目次 |過去 |未来
2008年04月07日(月)
護摩化さず法螺も吹かず
日光修験道もチベットに関して声明を出している チベット弾圧に対する憤りと抗議 私たち日光修験道は、中華人民共和国の暴虐行為、殺人行為、民族と文化の抹殺行為、宗教破壊行為等に対して、甚深なる憤りをおぼえ、ここに強く抗議するものである。 中国政府は、この度のチベット弾圧事件で、その歴史的傲慢さを露呈した。自ら共和国建国前に受けた中国人民の苦しみを忘れてしまっている。現中国政府が他民族を虐待することは、まさに独裁、拝金、覇権主義国家であることを示している。その主張と行為は、厚顔無恥以外の何ものでもない。 このような思考の指導者集団である中国共産党政府に、次の四か条をもって、断固抗議し、懺悔の機会を与えるものである。 1.直ちに理性をもって、自制的行為を執るべきである。 2.外国のジャーナリズムによる公正な報道を受け入れるべきである。 3.強制的に連行、捕縛した全ての人々を、すみやかに解放すべきである。 4.直ちに侵略を認め、チベット人民に謝罪し、速やかにその独立を認める べきである。 人民と天命、因果は常に権力が恐れるべきものである。中国政府は恥を知り、その愚昧な政策を改めよ。 2008年3月20日 日光修験道 法頭正大先達 伊矢野慈峰日光修験道ホームページ
2008年04月06日(日)
日本の坊主の面目躍如
以下の放送を見よ。 以下の放送映像は、民放側からのクレームで見られなくなりました。 (四月中頃より) 一。音頭をとっている青山某は日本人を拉致したとはっきり認めた金正日を金正日さんと「さん」づけで呼んでおりどこか怪しいがこの映像に関しては賛同する。
二。天台宗 別格本山 書写山 圓教寺の大樹玄承 執事長と、金子峻祐 執事→2002年の今日のたん譚 雪舟bon?
本日、一日の間に、この正月に北アルプス槍平にて遭難した市川啓二氏(昭和三十一年生)西井健(昭和五十一年生)氏のお別れ会(徳島)に出席、途中退席して、大阪堺で開かれる、西村眞悟議員を応援する春の集いの会に向かった。 一昔前は、片道六時間はかかったが、今は、橋が出来てわずか三時間で四国大阪移動が可能になった。雨模様で少々気が滅入ったがどちらも外せない。 岳人クラブの主催で徳島市公民館七階で行われた両君のお別れ会で、遭難時の状況分析が詳細に行われた。槍平という場所を知っている人ほど、その場所に雪崩など起こるはずのないと思ってしまう位置なのであるにもかかわらず、起こってしまったその事に関しての分析で、その雪崩がどこから来たか釈然としないという事で未だ調査途中ということであった。 壇上に大きく掲げられた両君の遺影と遺品、ピッケル、ダウンのジヤケット他、五十一年生まれの西井氏については何も知らないので、ここでは書かない。 市川君とは先輩後輩の関係ではあったが、とても親しくしていた。 青春期に親しくした友は何十年音沙汰無しでも心の底でどこか気にかけているところがある。 一見、全然趣を異にする会のように見えるが、主人公に共通することがある。青春時代を「山」で過ごした経験を持っていることである。西村さんも大学時代一時(足の怪我で退部)山岳部にいた。冬の北アルプスで吹雪きの中、ビヴァークを経験をしている。山の話をすると本当に懐かしくその時を思い出すようだ。 お別れの会は高速バスの時間の都合で「献花」までいられず、会場を後にした。これとは別に、ここ、たん譚に、市川啓二君追悼を書こうとおもっている。 信じられないくらい、分刻みの乗り換えがうまくいき、大阪堺リーガロイヤルホテルに二十分くらい遅れでたどり着けた。 応援に駆けつけた、衆議院議員、平沼赳夫さんの言葉は聞けなかったが、間に合った。大盛況で、会場の外まで人があふれていた。←写真は前の方で少人数に見えるが、広い大ホールに数百人が集っていた。 政治家として人望が厚いというのは、個人として支持しているたん譚のようなのもいるが、その後援会の多さでも分かる。いろいろな人達がいろいろな集まりを作り、支持して独自の会を作っている。今回それを知って改めて、こんな政治家は他に例がないのではないかと思った。著書でも、日本を論じるのに、日本とは何か、日本人とは、から興す。政治家の本で、この根っこから論じた本があったら教えて欲しい。政治家はその時その時の点を論じ、解決しようとする人は数多みかける。が、カントリーとしての日本、ネイションとしての日本を意識しての発言は見かけない。 映画やVシネマなどで人気を取っている、「難波金融伝 ミナミの帝王」に出ている、地場のやくざの親分役の元チャンバラトリオの人(名前忘れた)、登場人物そのまんまの衣装と雰囲気で来ていたので、思わず親分が来ていると錯覚してしまった。 TVで、お笑いタレントに受験勉強の家庭教師を務めて、話題になり、浪曲師に華麗なる転職をしてまた話題になった「けいこ先生」も居て、司会をしていた。 拉致被害者のご家族、有本さんご夫婦、東条英機御令孫、東条由布子さん、実に多方面にわたって来られていた。 この二つの会には、それぞれ象徴的な歌が思い浮かぶ。 西村さんの集いには、 「海ゆかば」 大伴家持 海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生(くさむ)す屍 大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへりみはせじ (長閑(のど)には死なじ) 市川君始めとする岳人達は必ず多少の感傷を持って歌った 「いつかある日」 ロジェ.ジェプラ いつかある日 山で死んだら 古い山の友よ 伝えてくれ 母親には 安らかだったと 男らしく死んだと 父親には 伝えてくれ 愛しい妻に 俺がかえらなくても 生きてゆけ 息子たちに 俺の踏み跡が 故郷の岩山に 残っていると 友よ山に 小さなケルンを 積んで墓にしてくれ ピッケルたてて 友に贈る 俺のハンマー ピトンの歌声を きかせてくれ この詩が、実感として胸を打つ事は今までなかった。今は山行く人の共通の遺書だと思うようになった。 学生時代、念仏のように唱へ覚えた、エベレスト K2 カンチェンジュンガローツェ マカルー ダウラギリ …。 その中のダウラギリに隊長として遠征し、その深い雪に、地場のシェルパに、行ったら100%死ぬと言われて、忠告にはやる心を抑え、撤退し生還、日本に帰国し、同年の正月登山に、冬山初心者を連れて、あと一時間で新年を迎える十一時頃、就寝中雪崩にテントを潰され不帰の人となった。 徳島岳人クラブ提供→ 慰めは市川君が誘った人は生還したことである。難しいダウラで逝かず生還したのに、テントの張り位置からもその用心深さが伺われる、北アルプス槍平においてまさにそこに雪崩が来た。 冬山で絶対安全はないが、長年の山屋の感は働く。その感を持ってしてもその場所は安全に思えた。 世の常として、不条理は働く。そして仲間と逝ってしまった。さらに遭難後すぐ後、世界最高峰のチョモランマ(エベレスト)を初登頂したサー・エドモンド・ヒラリー(Sir Edmund Hillary)も後を追うように他界した。きっと天上界で会っている。残念なことに西村さんのご子息も、市川啓二君遭難後の今年一月病気のため他界した。 悲しみと希望この二つの相反する感情はきってもきれない間柄である。だから、この二つの会の主人公は「山」という関係を置いても、無関係ではない。
2008年03月28日(金)
土伯特のために、君よくちびるに風をもて
唇に風を持て ほがらかな調子で 日々の苦労に よし心配が絶えなくても 唇に風を持て さうすりゃ奴らが来ようと平気じゃないか どんな寂しい日だって それが元気にしてくれる 土伯特のためにも言葉を持て なやみ、苦しんでいる他人のためにも さうして何でこんなに朗らかで いられるのか それをかう話してやるのだ 唇に風を持て 勇気を失ふな 沿道 に、聖火に、みなの風よ吹け さうすりゃ聖火だって ふっ飛んでしまふ –山本有三(やぁまぁもっと言ふぞう)–
↑オリンビックをからめ中国のジャーナリストと活動家の釈放を訴えるボスター ↑ チベット問題に対する国境無き記者団中国への抗議ポスター 長野県を聖火が走る。テロはだめだ。卑怯すぎて性に合わない。 そこで聖火リレー沿道に共に出かけ、近くに来たら、みんなそろって一斉に聖火を口で吹き消そう。消えなくても良い。とにかく吹き消す行為をするのだ。それは騒ぐより効果があるだろう。必ず、ニュース報道の背景として写り、流れる。Youtubeにも。 ※ チベットは西蔵と呼ばれている。どこからみて西の蔵? 東南アジアは何処にある?日本から方位を正確に見て、東南にアジアはない。往時の力を持った国から見て東南にあった。西蔵も同じこと。わが国では戦前戦中、チベットは土伯特と書き、東南アジアは南洋と呼んだ。少なくとも日本の目で見ていた。 ★本日、沖縄集団自決訴訟に判決が出た。判決→元守備隊長らの請求棄却。「沖縄ノート」記述の訴訟で大阪地裁。「集団自決に軍深く関与」と指摘。← すでに明白な当事者の証言を踏みにじるものは何か。常識的に見てほんとうにおかしい。詳細はまだ知らないが、「関与」と言っても「良い」関与もある。
2008年03月09日(日)
南京の真実(虐殺など無かった)を伝える映画 京都上映
京都でも上映会があります。無料です。 日時 平成 20年 3月 23日(日) 18時00分 開場 18時30分 開会 ※ 監督・水島総及び、中西輝政氏、石平氏、北村稔氏による 登壇を予定しております。 場所 京都府立総合社会福祉会館 ハートピア京都 (200名収容) 京都府京都市中京区竹屋町通烏丸東入る清水町375番地
2008年01月18日(金)
南京の真実(虐殺など無かった)を伝える映画完成
松の内も過ぎました。 日本からの反撃第一弾。映画「南京の真実」が以下であります。中国はあらゆる手だてを使い、淡泊な日本人には信じがたい情熱で持って、十本以上の南京大虐殺関係の映画を制作している。数百億という信じられない額の資金をだせる個人や会社はない。これはあきらかに中国政府そのものの仕業である。自分達の共産主義政府維持、何かにつけての日本攻撃の大義名分にしようとしている。しかし学術的にも、「なかった」ことは明らかになっている。無料 なのでどうぞ見ていただいて、日本人としての矜持を取り戻し、次世代に伝えてください。◇◆南京の真実第一部七人の「死刑囚」◆◇
〔製作・脚本・監督〕水島総 〔製作〕映画「南京の真実」製作委員会 (株)チャンネル桜エンタテインメント (株)ワールドインタラクティブ・ネットワークシステムズ・ジャパン [主なキャスト] 松井石根........浜畑賢吉 東條英機........藤巻潤 広田弘毅........寺田農 土肥原賢二......渥美國泰 木村兵太郎......久保明 板垣征四郎......山本昌平 武藤章..........十貫寺梅軒 花山信勝........三上寛 広田静子........烏丸せつこ 松井文子........上村香子 試写会のご案内( 入場無料 ) 「◆関東 試写会◆ 【日時】平成20年1月25日(金)17時開場 【場所】よみうりホール (東京都千代田区有楽町1-11-1読売会館 7階)」 ◆関西 試写会◆ 【日時】 平成20年2月9日(土) 午後6時開場予定 【場所】 八尾市文化会館 プリズムホール 2F 大ホール (1,440名収容) 〒581-0803 大阪府八尾市光町2-40 TEL 072-924-5111(代) [近鉄 八尾駅 徒歩5分] 《入場無料》 【主催】 映画「南京の真実」関西上映実行委員会 【共催】 河内国民文化研究会 虹の会 【お問合せ先】 090−5128−1569 藤本景三大阪に限り 、当日間違いなくご来場戴ける方 で、ご代表者のお名前(ハンドルネーム可)と参加人数をご明記のうえ、1月31日までに下記メールアドレスまでお申込み戴きましたら、主催者側でお席を確保 させて頂きます。 折り返しメールを差し上げ、予約番号をお知らせ致しますので、当日受け付けで「代表者名と予約番号」を係のものにお告げ下さい。 尚、上映30分前までにご入場なき場合、この「予約」は無効 となりますのでご注意下さい。2月9日関西試写会お申込専用メールアドレス: ↓は、いたづら防止のため全角で書いてありますのでお手数ですが、半角英で打ち直して 申し込んでください。 shinjitu_kansai@mbe.nifty.com
昨夜、高校山岳部時代の後輩が槍ヶ岳付近で表層雪崩に遭い遭難、今遺体は槍平小屋にある。したがって正月は返上します。
昼過ぎから、窓を拭き,庭に吹きだまった落ち葉を掃き、今となっては違法の落ち葉焚きをし、天井のすす払いをして、夕刻蕎麦を打ちお節を少しもらって、ビール、酒、障子を開け放して、除夜の鐘が聞こえる頃には、ロゼのシャンペンで酩酊。鯛の子の爆ぜ煮は何にでもよく合う。 今年も過ぎていく。二度とこの平成十九年は来ない。 後の世の人達がこの年を歴史としてみるとき、何が鍵となって残っているのだろう。 今年も無事過ごせたことに感謝し、こんな三文画家の日記を読んでくださっている皆様にも感謝します。良い年を共に迎えましょう。 深夜12時を待って玄関先に国旗を揚げ、就寝。→2002年の今日のたん譚 →2003年の今日のたん譚 →2005年の今日のたん譚
フィルターのかかった放送を多く流すNHKにしては、珍しく日本の良き点を留学間もない外国人にレポートさせ、いくつかの候補の中からクール(かっこいい)と思うものを選ばせて、最後に日本人司会者が選ぶと言う内容のクールジャパンと言う番組がある。BSの1か2か、だが、これが面白い。とにかく留学してすぐの日本だから、彼ら外国人にとって日本は想定外の驚きの国なのが見ていてよく分かる。自然や建築、文化にしても、生活にしても「驚き」なのだ。 先日、友人と酒を飲んでいて「ラヂオ体操」の話がでて、このクールジャパンの番組を思い出した。町行く人を引き留めてこのラヂオ体操の曲を流してみる。日本人なら当然のようにサラリーマンもおばちゃんもじいちゃんも、体が曲に合わせて勝手に動く。 確か、ピンクレディという二人組が歌って踊ってヒットしたUFOと言う曲も、町行く女の子、女の人に曲をかけると殆どが踊れたのを見たことがあるが、これは、ヒットした一時期に影響を受けた人(主に女)に限られて普遍的には行き渡っていない。 このラヂオ体操出来るかチェックを、留学生君はあらゆる所で試み、誰でも即座に出来るので心から驚嘆したようで、これぞ共同体を培うものの一つだと評価していた。他の学生の一人は信じられないとも言った。 この無意識の「和」は日本独特のものだろう。 そう言えば、小学生の頃夏休みの早朝、学校にラヂオ体操をしに出かけて、帳面にはんこをついてもらった記憶がある。行かねばならないと思っていった覚えはない。たん譚は田舎が徳島なので、二時間目と三時間目の間だったか、全員が校庭に出て、阿波踊りを踊る時間があった。だから、全員が踊れた。今はその学校も、各学年二クラスくらいしかないらしいので、その行事がどうなっているのか分からない。これでは全員と言ってもしれている。 アメリカの保険会社が、顧客がはやばやと健康を害して死んでもらっては商売あがったりなので、長いこと生きてもらうために始めた?のが原型で、アメリカでは廃れたが、日本では、1928年に当時の逓信省簡易保険局(現かんぽ生命保険)が制定し、同年、昭和天皇が京都御所で即位した、御大典記念事業の一環として放送を開始した。正式名称は国民保健体操。 照宮成子内親王もラヂオ体操に御執心なりと言うことが伝わり、当時ラヂオ放送と言うこともあって、アナウンサーはパンツいっちょうで体操をしていたのが、翌日からは蝶ネクタイに燕尾服で以後行ったという笑い話のようなほんとの話が伝わっている。 今、放送されているのは、ラヂオ体操第一と第二で、戦前のベートーベンの曲で行われた第三は戦後新しく第一第二が出来て廃止された。 第一は、昭和26年(1951)に服部正、第二は翌年團伊玖磨によって作曲された。 第一は、小学校から、職場まで幅広く行われ、主に事務職向けの体操だと言われている。一般的にはラジオ体操と言えば、第一体操を言う。 第二体操は主に、小学校から高等学校などで行われ、作業などを行う現業向けの体操だと言われている。 このラヂオ体操は、休止されたことがほとんど無く、1989年1月7日、昭和天皇危篤の臨時ニュースの時、同年、1月8日、前日の昭和天皇崩御に関連した特別番組放送のため休止した。 また、2006年7月5日、北朝鮮のミサイル発射ニュース放送で、2006 FIFAワールドカップ準決勝「ドイツ×イタリア」が総合テレビから教育テレビに移され、それが延長戦に入ったため、テレビ体操も5分遅れで放送された。 世代を越えて伝承されるもの、きっかけは何でもいい。親子三代で歌える歌。祭り、行事、日本は箸の上げ下ろしから何から、これらの集大成の国である。 奈良の法隆寺は遺跡ではない。仁徳天皇陵も遺構ではない、天皇家は現存している。 こういった大きなものではなくても、日本人が無意識に取り入れて、知らぬ間に定着したものは大切にしたいと思う。留学生の何人かは持ち帰って広めたいと言った。
2007年12月12日(水)
アリマキとブフネラ (2/2)
**** 予定がすべて終わり、帰国するに当たってわけあって数人が一日よけいに台北に残った。その日、一人であちこち歩いた。町には新聞をにぎわしていた駅前のNOVAのような語学学校が台湾では駅前の日美語である(日語は日本語、美語は英語)。 行き当たりばったり歩いていると、突然一角が日本の昔の長屋商店風の風景が現れる。わずかに日本が残っている。言語にもそれがあって* 台湾語となった日本語が多くある。 英単語の中の六割近くフランス語が残るがそれほどでないにしても、歴史のあかしとして残っている。 流行の居酒屋、和民はあるは、ローソン、セブンイレブン、吉野屋他、歩いていて、ヨーロッパにはない安堵感、異邦人ではないと感じる心地よさがある。 ここに日本から来ている留学生は幸せだ。日本語を解する人々がいて、人々は親切で同じ顔をしていて、根の所で日本人に対する深い憎悪がない(まだ、まったく相反する人に会っていない)。今回行動を共にした留学生に聞いた。語学留学なら、当然台湾語かと思ったら違った。そのいう北京語だと分かって少しがっかりした。北京語は中国の北京で話される方言である。標準語という意味で使われているかもしれないが、あれは東京弁みたいなもので、日本やフランスで使われている標準語という意味の語ではない。なんで台湾で北京語なのだ。それなら北京に留学した方が手っ取り早い。 それはさておき,日本の若者がTシャツの胸に横文字を入れることがかっこいいと感じるのと同じように、台湾では、日本語を入れることがかっこいいと思う感覚があるらしい。 去年、懇意になった高砂族のおばちゃんのやっている茶舗を迷い迷い歩いて訪ねた。* 高金素梅は悪い高砂族と言った事で意気投合親しくなって、今回、李登輝さんの後左横(はじっこにいたのをカメラマン氏のもっと真ん中にとの声で、西村先生が引っ張ってくれた)で厚かましくも記念写真が撮れたのを見せようとおもった。 一年ぶりなので、世間話をして、来年の総統選挙の話から、李登輝前総統の話になった。写真を見せた(写真は次の日にはラミネート加工されて手渡された)。ところがである。言下に「李登輝大嫌い!」と吐き捨てるように実に憎々しげにいうのである。てっきり「よかったわね」とか何とか、話の糸口を見つけて話をしようと思ったのが予想外の展開となって、こっちも後には引けない。性格的にも場所的にも、ああ、そうですかとお茶を濁して(茶舗だけに)終わりというわけにはいかない。 たん譚 「どうして?」 店主 「李登輝は自分が国民党にいたときから、民進党のために金を使っていた、私腹を一杯肥やしてはなもちならんわ」 たん譚 「日本人で台湾のこと関心持っている人だったら李登輝のことみんな好意を持ってるよ」 店主 「ああ、でももう過去の人、だめよ」 たん譚 「じゃあ中国と台湾の関係をどう思っている?」 と聞いてみた。そしたら 店主 「台湾は中国に任せるの、それが一番」 たん譚 「そんなら次の総統選は馬英九(台湾にいて台湾語が喋れない)指示か」 と聞いたら、否定はしなった。 試しに たん譚「ハンサムでかっこええしなあ」 と言ったらにこっとした。 人は、昔から見てくれとマスコミに弱い。 ←比較的ましな(と言われている)台湾自由時報 07/11/18/星期日(日曜) (写真は西村眞悟代議士と台独連総本部主席黄昭堂氏 記事の上段の民主党…は、無所属の誤り) 台湾のTV・マスコミは中国系、国民党系に牛耳られていて、非常に偏っている。例えばホテルに泊まっている間に見た、政党コマーシャル?で,かって民進党にいた議員で犯罪を犯した人の顔と、懲役年数などを縦横十人十列くらいに並べて、最後に民進党とロゴが大きく出て終わる。 これを初めて見ると、いかに民進党に犯罪者が多いかという事を知らせる反宣伝工作に乗せられてしまう。毎日毎日これをやられると、無意識に反民進党になるおそれがある。 多くの人は、民主主義の國だから、政治は投票で政治家に任せていて、後はマスコミ、メディアを通じてしか情報のつてはない。インターネットだって黙ってつないで本当のところが何かがわかるわけでもない。これが大陸よりの特定メディアに握られていると、世間は自然そういう空気になるのは日本も同じである。 日曜の朝に、たまたまつけたテレビ映画は反日映画であった。舞台は上海か?日本の兵隊達が、仮病院みたいなところに来て、医師?に乱暴狼藉を働こうとしたとき、健気なイギリス少年が出てきて土下座して許しを請うと、ちぇっと言う顔して引き下がる。この少年は、後に勇敢にも日本軍の陣地に忍び込んで、イギリス兵士達に喝采を浴びるのだ。朝からこれでは、日本人として気分が悪かった。 他方、実生活のホテルには、日本語専用回線の電話があって、夜中の二時でも無線LANのパスワードを部屋に届けてくれる位、日本人に対してのサービスは、抜群である。 ここの高砂族のおばちゃんは、インターネットで、今年の冬茶の販売開始を知らせてきた。いくらインターネットが出来ても、政治の局面,何がどうかを探り当てる能力は別物である。 腹立てた上に茶葉代は目玉が飛び出る位とられた。茶が高いのは分かっていたが、くそ!婆さん、高金素梅ぼろくそにいうもんだから、てっきりいい高砂族だと贔屓にしようと思ったのに、「大陸指示やったら*熟蕃 やないか!」と思ったが、口には出さず茶舗を後にした。 最後に、気がついた事がある。国立師範大学(日本の教育大学にあたるという性格もあるが)構内には見る限りの学生誰一人、台北駅前新三越前の雑踏の中にも若者の金、茶髪は見かけなかった。いくら日本に影響されているといえ台湾の若い人はまだ正気を保っている。 夜十時頃、台北駅、新三越横にある、スターバックスに行ってまたびっくりした。男同士、カップル,顔つき合わせて何かしている。大きな話し声は聞こえない。よく見ると、なんと殆どの若い客は勉強していた。三階建ての最上階は、喫煙客のために窓なし!の所が用意されていて、そこでも本を開いて勉強している姿があった。京都のスターバックスで見かけるのは、喋っているか、コンピュータを使っているかで、大半が勉強をしているといった、図書館のような雰囲気はない。それと関係あるのかどうか、12/05の産経新聞に 台湾、数学的活用力世界一(OECD国際学習到達度調査),地域の努力値で台湾は三位、日本十五位と出ていた。* 高金素梅…元俳優・歌手で現在無所属の中華民国立法委員で有名人らしいが、日本では、靖国神社の前で、国内にいる反日的な日本人と共に、靖国反対を叫んだ、お騒がせ女である。 かって台湾が日本だった時、戦時先頭に立って活躍した高砂義勇兵の顕彰碑を、大日本帝国を殊更賛美していると碑撤去運動を近年起こし、ついに撤去させた。 父は外省人(中国本土の人)で、母は高砂族のタイヤル族、本人は北京の民族大学を出ている。下半身スキャンダルで有名で、マスコミには「誹聞天后」(お騒がせ女王)と揶揄されている。* 台湾語となった日本語…。「きもち」「べんとう」「とうさん」「おじさん」「おでん」「すみか」「運ちゃん」他多数 参考文献 台湾における日系借形語の一考察 研究生:徐宗 指導教授: 林玉惠 銘傳大學應用日語學系碩士班) * 熟蕃… 台湾島の平地に住み漢(大陸)化が進んだ原住民を「(へいほばん)−平埔蕃−」と呼び、特に漢化が進んだ原住民は「熟蕃」と呼ばれた。同時期に、漢化が進んでいない原住民を「生蕃(せいばん)−高砂族(たかさごぞく−)と呼んだ。 →2004年の今日のたん譚 ついに猪出没す