貴女へ
 知つてるよ。
 貴女は凄く頑張つて生きてきたんだ。

 貴女は「不幸」に結び付く要素に惠まれた環境で育ち、「不幸」の要素を抱いた人と愛を育み、理不盡で「不幸」な事故により生涯の伴侶になると思つてゐた人を失つた。
 僕は知つてるよ。
 何度も何度もこの耳で貴女の話を聞いてきたから。

 頼るべき身内からも突き放された貴女は、先に逝つた伴侶への想ひを憎しみに變へて、それをばねにして顏を上げ自分の生きる道を拓き續けたんだ。
 毎日毎日、如何して自分はこんなに苦勞をして生きてゐるのだらうと自問しながら、貴女は自分の生活を立てるだけでなく貴女に縋つてくる身内の世話を燒き續けた。
 貴女は他人から施しを受けるのをよしとせず、何もかも自分の力で解決した。身内の借金も生活費も何もかも、その背に負つて擔いできた。

 貴女は僕の何倍も、何十倍も、何百倍も、それこそ何千倍も何萬倍も苦勞して生きてきたのに。
 貴女がいふ通り、僕はその苦勞の一端しか理解してゐないのだらう。

 貴女のその強さは、身内への深い愛情と地域社會へ貢獻したい氣持ち、そして伴侶への憎惡と他人に頼らぬといふ意地とで支えられたものだ。
 貴女はいつもほんの少しのバランスでその強さを弱さに變へてしまつてやしないか。

 彼への恨み辛みを口に出すのはまう止めてくれ。
 彼は彼なりに充分頑張つてゐたのだと思ひ出してくれ。
 彼を本當に憎んでゐたのではなく、さう思はぬと貴女は一人で殘されたそこから立ち上がれなかつただけなんだ。

 「何で先に逝つてしまつたのか。
  如何してこんな負の遺産を殘したのか。
  私はこんなに苦勞してゐるのに、如何して…。」

 事故だつたんだよ。どうしようもなかつたんだ。
 彼が惡い譯では無いし、貴女が惡い譯でもない。どこかに理由は見付けられるけれど、それだけが全ての理由ではない。

 お願いだから貴女が頑張つて生きてきた別の理由に氣付いて下さい。
 貴女は彼への憎惡だけで生きてきたんぢやないんだ。
2005年09月28日(水)
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