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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年01月31日(水)
超豪華(!?)3本立て!!!

3本立てその1
「<連載> 決戦!中国語応用!!(その4)〜最後の戦い〜」

 前々から予告しておりました、人気(?)シリーズの最終回です。
 なんか私ではなく千里さんに人気が集まってるような気がするのですが・・・
 ふふっ はなっから人気なんて欲しくないんですよ。ふふふ。

 とにかく前夜まで体調不良などなど様々な要因であまり勉強できなかった。
 とはいえ、対策は必要なもの。
 
 「大学生活を振り返って」
 というタイトルで中国語で50字以上、
 自由に作文しなさいと言う問題があったのでそれだけは先に用意しておいた。
 
 大学4年間、中国語と戦い続けた。
 今回やっと単位がもらえそうである、との無いようにした。
 笑と涙 なくしては語れない物語である。(笑)

 
 後、傑作だったのが、スヌーピーが何かしてる絵を見て、
 それを中国語で説明せよとの内容。
 
 スヌーピーはどうやら何かに座って、プレゼントかなんかの箱を持っている。
 ウッドストック(ていうの?)も座っている。
 そんな絵です。

 語彙力の問題もあり、私の回答は次の通り。
 (因みに先生に「スヌーピーはなんて云うんですか?」と聞くと
  「とりあえず犬って書いといて」との返答。

 「白い犬が黄色い犬と石の上に座っている。
  白いやつは黄色いやつの為にチョコレートを買ってきた。
                (↑勝手に中身を決定)
  黄色いやつはチョコレートが大スキである。
  二人は友達、大変仲良しである。」
 
 説明というよりは勝手にストーリーを組み立てた私・・・。
 
 因みに千里さんはもっと、「つわ者」でした。

 「勝手に会話文にして、教科書に出てきた例文を強引につかってん。
  『借りてきたビデオは机の上においておいてね』とか・・・」
 とのこと。
  
 あのちっこい箱どうやったらビデオテープに見えるねんっ。
 むぅ、相変わらずやるな・・・千里・・・。 
 この娘は他の問題もちゃかちゃか解いてた。
 例の作文も、「友達にいっしょに考えてもらってん♪」とのこと。
 しかしリスニングは今ひとつだったらしい。

 留学してたのに何故?という私の疑問は次のお話で明らかになる。

 
 とりあえず、中国語の試験は、多分単位はもらえただろう、
 ってところで消化不良気味に完結。(笑)



3本立てその2
「束の間の急速」

 束の間ぐらいは休息しようよ。 
 でもその休息時間も休息に色々なことがあったりします。
 朝1からの中国語の試験が終わったら後は夕方からの経済史だけ。
 でもでも、その間に色々なことがありました。

 中国語の試験教室から出てからの事。

 千里さんと試験のできについて話し合った、内容は先ほどのとおり。
 話してるうちに、通りかかる人、人、彼女に話し掛けたり。
 ってのは云いすぎなんだけど、でも結構な数なんだわこれが。

 田中公一(仮名)もその一人。

 「あ、これ私の中学時代の同級生で最近大学でばったり。」
 この日本に20000人ぐらいはいそうな名前の兄ちゃんも、
 実は例の中国語のクラスにいたらしい。
 彼も私と同じ年度入学、私と同じ年度卒業らしい。

 「友達あんまりいてへんから留年仲間さがしててん」
 すっかり仲間になってしまったがこいつも結構おもしろい。

 よし、採用。(こっちがわに引き込んでやる)
 さて、この田中君と話してる間にも、
 千里ちゃんはその顔の広さを発揮していく。 

 「あ、林(リンとでも読んでくれ。もちろん仮名)!」
 どうやら中国からの留学生っぽい彼とも仲良しらしい。 
 聞けば例の作文はやはりこの友達に考えてもらったとか。

 ・・・・どっかで見たことあるような・・・・。
 以前某山岳部の勧誘の時見たことが・・・
 ・・・気のせいかな?・・・ま、いっか。(注:伏線ではありません)

 そうそう、そしてとうとう千里さんにたずねて見舞した。
 
 「中国に友達いるって聞いてたから、
  てっきり中国に留学してたものかと・・・?」
 「それやったらこのテストこんな苦労せーへんて!」
 「ほら、地方独特のなまりがあってわからんかったとか・・・(笑)」
 「ちがうちがう。」
 「で、どこ?」
 「イギリス」

 考えて見ればこんな目立つ娘が同じ学部にいてしばらく見たこと無かったのは
 不思議な話である。(私ぁ1年の時知ってたわけだし。)
 
 んで、どうやら3年の後期に帰国してそれから半年で40単位取得したらしい。

 「・・・・私、年間40単位とったこと無いんですけど。」
 田中君もうなずく。
 田中君・・・どうやら君とは仲良くやれそうだよ。
 
 だが千里さんは無事卒業して東京の方で就職も決まっているらしい。
 嗚呼、また関西から貴重な人材が一人失われていく・・・。


 そんなことを考えながら部屋に戻る。
 軽く夜の試験の勉強なんかしつつ、仮眠もとる。

 そして姉からの連絡。
 
 「今から行くし〜」
 あ〜、そういや遊びに来るとか言ってたっけか?
 
 数十分後。

 ピンポーン♪ピンポーン♪

 ・・・・来た?
 なんかいつもと押し方違わない??

 空けてみると(ちゅうか勝手に入ってやがった)そこにいるのは、
 百田君(なんとなく音で決定した仮名)ではないか。
 

 そーいや今日来るって言ってたなぁ。
 すっかり忘れていた。
 この私とした事が、スケジューリングをミスるとわ。くぅ。

 とりあえず、あがってもらい、お土産を広げてもらっているところに、

 ピンポーン♪

 今度こそ姉が来た。

 「はい、お土産〜♪」
 そして我が家からはベビースターラーメンが広げられる。
 一大茶会の始まりとなったわけである。(?)

 しかしどうしてこのメンバー、こんなに赤い彗星に強いのだろう。
 個々での詳しい会話はカットさせてもらいますが、
 えっらくコアな会話も飛び交っていたような気もしなくはない。

 キーワードは「シャアが来る!」かな。

 この宴(?)は夕方私が試験を受けに行く寸前まで続く。
 そうそう、この時姉に頂いたミートソース。
 夕食のスパゲティーで食しましたがおいしゅうございました。



3本立てその3
「21世紀の経済史(乙)〜職人論〜」
  
 ということで余裕があったのかなかったのか今日1日のしめくくり。
 経済史の試験がやってまいりました。
 昨日の経済史と本日の経済史、二人の先生が受け持つこの講義。
 ふたつの試験でそこそこの成績をおさめて初めて単位がいただける。
 
 さぁ〜がんばってみようかぁ。 

 っと、云ってもただ力の限り口からでまかせ的随筆を試験用紙に書いただけ。

 選択した問題はこれ
 「職人の哲学と経済学について論述しなさい。」 

 書いてやった書いてやった。

 「時間があれば講義の感想も」

 とあったので、B4版解答用紙の3/4を論述に、1/4を感想に使ってやった。 

 こんだけ書いて落ちてる事はないだろうし、
 なにより気持ちいいぐらいたくさん書いた。
 奇妙な充実感も得られたのである。

 いやぁ〜・・・・楽しかった。


★おまけ★

そして帰宅する。

夜、翌日の「環境マネジメント」の勉強が進まずにふと思う。

「クリームシチューを作ろう。」

あほである。

私のシチュー系食い物は結構おいしいと評判なのだが、今回は失敗だった。

クリームシチューなのに白くない言(致命的)
鶏肉、牛肉がなかったので豚肉で代用した事。
しかも豚肉がなんか妙に固くなってること。


あちゃぁ・・・・。
いつもはもっとおいしいのに・・・・。
くそ・・・誰か・・・喰え。
そうだ、明日あいつらが泊まりに来るかも。
ふふふ・・・餌食だ・・・・。

To be continued・・・



2001年01月30日(火)
  豪華(!?)2本立て!!

2本立てその1
「バイト、ファイナル!」

 朝からすっげぇすっげぇむっちゃくちゃ調子が悪かった。
 咳に喉の痛みぐらいなら我慢するつもりだったが、
 頭がずっきんずっきん痛かった。
 
 「やむをえん。俺の名前は引導代わり。迷わず地獄へ落ちるがいい!」
 といって立ち回りをはじめるのは松平長七郎。きゃー里見浩太郎先生最高!!
 ・・・・違う。
 
 (やり直し)
 「やむをえん。最後の手段だ。」
 取り出したのはバファリン2錠。
 普段薬を飲まない私が飲んで寝たら即治る。

 でも寝ない。
 飲んですぐバイト先へ向かいました。
  
 午前中は
 「護摩君か松原君に電話して変わってもらおうかな〜」
 なんて言葉が頭をかすめる程しんどかったんですが、午後には回復。
 同時に眠気も襲ってくる。(おいおい)

 なんだか色々なものと戦いながら今日の仕事はつつがなく終了した。
 
 帰り際には日ごろさんざんお世話になった人々にも、
 お世話になったんだかお世話したんだかわからない人々にも、 
 あまり日ごろお話する機会も無かった人々にも、
 一通り挨拶して回りました。

 「1年ぐらいやったっけ?長い様で短かったなぁ」
 「これからは学業に専念するんけ?」
 「4年?もう卒業か?え?違う?来年も4年??」
 「就職活動頑張ってな!」
 「うちの会社入ればいいのに」
 「たまには遊びに来いよ」

 リアクションは様々です。
 中には、
 
 「仕事大変な時もあったかもしれんけど、
  こういう会社の中で色々経験したんは絶対ええ勉強なったと思うで」
 
 と言ってくれる人もおり、うんうんそうですねと心から頷いたりもしました。
 (因みにこの人忘年会で酔っ払ったときも同じことを云ってました。
  「金もらって勉強できる。こんなバイト他にあらへんで!」
  なるほど。日々の仕事が己の勉強、きっとこの人の人生訓なんですね。) 
 
 そして、いつも一番お世話になり、一番近くで仕事していた
 業務の朽木さん(仮名)とはメールアドレスを交換しました。
 結構マメな小父さんなのですぐにメールが来るでしょう、ドキドキ。

「それじゃ、この後試験ありますんでっ。失礼しますっ」
 一通り挨拶した後はいつもどおり去ってみました。

 ・・・・まぁ、2月半ば頃に社内で「引越し」があるんですが、
 その時手伝ってくれて云われてます。
 いくつもりです。
 だからあんまり湿っぽいのはかえってどうかな。。。と。



2本立てその2
「21世紀の経済史(甲)〜20世紀はアメリカの世紀か!?〜」

 さぁてさてさてさてさてさてさて。
 バイト先から帰ってきたら、今度は経済史の試験だこんちくしょぉ!
 (テンションあがりまくり。)
 はっきりって体調は良いっ。
 夕方ぐらいから唐突に良くなり始めて、
 夜には動けば動くほど本調子に近づいていく感じだ!!
 (似たような事を以前書いた気がする・・・・) 
 
 20時からの試験の1時間程前までバイトしていたので、
 試験直前に勉強しなおすのは不可能。
 でも試験の内容は大体頭に入ってるのでOK。

 「講義の内容をいくつかのキーワードに沿って要約しなさい」

 最後の講義で先生が言ってたのはこの通り。
 この講義に関しては全部出て、ノートも自筆のものがそろっており、
 それなりに興味深く聞いていたので、私はこういう問いにはかなり強い。
 
 要約しなさい=細部にはこだわらない。

 という勝手な図式を完成させてしまうのだ。
 後は好きなように文章を書き進めて行くだけ。
 ある意味日記を書くより楽であったりもする。
 (最近キーボード打つよりもペンで字を書くほうが疲れたりはするが。)
 
 そんなこんなで試験は終了。
 明日の試験と合わせて4単位ゲット!ぐらいの感触はあった。
 (明日の試験と50点満点ずつ合算するのです。)

 大東君もかなりできた様子で明日の中国語について軽く話し合う。

 「今夜は眠れないね」
 そんなやくざな結論に達した。
 

エピローグ。

意気揚々と言うか、軽い足取りと言うかとにかく帰宅。
そしていつもどおりのメールチェック。

あ・・ら??
これは・・・朽木さん!?


「長いようで、短かつたこの、変動多かったこの一年ご苦労さんでした、
 サー今後!!に向けて、体制整え、一心不乱に頑張ろう。
 まずは、テスト突破??
 それでは、風邪に気をつけて!!」


早ぇぇ。なんて早ぇぇリアクションなんだ。
早速返事を書かなくては。
バイト辞めても、せっかく出会ったこういう人とのつながりは、
できれば何年たっても持ち続けたいと思ったものでした。


あ、あかん、浸ってる場合ちゃう!勉強せな!!

■中国語応用4.試験開始まで、後7時間30分。



2001年01月29日(月)
カウントダウン

1900年代最後の日、カウントダウンに参加しなかった私です。
20世紀最後の日のカウントダウンもどこ吹く風で友達の家族と酒飲んでた私です。

そんな私が今カウントダウンの中心にいます。
そう、バイトが明日で終了なのです。

昨日夜かなりひどかった体調も今日の午前でかなり回復しました。
それでもやっぱり結構しんどく、こんな日は営業の皆さんの煙草の煙が、
なんだかとっても恨めしかったりします。
夕方ぐらいには結構頭がくらくらして、「もう帰りますね〜」
なんて云いながら帰ってきました。

皆から
「明日で終わりか〜」
「後24時間ぐらいで終わりねぇ、カウントダウンやなぁ」
「4回生ってことは卒業?」
なんか色々言われるのは結構嬉しかったりします。
割と気にかけてくれてるんですねぇ〜。しみじみ。

そうそう、特に嬉しかったのが、
昼過ぎに大阪から来た社内便の中身を配布していた時の事。
一通、妙に大きな袋があり私の興味をひいた。
封筒には、
「(大)上多 → (京)2Fバイト 不知火 」(両者とも仮名)
と書かれていた。
私宛だー。

「何これ??」

空けてみたところ、先ず最初に私宛のお手紙が目に飛び込んできた。
「バイトお疲れ様でした。
 色々とお世話になったこともあり、ありがとうございました。
 就職活動頑張ってください。 
             上多」

嬉しくて涙がちょちょぎれそうになったもんだ。
まっ
「*それよりちゃんと卒業しーや」
って最後の一行を読むまでだけど。
どうして大阪人ってのは落ちをつけずにいられないんだろう。
・・・人のことは言えないが。

大きな袋は東急ハンズ限定の福袋(?)の様なものらしく、
「限定」にひかれてそれにしてしまったらしい。
中身は「多分お菓子だと思います」と云われたとおり、
スナックっぽい音がしている。

せっかく自分当てに頂いたものだけど、
独り占めするのも気がひけるので早速空けて見る。

中身を見て絶句。

「ベビースターラーメンJUMBO」

・・・内容量約1KG!!・・・・らしい。

「一人で食べるなり皆で分けるなり好きにしてください」とのことだったので
半分は皆にわけ、
半分は頂いて帰る事にした。
実際には多分もって帰ったものの方が少なかったのだろうが、
その超巨大ベビースターラーメンの袋を家で飾りたかったのでそれでよいと思う。
いやぁ・・・でかいわ。マジで。

これから数日これだけで生活できんじゃないだろうか・・・・。
などと今もその袋を眺めているのだが、
そろそろ現実に戻らないといけないだろう。

明日はバイトが終わったら即効試験だ。
その試験勉強は今夜やっておく以外に手は無い。
さ・・・頑張るか・・・・・。

夜は・・・長いよね。



2001年01月28日(日)
一家爛々?いや、それ違うだろう。

すごく寝苦しい夜だった。
なんか頭痛と頭痛と頭痛、それに咳と喉の痛みに鼻水が同時に襲い掛かってきた、
そんな苦しみのなかで何度も目覚めたような・・・
気がしないでもないけどよく覚えてない。

起きてからの体調ははっきり言って最悪。

「あ、ヤバイな」

と何度か思ったがそこは気合でカバー。
時間をかけて調子を整え、目を覚ますと訪問者が。

伯母である。
父の兄の妻である。

いとこたちは私よりずっと年上で既にみなばらばらに住んでいる。
なので昨年伯父がなくなってからは、
伯母は長年伯父の看病をしていた家で一人住んでいる。

伯父の喪中であったので正月にも会わなかったが、
元気にしているのかどうか気にはなっていた。

「おめでとうございます。」

兄に祝いを渡している、約半年振りに見た伯母の姿は、
12年に渡る伯父の看病の疲れ切った顔から、
少しふっくらと健康そうな顔に見えた。

だが、あの頃に比べて全体に少し寂しそうな印象も受けた。

兄に向かって結婚について語る伯母。
真剣な面持ちで耳を傾ける父と兄。
なんか一時期、結婚式に誰を呼ぶかでもめてたらしいが、
この様子だと大丈夫そうやな、この二人。
・・・また急に何言い出すかわかったもんじゃねーが。

そして伯母は帰る前に

「せっかく一家そろってるんやから写真撮らせてくれへん?」

鞄から所謂「うつるんです」を取り出す。
あんたは女子高生かっ!
相変わらずお茶目なおばちゃんだ。

ともあれ、言われて見れば今日は兄貴も休みで、
私も帰っている、両親も祖母もいる時に伯母がくる事など非常に珍しい。

ここ数年では貴重な一家団欒(?)の写真を撮って、伯母は帰って行った。

そして私も、
ここ数年では非常にしぶとい風邪を引っさげて、京都に帰ってきた。

・・・・・。
そろそろ試験勉強再開しねーと何かとやばいな・・・・。



2001年01月27日(土)
初めてのセミナー

昨日は、結局京都の下宿から、
登攀具一式と、スーツ、革靴、などを引っさげて実家に帰っていたわけです。

というのも、今日は天満の研修センターというところで、
某社の「流通業界セミナー」というのがあったからなのです。

風邪気味で調子が悪いなりにも遅れないように早く出発。
予想通り早く着きすぎて途方にくれる。

雨に対する準備ができていなかったので近所のコンビニで傘を買う。
2度さしたらすぐに壊れた、エコロジー傘なんてものを、
私は生涯、2度と信用しないだろう。いくら380円だからって!!

適当に時間をつぶした後、開始の30分前になり、
「そろそろいいかな?」
と会場に向かう。

更に予想通り一番前の席に座る事になった。

一番前の席で企画経営室の次長さんがお話してる間、
ポケットに入っていたティッシュが3袋なくなったのだから、
私の風邪もそろそろ本格的だと言わざるをえまい。

こんな感じで決して順調とは言い難かったのだが、
私の就職活動において記念すべき第1回目のセミナーが終了した。
次回は会社説明選考会・・・よくわからん名称だが2月3日らしい。
鬼は外、福は内・・・・しゃれた事をする会社だ。(きっと偶然)

結局身体の調子が今ひとつだったし、
31日提出のレポートもできていたので、
諦めて今日の夜も実家の方で休む事にした。

明日、兄の婚約の祝いを持って伯母が訪ねてくると聞いたのはその後の話だった。



2001年01月26日(金)
全レポート提出完了っ!

朝から みさきよ が遊びに(?)来た。
細かく説明すると何かと難儀が出そうなので、遊びに来たとしておこう。うん。

前夜レポートで3時頃まで夜更かしして、
その後、なんとなく様々な雑事をこなしていたら朝の7時半になっていた。
洗濯などの雑事を済ませた後で仮眠に入り・・・
2時間が経過した頃の出来事だった。

彼らは結局1時間とかからずに用を済まし、次に北へ向かった。
北に何があるかと言うと、それはまぁここではあえて語らない。


さて、ひとりになったところで、私ぁレポートを提出しに大学へ行く。

今日提出のレポートと、31日提出のレポートである。
なんか昨夜勢いが乗ってしまって両方やっちまった。
これで試験期間が少し楽になるというものだが、
かえってしんどくしたのかもしれない、というのは後で思ったこと。(謎)


ともあれ、レポートさえ提出できればこっちのもの。
今日は金曜日。
いつものクライミングジム(@出来島)が学生割引の日。
ということで午後から行って参りました。

正直寝不足もあって体調はあんましよくなかったのですが、
不思議とこういうときに限って快調に登れたりもします。
そんなもんで予定ではさっさと引き上げるつもりだったのに、
調子に乗って随分長居してしまった。

後で思ったことですが、
クライミングで使う手の滑り止めチョーク(野球のロージンみたいなの)。
あれって絶対体に悪いです。
特に喉にすごく悪いと思う。
胃薬になるって話はうそだと思うな、如何に山野井氏のおっしゃる話でも。

そう、結局これが原因で風邪をぶり返したみたいなんですね。

はぁ、明日の会社説明会、大丈夫かいな?



2001年01月25日(木)
リスクと保険と経済予測。

タイトルは今日受けた試験の科目です。

経済予測・・・・全く勉強してません。
        教科書持ち込み可、だったので油断してました。
        目がさめたのが試験開始20分前。
        大慌てで着替えて大学へ直行。
        その時、着替えた服が裏表逆だったのはご愛嬌。
        試験前の教室で後ろの席の人らが、UNIQLOについて語っていた。
        ゆにくろはフリース以外大した事は無いとのこと。
        ゆにくろ製品着てたら一目でわかるとのこと。
        だろうなぁ、裏表逆に着たら首筋のところにタグがあるしなぁ。
        遠まわしに私に突っ込み入れてくれてたのだろうか?
        こんな恥ずかしい体験は中々できません。
        試験の結果?
        単位はもらえてるんじゃないでしょうか。

リスクと保険・・ほとんど勉強してません。
        試験の内容は結構難しかったけど、書けば通ると言う噂。
        ま、書ける限りのでまかせをでっち上げてやりました。
        多分・・・大丈夫だろう。
       
なんか今日は試験の合間に、日ごろ会わない大学の友達と妙によく出くわした。
やはり試験期間は大学に現れるものなのだろうか?
でも今いる友達って結構卒業しちゃうんですよね。

ふっふっふ、
なんか私のことを「負け組み」扱いしてるゼミの皆さん(?)、
実は来年も学生やってられる私が密かにうらやましいんでしょう!?

なんてことを実際に云ったら、
それこそ「負け犬の遠吠え」見たく聞こえたらしい。

むぅ、こんなことお互いはっきり云える、
関西という土壌がじつはわたしはとっても大好き。



そんなこんなでレポート一本終了。

さぁて、明日は登るぞっ!!



2001年01月24日(水)
見学!朝日放送!!

なんとっ!
大阪の朝日放送(またの名をABCテレビ?)へ行ってきました。

文化経済学という講義のおまけのようなものなのですが、
この講義、結構好きなんですね。

ま、講義の内容はともかく、
今日の見学会はそれをネタにレポートを書くと言うわけでもなく、
出席をとって評価が変わると言うわけでもないのですが、
なかなかどうして結構な人数が来ておりました。

日ごろから面白い講義をする先生だからと言うのもあるでしょうし、
普通なかなか見られないものを見にいけるということもあったのでしょう。
今時の学生の好奇心もまだまだ甘く見てはいけませんな。


ともあれ、大阪福島駅から徒歩10分ほどで到着。
例によってこんなときも遅刻するアホな学生もいたりしながら、
朝日放送での見学会は始まりました。

会議室で社員の人(実は我々と同大学卒)数人からお話を聞く。
放送局とは?
デジタル放送の影響は?
視聴率とは?
なかなか興味深い話を色々聞かせてもらいました。

関西では「やまとなでしこ」よりも「渡る世間は鬼ばかり」の方が、
視聴率高かったんですね。
予想通りでしたが。


その後、簡単に施設見学もさせてもらいました。
放送の合間に入るCMの仕組みなどについても説明してもらい、
その現場も見させてもらえた。

「もっと近くで見てもいいよ。
 あ、でも、そこからこっち入ったら何も手、触れないでね。
 いきなりCM流れたりして大変な事になるからっ」

どこまで冗談だかわからない口調で話す担当の社員さん。

次にニューススタジオを見学。
この時間は使われていなかったのでゆっくり見ることができた。

「最近では紙の原稿じゃなくて、
 そこのモニターに浮かび上がってるのを読み上げてるんですよ」

確かに、ニュースキャスターの目線があるであろう先には、
ちょうど良い角度に合わされたモニタが一台おいてあった。

カメラに映らない部分も含めて見たとき、
なんとなくテレビ局ってのは妙に無機質な感じがするものだ。

わけのわからん感慨にとらわれながら次へすすむ。
今度は「ワイドABCDE〜す」生放送中のスタジオへ!

これは本当に見学にも慎重を期したようだ。
まず少人数に別れて入れられ、その後も静かにするように厳重に注意された。
無論、あほな学生どももそんなことは百も承知。
誰も彼も興味津々生放送の現場に注目していた。

我々が入ったときはちょうどCM中だったらしく、
そこには普段の放送と違ったものが見え隠れしていた。
CMの間にメイクや服装を直したりするADの兄ちゃん。
他の出演者と談笑している番組パーソナリティー。
一人難しい顔で何か考えてる、おは朝芸能NOWのあの人。

そして別のADの兄ちゃんによるCM終了の秒読みが始まり、一同真剣な顔に戻る。

なんだか、視聴者参加型ゲームのコーナーで、
笑い声や拍手などで少しだけ番組に貢献してしまった。
う〜ん、どっから聞こえてくるのか不思議だった、あの音。
ちょっと謎が解けた気がする。

なんかこの一幕に微妙なドラマを感じ取ってしまったのは私だけだろうか?

どうでもいいがADの兄ちゃんらしき人の中に、
私と同じウインドブレーカーを着てた人がいた。
色も型も全く同じ。
あんなもんほかに着る人がいると思わなかった。
ちょっとびっくり、ちょっと悔しい。
今日来て来なくて良かったとちと思った。

そんなことはどうでもよく、
ほんの短い時間で、スタジオの見学は終わった。


ああ、なんか今日の文章は支離滅裂ですね。
しょうがないんですよ、明日は試験が2つ。
明後日はレポートがひとつ。

そんなこんなで若干頭が混乱しているもので。
悪いが今日のところは許してくれい。



2001年01月23日(火)
<連載> 決戦!中国語応用!!(その3) 〜補講編〜

朝7時30分。
アラームが3方向から鳴る、鳴る、鳴る。
大学の近くに住んでいるにしては必要無いほどの早起きである。
とりあえず起きて朝食をとったらボーっとする。

嗚呼、このアイドリングタイムのために生きているんだね。

やはり寝惚けてるときの思考は意味不明だ。
ともかくちょっと早めに起きた割りに結局ぎりぎりに大学へ向かう。


今日は満田先生の開いてくれる中国語の補講がある。

自転車で大学へ向かう途中、鎌倉君と千里さんを発見。
彼らも補講に出席するらしい。
同様に田守君と話している満田先生を発見。

「おはようございます。
 今日なんか、大学に来る人って先生の補講に出る人ぐらんじゃないんですか?」

などと、軽口を聞けるこの先生は実に人気がある。
決して美人ではないし、時々年齢に似合わないファッションで驚かせてくれるが、
授業全体から伝わってくる熱意、学生に対する優しさ、
そこはかとなく醸し出している妙な愛嬌などが原因だろうか?

今度の補講も決して先生が休講したための穴埋めではない。
出席が足りない学生、出席はしているけど自信がない学生を対象にしている。
かといって、それに出れば単位をもらえると言うわけでもない。

「これやったら試験で7〜8割はとれるようになるよ。」

といいつつプリントを配る。
因みに朝から夕方までかかるぐらいの分量はある。

実はこの先生から中国語を習うのは3回目で、補講にも毎回出ている。
そして補講では確かに出席点による水増しではなく、実力を伸ばしてくれるのだ。

というわけで、私はこの先生を、
うちの大学において数少ない 学生の味方 と認識している。


それはさておき。

今日は今日とて昨日の試験と同じくいつものメンバーが近くに集まる。
この妙にアットホームな雰囲気を作り出しているのは、
先に説明した先生のお陰でもあるのかもしれないが、そこはもう一人、
昨日も少しふれた千里さん(くどいようだが仮名)の力も作用しているのだ。

補講の話はおいといて今日はこの千里さんについて語りたい。

真に不思議な娘である。
・いつも着ているのはGパンとトレーナー。
・鞄には何種類かの新聞が見え隠れしている。
・教室で見知らぬ学生にいきなり平気で話し掛ける。
(私と大東君に影で「大将」と呼ばれている、
 ごつい応援団元副団長に対してもそれは変わらなかった。
・大将の方もちとひるんでいたのを私は見逃さなかった。)
・どうやら1年のとき私と同じ中国語入門の教室に居た。(確認済み)
・その時すごく勉強してて先生にも注目されてたのに、
 なぜか今同じ再履の教室にいる。(どうやら留学してたらしい)
・いきなり中日、日中辞書をそれぞれ買ってきて机の上に置き、
「見て見て〜昨日奮発して買ってもーてん。
  調べたいことあったらどんどん使ってな〜」
・私の後ろの席で隣の人と話してるのが聞こえてきた時の事。
「それも全部中国語のノート?」
「ん〜ん〜。これは新聞の切抜きとか〜」
 とのこと。
・今日補講中にいきなり、
 「うちの猫の写真見て〜」
 写真を見せられた。
 「むっちゃ可愛いやろ〜」
 (これに良く似た状況はどこぞで経験しことがなくはないが・・・
  それはもっと仲良くなってからだっけ。うらん・・・。:謎)
 「まさか補講受けに来て猫の写真見せられるとは思わんかったわ」
 「よかったやん、えーもん見られて〜」

細かく書くと冗長になってしまうので箇条書きで失礼いたしました。
どうです・・・面白いでしょう。

いやぁ〜、大学生活こういう人らと友達になっとかんといけませんな。
きっと私なんざ授業中は普通の人に見えるんでしょうて。

とまぁ、こんな面白い人らがたくさん(?)いる中国語応用。
こういう形で彼らに会うのも次の試験が最後なんだなぁと思うと、
ちょっと残念だったりもします。


★次回予告★
 ついに私の4年間にわたる中国語との戦いに終止符が打たれる。
 今度も対策は万全か?答案に書く作文は完成したか?
 スヌーピーはいったいどんな姿で現れるのか?
 そして、同日に行われる経済史の試験は・・・

次回(1月31日放送予定)
 <連載> 決戦!中国語応用!!(その4) 
 君は刻(とき)の涙を見る。

*当日は特別番組「21世紀の経済史(乙)〜職人論〜」の放送で
 予定が変更になる可能性がございます。ご了承ください。



2001年01月22日(月)
<連載> 決戦!中国語応用!!(その2) 〜第1の試験〜

朝一番、鎌倉君から笋入る。

「中国語の試験の教室ってどこやったっけ?」
君、関東出身にしては関西弁上手ね。
などと寝惚けたことを考えながら、

「ちょい待ちや、手帳手帳・・・
 えっと、Z地下1やね。」
「あ、あってた。あってた。やけに広い教室やなぁ」
「あんた今大学??」
「うん、結局昨夜ほとんど勉強せんかったから今から追い込むわ!」

試験まで後2時間半ほどあるのだが。
えらい気合の入りようだ。

それにしてもちょうど良いタイミングで起こしてくれたものよ。
よし、私も最後の追い込み・・・。
(結局自分も昨夜寝てしまった。)


ま、試験場では、例によっていつものメンバーが近くの席に集まる。

「調子どう?」
「6,7,9課試験範囲やろ?
 結局7課勉強してへんねん。」
こう答えるのは千里さん(例によって偽名)。
彼女のことは、面白いのでまた明日にでも書くとしよう。

まるで、高校の教室のような、妙に和気藹々とした雰囲気で試験を迎える。

結果はまぁ、そこそこ。
60点は確実にとれてるでしょう。
60点とれりゃ、単位を落すことはないからね。

今日のところはこれで勝利ってとこでしょうか?
しかし、後期試験の火蓋はまだ始まったばかりなのであるっ!
(続く)


★次回予告★
 なんとか無事に中国語応用3の試験を終えた私。
 しかし、私の行く手には中国語応用4が待ち構えていたのだった。
 私たちは中国語応用4の担当講師が開く補講への出席を決意する。
 
 次回
   「決戦!中国語応用!!(その3)〜補講編〜」

 この次も、サービスサービス♪



2001年01月21日(日)
<連載> 決戦!中国語応用!!(その1) 〜決戦前夜〜

明日は中国語の試験です。
朝から同じ講義を取ってる大東君に質問の電話で起こされました。

「おやすみ」

ひとしきり会話した後、電話を切るときについいつもの癖で云ってしまった。

「寝るな!」

反射的に見事な突っ込み。

「あ、そっか。勉強せなな。ほなおやすみ」
「おう、じゃぁな・・・って待て!
 つい電話切そうなってもたやんけ」

別に眠いわけではありません。
くり返しはギャグの基本です。覚えておくように。

今日は朝から晩まで、
息抜きしたり勉強したり、
息抜きしたり勉強したり、
息抜きしたり、息抜きしたりな日でした。

え?息抜きのほうが多い?
その方が効率いいんだって。(嘘つけ)

なんかこういう日は不思議と電話が多かったりします。

姉「何してる〜??」
私「勉強」

鎌倉君「教科書の31Pのさぁ・・・」
私「もしかして今はじめたのか・・・?」

百田君「明日、例のブツを持ってきてくれ。」
私「・・・その前に下山連絡はきちんとするように」


本日のダイジェストでした。
さ、続き続き〜♪
(すごく寝てしまいそうな、よ・か・ん♪)

★次回予告★
 ついに始まった後期末試験。最初の難関は中国語応用3。
 4年間戦い続けてきた第2外国語相手に、
 たった1日の準備で勝算はあるのか!?

 次回
 「決戦!中国語!!(その2)〜第1の試験〜」
 君は、生き残ることができるか!?



2001年01月20日(土)
昨日からの続きです。

午前0時を回りました。
日付が変わってもこの姉弟、まだまだ喋ります。
このペースで行くと朝の4時ぐらいまでは続くな・・・
と思っていたら今日は結局朝8時ごろまで何かしら喋ってました。
終わりごろはほとんど頭が寝ていたが。

内容は・・・
なんだっけ?
なんかセカンドインパクトに始まり一年戦争を経由して近況の報告から近況の分析に至りイスカンダルへ運命背負い旅立ったかと思ったら最近の成人式で起こった問題についてやなんかを色々喋ったような・・・・忘れた。(笑)

とにかく、何かしら喋ることはあるのです。

俺、昨日から喋りっぱなしだな・・・。


とにかく、そんな状態なんで、8時過ぎに姉の家を出て家に帰り、
そのまま爆睡モードに入りたいところでしたが、
私ぁ午前中講義があったんですよ。
仕方なく大学へ向かいます。

途中でやけに高校生の姿が目に付きましたが、
今日はセンター試験1日目だったんですね。
そんな日でも大学では講義がある、信じられませんな。

今日の講義は朝から2時間ぶっ通し。
1講時目は眠くて全然だめやった。
カフェイン入りの「眠れないキャンディー」(だったかな?)をなめていたんですが全然効果なし。
よく見たら「これを舐めても眠くなるようなら素直に寝て下さい」と書いてある。
・・・・無責任な。

ま、1講時目でそんだけうつらうつらしてたお陰か否か、
2講目は一応起きてられました。
しかも試験の内容を細かく説明してもらえたし。ラッキー。

講義が終わって外に出ると雪が降り始めていた。

「高校生も大変だよ」

わけのわからないことをつぶやきながら、地下のラウンジに下りる。
断っときますが地下のラウンジって大学の休憩所みたいなところですからね。
決しておねーちゃんがいる店じゃありませんよ。
休憩所ってのも誤解を・・・招かないか。ま、いいや。

実はここで4時間後にゼミの鍋島君(モチロン仮名)と待ち合わせている。
雪降ってるし帰るのも寒いのでここで時間をつぶすことにした。
本を眺めたり、眠ったり、また本を読んだり・・・。

睡魔を両肩に乗せたままだった私に時間つぶしなど造作もないことだった、
無論寝心地は非常に悪く、全然眠った心地なんぞせんかったが。

その後、無事 ザク打と Gセイバーのビデオは交換され(謎)、
雪がやんでいなかったので300円ぐらいの傘を買って帰ったのでした。

ところでまだまだ睡魔は去ってはおらず、
NHKドラマ「菜の花の沖」を見ながらぐったりと転寝してしまいました。
起きたのは翌日AM1時ごろ。
ぐはぁ・・・高田屋嘉平はどうなった?
結局カムチャツカ行ったのか?(行ったんだろうなぁ)
択捉は、国後はどうなったんだ???

くぅ〜〜〜・・・
ま、いっか。
第1話見逃してるし・・・。




2001年01月19日(金)
復活(その2)

ふっふっふ、今日は朝から調子がいいぜぇ!!

寝坊したけど。

今日からバイトに新人のお兄さんがいらっしゃいます。
年は私と同じ。
大学はなんかキリスト教大学でもなければイスラム教大学でも神道大学でもない。
そんな名前の大学(?)。
なんでも現在4年生なのだが、夏に教員採用試験を受けるのでしばらくはバイトでも・・・ということらしいのだ。


ということで、朝から彼にバイトの仕事を1から教えることになりました。
彼に仕事を引き継げばやっとこさ私はこのバイトから離れられるんですねぇ〜。

因みにここのバイトの内容とは。


某印刷会社にて、事務一般!

朝出社したらコピー用紙を補給。
(コピー用紙がなくなったら地価倉庫からとってくる)
郵便ポストに入っていた郵便物、および社内便で届いた社内連絡用通函の配布。
昼と夕方にはこちらから出発する社内便の準備。
他にも工場からあがってきた製品サンプルを各営業担当者に配ったり、
場合によってはそのサンプルを整理したり、廃棄したり。
他にも書類の整理とか、路線便の準備とか、地下在庫の発送とか。
営業さんから「これ、切っといて」と言われたらそれもやり、
時には全製品に訂正シールを貼ったりもするし、
文房具が足りなくなったらASKU●で取り寄せたりもするし。

やることはたくさんあります。(これでも全部書けてない)
これ、全部引き継ぐのは、はっきり云って無理なんじゃねーの?と思うぐらい。
でも今日は調子が良かったので力いっぱい説きました。
もう、午前中は喋りっぱなし。
新人の彼(名前考えにゃ、じゃ仮称で松原君)もなかなか素直で教えやすい。

年末から年始にかけて、
応募してくるやつぁ、日本語もきちんと話せない留学生ばっかりでした。
別に人種差別するわけは決してありません。
でも仕事の性質上コミュニケーションはとても大切なので、
「日本人レベルの日本語」と言ったら、「日常会話レベルの日本語」では困るのです。

でもでも、今度こそはこの松原君でイケるかな?なんて考えるわけであります。

そうこうしているうちに午前中の3時間はあっという間に過ぎました。
松原君の今日のお仕事はこれで終わり。
午後は護摩君が来るまで私一人で働きます。

午前中はかなり余裕かました面で引き継ぎやってましたが、
実は結構仕事溜まってたんです。
引継ぎやってるとその分日常の業務が遅れるのでそこら辺が難しいものです。

そんなわけで午後はとことん働きました。
朝も申し上げましたとおり、今日はすこぶる調子がよろしい。
風邪もすっかり治った?という感じで、
動けば動くほど体の調子が良くなっていく。
はなみずがまだ少し出るので息苦しくはありましたが。

復活モードですばやく仕事をこなしていると今日は護摩君が早く出社。
別にもっと働いてもよかったけど、ここは素直に交代。

その後、なんとなく暇そうな「姉」に電話してみたところとことん暇そうだったので遊びに行くことに。
講義始まるまで2時間以上あるからいいか〜、と思っておったら、
結局二人で喋り倒して、講義出るとか出ないとかを通り過ぎて、
姉の旦那と3人で鍋をつついたりしてました。

そうそう、「悪名」シリーズのビデオをなぜか見たんですがなかなか面白かったです。

ビデオを見終わってからも、旦那が寝てからも、まだまだ喋る喋る・・・・



2001年01月18日(木)
電車でホンっ!

最近読書量が減っています。
電車に乗らなくなったのが原因かな?などと考えていたところ、
某おは朝の星占いで「ラッキーポイントは電車!」。

「おしっ 乗りに行こう!」
読書の場に電車を選んだわけですね。

というわけで夕方、講義が終わってから
地下鉄近鉄経由して奈良まで行って帰ってきました。

中々面白かったですよ。

やっぱり今時の高校生は皆携帯電話を持っているんですね。
やっぱり彼らは友達3人一緒に電車に乗ってもメール打ったりしてるんですね。
しかも全員同時に。(笑)

まぁ、なんか色々なものが見られましたが、私にも誤算がありました。

「お前の諭吉が泣いている」の放送開始時間に遅れてしまったのです。

9時から始まるドラマなんで9時15分帰宅はまだ許せる範囲か〜などと
思っていたのですが、
どうやらこのドラマ、8時54分からやってるらしいですね。
くぅ〜、ちょっと悔しい。
でも十分楽しめた。
ま、いいや♪

そうそう、昨年の秋ぐらいからずっと読んでた「ホワイトアウト」読了ですっ



2001年01月17日(水)
復活!(その1)

朝起きたら、すこぶる体調がよい。

もちろん、のどの痛みはそう簡単には治らない。
せきも時々でる。
はなみずじゅるじゅる。しかもかみすぎてすりきれてる。痛い。

でも元気!
なんか体のだるいのが一気になくなった感じだ。
・・・・寝不足なのに何でだろう?(おい)


先にも述べたとおり、せきなんかはまだ出るのだが、
身体を動かせば動かすほど快調になっていく。

そうか、痰がのどに絡んでるんだ。
せきとともにこいつを全部出してしまえば、完治なんだな!?


ってことでまぁ、バイトは問題なくこなしました。

う〜ん、身体が思い通り動くって気持ち良い!


余談その1
 今日絶対携帯をもたないと思っていた友人大東君(仮名)が電話してきた。
 auの学割について聞いてきた。
 明日には契約せんばかりの勢いだった。
 やはり就職活動が原因か!?

余談その2
 夜、このくそ寒い中近所のコンビニに寄ってアイスクリームを買った。
 バイトの女の子はかなり驚いてくれた。ふふふ。
 でも、もしかして驚いて見せるのもサービスの内だったりして。
 もしそうだったら尊敬に値する。見習わなければ。(違う?)



2001年01月16日(火)
言いたいことは山ほどあるがっ!!(後編)

(後編)



今日は今日とて熱は引いたがのどは痛い。
さりとてバイトは休むに休めぬ。
なぜなら試験期間結構休むことが決定しているからです。
そんなわけで朝から働いてきました。

おっと、その前に水道修理の業者さんが朝一から来て水が出るようにしてくれたことを記しておかねばなるまい。
ただし、この話にはオチが・・・ああ、今日も長くなりそう。

第一部 バイト編

という慌しいところから始まった今日の朝。
バイト先では結構しんどかったが、頑張っていた私。
ただ、風邪の菌をばら撒いてしまったことを考えれば、結局休んだ方がよかったのかも。そこらへんは判断に苦しむところだ。(大局的に見れば絶対休んだ方が良かったと思う。)

それはそれとして、

「まぁ今日は15時で交代の予定だから、それまで頑張れば」

という腹は確かにあった。

が!!

15時を過ぎた頃。

「バイトの護摩君(仮名)から電話よ〜」

不吉な予感がよぎる。
無論こういう予感は裏切らない。

「あの〜、今日って忙しいですか?」
「言いたい事ははっきり云え」
「レポートが終わりそうにないんです・・・(苦笑気味)」
「もぅいいよ、わかったよ。」

こういう時、風邪のことは黙っておく。
周囲の人は見ているはずなので私が直接訴えるより、
そっちのが効果があるはず。(頼んだぞ 護摩父!<父親は営業マン)

そんなわけで結局夕方まで働く羽目に。
それほどきつい仕事ではなかったから今日は良かったんだが・・・・。

見てろよ。
この分は高くつくぜ・・・。


第2部 紆余曲折

さて夕方、とりあえず帰りに八百屋さんで買い物をし、
帰宅して、夕食の用意をしようとすると・・・・。

「!?」

なんと再び水道が止まってる。

念のため注意しておくが、
うちの水道代は共益費に込みであり、
それはしっかりと両親の手によって振り込まれているはずなのだ。

大家に確認した上で、
水道の元栓を自分で開ける。

おっし、ちゃんと水流れてる!

その時。

・・・・・。


なんかベランダの方で水が流れてる音が・・・。

ていうか・・・・洗濯機につないでる水道の水、噴き出してる!?


そうです。
ここ数日の寒波はベランダの水道を凍結させ、
昼間、気温があがったことによって氷が溶け、
それと同時に洗濯機と水道の蛇口を結合する金具の拘束も緩んでいたのです。

それに伴って噴出した水を隣の住人か誰かが見て、
たまたま3Fの水道の修理に来ていた出入りの業者さんに訴え、
その業者さんが応急処置のため、部屋の外にある水道の元栓を止めていた、
というわけです。


ま、これが二日連続留守中水道止められた事件の紆余曲折です。
大家さんの話と大体の状況から推理したもので、ほぼ間違いないでしょう。
因みににこれは推理小説に出てくるアリバイ工作のトリックではありません。
水道の業者さんが3Fの修理に来ていたのも本当に偶然です。
事実は小説よりも奇なり、ですね。

なるほど、確かに中に入られなかったら元栓だけでも止めたくなるわな。

ああ、因みにベランダの水道の方はちょっといじってやればすぐ治りました。
今度は大家さんの勧めどおりタオルを一枚かぶせてみたので大丈夫でしょう。

万事解決。


第3部 実家動乱

昨日の「結婚式に誰を呼ぶ騒動」が尾を引いているらしい。
大家に電話したついでに家賃の話などが出たので、
それを親に告げるために実家に電話する。

母親が出る。

「兄ちゃんとお父さん、もう寝てもたで」

なんで?

「昨夜のことで怒ってるみたいやわ。
 二人とも一緒にご飯食べて一言も口きけへんねん」

・・・・あんた黙って見てたんかい。
まぁええわ。
話が話だけに母親が入ったら帰ってややこしくなるかもしれない。
(事実した。だから現在のこの状態。全くもう。)

挙句、兄は明日から外で夕食をとってくると言い出したとか。

・・・・いい年した男が二人なにやってんだか。

これは一度様子見に帰ったほうがいいのかなぁ、と思った今日この頃。


第4部 マイラインはお決まりですか?

 テレホーダイに類するサービスって他の会社なさげですよね?
 じゃ、私は結局NTT西日本です。
 AUの携帯使ってるけど、
 001番KDD(KS■ではない)のの元ヘビーユーザーだけど、
 テレホーダイがなければやっぱり困るっ!
 
 就職活動もインターネットで資料請求、企業研究、業界研究、エントリーまで
 できてしまう時代です。

 今日も「リクルートナビ」に溜まってるメールを読むのに大変でした。
 説明会の予約も実は結構時間かかかります。
 エントリーシート考えてる間に時間は過ぎます。
 さて、今の時間は・・・・げ!?
 って感じです。
 
 ということでマイラインは投票も選択もしねーぞー。 
 そしたらまんまNTTのはずだし。


終わりに

 やっぱり長くなってしまった。
 こんなペースじゃ3ヶ月、いや2ヶ月もたないんじゃないか?
 日記書き始めて30分過ぎてるよ。
 こうして寝る時間がまた少し減りましたとさ。ちゃんちゃん♪



2001年01月15日(月)
言いたいことは山ほどあるがっ!!(前編)

とりあえず風邪でしんどかったので、
友人の勧めどおり、
1講時目の講義は休みました。
どうせ試験前でも普段の講義しかしないそうです。
おかげでゆっくり休めました。そう、頭痛が引くぐらいまで。

お昼からはバイトに行きました。
まだちょっと身体だるかったけど頑張りました。
無理はしてません、ちょっと早めに帰ったし。

なんか帰り道実家から電話がかかってきた。
「大家さんから電話あったで」

水道が壊れたから修理に行ったのが応急処置だったのできちんと修理したい??

そんなの頼んだ覚えがない。

ところで実家では兄の結婚式に呼ぶ親戚のメンバーのことでもめているらしい。
父も兄も私より更に短気な人々。

要約する。
父は親戚全員呼びたいらしい。心情は理解できる。
母は来たい人だけ呼びたいらしい。わからなくもない。
兄は
「そんなんでもめるぐらいやったらこっちの親戚誰もこんでええわっ!!」
早速キレたらしい。心情は一番理解できる。

こんなときに実家に居なくて本当に良かった。
こんなときに実家で就職活動してなくて本当に良かった。
そう思った今日この頃。

ところで
大家の言葉が気になったので水道をひねってみる。
蛇口から水が出てこない。
さて、私は治りきらない風邪だけでなく、
水が出ないことにより、
台所、便所、洗面所、風呂、すべてを封じられたわけです。

お前ら、そんなに俺が憎いのか・・・・・?


あ、大家さんは基本的にいい人です。
ただちょっと、変わったしゃべり方をするおばちゃんです。
そう、電話を切るときには必ず、故淀川氏ばりに
「サヨナラ サヨナラ」



2001年01月14日(日)
せっかくの日曜日

せっかくの日曜日ですが寝て過ごしました。

本っっっっっ当に寝て過ごしました。

かろうじて起きたのは、朝7時30分。
京都テレビで「勇者ライディーン」の再放送を見ました。
懐かしかったです。(待てい!!)

後は「北条時宗」も見ました。
北大路先生素敵。

そんなこんなでおかげさまで熱も下がりましたとさ。



2001年01月13日(土)
不調。

朝からなんかやる気が起きない。

まず目覚めた時間が10時過ぎ。
大学は余裕で始まっており、でもちょっと遅れる程度なので、言っても良かった。
でもでも、なんか身体がだるかったので行かなかった。

「あ〜、なんかだれてるなぁ〜」
私はこれを自分の怠慢だと解釈した。

しかし、それは大きな誤算だった。

夕方の講義にはきちんと出席したのだが、その後でふと思い至る。

「もしかして・・・風邪!?」

そう思った瞬間頭が痛くなる、体中がだるくなる、寒気も強くなる。

これはやばいかもしれない。

とりあえず帰りにお米を買って帰る予定だったので、
ついでに風邪引きセットを買って帰ることに。

とにかくビタミンCを取れるものと、
それからあったまれるものを。

夜はもう布団に入ってドラマ「菜の花の沖」を見ながら寝ましたとさ。



2001年01月12日(金)
1月の予定っ

今日は朝からバイトの日でした。
もうすぐ辞めるバイトなので、詳しいことはまた今度。
書く気が起きたら書くということで。

今日はなんかすごく忙しかったのです。
お昼3時ごろ。
クロネコヤ●トの宅急便を使って発送する荷物がたくさんあるとかないとか。

「これリスト、私らで梱包して発送するから」

って全部で30〜40箇所あるのでは??
送り状書くだけで大変やん。

愚痴ってもしょうがないのですぐに仕事にかかります。
なんだかんだと言いながらも4時半には終了。
終わった頃に来る交代のバイト君。

「君・・・いいタイミングで来るな」
「???」
「いや、なんでもない、試験期間の日程決めよか」


と、二人の試験期間中のバイトの予定を相談し始める。
既に講義始まってる時間なんだがそれはとりあえず気にしない。

どうやら2,3日ほどバイトが全く入られない日ができてしまった。

「どうしましょう?」
「ま、しゃーないな」

ここは正直に事情を説明して皆さんの協力をお願いするしかなかろう。
そしたらみんな笑顔で快く引き受けて下さいましたとさ。

そうそう、大学の方は、遅れていっても全然問題ありませんでした。
先生と3人のゼミ生が雑談してるだけだったので。



2001年01月11日(木)
思い立ったが吉日。

突然ですが挑戦です。

日記を書いてみようと思ふ。

何故って、まぁ、なんとなく。
最近掲示板に書き込むのが面倒になってきたので、
せめてあまり人目にふれない所で(?)
言いたいことをぶちまけちまおうかななんて思う今日この頃。

不知火?
ああ、あれね、
ポストペットの名前です。
飼ってるペットはアンノウン。
袋いりのお茶目なやつ。

そんなことはどうでもよく。
とりあえずハンドルを入れてくださいって言われたので入れてみました。

ジャンルが「チャレンジ」なのはご愛嬌。

この日記をいつまで飽きずに書けるか?
それこそが私の挑戦、私のチャレンジ。
新世紀の過大な課題なのです。

初日からあんまし飛ばしてもよろしくない。
三日坊主は一番望ましくない。
ということで今日はこの辺で。



2001年01月10日(水)
超・疲労。

朝起きて、洗濯物干して、大学に行き。
1限目の授業が終わり、バイト先へ。
昼飯食う時間も無く働き、働き、働き。
友人から電話がかかってきたりもし、
「試験に持ち込める教科書売ってたけど?」
「買っとけ!」
それはさておき。
6時過ぎには再び大学へ。
少々遅れて入った教室では、試験情報が。
きっちりとメモをとる。うん、なんとかいけそうだ。

と安心したのも束の間。
来週休講のため、今週が最後のその講義。
先生はいつもの通り、いやいつも以上に熱く語る。
職人について、経済について。
いつもならしっかりと聞くその講義。
だが、起きていられなかった。

どうも、疲労が溜まっていたようだ。
昨日のバイトでも昼に休んでいなかった気がする。
そういえば最近妙に甘いものが欲しくなる。

いかんな、無理するのは止めよう。


っと、これで追いついたな。
ん?
なんのとこかって?
翌日の日記参照。
初日から飛ばしすぎは良くないといいつつ、
結局元日から10日までの分をすぐに書いてしまったのでした。



2001年01月09日(火)
事始め

少し遅いが、今日が私の事始め。
今日から大学が始まり、今日からバイトが始まる。
バイトは5日からだったが、私の仕事は今日から。
それなりに忙しい始まりだった。

それにしても、
私ぁこのバイトいつまで続けるんだろうか?
なんかやめる、やめる 言いながらまだやってる。
シフトによる時間的拘束が存在するため、
これから就職活動しようって人には向かないバイトなんだが、、、

代わりの人が見つからないため仕方なく続けている。

仕事自体は嫌いではない。
職場の人もいい人ばかり。

それゆえにやめられない。

「自分の代わりのバイトを一人育ててからやめる。」

確かにそういう約束をしたが、これは義務ではない。
やめようと思えば本当はいつでもやめられる。
でも、できない。
義務よりも義理でやっているところが大きい。

もっとも、お世話になった人々を、
簡単に見限れる様な人間にはなりたくないし、なれるとは思わない。

情に流されてばかりではいけない。
時には自分を中心に考えることも必要だ。

とも思う。
でも、ここはもう少しだけ頑張りたいと思う。

甘いかもしれんけど、ね。



2001年01月08日(月)
1年戦争

四条をブラついていたら、
「タイピング1年戦争、ザク打」
というソフトが目に入った。

即効購入してしまった。

ガンダムには結構うるさい私。

さぁ、「New Type」目指して頑張るぞ!!

・・・・・。
あの、ノーマルモードはクリアしたんですが、
ニュータイプモード、すっげぇ難しいです。

しばらく、はまってしまうかも。
みゅぅ。



2001年01月07日(日)
主婦の集まり?

姉の家に遊びに行きました。
姉の友達も来ました。

なんか3人でお茶しながらお話してました。
テレビ見ながらテレビに突っ込みいれたりもしながら。

ふっと思った。

「今俺って、主婦の仲間入りしてない?」

ちょっと背筋を悪寒が走った。
直後、

「ま、それもいっか」

開き直った。


悪寒は、窓の外に降り積もる雪のせいだったようです(無理やり)。


そう、すっげぇ雪でした、窓の外は。
こんな日にあえて山に行く人ははっきり言ってあほです。
日程をずらすなり、やめにするなりが正しい判断というものです。
そんな人、いないと思うけどね〜。



2001年01月06日(土)
何をしたかというと

何もしてなかったりするのです、
この日は。

正確にはどんな風に過ごしたかというと・・・・

思い出せない。

それほどに中身がない1日でした。

中身が無い日も時には必要そうかもしれませんが、ダメですね。

せめて人に会わないと、人と話さないと。

私ぁ、独りで生きて行けるタイプの人間ではないんだから。
多分。



2001年01月05日(金)
初登り〜part2〜

今年初めてのクライミングに行って来ました。
といっても人口壁ですが。

いつものメンバー+1ってところでしょうか?
+1の人は最近就職が決まったらしい(とこの日はじめて知った)女の子。
これからはまた結構一緒に登りに行くんだろうか?
わからんが。

なんかこういうメンバーで行くと、必ずしごかれます。
一番下手くそなのが私だからです。
ブランクが長かったのもありますが、それを差し引いてもうまくはありません。
上達も遅いしね。
最近はじめた人を見てると余計にそう思う。
彼が上手すぎるという説もかなり濃厚ではあるのですが。

ま、そんなこんなで、
この日は就職が決まった人の内定祝いをすることにしました。
4人で梅田の居酒屋(珍しい!)に行きました。

年明ける前後から飲んでばっかりな私です。
大丈夫かぁ・・・?




2001年01月04日(木)
友人について(携帯電話編)

昨日の夕方、
某所で知った昔からの友人の携帯のメールアドレスにメールを送る。
しばらくして、返信。
そして電話。
その後うちに来て数分会話。
たったこれだけだが、久々の友人との楽しい時間である。
小学校からの友。
高校、大学も別々だが、
10年、20年先も、年1,2回は連絡を取り合っているだろうか?
そうであったらいいなと思うそんな友人。

今日は今日とて。
「今日本橋にいる。」
と携帯にメールが入る。
元日寝てやがった友人だ。
ま、あの状態では満足に話もできなかったので、
もう一度会っておこうと出かける。
簡単な買い物をした後、そいつの家に行く。
様々なことを話していると、またも携帯に着信。

「梅田まで牛鍋食べに来ないか?」
これは大学の友人から。
ふたつ返事でOKしつつ、
目の前の友人にも少し早く帰ることを告げる。
そう、今日は私が実家から京都に戻る日なのだ。
で、帰ろうとしていたら、例の家族から食事を勧められる。
押しに弱い私。
結局少しだけご馳走になることに。

食べてる途中に京都の友達(ていうか姉?)から着信があり
「雪が積もった♪」
などとはしゃいでいたのはまた別の話。

年賀状にしばらく会わない友達の携帯電話メールアドレスが書かれていたのも
また別の話。

そうそう、携帯電話、PHSの普及率が「日本人の2人に1人」
というのは1月11日の新聞に載っていたことなので、
これは完全に別の話(笑)



2001年01月03日(水)
祖母を見舞い。

祖母の見舞いに行った。
身内なのに薄情かもしれないが、正直どこが悪いか知らない。
なんども色々な件で入退院を繰り返しているからだ。

意地っ張りで強情で負けず嫌いな父方の祖母。
ただ身体が悪くなるにつれ少しずつ元気がなくなっていく。
昨年伯父がなくなってからは更に小さく見えたてきた。
あの負けん気強いばあさんが、
息子を思って涙する姿を見ると、
そらこっちまで泣きそうになったもんだ。

とにかく、そんなばあさんの見舞いに行ってきた。


一段と弱弱しく見えたおばあちゃん。
ちょうど昼寝している時に訪れたものだから、寝惚けていたようだ。
どうも、風呂に入れてもらっている夢を見ていたらしい。
目覚めてからも、意識が睡眠状態と覚醒状態の中間ぐらいにあったのだろうか、
言動からはどうもその双方がごっちゃになっている。
(ま、それを寝惚けというのか)

だが、そんなばあちゃんの言った中で、やはりばあちゃんらしかった言葉。

「今度こそしっかり治して退院するからな」

まだまだ頑張れそうやね。
長生きせーよ。



2001年01月02日(火)
初登り。

正月から生活が狂ってしまった。
目がさめたのは午前3時ごろ。。

しかし、起きてしまったものは、もう仕方がない。
5時ごろ突然行動を開始する。
なんとなくジャージとTシャツに着替えてウインドブレーカーを着込む。
そして目指すは実家の近所の山。
軽く走って10分ぐらいで取り付きに到着。

・・・のはずだったのだが、
結構ふもとに民家が立っており、道に迷う。
入り組んでるんです、あこらへん。

いつも行ってたのと違う道を使ってみようと思ったのが原因。
迷子の王道ですな。

なんだかんだでやっとこさ山に入っても
夜明け前で真っ暗。
さすがに怖い。
これは物の怪の類がでてきても誰にも文句はいえないわ。
そんな状態。

しかたなくペースをおとし、手探りで進むようにゆっくり歩く。
真っ暗に見えた山中も
目が慣れてくるに従って次第に見えるようになってくる。
加えて朝の光が少しずつ届いてくる。

徐々に朝の肌寒い、しかし火照った体には気持ちよい空気が感じられるようになる。

それ程高い山ではないため、1時間弱もあればのぼりきることができる。
この間、会った人間と言えば、
山頂のケーブルカー駅の駅員さんと、
山頂近くのバス停で火にあたってあったまってるバスの運転手さんだけ。

それ以外の人は朝一番のこの街の景色を見てないんですねぇ。

なんかちょっと嬉しくなる。

「よしっ 今年も頑張るか!」

・・・・1日は始まったばかりだが、
この日ってこれぐらいしかしなかった気がする。
あ、後は古本屋で本を買いあさったぐらいかな?(とお茶を濁してEND)



2001年01月01日(月)
21世紀、新たなる幕開け

「2001年の幕開けだ!」

と、たしかだれぞにケータイからメールを送った気がする。
大晦日の夜から、実家の近所の友達の家に呼び出され、
その家族みんなに飲まされていた(少々誇張)ためかなり酔っていた。

そんなもんでそのメールに対する返事を送ったかどうかは定かではない。

因みにそのとき私は近所の神社に、
やはり友達の両親+友達の妹、弟といた。
私を呼び出した友達本人はというと、珍しく酔っ払ってしまい、
紅白歌合戦を最後まで見ることなく眠りに付いていた。

よく考えたら、なんかすごい家族?

でも、ま、いいです。
まさか「越の寒梅」飲ませてもらえると思わなかったし。
小さい時から良く知ってる家族ですしね。
きっと21世紀も仲良くやっていくことでしょう、彼らとは。

それにしても21世紀、21世紀いいますが、
結局は夜が明けて朝がくるだけ。
なんにも変わらないんですよ実際は。

そんな私は「雪降るな!寒いの嫌いじゃ!」
といいながら雪で遊ぶのが大好きなひねくれもの。

今世紀もよろしくお願いします。