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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

(お仕事のご依頼をいただける場合、あるいは私の作品や仕事についてご質問をいただく際は、書籍を出版している出版社さん宛てに、メール等でいただけましたら、幸いです。
転送してもらえますので、その後、私からお返事致します)。

HELP!
2001年09月18日(火)

品性を保ちたいとお考えなら、聞かれても自分の事は話さないのが得策だ。
すきな本もすきな曲もぼかしておくとよい。
すきな友達の話なんてもってのほか。
まあ話すけど。

取り敢えず私は弱いので、私の話で誰かのイメージが悪くなるような緊張には耐えられない。だから、うわさ話と悪口は言わない。
別に潔癖なのではなく、ただたんに弱いのだ。

秘密主義と言われる事もあるけれど、そんなつもりは無い。
でも、女の子と何を話したらいいのか解からない時はある。

私はきつい言葉に免疫が無いみたいで、ちょっときつい言葉を投げられただけで、口が開けなくなる時もある。

こんなんじゃ何も話が出来なくなってしまいそうだけど、品性を保つためには仕方ない。

場を和ませることや、その場にいる人を楽しませることより、
公正であることや、寛容であることなどの方がよっぽど大事だと思う。

昔から自分の話は苦手だった。
何かの事情を話すとしても、自分から見た話しか出来ないのだから話さない方が増しだと思う。どうしたって主観は入るのだから。
わかって欲しい人にだけわかってもらえれば、他の人になんてどう思われたって構わないじゃない。
自分がかげぐちを言われてもほっといた方がいい。
関わらない人が最後は勝つと思う。




HELLO、GOODBYE
2001年09月17日(月)

「傷つけた傷つけられたっていう事はよくある事だから、恨まないでいきたい」
っていう文を何かで読んだ気がして、その通りだなと思っているので、そうするようにしている。

実際、考えてみると、「あああ、傷ついたあ」って時は、状況で傷ついただけで、誰かに傷つけられたっていう風には思ってない。
人間関係で傷ついたのだったら、なおの事、誰かが悪いなんて、絶対思わない。
でも傷ついたのは本当なのだから、傷つく事が出来る間にしっかり傷つくべきだなって思う。
風邪と同じで、適当に済ませると、後でこじらせる。
周りに心配を懸けたらいけない、など気を使って元気な振りをするなんてばかだ。
勿論、人に頼ってはいけないし一人で立ち直るしかないが、でも周りを信用して、心配かけるくらいは気にしないで傷ついた方がいい。
兎に角、どんなに真面目に生きていても傷つけた傷つけられたっていうのは起こるのだから、事故に遭ったと思えば良い。
そしてそこから何か学び取るくらいしか出来ない。

何にせよ、傷つくのは簡単だ。ただ傷つけば良いのだから。

大事なのは傷つけた側が、気にしない事だと思う。
思いやりは大事だと思うけれど、あっけらかんとしとけばいいと思う。
大体、実際に何故傷ついてるかも聞かないで、想像で「悪い事した」と的外れな罪悪感を持ってることもままあるよな、と思う。
「しょうがないじゃん」って感じで無邪気でいればいいんじゃないかな。
むかつくけど笑えるから。

私は、生きていれば迷惑かけるのは当たり前と思ってるから、人の事を傷つけちゃった時も平気でいる時があるからもしかしたら結構むかつかれてるかもしれないが、そんな時は愛敬で乗り越える。

たぶん傷ついた側は傷つけた側に対して、気に病んで欲しい、とは思ってないはず。




べたべたにビートルズを聴く。
HELLO、GOODBYEがすき。



ノルウェイ
2001年09月16日(日)

悲しさなかったら、生きているのもつまらない。

楽しい時でも涙が出てくるのは情緒不安定だからでなく、大人になったからだと思う。

これから沢山悲しいことを経験したい。

俺は自分をもう少し強いものだと考える事にした。

25歳のつもりで、160cmのつもりで生活しよう。

そういえば、きのう23歳になった。

お姉さんかよ!!(ミムラつっこみ)

けれど、去年から23のつもりだったのでショックじゃなかった。

サークルの強化練でだらだらしていた事を、みんな怒ってるみたいだ。
ばれてないと思ったが。
でもそんな時期もあると思うよ。
でも信用をなくすって簡単なんだな、と思う。
今まで頑張ってきたつもりだったが。
酒乱だし、後輩も離れていってる気がする。
このまま、もっと悪になって、嫌われて、最後に全員から、やな奴って思われるのも楽しいかもな、と思ったが、小心なのでそこまではしないだろう。

ほんと、何でこんなにローテンションなのか不思議。
これといって悩みもないし。
あるか。
でも、ローテンションも楽しいなあ、本人は。
だって、どうせそのうち元気になるのが目に見えてるからね。
どうせ自信も復活しちゃうだろうし。

でも自分の中の少女性みたいなのは二度と出てこないのを感じる。(この年で少女性というのも変だけど)
まっすぐに話すためになら少し位人を傷つけても平気だったり、唇にナイフがついてるような喋り方や、素直に感情を出して、無邪気にはしゃいだりする事ももう二度とない気がする。
大人になるって大事なことだけれど、自分のそういう鋭さや、素直すぎる所が、周りには迷惑だったかもしれないけれど、自分では気に入っていたから、そういう時期が去ってしまった事が寂しい。

というような事を、誕生日だけあってしんみり考えた。

秋が来たせいか、最近しんみりするのが好きなのだ。







荒れた空中庭園
2001年09月13日(木)

バイトをしていたらあまりに暇だった。
台風後だし、テロもあったし、美味しいごはん食べたいなんて人あまりいないのだろう。
ココロの中で「私の九月は暇だらけ」という歌が出来た。

私の九月は暇だらけ
スカートのモノグラムも零れ落ちる

自転車に乗っても何処にもいけない
スニーカー履いても鉄の足

店内を駆け巡るミニ台風
よけてお皿を運ばなくちゃ

かまぼこ板で何かつくれないかしら

私の九月は暇だらけ
鴨長明も欠伸する

ユーモアのセンスなんていらない
もう面白い人はすきじゃないから

鳩サブレーは豆食べないぜ

という訳の解からない歌だった。
何にせよ九月、別に暇じゃない。レポートは沢山あるしさ。
それにしたって、今までの人生で九月が幸せだった事って殆どなかった気がする。
去年もオトドシもその前も九月はブルーだった。
でも台風はすきだ。
私は明後日生まれたのだけど、その時もすごい台風で大雨だったらしい。
それがなんか嬉しい。
私は私の人生が台風みたいだったらいいなと思う。

話は変わるが、最近思うのは「神様を信じる」ってどういう事だろうという事だ。
無宗教だから、そういう事ではなくて、でも神様を信じるっていうのは、人に見せるための自分じゃないってことかな、などと。
誰も見てなくても恥ずかしいことはしないとか、優しくするのは人に好かれたいからじゃなくもっと自然な力によるものだったりとか、そういう事が出来る人って神様を信じられる強さを持っている気がする。
とりあえず、私はほんとに無宗教だから、神様って像も浮かばないけど、でも自分に似てる気がするな。
それかその人に恥じない自分でいたい、という事である気もするから、すきな人にも似てる。

人間関係において「好意を得るためじゃない行動」を取れるかって事が大事のように思う。

また話は変わるが、東京スカパラダイスオーケストラのめくれたオレンジって曲が耳から離れない。何かCMの曲だったはず。

そしてテロに巻き込まれたら?と考えると足が浮くような気持ちになった。
一番あるのは、自分という存在が無くなるという不安さよりも、意外と、これからやろうと思っている事が出来ないという無念さだ。



めくれたオレンジ
2001年09月12日(水)

昨日は台風のおかげで、サークルの練習が中止になって、久し振りに日記をかいたのだけど、その後、夕方、図書館から空を見たらびっくりする色をしていた。
晴れて、金色になっていた。
薄紫と薄ピンクを背景に金色の雲がずっと続いていたので、思わず外に出て、夕日の方角にずっと歩いた。

飽きて戻ってきて、家に帰って寝ていたら、家人が「すごい事が起こった」と騒いでるのが聞こえた。
それがテロだった。

なんだかパノラマみたいで、現実感を持てない自分が人間らしくなく感じられて悲しい。




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