2008年07月31日(木)
キミとさようなら


ただの箱も、何とか無事に「冷える箱」として復活し、文明の利器に心から感謝しつつ、
もう何物も謀反を起こさないでくれよと、積極的に祈り倒す、真夏のアサミンジャーです。どうも。

あづい。。。。

岐阜県大垣市・・・・びっくりするほど暑いんですけど、他はどうなんですかね?
ここで生まれ育ったあたくしが見事に音をあげていますけど、多治見だけがフューチャーされているのに
いま一つ納得がいきません( ̄▽ ̄;) かなりいい勝負です、今年「も」。



そんなどえらい暑気の中、クロワさんは無事に2歳になりました。
2歳になったその日から、卒乳と名を借りた「断乳」をすることを決心していたあたくし。

「なぁ、クロワさん。もうすぐお誕生日が来て、くぅちゃんも2歳になるやんね♪
そしたら、もう、お姉ちゃんや。
お誕生日が来て、ケーキを食べたら、もうおっぱいは次の赤ちゃんに『ハイ』したげような^^」


「ぁいっっ!!」

「あぁ、わかったの^^ すごいねぇ。おりこうね^^」

「あかちゃん、ハイするっ。おっぱいばいばぁ〜い。」


こんなに小さいのに、こんなに聞き分けがいい(涙)。もっとごねるかと思っていたのに。
半月くらい前から、ゆっくりと時間をかけて説得してきたんだけど、
最初のうちは、びっくりすることに、聞こえないふりをしたり(笑)、

「ちゅかった。おしゅみぃ」 (疲れた。おやすみ。)

などと言って、その場で寝転がって寝たふりしたりして、この「誓い」のお話がなかなかさせてもらえなかったりしたんだけど
日を重ねるごとに、きちんと聞きわけ、最終的にはきちんとお返事するにいたったのである。
2歳児って、もっと手に負えない小悪魔チックなイメージがあっただけに、
こんなにも聞き分けがいいと、かえって不気味で気持ち悪いよ(苦笑)。


うちの近所に、小さいんだけどとてもおいしいケーキ屋さんがあって、
彼女のお誕生日にと、あらかじめデコレーションケーキを予約しておいた。
そのケーキを、美味しそうに頬張って、「おたんじょうびおめでとう」と名前入りで書いてある
ホワイトチョコレートでできたプレートも自分で食べてしまったヾ(;´▽`A``アセアセ
親としては、チョコレートデビューはもう少し後にしたかったんだけど、
これはもう仕方ないよな( ̄▽ ̄;) 今日だけは諦めたよ。後でがっつり歯磨きだ。


しかし、「ケーキを食べた」という既成事実はかなり強力な呪縛となったようで、
断乳が意外なほどにあっさりと通ってしまった。

寝付く際、いつもの習慣で

「おっぱい、ちょーだい♪」

が始まったんだけど、

「あれ? だってくぅちゃん、さっきケーキもチョコレートも食べたやん?
食べた子は、もうおっぱいないよ?
ケーキ、美味しかったやろ? おりこうにしとったら、また今度食べれるよ^^」


と、このセリフ一つで、すっかり納得してしまった(笑)。
そうはいっても、頭でわかっていても受け入れられなくて、もっとごねるかと思っていたのに、
寝付きも、テンションが上がって眠れないだけで、泣いたり暴れたりというのはなかった。
疲れたところで、あたくしが父ちゃんと交代して、添い寝でトントンしてあげたら、ものの10分で撃沈。。。









えーーーーっっ!!??









拍子抜け・・・・。
そりゃ、手がかからないに越したことはないけどさ。
そこまで頑張ってくれちゃうの? そんなに頑張れちゃうの? 
なんかさぁ、母ちゃんとしては、たった2歳の子が、自分を律して我慢して、
欲しいものを欲しいと(口では言うけど)せずに、きちんと受容してしまっていることがもう切なくて、切なくて。


すっかり寝入って、夜中も起きなくなったわが子を眺めながら、来るべき時が来たんだなぁと
少々寂しくなった。
これなんだなぁ・・・・。
子供のほうが案外平気でも、親の方の踏ん切りがつかない最初の砦(苦笑)。
あたくしも頑張っていこう。

↑継続も断絶も力なり(苦笑)


初日をすんなり乗り切って、昼寝の時も抱っこでOKになり、
「ちょーだい♪」と言いはするものの、
「チョコ食べたの誰だっけ?」「ケーキ食べたらバイバイの約束だもんね♪」
でとにかく納得してくれる。
ケーキ&チョコって、子供にとってそんなに素晴らしい食べ物なのね(笑)。
毎日続けてきたおっぱいと引き換えにしても、食べたいものなんて、よっぽどだよね。
そうはいっても、それらは、毎日無制限にあげられるものではないので、
今度はそのへんも納得してもらわないと(苦笑)。


クロワさんの成長の一端一端に、あたくしはいつも目から鱗の連続。
色々なことを教えられて、色々なことに気づかされる。
彼女の頑張りをお手本に、あたくしも早く彼女と同じ次のステップに移行できるように、
きちんと努力していかなくっちゃ♪ *。:゚+(人*´∀`)+゚:。


2008年07月24日(木)
エアコンの風はホントに体に悪いのか???


エアコンの風は体に悪いと申しますが・・・・。
えぇ。あたくしもそれには深く賛同しますがね。


奇しくも、イオンに行く道すがらに設置してある、「ただ今の温度」を親切に知らせてくれる温度計。。。




38℃⇔39℃ を行ったり来たり(/||| ̄▽)/ゲッ!!!




どうなのっ、コレ!!??
ここは日本なの?? そして、冬になれば雪とか降っちゃう地帯なの??
ふ・・・・ふざけんなぁ・・・・( ̄▽ ̄;)
この日、大垣は、あの多治見よりも高い気温を記録。それは百葉箱のある観測地点でのこと。
実際、幹線道路沿いなんて、プラス3℃は当たり前だよな。
悪ふざけが過ぎるぞ、今年の夏( ̄▽ ̄;)
つかね、育児の勢いに任せての外遊びとかもいいんだけど、あまりに暑くて、ホントに危険なの。
そりゃ、子供は楽しくていいかもしれないけど、悦楽を先行させると、死にます。
冗談抜きで。
と、そのくらいに暑い、今年の夏。
エコ(≒ほぼケチ)な我が家、できるだけエアコンは使わずに・・・・なんてふうに言っていられません。
エコ(≒ほぼケチ)な我が家、設定温度28℃ですが、28℃なのに、こんなに涼しい!!
こんなに快適♪ こんなに極楽♪ 嗚呼・・・・十分すぎます。


つけずに我慢するのも、ストイックでいいかもしれませんが、
こんなに暑いと、生命活動維持に危険を覚えます。マジでやばいです。


事実。
活動状況に早速支障をきたした、HDDレコーダ。
映画やらドラマやら、クロワさんの機嫌とり用の「いないいないばぁっ!」おうた特集やら、
種々雑多の録画記録が、全部抹消されました(涙)。
非常に痛いです。こんなことなら「モンスターペアレント」もっとちゃんと見とけばよかった(トホホ)。

とはいえ、この手のものは別になくても、生活の主軸モノではないので、
困るといっても、趣味の範囲なので影響は少ない。痛いけど、そんなもんだ。

我が家の中で、一番壊れてほしくないものが、ついにこの猛暑のなか謀反を起こした!

↑これはキツイです。。。マジでキツイです。。。


結局、故障の原因はよくわからないままです。
使い方が悪かったとか、そういうのでもないらしく、思い当たる節といえば、この暑さだけ(苦笑)。
なので、修理に来てくれたお兄ちゃん(メーカーから直接派遣)は、すまなさそうに代金を請求して、
何度も頭を下げ、謝って帰っていった。
いや、あなたが悪いとかいうんでもなく、こっちとしては、逸早く修理に来てくれて、
使えるようにしてくれさえすればそれでいいので。

しかし、コレだって、ないならないなりの生活をしようと思えばできるはずなんだけど、
如何せん、あたくしなんか生まれた時からこいつのいる生活をしているので、
やっぱりないと不便。
あるという前提で、生活のリズムを築いているとこもあるので。

この事件で思い知らされたのは、人間の体も機械も「適温」でこそ、正常に動作する・・・・という
ごくごく当たり前のことなのでした(笑)。
体に悪いのは百も承知、お金がかかるのも承知の上。
直接的にも間接的にも死にたくないので、今日も我が家はエアコンの世話になりつつ暮らすことになりそうです。


2008年07月19日(土)
題名がありそでなさそな音楽会♪


うちの子、最近、暇さえあれば歌っているし、機嫌がいいと踊りも付く。

驚くのが、ほんの2〜3回くらいしか聞いていないはずの曲も、うまいこと覚えて、
知っている部分をつなげて歌っていたりすることがある。
「あれ? これ、どっかで聞いたような・・・・」と、あたくしが思い出そうとしているそばで、
「おかあさんといっしょ」が始まったりすると、そこから流れてくる新しめの童謡だったり、
その日思い出せなくても、何かの時にふっと耳にしたCMソングでした〜、なんてことが
本当にしょっちゅうあるので、彼女の記憶力には、日々脱帽しっぱなし。
間もなく2歳になるのですが、この時期の子どもの能力って、ホント、計り知れないのね。


そんなこんなで、今日も独唱会がいきなり始まる。


「くぅ〜ちゃんはねぇっ くろわってゆ〜んだ ほんとわねぇっ」

(歌ってる、歌ってる)
(ちなみに、コレ、童謡「サッちゃん」の替え歌)

「だ〜け〜ど ちっちゃいかぁらぁ じぶんことぉ くぅ〜ちゃんて ゆ〜ぅんらよ

かわいぃぃねぇっ♪♪♪ くぅちゃんっっ( ̄^ ̄)」


(最終的に自画自賛する、すごい替え歌(笑)。どうやら本人も「かわいい」の意味は理解している模様)


「くぅちゃんはねぇっっ♪♪」

(え???)

「まぁななぁがだぁ〜いすき ほんとわねぇっっ♪♪」 (注:バナナが大好き、ほんとはね)

(に、2番・・・・いつの間に覚えたの( ̄▽ ̄;) そして、偽りの状態では一体何が好きという設定なんだ、君は(笑))

「だ〜け〜ど〜 ちっちゃいかぁらぁ じぶんのことぉ くぅ〜ちゃんてゆぅ〜んだよっ」

(い、1番に戻るんですかいっ!!)


と、まぁ、こんな具合にいきなり始まり、全部歌い終わらなくてもいきなり強制終了するのも、
彼女のリサイタルの1つの特徴でもあるわけだが。


「そらにきらきらおほしさまぁ〜〜♪」

(おもちゃのチャチャチャかぁ・・・・そういや最近、テレビでやってたな。気に入ったのか。そうかそうか。)

「みんなしゅやしゅや ねるんだよぉ〜♪♪」

(プププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!! 寝かしつけ御苦労っ!!!(爆笑))


子どもというのは聞こえたように覚えるイキモノだっつうことは、よくわかっていたんだけど
まさか、こんなにも早い時期から、日常的に「歌いまつがい」に恵まれるとは・・・・プププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆
いや、もっと後の段階かなぁと思っていたので、いきなりこういうのが飛び出すと、
その不意なタイミングでツボにハマり、ひとりでげらげら笑ってしまう。
で、ひとりでげらげらやっていると、怒るんですよ、姫が!!(爆)
自分のことを笑われてる、ってどうもわかるらしくて、機嫌を損ねるんです、いっちょまえに。
なので、最近はあんまり彼女の前ではあからさまに笑わず、こらえてこらえて、陰で腹を抱えて・・・・というふうにしている。



少し前のことになるけれど。
ここらへんはNTT西日本のエリアになるので、テレビでは長澤まさみとか、イチローとかが
光回線とか、テレビに光をつなごうとか、そういうCMをやっている。

※個人的に言うと、NTTのCMのクォリティは明らかに東日本のほうが上だと思う。
 いつもうまいこと作っているし、お金の掛け方のバランスも、西より東だと思う。

で、長澤まさみがあの舌ったらずな声で「ひかりのタイミング〜♪」と歌っていたCMが
この春から初夏にかけてずっとやっていたんだけど、クロワさんはどうやらそれがお気に召したらしく、
その音楽が流れる前でも、映像がそのCMに切り替わった瞬間に

「たいみん〜♪」

と歌い踊るほどに、好きだった。
で、このCMも終わって、しかし引き続き、別バージョンで長澤まさみやイチローがNTTのCMをやっていた。
なのに、彼女はNTTのCMが始まると、あの音楽が流れないのに

「たいみん〜♪」

とやるので、あたくしとぷよ2は不思議がっていた。

「どうして、ここで『たいみん』がでるんだろうね??」

「長澤まさみじゃねぇの?」

「だって、イチローしか出てないCMでも言うんだよ? 
NTTのCMって認識しちゃってるとしたら、それはそれで、すごくね??」


「え?? あのCMでも言うの?? それはすげぇな。」


結局、彼女が何に対して「たいみん〜♪」と言っているのか、しばらくわからないままだったんだけど、
その答えは意外な「タイミング」(笑)で我々の前に訪れるのであった。


ある日。
あたくしがクロワさんを車に乗せて走っていると、住宅街のど真ん中の交差点、
信号に捕まったので停止していたその時に、彼女の口からいきなり「たいみん〜♪」が出た!

「たいみん〜、たいみん〜、たいみん〜!! かぁか〜っっ!! たいみん〜〜っっ!!!」

彼女もいささか興奮気味(笑)。
あたくしもあわてて周囲を見回してみるも、例えば長澤まさみのポスターであるとか、
イチローのポップパネルであるとか、こんな住宅街の真ん中にそれらしき店舗すらなく、
故、彼らかたちどる何かなんか、当然、あるわけもない。
と、彼女が一所懸命指さす方向に目が行った、あたくし。
見ると、ただの電柱なのだけど、そこには確かに「たいみん」との共通項を有する「ブツ」が存在し、
あたくしは本当に驚いたのだった。

↑全ての謎が解けました(;´▽`A``アセアセ


ぷよ2が帰ってきてから、ためしに例のマークを見せながら
「これなんだ?」と聞いてみたら「たいみんっ♪」と返ってきたので、間違いないと思われます。
ぷよ2と二人で、まさかこれが「たいみん」の正体だったとは・・・・と笑いながら納得したのだけど、
大人には到底追いつけないレベルで彼女が色んなことを変換しているんだということがわかって、
なんだか、甚く感心した一件でした。

その昔、かぁかも「全薬興業」という活字を彼女と同じ月齢くらいに読んで、
親を驚かせたことがあります。
子どもってそういうイキモノなのね(笑)。


2008年07月13日(日)
ぎゅ〜。。。。の記憶


思い出そうとしても思い出せないことがある。
はっきりとした記憶として残っているわけではないから、思い出せなくても当たり前かもしれないけど。

もうあとちょっとで満2歳になるクロワさん。
もう、近頃ときたら、ありとあらゆる要求を2〜3語文で達者に伝えられるようになったものだから、
一気に進化してしまった感じ(笑)。
最近の語彙で、微笑ましかったものといえば、コレ。

「もうちょっとだけぎゅうにゅう・・・・」

もうちょっとだけ牛乳をくれということなのだけど、
「もうちょっとぎゅうにゅう」 と 「ぎゅうにゅう、ちょうだ〜い」 を言えるのに、合体バージョンである
「もうちょっと牛乳ちょうだい。」 は、まだ上手に言えない、この不思議!!
何度か導いて言わせようとしてみたんだけど、どうしても難しい様子。
大人には、これのどこらへんが難しいのかよくわかんないんだけど、きっと彼女には高くて大きなハードルなんだろう。
こんな感じで、すっかり風体もろとも幼児の仲間入りなわけなのですが、
まだ寝入る時のおっぱいはどうしてもやめられないので、事実上、幼児と乳児の間でふらふらふわふわしている。

まだ次のができそうな予感はしないので、彼女は何もかもを独り占めにできる。
とおともかあかも、全部あたしのものですわよっ( ̄^ ̄) そんなノリで膝によじのぼってきたり
抱きついてきたり、この暑いのに首にまとわりついたりなんてのも日常茶飯事なのである。
迷惑・・・・と思うことも少なからずともあり(苦笑)、だけど、彼女の素直な欲求は害がなく、
本当に可愛いと思う。


あたくしが同じくらいの年の頃、すでにサヨコの腹の中には弟がいて、大妊婦であった。
あたくしが2歳3か月の頃に生まれたので、ちょうど今のクロワさんと同じ時期、同じようなことができなかった。
それ以後も、母の膝にはいつも弟がいたし、そうじゃなくても母は働いていたので家にいなかった。
それに加えて、弟は生まれてすぐに大きな病気であることがわかったから、
親の心配は全て彼に注ぎ込まれていた。
それはそうあるべきことだし、きっと幼いあたくしの心にもそれが不自然なことには映らなかった。
だけど、どうにも釈然としないことが近頃あたくしの心に芽生えてきた。


母に抱かれていた心地よい記憶というのがもう少し蘇ってきてもよさそうなのに、
そういうのがちっともない。。。
弟が生まれる前は、あたくしもクロワさんよろしく、母親を独占していたはずなのに、
そして、しっかりとした記憶として残っていなくても、娘を抱き締めれば思い出せそうなものなのに、
何だかよくわからないまま、わが子を抱きしめていたりすることもあって、
少し不思議な気持ちになるのだ。


あれ・・・・?
あたくしって、こうされたことってあったのかなぁ?って。
あったとしたら、それっていつごろまでなのかなぁ?って。


まぁ、普通は、思い出せなかったとしても大して不便な思いもしないし、
別に、何か恐ろしい影響があるわけでもないんだけど。
何が釈然としないかというと、「優しかった母親の思い出」というのが、あたくしにはあんまりない。
何ていうんだろ。。。肌と肌の密着するような、物理的な熱を感じるみたいな甘い感覚っていうの?
物心がついてからもそういうのっていうのがあんまりなく、それ以前のもう、無意識下への呼びかけレベルでも
おそらくあたくしの肉体にそういう記憶はどうやらインプットされていないっぽい。
恐らく、根掘り葉掘りすればあるんだろうけど、日常茶飯事になっててもおかしくない事柄を
根掘り葉掘りしないとダメな時点で、その記憶の「薄さ」みたいなものをひしひしと感じてしまう。


そういう感覚が、生活の中になかったかというと、それは違うのだ。
そういうのを代行して与えていてくれたのは、あたくしの祖母なのだ。
ばあちゃんとの関係性を思い出すと、日常生活の些細なこととか、
それこそ、あたくしの物心がつく以前の記憶すらも体が覚えているような感覚がきちんと蘇る。
彼女が作ったものを食べながら大きくなって、彼女の話す声を聞きながら大きくなって、
と、結構事細かにさまざまな事象が蘇る。
あたくしが今、愛娘に対して施している様々な「新しいこと」は、
ほとんど祖母があたくしにしてくれていた気がする。
おぼろげだけど、やっぱりやってもらったことだもの、きちんと思い出せるのだ。
(不思議よね)


母親は・・・・そうだなぁ。
優しくて、とか、あったかくて、とか、そういう形容のものではなかった気がする。
うちの家には、父親が二人いた。
もはや、そんな感じだったし。
日本も経済成長期だったし、男も女もよく働いている時代だったから、こういうのって当たり前だったかもしれないけど。
今でこそ、この日記に登場する彼女は、あんなキャラクターで、お茶目で憎めない天然さんだけど
幼き日々のあたくしにとっては、脅威であった。
父親と同じように働いている人がもう一人いた我が家の中で、母親業は祖母がすべて肩代わり。
だけど、子供にかまえなかった母親のことを、別段、恨みがましく思ってもいないし、
ごくごく当然に受け止めている。


昔、オーアエによく

「あなたには母親像がない!!」

と、えらっそうに言われたけど(笑)、まんざらそれもハズレてはいなかったんだよな。
おっしゃるとおりですよ、って反抗する気すら起きなかった。
母親像が確立されていなくとも、母親にはなれるわけで、
それはあたくしには祖母がいてくれたというのがやっぱり大きいのかもな。



クロワさんが喋り出してしばらく経った頃。
あたくしのことを「か〜か♪」と呼び、ぷよ2のことを「と〜と♪」と呼んでいたので、
ためしに母親に、あたくしがちょうどこの頃、自分の親たちのことを何て呼んでいたかというのを尋ねてみた。
たまさか、山賊もそこに同席していたんだけど、まぁ、父親たるもの、そんなことを覚えているはずねぇし、と
はなっから期待していなかった・・・・これは予想の範囲内で、やっぱり覚えていなかった。

が。

母親までもが、「さぁ、どうだったかしら」と、本気で首をかしげた時には、
さすがに少し悲しい気がした。言い知れない寂しさと言おうか。
嗚呼。
ばあちゃんが生きていたら、きっとこの曾孫の顔を思い切り目を細めながら覗き込んで、
「あんたの時はあぁだった、こうだった・・・・」と、聞きもしないのに、次々思い出話が飛び出しただろう。
自分が育児していくにあたって、やっぱりそういうのってきちんと聞いてみたい。
祖母はわりと短命で、あたくしが12の頃に他界したから、
今となっては、叶わぬ願いなわけだけど。。。

それにしても、忘れちゃうものなのかなぁ・・・・。
初めて自分の子が、自分のことを呼んでくれた時のことって、そんなに記憶として、薄いものなのかなぁ。
少なくとも、あたくしにとっては違ったけど。
これもまた、人それぞれなのかな。

ほんと、つくづく思う。

あたくしと、あたくしの母親は、とことんまでパーソナルカラーというか、個性というか、
もって生まれたものが違うんだなぁって事。
親子なんだから、もう少し互いに影響を与えあっていてもよさそうなものの、
その接点すらあやしいよ、うちら二人は(笑)。


今でこそ、専業主婦だけど、あたくしに母親が生命維持活動上必要だったころの母親は、
やっぱり、父親と同じような役割を担っていた。
だから、あたくしが彼女を眺めるとき、それは父親を眺めるような感覚であったことも今思い出している。

↑不思議、不思議


ばあちゃんも、生きていたらもうあと少しで90になっているはず。
(生まれたのが、確か「ベルサイユ条約締結」の年と同じだったから(笑))
(歴史の年号と並列して覚えていた。( ̄▽ ̄;))
大正生まれの彼女が、平成生まれの曾孫を見た時に、何て言ったかって、それを想像するのはまた楽しかったりするんだが。



2008年07月07日(月)
泣いて、泣いて、泣いて


本日7月7日。七夕ですよ。
あたくしの名前に「夕」という字が入っているのを見た、一番新しい友人が

「あら、日野さん、ひょっとして七夕生まれですか?」

と、とても風流な発想をしていたので、少し感心した。

「(笑)いいえ。私は夕方に生まれたので、この字なんですよ。
七夕生まれなのは、実は主人のほうなんです。」


そう答えたら、非常にウケていた。確かにそうかも。
七夕生まれですかと問うた人の旦那が七夕生まれでした〜、というオチは究極、奇跡的産物すぎるもの。
そんなわけで、この日。ぷよ2もまた一つ年を重ね、家族3人で嵐のようにケーキを貪り食ったのでした(笑)。



今日は少し時間をさかのぼった話を書きたいと思う。


先月の半ばくらいだっただろうか。
夜明けも異様に早い時間になって、4時を回るともう既に外が明るくて、
そんな時間に目が覚めてしまうと、うっかり二度寝のタイミングを失う、そんな季節になってしまった。
この日も、目覚ましが鳴るほんの少し前に目が覚めた。
っつうか、けたたましい泣き叫び声で、あとほんの10分まどろんでいられたのを邪魔された(苦笑)。
犯人はクロワさんではない。
同じアパートに住んでいる、0歳〜2歳児たち(現在、8名在住。多いよね!!)の仕業でもない。


「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜っっ!! もう22分やぁ〜〜〜〜っっ!!」


泣きながら大きな声でそう言っている。結構冷静に状況を説明しているので、
時計を見なくても、もう7時22分だというのがわかってしまった(爆)。
声の主は、アパートから道を1本挟んだ一軒家の、小学生の男の子(推定3〜4年生)であった。
この家には今年中学に入ったばかりのお姉ちゃんと、まだ生まれたばかりの赤ちゃんがいる。
時間の実況中継をしてくれた少年と会話をするように、少年の母親らしき女性の怒声も飛ぶ。


「まだ間に合うっっ!! さっさと行きなさい!!」

「間に合わへん〜〜〜っっ! うわぁぁぁ〜〜ん!!」


冷静な大人たちは、これを聞いて思うであろう。
7時22分。
始業前に色々と活動がある小学校も増えているけれど、始業時間・・・・いや、朝の会開始時間まで
余裕でまだ1時間ほどありそうな感じ。
たとえここが住所的に学区の端っことはいえ、子供の足でせっせと小走りに行けば
どうだろう・・・・20分・・・・余裕を持って考えても30分あれば間に合うはず。
これはあくまで推測なんだけど、ここらで集まってから登校する、集団登校の集合に間に合わなくて
それでへそを曲げて駄々をこねているっぽいのだ。
その間も、大きな声で親子のやり取りは続く。
「間に合う」「間に合わない」「早く行きなさい」「いやだ、(車で)送ってって」
このせりふをいいほど繰り返していた。
あたくしにとっては他人事もいいとこなので、盗み聞くつもりはなかったけれど、
事の顛末が気になって、くすくすと笑いながら
「どうなるんだろう?」とちょっと興味を持ってしまった。


就学年齢前くらいまでだろうな、こういう駄々のコネ方が何とか周囲に許容されるのは(苦笑)。


それ以上の年齢になると、何というか、他人の目から見ても子供に対して同情の余地がなくなってくる。
そう考えてしまうのは、あたくしの心が狭いからだろうか?
甘えている子供に対しての包容力が欠如しているからだろうか?
まぁ、色々と起因するところはあるんだろうけれど、一番の理由は、
相手が何歳だろうが、こうやって駄々をこねている人間が、あたくしは苦手。
っつうか、正直、ホント、嫌いなのだ(笑)。
ごねることによって許されてしまうことを恥と思わなかったり、
そうすることによって獲得した何かに対して、にこにこと満足してしまう浅はかさが
本当に苦手なのだ。
子供は未発達が故、ある程度の年齢になるまではそういうのが出てしまうことがある。
あたくしが本当に嫌いなのは、そこで幾許も学ばずに、そう時を置かずして、また同じようにごねる・・・・
これを延々と繰り返していること。

なので、少年の主張が大したことではないと、泣き声に交じって聞こえてくる彼の要求と
母親の言い分を聞いていてわかったので、あたくしはふと思ってしまった。

↑あれ? なんか趣旨が(爆)


こうなると、少年と母親もぎりぎりまで根競べである。
とはいえ、こっちも朝は忙しい(笑)。
時間になればクロワさんを起こして朝食を食べさせなければならないし、
お天気もいいから洗濯物もさっさと片付けてしまいたい。
色んなことを同時進行で、たまに寝室の窓のそばに行くと。。。


「送ってってぇ〜〜〜っ!! おぐってっ・・・・(えぐっ)・・・・ってぇ〜〜!!」




まだやってるよ(爆笑)!!




少年が「22分やぁ〜!!」と叫んでから30分。
おいおい・・・・さっき出てれば余裕で間に合ったのに、今度こそ本当に間に合わなくなるぜ?
と、余計なお世話的心配が(笑)。

ところがそこから更に30分。
8時22分になっても、このやり取りはまだ終わっていなかったので、
さすがに吹き出してしまった。
少年も頑なである。
そしてこのやりとりが全てご近所に響き渡っていることを、気づいているのかいないのか、
母親もきっちり頑張っている。




少年のわんわん泣く声を聞きながら、あたくしはとある少女のことを思い出した。
とある少女・・・・といえども、あたくしより一つ年上なので、今やいい大人の女性なのだが
この女性・・・・今回登場した少年なんか目じゃないほどの、激しい気性の少女だった。

ご近所だったので、小さい頃はよく遊んだのだけど、
あたくしは彼女のことがどうも苦手だった。
もう、とにかく扱いにくいし、やりにくいのである。
3歳、4歳の子供のやり取りだから、未熟なのは当然としても
彼女はわがままというより、感情をコントロールするのが本当に苦手なようだった。
1つ年上だから、あたくしに対して威張ったり仕切ったりするのは仕方がないとしても、
何か少しでも気に入らないことがあると、烈火の如く怒りだしてどうしようもなくなるのである。
あたくしは幼心に、「そういうの、やめてくれないかな」と思いつつ、
彼女が怒ったり、泣き出したりすると、自分では処置の仕様がない(3〜4歳なんだから当たり前か)ので
結局、大人に入ってもらうしかなく、遊んでいたはずがいつも後味の悪い終わり方で
疲れてしまうのである。
なので、彼女が小学校に入学した頃には、玄関同士が10メートル程しか離れていないのに
すっかり一緒に遊ぶことがなくなってしまったのであった。

そんな彼女。
さすがに学校へ行くようになってからは、友達の前ではちゃんとした感じで振る舞っているらしかったが、
家でのやり取りは、あたくしと遊んでいたころとちっとも変わっていないらしかった。
夜。
兄弟げんかが派手になってきて、兄に泣かされてけたたましい声で絶叫している彼女の声が聞こえてくると
「あ、またやってる」
とよく思ったものだった。
彼女が小学校を卒業するまでは、まぁそれもありはありだわな、とあたくしは思っていた。
彼女が中学を卒業する頃になってもそういうのは続いていたけれど、
いずれはこういうのも終わりを迎えるんだろうな、とあたくしは思っていた。

が。
さすがに高校生になってからも、子供の時と全く同じ「うわぁぁぁ〜〜んっっ!!!」が聞こえてくると
その度に軽くヒイた。
近所で顔を合せ、彼女がすましていると、こっちが恥ずかしくなった。
頻度こそ少なくなってきているけれど、まだアレをやるか(苦笑)・・・・と
一体彼女がどういう気持ちで、どういうつもりで「駄々っ子泣き」をしているのか全く以て理解不能だった。
一つ疑問だったのは、ストレス解消としてやっているにしても「駄々っ子泣き」はあんまりだし、
ひょっとして、あぁやって泣けば全てが許されると本気で信じているとしたら、
18歳として成立していけるのか、その根本的矛盾がどうも解せなかった。

やがてあたくしも高校を卒業し、上京してそこで暮らし始めたので、
それこそ物心ついた頃から耳に馴染みのあったあの「うわぁぁぁ〜〜んっっ!!!」とも
事実上、お別れとなった。
彼女の「駄々っ子泣き」のことがすっかり記憶から風化しそうになった頃、
大学も夏休みに入り、あたくしもこの街に帰ってきた。
帰ってきて、実家の自分の部屋に入り、窓を開けて空気を入れ替えた瞬間、驚きの音声が耳に入った。


ウソだろ・・・・まだやってるよ(爆笑)!!


昔とまるっきり変わらない勢いで、何がそんなに悲しいのか「うわぁぁぁ〜〜んっっ!!」とやっている。
あたくしは、窓をあけっぱなしのままで階下に駆け下り、サヨコに実況報告した(笑)。
彼女も苦笑するだけで何も言及しなかったけれど、あたくしが驚くのと同じくらいは呆れているようだった。

「駄々っ子泣き」の幼馴染は、この年、成人式を迎える年齢になっているはずだった。
なのに「うわぁぁぁ〜〜んっっ!!!」なのである。
大人になったら、大声で泣いちゃいけないという法律があるわけじゃない。
例えばひどい失恋をしたのであれば、自室で大声で泣いて憂さを晴らすのも、精神衛生上いいかもしれない。
だけど、どうも彼女のはそういうのではないらしかった。
家族の前で堂々と大泣きしているっぽかった。
この泣き方をする目的はただ1つ。「アピール」である。
大人になっても、こんなふうに泣いてでしかアピールできないとしたら、
それ自体、少し悲しいことなのかもしれないなぁと、あたくしは思ったけれど、
それより先に、彼女と疎遠になっておいてよかったと本気で胸をなでおろしていた。




そうやって昔を懐古していたら、本当に忙しくなってきてしまって、
家事に追われるうちに、今「駄々っ子泣き」をしていた少年の顛末をつかみ損なってしまった(笑)。
が、寝室から見える少年の家にいつも置いてある車がなくなっているのを見て、
母親の敗北を知ったのである。


何故だかわからないけれど、必要以上に残念な気持ちになったのであった(苦笑)。


2008年07月04日(金)
彼女の中の羞恥心


毎日毎日、何かしら新しいことができるようになったり、語彙が増え続ける
我が家屈指のパイオニア、クロワさん。
今月末にはめでたく2歳。
え・・・・もう2歳かよ・・・・。。。音速で過ぎ行く時の濁流に呑まれっぱなしだよ。


歌なんか、3度聴けば覚えてしまう始末(驚)。
この間、テレビも何も付いていなくて、あたくしも別のことをやっている傍らで、
彼女がごくごく自然に

「しゅーちしんっっ♪ しゅーちしんっっ♪」

と唱えだした時は、驚愕しました、えぇマジで。
その後、テレビでつるの剛士を目撃すると、彼女は

「あっ♪ しゅーちしんっっ♪」

と言います(笑)。単体なのに、です。
野久保や上地単体の時はどうかというと、どうもスルーらしいんです。
ほぉ・・・・。羞恥心=つるの。そういう方程式なのか(笑)。
3人組に対する認識はどうなんだろう? と、試しに男性3人組がテレビに出ているところを
彼女に見せてみると、それはどうやら「羞恥心」ではないようです。
大昔の「シブがき隊」なぞ、カラーリングからしてそっくりだと思うのですが、
彼女は決して騙されませんでした。
そして、改めて、本家の「羞恥心」がテレビに出ている時に問うてみると、
たとえ彼らが歌っていなくても

「あ♪ しゅーちしんっっ♪」

しかも、つるのがいなければなりません(爆)。
歌につられているのかと思いきや、どうもそれは違うようで、
確実につるの氏の姿形で認識しているということが、ここ最近で明らかになりました。
ふむ・・・・。
子煩悩な男性のことが本能的にわかるのかい? お嬢ちゃんよ。。。
それにしても、この

「あ♪ しゅーちしんっっ♪」



「あ♪」

が、なんとも微笑ましい(笑)。
気づいたことをアピールしているみたいで、人間らしい。



人間らしいといえば。

あたくしのお気に入りのリラックマのぬいぐるみ。
彼女の成長度合いを測る比較対象として、あたくしが妊娠6ヶ月くらいの時に購入してきたのですが、
今や、立派な彼女の遊び相手。
驚いちゃうのが、このクマのぬいぐるみにおむつを付けろだの、靴を履かせろ、パンツをはかせろ・・・・
まるで普段、自分が親からやってもらっていることを同じようにクマにも施せとの
新しい要求が飛び出すようになりました。
なので我が家では、おむつをした上から彼女のカバーパンツを借りて穿かされ、
更にまだお外でおろしていない靴まではかされた、奇妙なリラックマが横たわっていることがあります。
たまにこのクマをしげしげと眺めていると、シュールなうえにコミカルで異様におかしく思えてきちゃって、
彼女の成長の証とはいえ、確実に害を被っているクマが気の毒にも思えて・・・・(苦笑)。
連日真夏日が続いているというのに、彼女ときたら毛足が充実しているぬいぐるみを抱っこして
そこらを歩いている。
それを見ているだけで、何だか暑さが倍増する。
いつまでたっても髪の毛が伸びずに、いつもお風呂上がり並に汗で髪が濡れているクロワさん。
今日も、そんなことはモノともせずに、クマと密着の日々を送っているのであります。


そして、あたくし。
昨日の晩から連続で、蕁麻疹に悩まされている。
理由は不明。まぁ、蕁麻疹の7割は理由不明だというから、そこは追及しないけれど、
少々、症状がしんどい。
汗疹やアトピー悪化の患者さんが増えてくるであろうこの時期に、
激混みの皮膚科に行くのは、かなり気分が萎えるけれど、そうも言っていられないので
とりあえず受診してきます。

↑アレルギー皆無っ!!


何だか、昭和のたくましい子供を見ているようです(笑)。


2008年07月03日(木)
今更の新明解国語辞典


はいよ。どうも。
サボることに幾許も後ろめたさを感じなくなってしまったアサミンジャーです♪
もう、面倒なので、色タグすら用いない地味な文章ですけど、まぁ気にしない。

今更ながらに、赤瀬川原平氏の「新解さんの謎」という、かなり昔の著書を読み返し、
やっぱし面白いよな・・・・と普通に感銘を受けたわけなんですが、
その中に、ちょっと面白い記述があったのでそのことについて書いとこうと思う。


タイトルの「新解さん」の話が一通り終わったところで、後半は「紙」について考える随筆が
何篇かのっている。その中に写真を「紙焼き」と呼ぶことについて触れてあった。
「紙焼き」というと、今でこそすごくレトロな響き、この著書が刊行された当時だってそうだった。
文豪も書いているけれど、写真っていうのは紙に違いないんだけど、どうも紙っぽくない印象がある。
紙幣とは違う意味で、すごく特別な雰囲気を持っている。
風景なり、人物なり、特別な雰囲気、特別な意味をもった「写真」は
人から「紙」とは認識されないくらいに強い力を持つわけなんだけど、
その事情は、この著作が刊行されて数年・・・・ん? もう10年以上経っちゃったのかしら。
とにかく、ありとあらゆる便利なツールが登場しては消えしているうちに、
すっかり変わってしまったようだ。

文豪は、液晶画面に登録されたただの撮影記録としての画像を眺めている人がいたら、
すごく気味が悪いではないか・・・・と言っているけれど、
どうよ、今の日本。老いも若きも、誰も写真を紙焼きで持ち歩くような人がいないではないか!
文豪が気持ち悪がった、液晶画面に登録されただけの味気ない画像(写真)を、
「どう? 私の息子です。可愛いだろう?」
「これはね、この間、孫が遊びに来た時に撮ったのよ♪」
と、一人眺めるに至らず、見せびらかしているような人だっている。
残業続きのお父さんは、休みのときに携帯電話のカメラで撮影した子供の笑顔をひっそりと会社で眺め、
それを励みに頑張っちゃったりする。
「紙焼き」の文化はきちんと残っているはずなのに、文豪と同世代の人々だってまだまだ多くいるだろうに
この有様なのである。
ちょっと前まで、「味気ない」「不気味だ」「どうかと思う」と文豪が堂々と批判したことが、
いつの間にか味になり、普通のことになり、誰も不思議に思わないこととしてまかり通っている。


これが、半〜1世紀の時を経ているというのならまだわかる。
まだほんの10年ちょっとのことなのに、「不気味」が「当然」になってしまう
価値観の移り変わりの早さに、あたくしは本当に驚かされてしまったのだ。
さらに言うなら、情緒的だと言われていたはずの「紙焼き」の携帯の方を
「執念深そう」「気持ち悪い」と敬遠するような風潮すらあるのではなかろうか。
不思議なものね、この国は。
文化的に進化しているのか退化しているのか、実に微妙な感じもするよ。



文化的に・・・・というところからの派生で、もう1点。

岐女短(岐阜女子短期大学。地元民はみんなこう呼ぶ)の伊・落書き事件を新聞で読んだ日。
なんかね、あんまりにもあんまり・・・・お粗末で間抜けな露呈に呆れてものも言えず、
「ホントにバカだわね(溜息)」といった感じだったんだけど、
しばらくあたくしは考えていた。

うん。

確かに。確かにね。

落書きでしか己の存在を誇示できないのだとしたら、それほどに愚かなこともないし、
本当にレベルの低い、常識外の話なんだけどね。
落書きは民俗史を見るにあたっての重要な資料になりうるという事実もまた1つの真実であるということ。
かといって、落書きを礼賛しているわけでも奨励しているわけでもないので、誤解なきよう。
ただあたくしは、例えば2年も前の高校教師の新婚旅行の時の落書きが消されずに残ってしまっている
イタリアの大聖堂の方はどうなのかしら? というのもきちんととらえていきたい。
消しても消しても、次々に落書きされて、もうこれは国際問題なんだから!!と
憤っているイタリア人を、どうしても想像できない。
それどころか、
「日本人はたかが落書きしただけの人間に対して、少々厳しすぎる。」
との意見まで出ているとか。

落書きはいかんよ。いかんけどさ。
世界遺産の大聖堂の前で、落書き用のペンを売っているっていうのもどうなわけ?
普通の教育を受けてきた日本人なら、世界遺産に落書きしたらいかんということくらいわかるよ。
だけどさぁ、日本人の悪いところでもあるんだけど、
「みんながやってるんなら、いいのかな」
とか
「だって、幸せになれるよって言われて、このペンを勧められたの」
とかになって、価値観を狂わされてしまう。
冷静になってみれば、みんな「落書きしたらいかんって、子供の時に1度は言われた」
そのことを思い出せるはずなのだ。


落書きをした人たちのことを許容するわけではないのだけど、妥協点を見つけるとするならば、
イタリアのお国柄に免じて、今回は・・・・といった感じかしら(苦笑)。
日本では、こういうことをするのを「恥」とするそういう文化があるということを、
海外に飛び出して行った時こそ忘れてはならないよなぁ、そう強く思う。
まぁ、今回、指摘された人々は、開き直ってほしくはないけれど、
救いがあるとするならば、5世紀後くらいの民俗史学者たちに、当時の日本の若者が、
普段はどのような形の文字を書いていたかというのを知らせるという
1つの手がかりを残した。偉業といえるほどのことではないが、貝塚未満の文化史かもな。
日本でも相当昔の落書きが遺跡等から見つかっているけれど、
結局のところ、結論はいつもこうである。

↑それが庶民の良さなのか?




はい、報告が遅れましたが。
前まで急場しのぎで使っておりましたノートがとうとう本当に動かないということで
ぷよ2のボーナス事情を考慮しました上で、そう、覚悟の上での「びすたで復活」!!です(笑)。
ファーストマシンからご無沙汰でしたが、再びウシのマークのメーカーにお世話になりますよ〜^^
あたくしとしては、それこそ98時代の適度な不便さくらいでちょうどいいのですが、
この子とも上手に付き合っていきたいと思います。
しかし、液晶(地デジ)テレビ同様、びすたがこんなに早く我が家にやってくることになろうとは・・・・。
我が家の家電事情も、わからんもんです。


これからは、クロワさんが昼寝してくれる限り、ちょくちょく更新したいと思います。
できるといいな。
うん、していきたいな(超消極的)。

あさみ


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