえている
だから、人を愛し、恋をする。大切にしたいと想う
しかしながら、結果的に、そういかないことになる
居てほしくても・・・いつかはいなくなる
それは、きのう書いたとおり。
何を持ってしても、
どうにもならないことの方がおおいかもしれない
人を愛することは、複雑で、難しい。
人の心も、想いも、時とともに、必ず風化するのです
どんな愛を持ってしても
簡単に、自分だって、過去の存在になってしまう
忘れ去られる。それは、僕だって、誰だってそうだろう
悲しくて、悲しくて
涙を流しても
過去に時間を戻すことは、誰にもできないのです。
「変化」することで、僕らは成長するとするならば
「忘却」は、残酷である反面、必然ともいえる
忘れることで、
風化することで、
どんな悲しみも、ある程度乗り越えていける
悲しみの涙も、そうすることで、いつかは枯れ果てる
こころから、笑えるようなるために向う
一筋の光が射していく
そのときに・・・
誰かがぞばに居てくれることの大きさ
かけがえのない、存在というものに気がつくこと
孤独は、一人でいる孤独よりも
二人でいる孤独の方がいいかもしれない
私だけは、あなたのために生きていく
私は、あなたのそばにいつもいる
離れていても、味方でいるから・・・
どんな悲しみも、その言葉、その存在、その思いで
すくわれる。生きることに、力を与える
そして、与えられた自らも、その人に対して
同じ想いを抱きながら生きていく
ずっとずっと、いっしょにいることができる、
ずっと、信じあえ、愛し合える人は、
長い人生で、ひとりいるかいないかであるはずです
離れないで
信じあって
誰かのために生きること
その意味は人生のうちで、非常に大きいもののように、
想うのです
ぜひ、「この人のために生きていく」
そんな生き方、
せめて、みんなだけは、してほしいと、こころから想うのです
静かに、穏やかに、
その思いは、きっと、愛する人のこころにも、自分にも積み重ねられ
強く、強く、どんなハガネにもかけない
「絆」
となって、2人を、ずっと結び付けていくものと、僕は信じている
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日記を書くのも苦痛です。
やはり、なにか自分の中で、いろいろと複雑な思いが混濁しているから。
わたしは、ひとり
誰にも理解されない。
理解してもらおうと、することに疲れた
人は、私の前を通り過ぎていく
どんなに愛の言葉を与えられても
どんなに想ってもらえても
必ず、人は去っていく
その繰り返しです。
それが、ある地点でわかったから
想いが強い人ほど、去っていくのも、気持ちが冷めるのも急激なもの
恋愛にしてもそうです
好きという気持ちが大きくて、そのときは、その人のことだけしか考えられなくても
それが大きいほど、持続はしないもの
いずれ、気持ちは急激に冷めていく。
相手の態度にたいして、状況や現実にたいして、こころの行き違いにたいして。さまざまなことに対して
そして、その人から去っていき、新しい道を歩む。そんな人ほど気持ちいいほどの切換ができる。
結局、後から想うと、そうした人の姿は、単なる「幻想」でしかない。
でも、人によっては、その幻想をいつまでも、追い続けてしまう
それは、当然のことでもある。
それが懸命なのです。最終的には
いつのころからか、
私は、去っていく人を追うこともしなくなった。
本当の気持ちを伝えることもしなくなった
相手の誤解や、勝手な思い込みに対して、後からこうだったのだと伝えることもしない。
一度変わったこころには、無意味なこと
人のこころはすぐ変わる・・・すぐ変わる。
たとえ、すぐ変わらなくても、成長するためには、人に恨まれようと、い
ままでのことを覆し変わることをしないちゃならないことだってあるかもしれない
ただ、私は変わらないこと
ずっとずっと、できるだけ、気持ちや愛情の抑揚がないように
与えられた時間を懸命に
いろんな出来事もあり、状況も変わる。
でも、気持ちだけはかわならい。
「言葉にしない」やさしさというものも、存在する。
それが、相手に対しての愛情だと想っている。
いまの自分にとって
やはり、どうにもならないことってある。
ときに、あきらめ、ときにやりすごし、ときに、自分を責め。
でも、どうにもならない。どうにもならないのです
とくに、人の心は、どうにもなりませんし。
なにをするにも、物理的に、社会的に、どうにもならない現実っていくつもあるわけです。生きていると。もちろん、この世の中ってね
そうやって、いろいろな壁にぶち当たりながら、ひとつひとつ、自分が、自分で選んでいかなくちゃならない。
どんなに強い思いも、愛する気持ちも、
ときに、それらをこころから封じ込める勇気が必要なのです。
本当に、相手のことを想えばこそ。相手の気持ちや言葉を尊重すること。それがたとえ、別れであっても。理不尽なことであっても。誤解があっても。なんにしてもです。
自分がどうこうということは、言うことができないし、いうだけの力もない
なにも、自分からは言えない。
わたしが、これからも、ひとりでいることを選んだとしてもそれは、自分の宿命だと想う。いろいろな理由もある。単に、悲しい「別れ」をするのが、精神的にしんどいというのも。だから、その影響で、愛することもどこか消極的で、ゆがんだものになっているのかもしれない。決して本音はそうではなくても、結果的に自分から人に伝わるものとしてこういう結果となる
自分は理解されなくてもいい。いまさら
結局、いままでだって、理解してくれる人がいても
みんな去っていった。
そもそも、理解してくれというのがおこがましいこと
その分、自分が愛した人のことは、
理解して、受け止めていきたい。できるかぎり。
それが、本当の愛なんじゃないでしょうか?
ただ、たとえひとりきりになっても、自分はこうだという芯となるものは、ぶれない人間でありたいのです
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BSには、いろいろ面白い番組が多い。
以前、ここでも書いたホーリング番組「PLeague」http://www.p-league.net/も、つい毎週見ているが、(最近は女子プロボウラーについてかなり詳しくなった)、きょう書く番組も、私がはまってしまった番組
「吉田類の酒場放浪記」
月〜金、毎日、15分の番組。毎日、首都圏の味のある居酒屋・酒場を1店、イラストレーターで俳人の吉田類さんが訪れるというもの。最初、駅の前からスタートして、商店街の気になるスポットへ立ち寄りして、酒場へ。最初はビール生から始まって、付け出し、煮込み、焼き鳥・・・1週間録画して、まとめて見ている
http://sakaba.box.co.jp/
とにかく、居酒屋・酒場は千差万別。さまざまなお店があり、人がいて、味がある。どのお店も新鮮でおもしろい!(付け出しでも、塩せんべいのようなお菓子を出すお店も)
吉田類さん、そんなに飲んで大丈夫?と心配になるくらい。きっと1回のロケで、1週間のうち何本かまとめて撮影しているのだろうから(最近は、月の第1週は新作。他の週は、過去の再放送というパターンが多い)番組中ながれる「ジャズ」のセレクトもなかなか!
私は、カフェ案内というページを作ってきたが、それと視点が共通するところがあって。
吉田さんの、人間性もなかなか。ほら、着かず離れずという感じで酒場を楽しんでいる。
いつも注目しているのが、お店のお客さんと溶け込むのだが、何気にきちんと距離をわきまえて、すごく丁寧なところ。
いつも、お客さんに乾杯をしにいくのだが、
「せっかくなんで、乾杯なんぞ・・・」と、いう定番フレーズで求めていく
撮影してるときには、きっと、酔いつぶれた人に絡まれたりしてるんだろうな。裏では・・・などとかんぐってしまうけれど
居酒屋や酒場って、ほんと多種多様。メニューも、人も。
こういう世界を、追究している吉田さん、個人的に注目している
番組は、最後、店を出た吉田さんが、締めの言葉のあと、「このあと、もう2〜3件、探してみますよ〜」って、通りから去っていくところで、きょうの俳句とともに終わる
ところで、よくこの番組で登場する「ホッピー」
きっと関東、特に神奈川あたりの文化なのだろうが、広島で飲むこと、手に入れることできるのかな?すごく気になるのだが。(焼酎の中に、ビールのような「ホッピー」をそそいで飲むというもの。見た目はビールそのもの)