コネタ帳
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2001年08月31日(金) カゴ

天気:晴れ

今日、近くの店が開店から4年で閉店になった。
その店から、2人うちにバイトに来ることになっていて、
夕方、そのうちの1人が本部の人と一緒に挨拶に来た。
そして、「手土産に」と言って、その店で使っていたカゴを20個位かな?
持って来てくれた。うちで使っているカゴは開店以来あるものも多く、
だいぶんくたびれていたので、こりゃ助かると思ったけど・・・。
あまりに汚くて使えなくて、せっせと洗うハメに(ーー;)
しかしその汚さは、半端じゃなかった。雑巾でたった2カゴ拭いただけで真っ黒に。
うちにある、開店以来(10年以上)使っているカゴはヒビが入っていたり、
欠けてしまったりしているものもあるけど、奇麗か汚いかと言われたら、
大げさでも何でもなくうちのカゴの方が遥かに奇麗。(だって、毎週洗ってるもんね。)
たぶん、閉店になったその店のカゴは、開店以来洗ったことがないと思う。
私は、洗いながら思った。「これじゃぁ、潰れるはずだよなぁ・・・。」
たわしでゴシゴシしなくちゃ汚れは取れないし、臭いし、外で洗っていたので
死ぬほど蚊に刺されるし、もうクタクタ・・・。
半分洗った所で暗くなったのでやめた。あと半分洗わなきゃいけないと思うと
あ〜あ・・・だ・・・・。


2001年08月10日(金) 解散。

1995年、私はJIGGER'S SONのファンになった。
ちょうどその頃、私は窮地に立たされていて、精神的にかなり参っていた。
そんな私を救ってくれたのが、JIGGER'S SONだった。
今まで、色んなミュージシャンや歌を好きになってきたけれど
こんなにまで愛してやまないバンドは、後にも先にも
JIGGER'S SONだけだと私は言い切れる。
私にとって、JIGGER'S SONは特別な存在なのだ。

1998年、JIGGER'S SONは活動を休止した。ショックだった。
今思えば、窮地に立たされていたあの頃と
同じ位のへこみようだったかもしれない。
だけど、私はすぐに立ち直った。「解散じゃなくて良かった。」と。
普通、「休止」=「解散」と言われる。実際、たくさんのバンドが
「休止と言う名の解散」をしてきた。
だけど、JIGGER'S SONにそれが当てはまらない事は解っていた。
雑誌に「解散」と書かれようが、誰が何と言おうと
「休止」と言う事に何の疑いも持たなかった。
そして活動再開の日を楽しみにしながら、これまでと変わらず活動休止後も
メンバーそれぞれの活動を私は見続けた。
この3年間、ずっと自分の目でちゃんと見てきて本当に良かったと思う。
なぜなら、サトルさんがweekend caravanで「今までしてこなかった話」と
題して語り始めた活動休止の裏話と言うか本音と言うか…。
そして現実となった「解散」。
私は、悲しいとか寂しいとか辛いとか言うよりも、清々しい気持ちだった。
もちろん、「もう駄目(活動再開はない)かもしれないなぁ。」と
思い始めた時は、へこみもしたし悪あがきもした。
今でも、悲しいとか寂しいとか辛いって言う気持ちが全くない訳じゃない。
だけど、色んな辛い現実を受け入れてこられたのは、
ずっと自分の目でメンバーそれぞれの頑張りを見て来たからだと思う。
今は、9/21(金)ON AIR EASTのLAST LIVE「決着」。が楽しみだ。

そして、このHP「J's」の今後について。
JIGGER'S SONを応援するサイトはたくさんある。
解散に伴い、HPを閉鎖するサイト、方向性を変えるサイトなどあると思う。
私は、今まで1人でも多くの人にJIGGER'S SONの良さを知ってもらいたい、
活動休止後のメンバーの素晴らしい活動も見て欲しい。
そんな想いでこのHPを続けて来ました。
解散後、慎也さんは音楽活動をやめてしまうそうですが、
サトルさん、渡辺さん、マットさんはこれからも頑張って行きます。
私は、そのメンバーの頑張りをこれからもずっと見続けて行くつもりです。
そして、これまでと同じようにそれぞれの音楽の素晴らしさを
1人でも多くの人に知ってもらいたいと思います。
その為に私が出来ること。
それは、CDを買うこと、リクエストすること、ライヴに行くこと、
HPを続けること。

みんなの心にも、JIGGER'S SONと坂本サトル、渡辺洋一、坂本昌人、鈴木慎也が生き続けますように。


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