Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2017年06月30日(金) 表参道の名店「しろう」





表参道の名店「しろう」でせいろそば切り「玄粉」大盛りと天ぷらをごちしてもらう、うるうる、



おれの周り7にん、おれも含めて頸椎でたいへん、ビオフェルミン、エビオス、10年以上のんでいるよ、だけどね、とか、マッサージ師は選ばなければとか、







ゲスの極み乙女。の『両成敗』を昨年のベストに挙げていない(musicircus)のは不覚、追加します、
新譜『達磨林檎』、ツタヤレンタルしに行かなきゃ、
すぐにいろんなコトを忘れてしまう、いつも身体のどこかが痛い、いいんじゃない?もすぐ56だし、



韓国のガールズポップ、TWICE、国籍は韓国5人・日本3人・台湾1人、この構成にまず惹かれる、

TWICE(트와이스) "TT" M/V









El pueblo unido jamás será vencido - Chile 11. september 1973



Inti Illimani El Pueblo Unido jamas serà vencido(original!)



不屈の民 A Musik El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido



Silent Tone Record/ジェフスキー:「不屈の民」変奏曲/高橋悠治/日コジマ録音:ALM 19/クラシックLP専門店サイレント・トーン・レコード








2017年06月29日(木) ベストオブクラシックNHKFM、菊池洋子、





おたおめ、こいちん!四半世紀生きたか生きたか、



ベストオブクラシックNHKFM、菊池洋子、ピアノ、昨年京都での収録、
菊池洋子はコンサートで聴いたことが二度ある、う、上手いな、たしかにたしかに、
細川俊夫の委嘱小品がプログラムにある、なにこの説明主義的な創造のカケラもないコンポジションは、西村朗のほうがはるかにましだわ、腹立つわ、



岩崎洵奈のピアノとはくらべないでください、呼吸の精霊なのですから、






1か月おきに支払い票が届く上下水道代というのがクセものだー、



「さすが日本の現代音楽界の横綱、西村朗だ!」と感想をくちにしていたおれなのに、何という言い草だろう、「はるかにましだわ」、



アルディッティ弦楽四重奏団のCDで、林光、三善晃、西村朗、細川俊夫を聴く、改めて、



美しく品のある華麗さに漂う林光、
どこまでのスパンで旋律と響きを射程に瞬間を持続するのか謎を追い続ける動かし難いソフトでさえある三善晃、
最高技法のマックスを張り続けるような工芸品にも聴こえる密度の西村朗、
ヨーロッパ視界の洗練された翻訳者のようにも聴こえるシャープな細川俊夫、



おやすみはアメフォン全面プロデュースの2008年作、基盤はボサノバ、耳は越境、
Aya Collette & The Setouchi Authentics










2017年06月25日(日) 内田樹が天皇主義者になったと告白している、記事、





浦安から新木場、ゲートブリッジを羽田方面へ回り、大井南から山手トンネルで練馬まで、という、えぐいルートを味わう夜の帰路、札幌の妹家族がラインでグループになってオレも入ってご挨拶、



アナログを売却する、お金がほしいという投稿に、フリーズしてうろたえるぼくら、Cメールでやりとり定年後は入りびたる楽園の予定なのだに、いかんせん我々にはゼニがないのだ、



頸椎は10年ほど前から平和台整形外科に行くたびにレントゲンとられて5千円取られて、ここですね頸椎ですね薄くなってますねと医師に勝利宣言されて鍼灸とマッサージを処方されて、カネが無くなると残業代稼ぎに出るので通院できなくなる、



関節をポキポキするとガン細胞を殺すキラー細胞が発生するというようなガセネタを耳にして、背骨やろっ骨を鳴らすならわし、喫煙して肺機能をイジメているので花粉症にもならんし、



セブンのコーヒービーンズチョコとスタバカフェラテにハマっている、母親から糖尿病遺伝子をもらっている、両親はガンで逝ったからガンになる確率は高い、



2009年モノ・リマスターのホワイトアルバムを聴いた、が、明らかに我々が聴き刷り込んだ疑似ステレオヴァージョンの狂気の無い、平べったい音楽だったのだ、当たり前かー、ジュリアなんて曲でも顕著にチガウのだよ、



マイルスのディグを聴く、大学生になってジャズ事始めの頃に耳タコにした盤だ、こんなのはフツーだよな、スラスラ読める暗誦した古典テキストのように耳はトレースしている、




内田樹が天皇主義者になったと告白している、記事、







2017年06月24日(土) プラチナ・シリーズ第1回 アルディッティ弦楽四重奏団


ううー、ラヴェルの弦楽四重奏曲、美しすぎて夢のようだったのだ、そしてなぜだか、



3歳の宮下に住んでいたときに橋のほう(上砂川方面)まで意気揚々と歩いていっていつしか知らない風景に不安になって道の向こう側から歩いてくるセーラー服の中学生二人の姿を見たとたんに大声で泣き出したこと(迷子になってと知るのは後知恵で)、視界の一部始終を、思い出していたのはどういうことだろうね、



わたしも同じ記憶の奥深くの3歳頃の・・・、幹事長が言い出す、うそだろ、ほんとかよ、ハナシあわしてね?、



ラヴェルの弦楽四重奏曲には、そういう時代や人種や文化を超えて「ひとの記憶」に作用するちからがあるということなのだろうか?、世紀の発見?、誤報?、



音楽は魔法的であるのだ、それオザケンだろ、



東京文化会館へ、
プラチナ・シリーズ第1回 アルディッティ弦楽四重奏団〜現代音楽のスーパー・カルテット〜



細川は理詰めの説明的明晰であった、バルトークはカッコいいスリルを堪能、西村は贅を尽くした工芸品の高みを追う最終楽章で寝てしまい無念、というカンジだったかなー、



2週続けてアルディッティ弦楽四重奏団のコンサートに接したわけだけど、CDでは録れない様々な要素によって音楽は生まれているのであって、久しぶりに上野の東京文化会館に出かける贅沢な夕刻を味わった、



(クラシックのコンサートに週3ペースで通いはじめて、まるで世界が開けてゆくような気持ちだったほんの数年前、東京の情緒、江戸の粋、終わらない夜のネオンサイン)



大ホールではそんなに人気あるのかよ熊川哲也の公演があって、スレンダーかつ美少女かつオシャレさんかつ無修正な若々しい女子たち過半が和服二百名が大挙して休憩ココアを終えたおれ一人に向かって津波のように押し寄せてくるというシーンにも遭遇する、(実話)



コンサートの帰りは池袋ルミネの自然食バイキング「はーべすと」、30品目食べるつもりが61品目食べ放題モードに突入してしまい、身体にいいんだか!わるいんだかー!絶叫、



トリフォニーのホリガーのあと「ちょっと歩きますが」と錦糸町から浅草「鰻禅」まで歩いたことがあった、ことは憶えていたが、隣の席の老夫婦もホリガー公演のあとタクシー飛ばして来ていておれが話しかけて「ホリガーと鰻禅、これは鉄壁の組み合わせですねー」と盛り上がっていたという話は、おれは憶えていない、作り話ではないのか?、



だいたい幹事長の「ちょっと歩きますが」は危険なのだ、一緒に京都に出かけたときも「ちょっと歩きますが」と二時間全力競歩だったのだ、それで次々と禅寺をめぐる、まさに、これぞ、禅の境地なのかと朦朧な意識で開眼したのだが、



それはそうと話はズレるが、水戸でも上野でも現代音楽を聴く若い120kg相当の女性問題というのがあって、他の席はガラガラなのになぜおれの隣にそういう女性が座るのか!、じっとしていても身体中に酸素を運ぶのがそりゃあ大変なのだろう息切れの「シュー、スー」が気になって仕方がない、本人も意識しているのかタオルを口にあてて苦しそうに息をしているのだ、だけど超弱音が命でもある現代音楽とりわけラッヘンマン、聴取が阻害されるのだ、さらにこともあろうに曲の後半で女性は睡眠状態に入ったらしくタオルの押さえもなく制御不能の「ブシュー、グー、バフー」怪物の寝息をたて始める、これぞまさにラッヘンマン的状況と古舘伊知郎になって独り笑い、次の曲に入るすき間に空いている前の席に移動、すかさず女性係員が「いまお客様は席をお移りになられましたが、どうかなさいましたでしょうか」と冷たい目で詰めてくる、「となりの席の女性がウルサイのです」、



クラシックのコンサートではアメの袋のパリパリ問題とか、太った女性は熊川哲也のほうに回ってください問題とか、



わたしも30代の頃は「拍手が早過ぎる、音楽を殺すな」「鼻から音が出る病気のひとは来ないでください」と会場で当人に申し向けるガッツがあったものだが、



ううむ、また不謹慎なことを書いてしまった、




2017年06月22日(木) 「ミックスが狂った疑似ステレオヴァージョン」のサージェント






書きかけばかりで更新しないうちに日々が過ぎ、元気ですよー、
松籟夜話で改めて思ったのは、耳の一部しか使っていなかったなー、
フジタさんのおかげで出かけられた水戸芸術館ラッヘンマン体験も新鮮で新生する耳な気分だし、



レコードで音楽のオウラが失われたなんてのはウソだよな、



ビートルズのサージェント2017盤がピッタリと今活動しているバンドのように聴こえるよね、
ジョージマーティンがモノラルがビートルズであって、疑似ステレオヴァージョンはスタジオに丸投げして作ったもんだったなんて、
その「ミックスが狂った疑似ステレオヴァージョン」でもってビートルズに遭遇した我々は?
「ミックスが狂った疑似ステレオヴァージョン」のサージェントこそが素晴らしいんだぜ?
それはですね、”誤配”という事態でしょう、
ふええ?
いや、その感覚、クイーンのオペラ座までとジャズを手掛けたロイトーマスベイカーはしっかり継承しているよ、
なにそれなにそれ益子さーん!



ほんとに「ミックスが狂った疑似ステレオヴァージョン」のサージェントこそが、我々にとってのサージェントであり、ビートルズもジョージマーティンも作っていない(!)音像にこそ狂気を受信したのだった(それも10代前半のとっても耳にとって重要な時期に)、



益子さんはタダマスでベストに挙げたタイションをターゲットに渡米することを決めたという、



おおー、テイボーンの記事、




その狂ったミックスで、ビートルズの青盤を聴くことができた、中学生以来にフルで聴くぜよ、なんなんだ、レットイットビー、アクロスザユニバース、



丸の内みみまんが「流動体について」がほしいというので、12:00に東京駅前トキアビルに横付けして渡してきた、メシ食いにくぞと誘ったがオフィスワーカーは13時まできっちりとしか昼休み取れないという、



おれなんか浅草まで行ってりゅうたそーと隅田川沿いの公園でタリーズコーヒーだぜ、




2017年06月13日(火)






行年を連絡遅れました。

多田俊夫 S13.2.20 - H25.11.23 享年75、行年76
多田操  S14.10.2 - H24.2.5 享年72、行年73




2017年06月12日(月) 青い空だった夢




いろいろと前後することはある、夢の中で、

妹が乗った三輪車が赤いホンダのビートになって、ああ妹はクルマの運転をして訪問介護の仕事をしているのだから、運転の技能については心配しなくていい、おれもあとをついていく、

函館の五稜郭から桔梗方面のトンネルを抜けて亀田港町にはいる、

ぼくたちが住んでいた借家のある方向へ左折した妹のクルマ、あとをついてぼくも左折する、

そこに広がった鮮やかな濃い蛍光色の青、

あっけにとられてスマホで撮影しなければならない、と、

クルマが道路をふさいでしまうほど大きくなり、ブレーキが効かない、

(ぼくたちが住んでいた頃には見たこともなかった蛍光色の青い空になっているなんて!)




2017年06月11日(日) 松籟夜話 第九夜 に出かける






松籟夜話 第九夜 に出かける、


とにかくどの音源も欲しくなるのは松籟夜話の常なのだが、このスピーカーで、この集中聴取で出会うことなど二度とできないのだ、


レコードで音楽のオウラが失われたなんてたわごとを言ったのは誰だい?、


福島さん津田さんのガイドで鳴り響くサウンドは、おれなんか福島恵一が津田貴司が聴いてきた奏でてきた耳をインストールされているアンテナでも聴いてしまっているが、ううーアメフォンの音源は入手しなければなー、



なにはともあれ圧巻だったのは、ジルオーブリー「カイロ」と「イザイホー」になだれ込むクライマックス(などと言っていいのか!)、


ジルオーブリー「カイロ」は21世紀最初の名盤というか、「聴く」という行為を変容させる、まるで化学変化させるような、・・・、だってよ、聴く前と聴いたあとでは「耳が拾う周囲の音が異なってしまっている」んだぜ!、(何度も日記で騒いでいるような気もするが)、


わたしたちは一瞬の光源の角度の違いで怖ろしいほどの別世界となる今を知らない、








『松籟夜話』第九夜来場御礼  Thank You for Coming to "Syorai Yawa" the Ninth Night





2017年06月10日(土) 健康診断、昨年と同じ82.5kgですねー、うそだろ!





兜町のクリニックへ健康診断、昨年と同じ82.5kgですねー、うそだろ!86.45kgまで行ってたのに、


亀戸ホルモンもホルモン青木も土曜の夜は長蛇の列なのだったー、


行きつけの店に蝦夷鹿が入ったというので行きますか、白金高輪のHARUNA
ブラッスリーハルナ、おらトリュフなんて食べたことないずら、


蝦夷鹿もおれも北海道出身なのではないか!、


あれま、蝦夷鹿の栄養素のせいなのか、巻き爪の親指の痛みが消えている摩訶不思議、


港区でディナーするなんて生まれて初めてだぜ、店内には9か月の赤ちゃんと2さいくらいの女の子、どちらとも見つめ合えたりしちゃって、





いま銀行員を中心に爆発的に売れている新書がある、


捨てられる銀行2 非産運用 (講談社現代新書) 



週刊東洋経済3月25日号『大再編、金融庁、フィンテック 銀行マンの運命』で、
金融庁の森長官の存在は知っていたが、何が問題となっているにかさっぱりわからなかった、






即興音楽の新しい波
──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド
細田成嗣







2017年06月09日(金) 親指の爪が巻き爪になって




小沢健二流動体についてMV、図書館なのもいいね、おいらは都内の図書館11館を駆け巡っているぜ、気になる本は片っ端からトートバックに詰めて、大半は数行の知見をインプットするだけで、小説なんかは読めないねー、




夜食タイムに広尾から浅草まで飛ばして紛失していたスマホを受理しに、りゅうたそ詣で、19時、



得意の「ん?ん?」と喉を鳴らして、抱っこしておろすと、いつものように外へ出かけられると自動的に、自分のサンダルを取りにかがんでいる、「またこんど、な」とドアを閉めると大泣き、



うおわわあー、



じいのほうも、うおわわあー、だぜー、ったっくー、



歩行不足と老化が原因で親指の爪が巻き爪になって、腫れて痛い、健康保険証を紛失していることに気付いて会社に手続き書類を依頼する、



アートペッパーのモダンアートをはじめて聴く、めっちゃいいやんけー、このサックスは、このアンサンブルは、すでにぼくの身体に在るもの、ではある、温故知新の逆かね、逆もまた真かね、




福田首相が辞任した本当の理由は、自分の首と引き換えに米国の圧力(自衛隊の派遣と巨額の資金提供)を撥ね退けた(ウィキリークスで判明)





2017年06月08日(木) 小沢健二 - 流動体について Music Video




小沢健二 - 流動体について




ミュージックビデオあるんだー、


新しく就いた社長と湾岸線をとばす、カーブをまがる、ディズニーランドが見える、


現金輸送トラックで走り回った深夜の交差点たちや、首都圏のドンキ全店制覇するクレーム対応で駆けた街灯や、葬儀屋で祭壇を作った家々や、


いつもの東京タワー、芝公園、思い出の原宿、小金井公園に府中の森芸術劇場、


魔法のじゅうたんに乗って飛ぶみたいだね、お台場から天に昇ってゆくような急こう配のゲートブリッジの夜景たち、


尾崎紀世彦「また逢う日まで逢える時まで」、小沢健二「しばし別れる」、


アスリートなドライバーになって過去と未来の記憶の中に消えてゆくのさ、


もっちゃんが八重洲のホテルに来ていたんだけれど、遅くなってキャンセル、えーどこのラーメン屋で食べたの?、


あー、りゅうたそー、会いたいぜー、


チョコ味のラテストのダブルをひっかけて、月光茶房に入店するのさ、新しい音楽に出会うのさ、




スッキリ出演 小沢健二 「時差ボケが治ってないので、今ちょうど調子いいです」







2017年06月07日(水) 『松籟夜話』第九夜 で会いましょう!




NHKの発達障害についての番組は秀逸だった、ふつうのスーパーでも冷蔵庫や蛍光灯の静かな唸りがうるさくて10分も店内に滞在できない症状の若い女性のリアルがあった、


教室がうるさくて次第に不登校になった中学生が聴くアイフォンを耳にすると、あまりにボリュームが小さくて驚いたことがあった、音楽はアントニオカルロスジョビン、


CD化やリマスターでLP時代には気付かなかった微細なアレンジや背景音に驚いた体験のあるリスナーは多いと思う、


長く一生懸命というか好きな音楽に熱中してきた、友だちと一緒に音楽を聴くと例外なく新しい発見がある、同じ音源なのに、愛聴盤なのに、どこまで音楽の聴取は奥深いのか、罪深いのか、


21世紀の最高傑作と言えるカイロ録音盤のジル・オーブリーを聴いたあとに、耳の焦点能力の変容や無意識に脳が削除しているサウンドの存在の意識化を体験した、


音楽は知っている知っていないでも、流行っている流行っていないでも、なくて、聴いた前と後とでは世界が少しかは異なって見えるかとか、可能性にときめいたり、間違いに気付いてしまったり、


どこか博打の陶酔に似ている?などと不意に思ったりする深夜、




『松籟夜話』第九夜

◎音楽批評・福島恵一とサウンドアーティスト・津田貴司がナビゲートする、「聴く」ことを深めるための試み。◎会場は青山・月光茶房隣設のビブリオテカ・ムタツミンダ。歸山幸輔によるオリジナルスピーカーで様々な音源を聴きながら「音響」「環境」「即興」の可能性を探ります。

第九夜は、三回シリーズ『漂泊する耳の旅路 − 現地録音を聴く』の第二回。 「音響都市の生成」と題し、子どもの路地遊びや路傍の芸の街頭録音を入り口に、都市のざわめきそのものに深々と身を沈め、異なる時間/空間の交錯を透視する耳のパースペクティブを描き出します。


福島恵一 音楽批評/「耳の枠はずし」 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/
津田貴司 サウンドアーティスト http://hoflisound.exblog.jp/
歸山幸輔 オリジナルスピーカー


6月11日(日)  18:00 - 21:00


Bibliotheca Mtatsminda(ビブリオテカ・ムタツミンダ:青山・月光茶房隣設ECMライブラリー)
東京都渋谷区神宮前 3-5-2 EFビルB1F





津田貴司
「今回は、漂白する耳の旅路〜現地録音を聞くー音響都市の生成」と題し、里国隆の路傍芸やハイレ・セラシエ皇帝を取り巻く群衆の現地録音から、さらに都市のざわめきに身を沈め、ジル・オーブリーやクリスティーナ・クービッシュ等を光源として、古典的なパースペクティヴではとらえきれない「都市」の生成の様を照らし出します。また、前回に引き続き宮里千里氏による「イザイホー」から、また別のトラックを聴く予定です。
希少な音源に触れる機会としても、さらに踏み込んで聴取のまなざしを探求する機会としても、存分に楽しんでいただけると思います。どうぞご期待下さい。」







2017年06月04日(日) 小名木川が清澄白河のそば



Taylor Swift - We Are Never Ever Getting Back Together




小名木川が清澄白河のそばを流れていてFaceBook検索すると30年ぶりの知人が出てくる、「そういえば、結婚するときに名字が変わることに何となく抵抗をいだいていたら、多田さんが占ってくれて、小名木になる方が女の子としての幸せが大きいから、とアドバイスしてくれたんですよね。覚えてないでしょwwww 」星野先生が一昨年亡くなったよ、「えー!うろたえてます、たんま。」



疾走する練馬東中学校のクラブ対抗リレー、教職員チームも参加、陸上部男子が2位、1位は英語研究会!、放送部女子のラジオみたいな実況中継が楽しい!小柄の女性が走る「剣道部胴着が重そうです、バスケ部はやいです、●●せんせい、走るとかわいいー」、



教職員と生徒以外はグラウンドの入り口4分の1エリアしか入れない措置が取られている、それは外部の人間による盗撮まがいの動画撮影を阻止するためだという、



中学生の全力疾走リレーがこんなに楽しくてドキドキするものだとは思わなかった!



おれも札幌の中学に転向して陸上部入ってすぐに生徒会ごっこに興じてた体育祭で、新しい生徒会長2年と元生徒会長3年が全力疾走した「あの時」を思い出していたんだ!



中学3年生の男子が全力疾走している40年のワープ、




シューベルト:交響曲第8番「未完成」、シューマン:交響曲第4番

旧東ドイツの指揮者、ケーゲルが衝撃的なピストル自殺を遂げてから15年ほど経った。その理由は政治的なものらしいが、詳細は分からない。さてそれより少し前に、ケーゲルはN響へ2度客演しており、そのライヴ録音が一挙に5枚リリースされた。あの激烈な怒りに燃えた新ウィーン楽派の録音を筆頭に、ケーゲルの演奏には独特の読みと変態風エグ味があり、このライヴもさぞやと思う。選曲は意外にもオーソドックスだが、この曲をどう料理するのか期待できるところ。しかしそのラインナップをよく見ると、一部を除いて暗く内省的なものばかり。そこで早速聴いてみれば、やはり異様であった。いや特に妙なことや受けを狙ったことをしているのではない。でも、こういう表現はあまり好きではないが、とにかく音楽が病んでいる。何がケーゲルにこれほどの絶望的な表現をさせているのか不明としても、常に音楽が救い難い悲しみに深く覆われている。特に「未完成」。聴くのが辛い。 (石原立教) --- 2005年01月号





2017年06月01日(木) Jazz Tokyo タガララジオ47、3年ぶりに登場



Jazz Tokyo タガララジオ47、3年ぶりに登場



タガララジオ46



掲載されたあとに、他の記事の専門性とは一線を画すタガララジオの正体不明さにクレームがあったのだろう、このような冒頭キャプションが追加された、


「音楽人・多田雅範(元パット・メセニー・ファンクラブ会長)のやぶにらみ音楽談義。アイドルからジャズ、クラシックまで当たるを幸い痛快に斬りまくる。」


なんだこの事実誤認なプロフはー、



走り込みが足りない大谷翔平のようだが、なんか文章が空回りしている、孫との写真と灰野敬二のジャケがまったくあわない、そもそも灰野とECM3作をCDレビューせよとの指示があって、


いわゆる基礎知識やお見合い釣り書きや経緯や事実をCDレビューには課されている、のに、それがまったく書けない、記憶が混濁紛失しており、調べて書く労力が能力がない、盆栽いじりながらつぶやいているしかできない体なのだし、


とはいえ失敗作だ、







本田哲郎司祭が「貧しく小さくされた者こそ実は手を差し伸べたはずの自分を救ってくれているのだ」ということを『釜ヶ崎と福音』のなかで書かれているけれど



Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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