Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2012年09月30日(日) 重要記事「多田雅範の文章世界−疾走する眺めは人生の本質的なランダムネスを思い出させる」




24日
にアップした「タガララジオ31」のテキスト。

来月のタダマス7の告知を主旨として、音楽サイトJazz Tokyoに入稿したテキストをアップしようとしたら、このブログは最大原稿用紙20枚までという制限にひっかかりアップできない、ので、曲の表記を全部取ってもだめ、2曲ばかり削除して、なんとか全体がアップ表記されていた。

このテキストに対して福島恵一さんがレビューくださった。

「多田雅範の文章世界−疾走する眺めは人生の本質的なランダムネスを思い出させるMasanori Tada's Composition World−Views Running in Full Career Remind Me Essntial Randomness of Life」

おおおお。おれの名前が太ゴチックでタイトルになってるう。英語のサブタイトルもかっこええ。

パソコンで読んでて恥ずかしくて思わず画面を閉じて喫煙所まで走っていったり、ミニットメイドを買ってきて飲みながらまた読んでドキドキしてたり、挙動不審おやじでした。

夢のロジック、夢の感覚と言われると、そんな感じであることがわかる。いつもタガララジオを書くときは、パソコンに向かって何を書き出すか、自分の記述を自分で楽しんでいる楽しさがある。音楽のことなのに日常生活の記述が入り込むスタイルは、18のときから編集カセットテープ交換をしてライナーノーツを書きつけてたのと同じ。キチンと音楽のこと書ききれないので雑談するのだ。

この夏のお墓参りの集合写真、40年前の親族写真が、この日記から転載されて(もちろん事前の打診と許諾のやりとりはいたしました)、他者(福島さん)の読みと手によって、ぼくの目の前に現れるとき、この写真の人たち(この世にいないひとも多数)がぼく(のテキスト)に会いにきてくれたような、猛烈に癒されるような感慨を持った。

こんな感じは、うまく説明できない。

親族の肖像とは、個人にとって神話の世界との通路みたいな特別なものがあるような気がする。

6月には
「勢いあまって踏み外す−多田雅範の耳の旅路がとらえた風景−Stepping Out by TOO Much Full Force−Soundscapes from Masanori TADA's Listening Travelogue−」

というレビューをいただいていたばかり。
わたしの日記での反応>
「お父ちゃんはほんとはモーツァルトなんだよ」に、今読んで笑ってしまた。かはは。

「多田の夢には性的な隠喩/象徴があからさまに欠けている」「あるいは(無意識的な)事後の検閲によるものかもしれない。たぶんそうなのだろう。」という重要な指摘がある。

充分にエロジジイなんだが、実績的には。わはは。


赤い縞柄の中央バスが飛んでゆく夢


男のうしろを乾き物を担当する女性が横切った夢


砂川中央市場でミュージシャンをみるゆめ



2012年09月29日(土)

午前4時15分。皇居に立つラダメス師と首都高を見上げるわたし。来月から埼玉県郊外をまわるんだ、シフの平均律もうすぐ聴けるよ、教室に入れない男の子はどうとか、コンサートに連れまわすんだとか、あがた森魚は幼少期に両親がタンゴで踊っていたのを見ていた体験がね、オズバルド・プグリエーゼ、尖閣は石原にやらせてヨットハーバーでも作らせて世界中のヨットが停泊するよな体にしといて、ヤクザの親分と一緒よ、あれは若いもんが鉄砲玉でと外交すればガチンコならないよ、反原発でもなんか3週目だけでゆうべは少数が声あげてるだけだよ収束してるよ、日が短くなって朝まぶしいのが無くなって良かったですね、日曜の夜は台風直撃なのかあ。


2012年09月28日(金) 黒板のてへぺろ




ハートの中に「ただきよ」
中学3年生の黒板2012
クラスの一体感学年1位チームワーク賞

グーグルマップのあらゆる台所の水道の蛇口

田中宇の国際ニュース解説、有料会員記事。
「尖閣問題と日中米の利害」を読む。
はあああ、お茶の間でテレビ番組でやってることなんか茶番だぜ!
だから茶番か!
自分で笑っていてはいけない…
政治の行方にしてもアメリカにとって都合のいいオルタナティブしかないのね。
世界の多極化の中で日本は孤立化し焦土となるのか?

若い男子アルバイトが3千円もするパンツを買ってんじゃねー!

あ、いまのカンケーないから。

えええっ?きよちゃん、みんなでココス行きたいのおおお???

ううう、坂道のアポロンのサントラ聴いてジャズさいこーだなんて、サイテーだ。スタン・ゲッツのルーストセッションを聴いて村上春樹を読めとは言わないが。

長男がおおかみこどもの雨と雪も時をかける少女も展開が予定調和でおもろおないと書いている。はー。そーだよ、おれはおれの記憶を代入させているだけだとも言えるんだよ。おめー、いつシンガポールなんかに遊びに行ってんだ!おれなんか光が丘のお風呂の王様へ高濃度炭酸泉すらなかなか行けないのに。


2012年09月27日(木) PVがYou Tube「DOVES from “Home”」で視聴でき




札幌市東区苗穂町の東栄中学校に転校したニセコロッシは、函館市立港中学校で使用していたランドセル型のカバンをそのまま背負って登校しはじめた。東栄中学校では片方の肩から提げる白い柔道着で出来たようなショルダーバックがスタンダードだったから、登校する途中で待ち伏せされてワルガキたちにからかわれた。1974年。

住宅街ルートで帰り道、中学生たちが5・6人、じゃれついてんのかイジメのギャグなのか、通行人のおれの接近を意に介さないで声をあげ、ドタバタしている。「うるせー!クソガキ!」、怒鳴りつける、おめーら見てると不愉快なんだよ。全員の動きがピタっと止まって2人の「すいません」声が揃う。なんなんだこのオヤジというオーラはあるけど声になってこちらに届かないので、憮然と素通りする。憮然とした顔するのも演劇みてえなもんさ。2012年。

タワーレコードのフリーペーパーintoxicateに原稿800字を入れる。

まぶしいばかりのアコースティック・ギターとピアノのつまびき、エリオット・スミス好きなおれにはストライクなアラン・ハンプトンの声!すかさずポスト・マーク・ターナー的でデズモンドの甘さの毒で入ってくるサックスでノックアウト。ダイナ・ステファン、要チェックだ。これがアメリカから届いた東日本大震災のチャリティーCDとは。6月にニューヨークはダウンタウンジャズシーンの定点観測に出かけたジャズ評論家益子博之がライブであまりに良かったとベッカ・スティーヴンスのCDをくれてた。ワイアード編集長若林恵が昨年の年間ベストに掲げた盤だ。そのベッカがアカペラとオリジナルの2曲。グレッチェン・パーラート、サシャル・ヴァサンダニといった花形ヴォーカリストのほかに、アダム・ロジャース、クリス・トルディーニ、ベン・ウイリアムスといった光るジャズプレイヤーたちが集った。このチャリティを企画したNY「ジャズ・ギャラリー」プログラミングディレクターであるサカイリ・リオさんのパートナーが、注目の作曲するドラマー、ジョナサン・ブレイクであり、じつに細部まで行き届いたサウンドで支えている、タイコの質、重要だわ。当初は被災された方々へCDをプレゼントする企画だったという。レコーディングでは化学反応が起こるようにアイディアが音楽になった、これだけのミュージシャンがそれぞれ1・2テイクで仕上げていったという、これは魔法のようなセッション作品だ。PVがYou Tube「DOVES from “Home”」で視聴でき、この曲と、冒頭の「がんばれ日本」メッセージはチャリティらしい仕様を聴かせているが、中身の7曲は格別にクオリティが高い。フェイスブックですぐにミュージシャンとつながれたり、マイクロ・ファンドですぐにCD制作の応援ができるようになったり、音楽はとても近くなった。そんな空気感が詰まっているような奇跡の作品だ。そうそう、アビー・リンカーンの「The Music is the Magic」がいい色彩でカバーされている。

夜勤明けに寝る前に一気書き。ジャズのセッション作品のように記述したのはストライクではない。ポピュラー音楽のヴォーカルものを編んでいった様相のほうが強い。だけど、こう言い切って大丈夫なくらいなクオリティの高さがあるCDだ。アメリカのミュージシャンの1年以上経ってからの震災チャリティ?と、スペック的にはわたしにはちっとも魅力的ではない。伝えたいのは演奏の良さだ。

シフの平均律ECM新譜を聴かせてもらいたいなー。

きよちゃんの夏期講習代分割第1回とアニメグッズ代とこいちゃんのPC通信費で2まんえんエクスワイフに送った。フェイラーのハンドタオルとカラフルな付箋と嵐ニノの全面広告が載った新聞を同封した。

キター!(死語)小石川図書館からあがた森魚『俺の知らない内田裕也は 俺の知ってる宇宙の夕焼け』予約の順番が回ってきたとメール。買ってないのか?ときかないで。友だちんちで聴かせてもらってたけど、買えないでいたんだよ。

おし、今夜はココイチで3カラのカレー大盛りを食べにゆくぞ。3ヶ月周期で食べたくなるなー。


編集CDR『エリカB』

01. バナナの葉の下で / 杏ふるや
02. 山椒魚が出てきた日 / あがた森魚
03. 台湾ディストーション / 想い出波止場
04. London Calling / The Clash
05. Day Dreaming / Fourum from 『Just Us』
06. つめたい部屋の世界地図 / 井上陽水
07. デブでよろよろの太陽 / ピンク・フロイド
08. 高橋悠治:≪偲≫ノ壱(しぬび) / 志村哲
09. 大阪へやってきた / 友部正人
10. Darkness Falls / Terje Rypdal Odyssey
11. ゴルトベルク アリア / ラクリン、イマイ、マイスキー
12. シフ2001
13. グールド1981
14. ショスタコーヴィッチ:フルートとピアノのためのワルツ


2012年09月26日(水) 「Omuku (for Marcel Duchamp)」「9/9」




若い友人から試聴させてもらった。
おお、インプロというか、2トラック、
「Omuku (for Marcel Duchamp)」
「9/9」

インプロの世界は第何世代になっているのかカウントがわからんが、凶悪な上の世代のクラシック演奏家を凌駕するレベルの演奏技術の高みは、次世代のインプロヴァイザーたちは40代になってもまだひよっ子視されるようなシーンの成熟に至っている。それはいろんな意味で両刃の剣でもあるが。

このふたつのトラックは、いいと思う。まじでいいと思う。

ここでまたフィールドレコーディング耳を持ち出すのは気がひけるが、録音される楽器自体のまわりの音にまで自覚的であるのだ。うまく言えないが、クールであり、これまた奇妙な物言いになるけど、キュートなのだ。キュートなんて書くとっがっかりさせるかな。

はたちそこそこの若者である。この風通しのよい質感は新しい。

インプロはよっぽどのものでないと聴かないぜ、聴く時間のゼニの余裕がないぜ、福島恵一さんの推薦盤だけチェックしたいぜ、という構えの堕落おやじのおれがこうときめくというのは自分で意外だなーとさえ思う。


2012年09月25日(火) 編集CDR「みみまん」

18じかん寝て(10時間+風呂と食事+6時間)、表参道月光茶房へ。

なんだかお店を貸切り状態にして、CDかけまくり。

その場で店主のPCでそのCDおいらの分も注文してくださいー!

その場にいたお客さんもうれしそうにCDをチェックしに立っている。

モーガン、ニューフェルド、ソーレイという恐ろしいサイドを固めたサックス・カルテットを聴く。サックスは吹かなくていいから、トイレに行ってていいから、この3にんでレコーダーをまわしてくれ。

涼しくなってきて、布団かけないで寝てちょいと数時間体調を崩していたが、いい具合に耳が敏感になってきた。

あんだこんだ言いあいながら音楽聴いて過ごすのは久しぶり。

元気でたー!

友だちをお送りしたあとはアントニオカルロスジョビン『Jobim』1972
クラウスオガーマンの世界も横溢する夜の街を走る名盤だー。




中沢×小林×宮台(この動画の11分過ぎからね)の対談つうか、宮台の語り口が面白い。ラスト10分が特にいい。エンディング、菅直人は宮台にそんなこと言ったのかー(笑)。グローバリズムは世界の巨悪の中枢が回しているのではない。おれたち個々人の消費生活が作り出しているだけなのだー。「政府の巨額赤字は国債で、銀行が保有してて、我々の預貯金は12年でゼロになる」あらま、そうなの?


編集CDRを作ってて、CD−Rで焼いた音源からは取れない(取りづらい)状態なのは、CDRドライブの読み取りの弱さもあるけれど、焼いたCD−Rは溝が浅いのだね。とっても不便だわ。

ジョビンの「三月の水」のオリジナル音源持ってないし。

編集CDR「みみまん」
01. Oleo De Mujer Con Sombrero / Bobo Stenson, Anders Jormin, Jon Christensen
02. Be Flat & Stay Flat / Jacob Anderskov, Chris Speed, Michael Formanek, Gerald Cleaver
03. Ambient Pressure Thereby / Henry Threadgill Zooid
04. Poverty And Its Opposite / Arve Henriksen
05. Are You Going With Me ? (live)
06. The First Circle / Pat Metheny Group
07. Oceanus / Ralph Towner, Jan Garbarek, Ebarhard Weber, Jon Christensen
08. Joyful Departure / Ralph Towner

かー!しょうむない編集CDRじゃ。特大名曲を並べただけ。工夫なし。
が、すべては2・3曲目の引き立て役なのだ。
げ!8曲目、タウナーのギターソロ、音が割れているー。

やはりジョビン「三月の水」とかペイチ「私は御満足」あがた「沢尻エリカぶるう」とかを交えて構成した編集CDRを作るべきだよー。


2012年09月24日(月) (タガララジオ31テキスト:9月末更新予定)

2年ほど前に音楽誌で灰野敬二が「食べるの半分にすると全部解決するよ」と話してるのを読んで、なんと根源的な、と、頭に残ってた。

食べるのが半分になった。

グリーンアクティヴが政党化するのね。

中沢新一と小林武史と宮台真司の対談を視聴する。
http://www.ustream.tv/recorded/24394204

中沢新一と高橋源一郎の対談もあった。
楽しいことは正しい。ははは。




(タガララジオ31テキスト:9月末更新予定)

風が吹いているー、ぼくはここで生きていくー、ここに明日はある、ここに希望はあーる。

いきものがかり。2012年、夏。

放射能の風が吹いていた地域をも包括して、だ、瓦礫で作ったお守りをつけたオリンピック選手団が開会式会場の外に出されたのも乗り越えて、だ、この歌詞を揺るぎない声のちからで、オリンピックの放送テーマで堂々とさせたのは、

ヴォーカルの吉岡聖恵(よしおかきよえ)、1984年2月29日生まれ、28さい、なんと4年に一回だけ誕生日がやってくるという、

まさに、オリンピックを歌うために生まれてきたような歌姫。

おれが、震災後に、和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」を今こそ、と、三善晃の「レクイエム」を今こそ、と、考えたのは、原爆が落ちた長崎から復興を歌い上げた藤山一郎の「長崎の鐘」が発想のもとだったか。

放射能が降って、白人宗教の鐘を鳴らしてるのか。

911をアメリカの自作自演と即座に読んだおれだが、311は地震兵器の可能性を読むおれだ。ゆーちゅーぶの見すぎだろ、おやじー。

現代ジャズ概況。

10月21日(日)18時30分開始の「第7回益子博之=多田雅範四谷音盤茶会 Yotsuya Tea Party vol.7 (通称タダマス7)」@喫茶茶会記http://sakaiki.modalbeats.com/(四谷三丁目)で、NYダウンタウンのシーンを中心に選りすぐりの新譜を聴きながら航海いたします。1ドリンク付き1200円。

おれたちには聴きたいジャズがある。いやちがう。

最先端を走るミュージシャンたちの欲望が地球規模で触発しあっている。光速で交差する耳の快楽。おれたちの耳と現代ジャズの兆候との出し抜き合いだ。ジャズは日々生まれ変わっている。昨日までの武器は使えない。

前回どっかで書いた。

「結局、どのジャンルでも、耳の空間把握や、細部の音処理・音表現に対する耳の解像度が21世紀になっているということなのだ。あちこちのジャンルから、同じ地平線に飛び出してきている表現者たち。わたしたちリスナーもジャンルの風呂に浸かっていたらわからないのだ、手ぬぐいがなくても前をかくさずに歩み出さなければならないのだ。」

6月に青山ブルーノートで聴いた菊地雅章TPTトリオの現出(彼らがライブ公演をするのはワールドプレミアだった)、で、「おれはこれで時代がチェンジしたと考える。」「集中、速度、の、優位。」と、書いた地点からまだ前に進めていない。

現代ジャズを耳にするときに、その言葉にならないカッコよさを、どこをどう聴いてしまうのか、どの音にどう反応してしまうのか、と、ジャズの聴取や記述のパラダイムをずらしながら考えてみたいところがあるのだけど、TPTトリオの演奏にはパラダイムのずらしは必要ない気がしている。

たった一度のセッションを何度も何度も聴くのだが、ミルフォード・グレイヴスの『メディテーション・アマング・アス』77年録音、阿部薫、近藤等則、高木元輝、土取利行という当時の日本の最強の奏者をぶつけた作品があるでしょう、あれ、ミルフォードのオーラしか聴こえないんだよね、菊地雅章TPTトリオ聴いてからは、さ。

作品の正当な評価、なんて、ないよ。恒星のように揺るぎない作品はあるよ。でも、聴くこっちのほうが現在という風だか引力だか磁場だかによって進んで行ってしまうからね。でさ、こっちは光速のつもりで進んでいていても身体は老齢化していってるわけで。置いてけぼりされちまうんだよお。経験は足枷ともなって収容所で雄叫ぶ相ともなる。おおおい、待ってくれい。なむあみだぶつー。

アニメ「時をかける少女」

また夜勤明け、「時をかける少女」観る。これで4日連続、観る。

ジブリアニメの革新のひとつは重力からの開放感の動画文法でしょう?それで「秒速5センチメートル」あたりになると、サウンドが音響派レベルを越えてもはやフィールドレコーディング水準が標準設定になっているくらいなんだ。それは「呪怨」とかの日本のホラー映画が先行していたという指摘もある。カメラの文法としても小津安二郎を正当に継承しているのは日本のアニメであったと指摘されるものであるし。

アニメ「時をかける少女」2006年の作品。サントラ(2番目のジャケ)はサントラで必聴。

こないだお盆のお墓参りで親戚が集まった帰りに運転していて、7さいの姪が「ニセコロッシー、まりえ、あしたキャンプでお泊りなんだあ」「わあ、いいなあ、おじさんも子供にもどりたいなー!」と応じていたら助手席にいた泥酔状態の年上の義弟102kgが「義兄さん、昔が良かっただなんてワタシは思わない、今が一番だと思うんですよね」と、まるでおれが後ろ向きな負け組オヤジであることを諭すような語りを始めるので、はなはだ困惑していた。

過去の幸福な風景もみじめな瞬間も忘れたくない大切なものばかりだぜ。

20年前のビデオでディズニーランド、「おおい、かなみぃ、こっちこっち、ひゃっひゃっ」おれの声、子供の声、風がマイクに吹きつける音、空間の音。

毎日の日常の物干し竿が揺れる音や木々のざわめきに、遠くから呼ぶ声のような、それは希望とか未来とか絆とか電通のキャッチコピーのような名詞で名付けるには届かないようなもの。

「時をかける少女」のラストシーンで青空のなか微笑んで見上げる主人公の心境を何度も感じてみる。

オザケンが伝えていたことのリプライズ。

チベットの若き僧侶が火だるまになって歩まざるをえないくらいの世界に。

「時をかける少女」でちあきがタイムリープ(時間を飛び越えること)、最初のタイムリープの燃えるような赤い曲線で動物が疾走する動画表現はかなり秀逸で、DNAレベルまで届いているものだと思う、タイムリープするときに流れるピアノ曲はゴルトベルクの第5変奏曲だ。

この第5変奏曲はおれも好きで編集CDRの構成によく使用していた。やられたー。

ピアノ演奏でのゴルトベルクの世界ランキングは、
1.高橋悠治1976
1.アンドラーシュ・シフ2003(ECM)
3.グレン・グールド1955
4.高橋悠治2004
5.グレン・グールド1981
で、あたしがコンサートで最高にシビレたセルゲイ・シェプキンはまだ評価に値するゴルトベルクを録音に残していない。あらま、シェプキンはそんなに有名じゃないのね。

ECMのシフは、ほんとうに素晴らしい。軽やかで自在なタッチ。世界が一変する。グールドを録ってみたかったECMアイヒャーはシフでもって、世界を更新したのだ。

高橋悠治1976は、その指先の自由、批評とはこういうものだと言わんばかりの、生きてみるとはこういうことではないのかい?と問いかけるような若き高橋の真実が聴こえるのが素晴らしい。

あー、シフの平均律が昨年ECMからリリースされてるじゃんか!

タガララジオ5track027で度肝を抜かされたロブ・ガルシア盤は、現代ジャズ最強の評論家益子博之に教わっていたのだが、ここでの倉木麻衣と対極にある息漏れ官能アルトサックスのノア・プレミンガーとセンスよく合わせていたピアニスト、ダン・テプファーがこんなアクロバットをやってのけた。

ゴルトベルクを、インプロ変奏させたトラックを加えながら62トラック(!)、舞ってみせたのだ。

志が高いのう。クラシックの鍛錬をしたジャズ・ピアニストならではの偉業だ。

Jazz Tokyoでは主幹悠雅彦さんと伏谷佳代さんが取り上げている。ふふふ、5はジャレットだろ、と、わたくしめも思いましたです。

ジャレットもECMでゴルトベルクを録音しているんだが、なんと、チェンバロでの演奏なのである。お前さー、チェンバロをナメているとしか思えないんだが。百二十年くらい早ええよ。ジャレットが、その最大の武器である二十世紀最高のヴォイスを持つピアノでもって弾かなかった、というのは、逃げ以外の何者ものでもない。ジャレットは、ジャズ界いちのチキン野郎である。いや、ジャレットでさえピアノで向かえないくらいのものなのでもある、バッハのゴルトベルクは。

ジャレット、今からでも遅くはないぞ。『レイディアンス』を弾けるんだ。その他はクズみたいなもんだけど、まだ奇跡を起こせる可能性はある。

6月に青山ブルーノートで聴いた菊地雅章TPTトリオの現出から、まだ前に進めていない。トーマス・モーガンのベース、タッド・ニューフェルドのギターのトリオが描く空間の密度に耳が奪われたままだ。そして・・・、この変容にあって、耳に響くのは渋谷毅〜川端民生のこの盤だけだな。

ジャズという二十世紀が産んだ生命体のようなもの、父はヨーロッパ、母はアフリカ。その土地ごとに、都市の土壌から養分を取り込み、天才演奏者というのも都市の土壌から出てきた滋養みたいなものだ。だから日本のジャズは、確固としてある。菊地も渋谷も、アウトサイダーな、孤高の歩みである。

川端民生のベースの特質を記した奥成達さんのライナーもすばらしい。ジャケの見開いたイラスト(写真)もステキだ。

ラスト・ナンバー、「無題」、こんなの反則じゃないか、映画のエンディングロールみたいじゃないか、ナディア・コマネチのテーマ、札幌オリンピックまで引き寄せて聴いてしまうじゃないか。

菊地と渋谷が2000年頃に新宿ピットインでデュオしたのを聴いてたんだよな、エリントン集『タンデム』出した頃だ、よくあそこにグランドピアノ2台並べたよなあ、今のおれの耳で聴きにタイムリープしたい。時をかけるおやじ、うおああああっ、ダッシュできねえ。

ジャズ喫茶四谷いーぐるに集う評論家たちがセレクトするコンポスト(com-post)「21世紀の定番ジャズCD」は、早く単行本化が待たれる企画だ。

80年代の選考座談会だけが公表されているけれど、面白い。1位になったクラウス・オガーマンなんて聴いたことなかったけれどさっそく入手して、なんとも80年代の象徴として相応しい音楽なのに耳が拓かされていた。その手があったかー!

90年代のジャズにジミー・ジュフリー盤『Conversations with a Goose』(Soul Note)93年録音がかかったらしい。おおお、ジュフリー、ブレイ、スワロウ、伝説のトリオが90年代に仕事していたのをチェックしていなかった。おおお、密度の高いジャズっぽさ、リズミックも遊ばせて、かつての自分たちの発明に向かって、健在を誇示しあうじじいたちのドヤ顔セッションだ。

ECMレーベルが61年の音源を他レーベルから買い取ってまで、92年にミックスし直してリリースした『Jimmy Giuffre 3, 1961』2CD、この録音の凄さは、リズムの不在、リズムの制約が無い新しい空間に投げ出されて、なおかつそこで成り立つ美学を創造しようとしている勇敢さに尽きる。これを受けての再会セッションだったか。

90年代になって、ジミー・ジュフリー・トリオの美学を再提示していたのは、ECMレーベルで第二のプロデューサーとしてコアな作品を問うスティーブ・レイクが95年に突如リリースした彼の最初の仕事『Three Men Walking』、ジョー・マネリ、ジョー・モリス、マット・マネリの組み合わせだった。

ここには驚きと確固たる前進と高みがある。

サックスとギター、ヴィオラというまさにジミー・ジュフリー水脈にある編成であるし。懐かしのコラム「ロヴァの耳」(http://homepage3.nifty.com/musicircus/rova_o/06.htm)で座間裕子さんがごそごそとEメールのプリントを出したシーンは忘れられない。

おれも90年代はアタマのいかれたECMオタクだったから、当時のポリドール社ECM担当者に平日の午後に突撃訪問して「最近のECMですけど、特にヨーロッパのジャーナリズムで絶賛されているジョー・マネリとルイ・スクラヴィスを国内盤にしないというのはオカシくないですかー」と、まさにクレーマー。その後、何枚かはマネリとスクラヴィスの国内盤化が叶ったわけだけど、当然ポリドール社の財務を悪化させ担当者を苦境に追い込んだだろうことは、まったく申し訳ありませんでした。

まー、自慢話だな。すまんね。

菊地雅章のTPTトリオは、さ。このジミー・ジュフリー水脈というセンで、スティーブ・レイクがプロデュースしてリリースされるべきものなんだよ。いやー、このトリオにはこだわるよ、おれ。Intoxicate #99のインタビューで、菊地雅章はこのトリオにアンドリュー・シリル(タイコ)、ティム・バーン(サックス)を加えようと考えているようだけど、おいおいちょっと待ってくれよという感じだね。

おい、おれの話をきいているのか?ECMよ。

それにしても新生ワイアードの特集はいつもすごいし、480円だなんて信じられないクオリティ。

地図はもはや役に立たない。必要なのはコンパス。

上京して新聞配達して、新聞配達していた友人と2DKのアパートを借りて、5万だか10万だか大金はたいて電話をひいて。今となっては、どうでもいい80年代ポップス。古本屋、中古レコード屋だらけの水道橋・神保町・御茶ノ水界隈。タイムリープしたいよお。

スペインだよなあ、フラメンコだよなあ、パットメセニーグループファーストサークルだよなあ、と、わずかな指先から放たれる意地っぱりな女の子の恋心みたいな揺らぎにめろめろになってしまったピアニズム。素晴らしい!

このピアニストはスペインに在住し、“彼女はフラメンコの感情を楽譜にしみ込ませることを知っている”(Web雑誌デフラメンコ)との評価を得ているという、正しい形容だなあ。レコ芸準特選ではないだろ、大特選にしてもいいと思うんですが。

Edition RZ(http://www.edition-rz.de/)は現代音楽のレーベルらしい。シェルシや鈴木昭男もカタログにある。

福島恵一さん「耳の枠はずし」でセレクトされていた作品(http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/blog-entry-182.html)。

「あるいはうつらうつらとした夢うつつのうちに気がつくともう遠く通り過ぎている夜汽車の踏み切りや、鳴り終わってから気づく階下の大時計の打刻鳴鐘、とうに灯明を消したはずの仏間から漂ってくる香の匂いを。古井由吉の作品から聴こえてくる誰のものともつかぬ(死者の)声を思わせる音の手触り。」

このテキストを読んで聴きたくならないやつがいたらどうかしている。ノーベル文学賞が村上春樹であるようにノーベル音楽批評賞は福島恵一である。

これは夜中の天空の集会所で鳴っている音楽だ。

これは現代音楽なのかなあ、CDの録音レベルがすごく小さくて、耳をそばだてる環境が必須、パソコンのモーター音もうるさいくらいだ、寝静まった深夜にひっそりとひとりで聴きたい。都会であれば防音されてる場所で、・・・田舎でも鈴虫やらコオロギやらけっこうウルサイんだよな、夜中。ここには魂の儀式を思わせるざわめきがある。このサウンドスケープになら、宮澤賢治や稲垣足穂を持ち出してしまうぞ、わたしは。

稲垣足穂を持ち出してしまうと、あがた森魚の名盤『タルホロジー』を出さなければならないが、2000年にプラネッツアーベント(池袋サンシャインのプラネタリウムを会場にしたファンタジックなコンサート)開催記念限定CD(500枚)として発表されていた「雪ヶ谷日記」を聴きたい。

93年の『失われたボールをもとめて 〜寺山修司トリビュート』で聴かせた、朗読をベースに創作された手法の「パレアコリントスの幻」(You Tubeにあった>http://www.youtube.com/watch?v=unLqy6V-hfw&feature=related)の路線。

「イナガキタルホの20世紀を越える少年的郷愁ざわめくシンフォニー文庫第一集」
COBALT TARPHONIC 音楽文庫 第一集
1. Walrus Walrus
2. 雪ヶ谷日記
3. 冬のサナトリウム

デビュー40周年で今年、まとめて一枚(本盤)としてリリースされて広く聴くことができるようになった!慶賀なり。ライオン・メリィの宇宙的郷愁を漂わすファンタジックな音響にも涙、涙。

天候回復。風吹いて断雲しきりに東へ飛び、星条旗が旋回する。唐黍の葉が翻って、草々が光りながら靡いている。空の青をここに移した露草の一点!郵便局の横で、女の子のノートらしい一片をひろった。「菊の花をちぎって蒔き散らしたような星、サーチライトは着物の井桁のようだ」と鉛筆で書いてある。  −稲垣足穂「雪ヶ谷日記」より

と、CDの帯に印刷されている。歌詞はこちら>http://j-lyric.net/artist/a001184/l00e592.html

「進駐軍にそなえて、女の子と食料があわててかくされてつつある」という非常事態なのに、なんと揺るぎない世界への視線なのだろうか。稲垣足穂。

「天候回復。」と朗読される刹那、ほとんど吉増剛造の『石狩シーツ』の世界に意識は光速で飛ぶ。

世紀末を通り過ぎる2000年この時期のあがた森魚の活動も、太陽黒点の活動期のようだったか、ここ1・2年のあがた森魚の活動も昨年の『誰もがエリカを愛してる』『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』を持ち出すまでもなく、毎日が新曲発表のようなライブといい、あがた森魚はあがた森魚のやり方で311以降の世界に声をはりあげている。

あがた森魚はインプロヴァイザーである。歌うたびに、休符の入り具合や、たどる音程のバランス、声色、歌詞の色彩が変化する。どれもが、今を生きる切なさ(刹那さという変換も吉)と歓びを放ってこの世界を果敢に揺らしている。これがロッカーでなくして何なのか。

タガララジオ31表紙は8月19日、橋爪亮督グループ@葛飾区郷土と天文の博物館プラネタリウムのチケット。

プラネタリムで「十五夜」が聴けるなんてー、おれのためのイベントじゃねーか!と思ってしまうようなひととき。

プラネタリウムの演奏のため黒づくめで登場した4にんがカッコいくてねー。
4にんともいい演奏でビートルズの4にんを見ているような気持ちに。

日暮里から京成電鉄各駅停車に乗り換えて
長年の荒川の洪水地帯だった土地を町屋斎場と四ツ木斎場を結んでいる路線
東京スカイツリーをずっと見渡す新しい住宅街に感じられた

町屋斎場も四ツ木斎場もよく行った
葬祭場で大きなザルに線香立ての灰をあけて残った線香の芯を掃除していた

坊さんの読経の巧拙が楽しみで
コンサートを楽しむような面持ちで葬儀屋の制服を着て黙々と作業をしていた

ここ数日、日常に聴こえる音がどれもいとおしく感じられて仕方がない
遠い未来からやって来て民俗学者のように、当たり前の音、地下鉄の入場するサウンド、遠くの落雷と豪雨、マックの店頭、アパートのドアの軋む音、風呂に水をためる音

この夏、片山杜秀さんの『線量計と機関銃』(アルテスパブリッシング)を読む。311を815と読むのではなく、128だと認識すべきではという鋭い指摘。情報統制下にあるのだわ。

片山さんがミュージックバードで「ラジオ・カタヤマ」を放送していて、著作のタイトルが角川映画セーラー服と機関銃になっているなんて、このコラム「タガララジオ」が今回「時をかける少女」になっているシンクロニシティーみたいで嬉しい。おし、今回は片山杜秀リスペクト号と定義しよう!・・・なんて、ぜんぜんリスペクトになってないなあ。


2012年09月23日(日) 白鵬日馬富士千秋楽歴史的な一番




白鵬日馬富士千秋楽、これは歴史に残る一番だった。テレビに向かって大声あげてたくさん拍手した。観客席には朝青龍の姿もあった。

白鵬にあっさり右上手を取られた立ち会いで勝負は8割がた白鵬がもらった展開である。巻き替えて内に入って動けなくなる日馬富士。起死回生の揺さぶりと太ももを抱える崩しと寄り、これを残す白鵬が土俵際、あの弓なりの満身の残し。止まってはならぬと、土俵を大回りして寄り、投げ、さらに投げ、ゆっくりと横綱が片足でけんけん、土俵に向かって止まってゆくような投げ切りが共に倒れ込むような結末、大男が二人で添い寝をする光景のような勝負が決して、白鵬立ち上がるも日馬富士は立ち上がれない、共に倒れ込んだときに日馬富士の額についた土が丸くなっていた。

白鵬が朝青龍をひっくり返した一番以来の歴史的な時間だった。

二場所連続全勝優勝で横綱昇進を決めた大関は、双葉山と貴乃花に続く三人目となった日馬富士。巨体関取ではない者が相撲の奥義を極めて頂点に辿り着く。


北の富士が日本人力士が不甲斐無いと嘆く。モンゴルとの国交に役立つじゃないか。日本は、中国韓国北朝鮮抜きで、モンゴル台湾フィリピンインドネシアビルマタイインドチベットASEANをまとめて21世紀の大東亜共栄圏の盟主としてやりくりして世界平和をがんばる、そういう宿命が日本にはあるのである。たぶん。白人ゴーホームである。

稀勢の里、な。おれは大好きだよ。自分の顔を左右バシバシ殴って、自分でプンプン憤慨して土俵に向かうあの緊張感がたまらない。それであっさり負けたりするあたりも、なんともいとおしい。稀勢の里は名大関として長く続いてほしい。

今場所は三大関、把瑠都と琴欧洲と琴奨菊が休場してるんだっけ!まあ、それだと日馬富士の全勝優勝も価値薄いかなあ。それは言わんどこ。


若いコが「解説している貴乃花って、イッちゃってるおっさんだよね天然だよね髪の毛もーキャハハ」とそれは愛情がこもっているのか判断がつかないが、あのねえええとおじさんは言いたい。

この春に若い上司にいいだけイジめられて辞めてしまったオオモリさんは小学校のときに先代貴ノ花角界のプリンスが転校してきて仲良くしてあげたんだという62さいで、よく大江戸温泉に行って一晩中ダベっていたよなあ。おれは一晩中ラーメン寿司あんずジュース缶コーヒーロングピースでさ。

小学校1年ときいい匂いのするケシゴムのコレクターをしていたおれは函館の文房具屋に通ってずっとケシゴムの匂いをチェックしているような今考えるとなんとも孤独な泣けてくるようなガキだったが、文房具屋のオヤジがテレビの大相撲を見せてくれて、うちにテレビがなかったおれはとてもときめいた。オヤジが自慢している大鵬という筆文字を見てとてもこんな難しい漢字は憶えられないと思った。


2012年09月22日(土) スティーブ・キューン「ウィステリア」




スティーブ・キューンのECM新譜「ウィステリア」国内盤、文京区小石川図書館で予約がまわってきた。久々のECMなのだから、もしかして美の毒に痺れるような一撃になっているのではないかと、怖れていたが。

へえええ、アイヒャーは、このような極上のカクテルピアノの醸成を許したりするようになったんだー!という、おどろき。スワロウの電気ベース音色がじつにいい感じで異化効果を設定しており、新鮮さを漂わしている。これはこれで大いにアリだろう。かつてのECMファンは昔の姿の延長ばかり期待するからなんだけど、さ。しばらくヴィーナスレーベルでゼニにまみれていたのも、それはそれで幸せだったのだから咎めませんよ聴かないだけで。

いやあ、スティーブ・キューンは彼なりの歩みの末の現在で、年季の入った軽やかさで堪能させる。いいおじいちゃんになったねえ。


2012年09月21日(金) アンドレ・シェフネル「始原のジャズ」みすず書房



アンドレ・シェフネル「始原のジャズ アフロ・アメリカンの音響の考察」1926みすず書房 昼間賢訳 2012

シェフネルが、楽器を、音楽がまずあって、それを演奏するための器具とみなしていたのではないことは間違いない。大昔の人間たちにとっては、楽器自体が音楽だったろう。その響きは、リズムでもメロディーでもハーモニーでもない未分化の状態であり、実際にはそれらすべてでありうる。そしてそれこそがプリミティブなのだとすれば、それは原理上、いつでもどこでも出現可能な状態ということになる。

シェフネルは最後に、ジャズの最大の特徴とされるリズムに立ち帰って、ジャズは奏者が二人いれば成り立つことを示唆している。ジャズが圧倒的にダンス音楽だった時代に、その指摘は相変わらず大胆であり、形態が多様化した今日のジャズとの関係ではまたしても予言的である。

少年時代のシェフネルは、音楽ではドビュッシーとラヴェルに、特にドビュッシーには「熱狂的な賛美」を抱いていた。バッハとモーツァルトにはほとんど関心がなく、ベートーヴェンについては「無理解」だった。

音楽表現は、言葉と同じように、そして言葉よりはるかに深く、原義から逃れ、他の意味をまとい、それ以外を必要としない術を知っている。それらの音楽的な、文学的な脈絡について、そのような場合にどのように解釈すべきなのか、その正確な語義を予測する術を知っている。

ティエール氏は蒸気機関車の将来を信じていなかった。ピエトロ・マスカーニもジャズの将来を信じていない。彼は「諸国政府は、モルヒネやコカインと同様に、ジャズを、公衆の趣味と道徳を必ずや退廃させるこの音楽を禁止すべきだろう」と見積もっている。

・・・


「ジャズは奏者が二人いれば成り立つことを示唆」
なんて、まだエヴァンスとホールのデュオとかベイリーとレイシーのデュオとかドネダと齋藤のデュオとか、出ていない時代だ。


2012年09月20日(木) マーティ・ペイチの「踊り子」!

ごおおお。すみだトリフォニーからハインツ・ホリガー Two Days のお誘いが。こ、これは聴いておかなければECM者として三途の川を渡れないのだ。

精神科医の和田秀樹先生が、はたまた楽しい本を書いている。
「がまん」するから老化する。

アマゾンからジャズファンへのおすすめメールが送られてくる。
ジャズジャパンという杉田さんや大村さんや稲岡さんの輸入盤紹介だけをチェックする雑誌があるのだけど、タイアップしている。
オススメ盤は釣り針に仕掛けられたレプリカみたいなもので、生餌のようなもんではない。
大江千里が記事になってる、けど、ほんとはヒドいものだって話だぜ、予想つくけどさ。

おおおおおお!
なんと
マーティ・ペイチの「踊り子」!



これの1曲目の、ビックバンドが爆音でかかっているのに、ベース1本のつまびきでまとめて先頭を切ってスイングさせるスコット・ラファロがすげーんだ。

タガララジオ32(10月末更新号)に予定していたトラック。


2012年09月19日(水) ラダメス師もシフの平均律のパッケージを指でなでる

全盛期のポリーニがノーノやケージを弾いたのを体験しているラダメス師と久しぶりの歓談。こないだタワレコへ行って、シフの平均律のパッケージを指でなでてきた!なんておれと同んなじ行動をしているなんて、世界に孤独なぞ無いよね。

先月は岡田博美と舘野泉を現代音楽スコアで聴いたんだけど、ピアノの音でホールの明度が変わるわけ。この世ともあの世ともつかない刹那に息が止まりそうになる。もう、その体験に尽きるわけ。コンポジションの出来がとうのこうのは、あれは単なる箱だから。インプロもジャズもクラシックも、そういう体験に、何年かに一度あるかないかという一瞬に、生涯を照らす価値があるということだけなの。

たとい新聞の演奏評にしても、ほんと、一言、ワンフレーズだけあればいいのである。そしてそういう体験は、選べないし計画できない。

途方もない旅路だ!


2012年09月18日(火) 東大前駅出口と中国人




まじでブランドもんのクツはいてやがる。汚損補償の要求は10数万する革靴だし。待ち合わせ場所はなんと本郷の東大前駅出口だったりする。なんなんだこのキツネ眼のにいちゃんは。中国人の名前なんか。日本語流暢だし、会話のやりとりの呼吸は日本人ネイティブと変わらん。中国人は人口スケールが大きいから、才能あるひともたくさん居るんだよね。待ち合わせに45分遅れてくるなんてなんとも大陸的。

にんにくラーメン屋があって入りたかったけどパス。

そんなこと書いていたらFBで記事がリンクされてた。

『えっ、「日本は中国と戦争したがっている」って?
中国人は日本の“異常さ”がまだ分かっていない』


いい記事だなー。

日本文化は中国が親で朝鮮が兄のようなもんなんだ。家庭不和は強烈な感情ではあるけれど、ヨーロッパからみれば大差ない3つの不可解な黄色い人種、利益操作する対象”日中韓”にしかなっていないフシもある。笑って仲良くしようぜよ。

地下鉄飯田橋で乗り換えてこっちに行けばサントリーホール溜池山王なんだよなー



2012年09月17日(月) 6回分割払いで29800円の液晶テレビ



不在票で出かける光が丘郵便局前午後10時、雨ふりあとで鮮やかな光景だったけれどぜんぜんそのときめきが写ってないわ!

晴れた午前中、平和台図書館へリクエストしていた「時をかける少女」サントラを取りに。サントラ盤は物足りないな!

あれ?このトラックはマリオゲームの循環背景音に似ているー

あれ?この旋律は原田郁子の「青い闇をまっさかさまにおちてゆく流れ星を知っている」と同じラインだー


コラムタガララジオ31をバタバタ入稿させて。夢の中で、音楽友だちたちと、LPやCDだらけの木造二階のリスニングルームで、ターンテーブルにLPをのせて「これ、タガララジオで書いてないよお」と騒いでいたり、自分が書いた見知らぬ手書きのルーズリーフ走り書きがタガララジオの1トラックのものだったり、楽しくて慌ててて、「でも書いてること、全部一緒じゃんかー!」「ボキャブラリーのパターン、頭打ち!」とみんなで笑っていて、もう、書いてなくていいからとりあえずここにあるLP全部聴かないと時間がないよね!、なんて言っている。


とりあえず、テレビがこわれた。15年選手のブラウン管。画面が右から異次元超獣ヤプールに侵食されてきた。

6回分割払いで29800円の液晶テレビを買った。

来年の11月になったら毎月10枚ぐらいのCDを買える余裕ができるだろう。

こないだなんか半日かけて売ったCDと同額のCD買って帰ってきた。なにしてるんだ。

シフの平均律が聴きたい。

イントキシケイトからボボステンソンの新譜入荷が間に合えば800字書いてというオファーをいただく。

綿棒を買いわすれた。あと3本しかない。

クラシックを聴くラダメス師から厳しいご意見。

日々汲々と小銭レベルであたふたしている貧乏人がクラシックコンサートに出かけるなんて精神がついて行けるのかね。


2012年09月16日(日) 栃木県大田原市のレストラン「ボナール」




15日の四天王寺の聖霊会(しょうりょうえ)
有楽町線で永田町へ、はじめての国立劇場(こくりつげきじょう)、よみがなふってしまうもんね、初台にあるのは新国立劇場か。

いやー、良かった。パッと、タイミングをあわせて両手をひろげるところ。
こんなモダンな舞いが千年以上前から続いているのかいな。

会場にいるであろう友人は関係者に知り合いも多いだろうし、マーブルカラーのナイキをはいた半ズボンおやじが挨拶するのは迷惑だろうにと、そそくさと帰路についた。

「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」

という単行本が栃木県大田原市のレストラン「ボナール」の棚にあった。

ここでステーキ2600円をたべたら、もう二度とファミレスなんかに行くもんかと思うただよ。ここのデザートたべたら、ココッシュを食べにココスに行ったりパフェ食べにロイホに行くのも間違っているなーと思うだよ。

焼き具合は?てきとーミディアム、わさびとフランスの天日干しの塩で食べた。

美味いもの食べると疲れが取れるという体験が何度かあったけど。腹一杯食べると疲れるお年頃なのよ、ここんところ。

ごちそうさまー


2012年09月15日(土) 小島屋の牛乳モナカ



有楽町線永田町で降りてはじめて国立劇場に行ってきた。
四天王寺の聖霊会。
休憩時間の小島屋のアイスモナカ、うまいじゃんか。











聖霊会で舞われる舞楽は、吉田兼好が『徒然草』において「何事も、辺度は賤しく、かたくななれども、天王寺の舞楽のみ都に恥ぢず

北海道に帰省してきた若者がやっぱ北海道回転寿司うまい!と未熟なことを言う。
ネタが新鮮だったり大きかったりするだけである。
江戸前の寿司職人が握る寿司の繊細な芸術さえ感じさせる味に比べると、ただの寿司飯に新鮮なネタが載っているだけのシロモノだ。
もちろん埼玉県なんかに乱立する100円とか130円を売り物にしている、ブタの餌かよというクチから思わず出してしまう代物に比べれば、北海道の回転寿司は天国だ。活きの良さは北海道に敵うはずがない。あのウニの甘み!イカのプリプリ!
しかしかかし、ひとの匠の技は自然を越えるものなのである。
…なんて、ととやみちに行ったおれが言うか!わはは。

銚子丸と浅草の日向丸しか行かないぞ。がってん寿司でもいいか。
すしざんまいに行ける財力はない。
いつだか上司におごってもらった二人でおまかせで3まんした寿司こそ、寿司である。本物のこはだとはこげなうまかもんかと思うた。
長男は銀座でさらにひとけた違う寿司をくったと言う。親不幸ものめ。


2012年09月14日(金) ビブリオテカ・ムタツミンダでの取材




笹久保伸ジョンダウランドリターンズ、地無し尺八の可能性〜祈りから未来へ〜、あがた森魚誰もがエリカを愛してる、ウイングスロンドンタウン、偲琴-二十五絃箏完成二十周年記念盤: 野坂操壽 小宮瑞代

柔道部の合宿で佐渡島へ67人分の酒ドリンク菓子7万円を購入発送したのに指定日に届いていない。タクシー使って現地調達して18万くらいになった。どうしてくれる。耳のつぶれた巨大なニイちゃんがすごんでいる。に対応。

石破茂に首相やらせるべ。

月光茶房フェイスブック備忘

「今日(12日)も文字どおり千客万来だった。
ひょんなことからフランスのTVクルーが突然来店。ジャズをテーマに各国の都市のドキュメンタリー番組を作っているとかで、東京を取材のために一ヶ月ほどアパートを借りて滞在しているのだとか。
ビブリオテカ・ムタツミンダを撮影。わたしもマイクをつけられて簡単な取材を受け、汗かきました。
ビブリオテカ・ムタツミンダでの取材が終わって、月光茶房に戻ると、橋爪亮督さんと西山 瞳さんがNYのジャズ・ミュージシャンを伴って来店。
TOKYO JAZZ 2012などに出演のために来日中のGilad Hekselman Quartetの二人 (リーダーでギタリストのギラード・ヘクセルマンとベーシストのジョー・マーティン) で今日はオフなのだとか。二人は来日中に取材があったのか、フランスのTVクルーとすでに顔見知りで、店内が賑やかに。
ヘクセルマンさんがわたしのレイヤー作品に興味を示したのが面白かったです。」
「フランスのテレビに出演されるのですね!ビフリオテカムタツミンダの由来は取材されませんでしたかー?」
「取材は元々、海外のジャズやプログレのミュージシャンを招聘しているOffice Ohsawaの大沢さんへのものだったのですが、取材当日(昨日)、大沢さんがECMをコンプリートしている月光茶房とビブリオテカ・ムタツミンダの話を取材クルーに話したら、彼らが関心をいだいたので、大沢さんへの取材後、全員で月光茶房に流れてきた……という訳です。
取材といっても簡単なもので、通訳を大沢さんにつとめてもらいました。
たいした話はしてないのでカットされるかも (笑)。
短時間の取材でしたし、大沢さんから電話があって、30分後に来店して特に打ち合わせもなく始まったインタヴューだったので、何故「びぶむた」を作ったのかは簡単に話しましたが、名前の由来までは話せなかったです。
一ヶ月の取材を帰国後に編集してドキュメンタリー番組として今年の12月に放送されるとの事。そのドキュメンタリー番組のシリーズは欧州各国でも放送されているらしいです。
一ヶ月の取材ですし、取材した素材の量はハンパじゃないでしょうから、ビブリオテカ・ムタツミンダの部分が採用されるかは微妙ですね。」
「でも凄そうな番組ですよね。フランス語わからないけど観てみたい!月光茶房が世界的なカフェになるのですね、インダストリアルから現代ジャズまでかかる。大沢さんのつてで上映会してくださいー」
「 『オスロ』の放送分はDVD-Rでくれたのですが、まだ観てません。PAL方式だとか。
「びぶむた」での撮影が採用されなくても『東京版』は観てみたいですね。わたしの名刺とショップカードを渡したので、もしかしたら完成版のDVD-R、送ってくれるかもしれないですね。」


2012年09月13日(木) ひとは夢見る機械

ひとは夢見る機械

おおかみこどもの雨と雪の予告編DVDをTSUTAYAでもらって見ている。
こないだ映画館で観てきたのに何度も初めてみる気持ちになっている。

風景の静止画のデテイルに張り詰めている静寂。
何気ない日常のサウンドのリアルさ。
登場人物以外は、実写以上の理想的な実写つうかなあ。

アニメが伝えてくるのは、世界の眼差しかたみたいなもの。

アニメのキャラの誕生日にケーキを作ってお祝いする長女は、カレシができても変わらない。おとうちゃん、わたし、アニメの世界のほうがリアルだから!なんて言われていた頃、おれはさっぱり意味がわからなかった。

おおかみこどもの雨と雪の画面を見ながら思うんだ。
いずれおいらも老いて朽ちて粒子になって消えてしまうだろう。
こんな風景が残って良かった。

アニメの登場人物以外の世界の目に映るありようが美しく素晴らしい。
登場人物なんかどうでもいいくらいだ。わはは。

ピアニストなんかどうでもいいくらいだ。鳴っている響きだけがリアルじゃないか。アンドラーシュ・シフのCDかけて、それ、言う?おれ。

年寄りがさー、縁側でじっといつまでも座ってても、満ち足りた気持ちでいるのはそれかあ?


2012年09月12日(水) Consumer Waste

パトリック・ファーマー盤のレーベルConsumer Wasteがフェイスブックで
「A download version of Patrick Farmer's "Like falling out of trees into collectors' albums" (with bonus track and new writing) is now available for £5 through our website.」と告知している。

おお、世界限定100のブツ『Like falling out of trees into collectors' albums』が売り切れになって。新作ボーナストラックがダウンロードできるというのだ。ううう、だれかCDRに焼いてください。

このレーベルConsumer Wasteを開いておくと天上のサウンドスケープがリピートされまする。


2012年09月11日(火) ミサンガ



おとといから着けているミサンガ。右手おはし右手ボーリング右手投球だけど、麻雀のツモは左だし、左手のほうが器用なので左手にする。右手首にしていた虎目石ブレスレットはお休み。

そのうち飽きるべ。

願い事は、玄関はいるときに蚊に刺されないように。・・・あれ、それだけか?

マラドーナ監督にCD5枚プレゼントされたし、図書館にいいCD入荷してるし、ヤコブ・ウルマンとマイケル・ピサロのCDは入手できたし。

なんといっても毎日の日常の音が音楽に聴こえてしまっているので、お風呂洗いとかお洗濯とかアパートの前の水まきとか、仕事でも音がする雑務をついやってしまう。

友だちから「オポノポノって知ってる?」なんて問われて、"ある人が人生の一切について責任を取るとは、彼が見、聞き、味わい、触れるすべてのことの責任を取ることである。そしてあらゆる経験は、彼の人生に存在するが故に、その人の責任が伴う"・・・なんかムツカシイぞ!

15日には国立劇場で「四天王寺の聖霊会」に行くんだー。チケット入手済み。

大判の日本全図の地図をデスクに持ち込んで、関東版の地図も並べて、東京23区1万分の1地図もぱらぱらめくって、休憩のたびに脳内ドライブしている。テレビ観るのもNHKの自然紀行や旅や温泉が多いな。

こないだ叔父さんが定年後北海道や東北を車中泊で温泉めぐり岬めぐりをしているスライドを見せてもらってた。

音楽を聴くことは旅をすることなんだべなー。

そう思うと日ごろ音楽について書いていることはチガウんじゃね?おれ。

仕事や通勤で運転していて交差点の標識の「池袋」「大森」「新宿」「川越」とかの文字に「奈良」「京都」「伊勢神宮」「四万十川」「高松」と置き換えて信号待ちをドキドキしているおれだ。

だー、なさけねー。

青森出身の女の子や島根出身の女の子や大分出身の女の子と世間話をしていると旅行している気分。だー、女の子ばかり!


2012年09月10日(月) 「恋する原発」高橋源一郎




「死は忌むべきものだ」と主張しながら、逆に死をふりまき続けた「1000年前の人類」に対して、ナウシカは、死は忌むべきものではない、死者と共に生きよ、と主張している。死者と共に生きなければ、人は、自分が生きていることの意味を理解できないほど愚かだからだ。
「恋する原発」高橋源一郎

これに石牟礼道子の「苦海浄土」が引用される。

死、老い、汚れ、病、障害、貧困は浄化されなければならない世界に、
戦後、なった

ほんとうに「神様」を必要とする時がやってきた

おそらく「震災」はいたるところで起こっていたのだ。わたしたちは、そのことにずっと気づいていなかっただけなのである。

「恋する原発」高橋源一郎

そんなトシをとってもファックしたいものなんであろうか。

ウィーアーザワールドが合唱されてファックが盛り上がってゆく。

ううむ。

わたしも仕事柄ずいぶん頭の狂った人間、悪徳な人間、セコい人間、とても何ひとつ分かち合えないような人間に会ってきたけれど、ね、おれはそんな異星人のような言説と行動をする輩に会うときにたったひとつのコツ、ぼくはあなたに会いたかった、ぼくはあなたの味方です、と思って会うこと、こないだ不祥事を起こして退職した先輩が「いい?愛するんですよ、クレーマーを」と11年前におしえてくれた鉄則だけでやってきたんだ、

だからわかるような気がしないでもない。

嫌悪したり否定するのはそれをわかるからだし、わからないものには何も感じようがないではないかね。

よくわからない音楽をしつこく聴くくせはそういうことだったりして。

わはは。

さて、次の読書は「建築する身体」荒川修作+マドリン・ギンズなんだが、「恋する原発」と文体はぜんぜん違うんだが、同じことが書かれているように思える。

そんなことはないか。

あるか。


2012年09月09日(日) 「時をかける少女」観る。これで4日連続、観る。




また夜勤明け、「時をかける少女」観る。これで4日連続、観る。

空の青さがもったいなくてととやみち西台店回転寿司る。光物三貫、イカ三貫。ランチタイム味噌汁ネギ山盛り。うんま。

ジブリアニメの革新は重力からの開放感の動画文法でしょう?それで「秒速5センチメートル」あたりになると、サウンドが音響派レベルを越えてもはやフィールドレコーディング水準が標準設定になっているくらいなんだ。それは「呪怨」とかの日本のホラー映画が先行していたという指摘もある。カメラの文法としても小津安二郎を正当に継承しているのは日本のアニメであったと指摘されるものであるし。

アニメ「時をかける少女」2006年の作品。

こないだお盆のお墓参りで親戚が集まった帰りに運転していて、7さいの姪が「ニセコロッシー、まりえ、あしたキャンプでお泊りなんだあ」「わあ、いいなあ、おじさんも子供にもどりたいなー!」と応じていたら助手席にいた泥酔状態の年上の義弟102kgが「義兄さん、昔が良かっただなんてワタシは思わない、今が一番だと思うんですよね」と、まるでおれが後ろ向きな負け組オヤジであることを諭すような語りを始めるので、はなはだ困惑していた。

過去の幸福な風景もみじめな瞬間も忘れたくない大切なものばかりだぜ。

20年前のビデオでディズニーランド、「おおい、かなみぃ、こっちこっち、ひゃっひゃっ」おれの声、子供の声、風がマイクに吹きつける音、空間の音。

毎日の日常の物干し竿が揺れる音や木々のざわめきに、遠くから呼ぶ声のような、それは希望とか未来とか絆とか電通のキャッチコピーのような名詞で名付けるには届かないようなもの。

「時をかける少女」のラストシーンで青空のなか微笑んで見上げる主人公の心境を何度も感じてみる。

オザケンが伝えていたことのリプライズ。

チベットの若き僧侶が火だるまになって歩まざるをえないくらいの世界に。


2012年09月08日(土) 「圧倒的な傑作」

CDジャーナル読んでたら、No Nukes Jazz Orchestraと笹久保伸の新譜に「圧倒的な傑作」と同じフレーズで賛辞が記されていた。2ページ連続で同一表記なハプニングに笑えた。双方なかなか使うことはしないキラーフレーズに相応しい作品ではあると思うが。

10月からまた異動だぜ、通勤時間20分の好条件は2ヶ月半しか続かなかったなあ。また100分通勤の日々に。

アクエリアスとミニットメイドと赤コーラとスタバミラノエスプレッソで、ロングピースと缶ピースとガリガリ君ソーダ味を、組み合わせながら。はやくザクロ100%ジュースZAKボトルをベースにしたい。

スペイン在住のピアニスト松村未英のコジマ録音盤、グラナドス「ゴイェスカス」が良かった。なんだろ、なんだろ、スペインだなあ、フラメンコだなあ、パットメセニーグループファーストサークルだよなあ、と、わずかな指先から放たれる意地っぱりな女の子の恋心みたいな揺らぎにめろめろになっていた。タイトルは「ゴヤ風の音楽」といった意味。

ゴヤといふと、着衣のマハ

あたたたた、ガリガリ君であたまいてー!


2012年09月07日(金) 松山千春旅立ち




わたしの、瞳が、濡れているのわーあ、涙なんかじゃないわ、鳴いたりしない!

コンビニも無い時代にタバコとカップヌードルを抱えて自転車で集まって徹夜マージャンしていた頃は大声をあげていたものだが、
誰がこの松山千春デビュー名曲「旅立ち」をカバーしとるんだいね?
三浦祐太朗、友和&百恵の長男、27さい、いいね、いいね。

さだまさし、松山千春、オフコース、チューリップ、ふきのとう、NSP、かぐや姫、井上陽水、な、79年のわたしのハイスクールだ。

弾けないフォークギターを持ってジョンレノンだて眼鏡かけて東京にやって来たなんて、自分でも信じられないわ。

北海道出身だというと北の国からの純を投影させられるモテ期だったなや。クルマを持っている青森出身のやつとは雲泥の扱いの違いだ、自転車しか持ってなくても。ありがとう、北海道、さだまさし、倉本聰、吉岡秀隆!

ま、難しいこと考えんと、ジブリアニメ、時をかける少女、北の国から、寅さん、どらえもん、寺内貫太郎一家という国民的ストーリーに乗るのがよろし。

震災後、おれはこの国の女性たちに主権の座を大政奉還したほうが良いという立場である。

中沢新一と鎌中ひとみの対談記事で「原発の、その先へ、ミツバチ革命が始まる」という本の存在を知る。
生涯一度の性行為に働き続ける兵隊アリでいいでわないか。
男も女も母から産まれてくるわげだし、子どもを守るという本能に基づいた思考と行動に価値は高い、少なくとも、男ルールである政治的、村社会的、サル山的行動よりはね。

なに書いてんだか…


2012年09月06日(木) 涼しげな4CD




涼しげなCDばかり聴きよる。購入したCDはなんか借りたのと違うねー。

コクリコ坂からで学生たちがコーラスしてた「白い花が咲いてた」はラジオ歌謡なのだ。懐かしのメロディCD2枚組で「高原列車は行くよ」「胸の振り子」とともに夜の池袋をかけると、昭和20年代にタイムスリップ。

宮田まゆみ(笙)のジョン・ケージ公演@サントリーホール行けんかったー。
音と沈黙が瞬いて、天の川の星々の飛沫を浴びているよう。だったそう。

70年代にシンフォニック・スラム宇宙賛歌というプログレ系のLPを夢見るように想像しては買って聴いていたなあ。マンダラバンドというのも、そうだったなあ。地底探検というシンフォニーな作品、リック・ウェイクマンではないよ、これのSFっぽいジャケにずいぶん長く欲しいものリストの念頭に置いておいたのだけれど聴けずじまい。どんな作品だったのかググっても手がかりなく。


2012年09月05日(水) 函館市亀田港町390−39の最近のグーグルビュー




函館市亀田港町390−39の最近のグーグルビュー。

この空き地にあった二軒家の片側に小学校1年から中学校2年まで住んでいた。

平和台図書館で荒井由実のCD借りて、聴きたかった「あの日にかえりたい」シングル盤のB面「少しだけ片思い」で、聴いていたら函館から転校する中学2年生の初夏だったか、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」のシングルを持ち歩くおれは同級生のともこちゃんと一度だけともこちゃんちのほうまで遠回りして一緒に帰ったことを思い出した。

「わたしね、あらいゆみのひこうきぐもというLPレコードが好きなんだ」
「えー、かしてよー」
「だめよ、ただくん、転校するんだもん、それに毎日聴いているんだもん」
「ひこうきぐもかー、じゃあおれも買おー」

おしまい。

その後に何かドラマチックな展開は、ない。

朝から平和台図書館へ。DCPRGオルターワーイントキョーをかけながら。数年前にクーラーが壊れたままの愛車グランディスで。暑いというより、熱風サウナでの密教修行みたいなもんだ。このシチュエーションに似合う音楽はいろいろ試してみたがこれだった。交差点で空にはヘリが飛んでいてゴミ収集車が左折をアナウンスして二人の若いお母さんがベビーカーを押してゆくおっさんの自転車がジャラジャラ鳴り。

このところずっと耳がいい。

環境音を音楽のように楽しんでいる。このところ通ったコンサートは現代音楽系ばかりだが、ガラクタ鑑賞みたいが多くて、ね。それをそうとレビュー文を書くと、ひどいことになってしまう。いつもコンサートの招待券をお世話してくれるサリマン先生が耳の調子が悪くて編集を休むという。コンサート通いも、もうおなかいっぱいかなー。

マイルスの「Human Nature」(マイケルジャクソンの曲)演奏のベストを探りたくてモントゥルー20枚組をチェックする。どれもこれも退屈な演奏だし。

おととしだったかなー、NHKラジオ聴いててこの曲かかって、あまりにいい演奏なので、車を止めてウインカーたてて聴いていたんだな。したら、自衛隊練馬駐屯地の裏通りの路地だったのかな、パトカーがやってきて職質受けたっけよ。「いや、ちょっとラジオでいい曲かかっててですねー」とフツーに話してんのに、免許証拝見するんじゃねーよ。それからどのヴァージョンだったかずっと探しているんだが。

お。人間が変わる方法は3つしかない。時間配分を変える、住む場所を変える、つきあう人を変える。最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだ。大前研一。言えてる。

おれはべつに変わりたくないがなー、CDをもちっと買えるようになりたい。以前にくらべて働ける時間数が少ないんだよな。家族で浅草の寿司屋に行けるようになりたい。

31日の満月はきれいだった。

次の満月は9月30日、中秋の名月。

9月30日は光が丘区民センター多目的ホール3Fで「東京原発」上映会がある。夜勤の前に観るか。


2012年09月04日(火) 今の日本で橋下徹市長を「非民主的」と批判できるか




連日暑いんで先月のゲリラ豪雨の写真。駐車場が冠水する勢い。
こないだスカイツリーから撮影されたゲリラ豪雨をFace Bookでみましたが。
練馬の多発は、東京湾から都心の熱風が北西に動いて、そこへ太平洋側茨城県から流れる涼しい空気が流れ込んで上昇気流となりウルトラ積乱雲が発達しやすいメカニズムだそう。

宮台真司が語る「今の日本で橋下徹市長を「非民主的」と批判できるか」

古賀茂明や飯田哲也がブレーンになってるのかー
民主、自民には脱原発できない

あれ?美味いのはカルピスのパインだっけ

「札幌のモエレ沼公園のイサムノグチ設計の海の噴水見たことありますか」
し、知らねー、どこにあるんだ?
あ!プラミッドみたいな丘、車で近くを通ったことがあるぞ。いいところだなあ。



2012年09月03日(月) 新着:ガンダーセン博士の指摘(福島原発4号機)

FaceBookでシェアされた福島原発4号機の最新情報。まじですか!
いつ次の地震が来るか、仕事しててもいつでも対処できる場所を選んで生息しているんだが。
寝てても揺れはじめたら倒壊可能性ゼロの場所に数秒で逃れるつもりなんだが。

田中宇さんの国際ニュース解説をチェックしていると、このガンダーセン博士の報告は日本に原発を放棄させるアメリカの思惑の範囲内ではないか、とも考えられる。

それにしてもおれの人生はもう上がりでいいとして、子どもたちに残る日本の姿はなんとかしたいものだよなー




【福島4号機、倒壊時の対応】
米軍が基地に準備をしている、という重要情報

8月31日、衆議院会館で市民100人と国会議員(各党有志18人)が、米国からアーニー・ガンダーセンを招聘し、東電と保安院とともに、4号機について議論する会があった。ここに、私も参加したので報告する。

初めに、ガンダーセン氏から2時間の4号機の分析が行われ、質疑応答があった。私も、ガンダーセン氏にいくつか質問したが、後日にゆずる。最大のポイントは以下。
(胴饋佑80Kmの避難勧告がでたのは、3.11時点で4号機のプールが倒壊することを想定したからだ
4号機に火災が起きると、70Kmが居住不能になり、18万人がガンになることが、米国のシミュレーションで明らかになっていた
J‥腓量簑蠅蓮3.11から1,2,3号機ではなく、4号機であり、それは今も変わらない
づ櫺した場合、燃料棒の素材ジルカロイドが燃焼し(偶然3.11の2週間前に米国で実験済み)、かりに露出した燃料棒に水をかけると、水素と酸素に分解され巨大爆発を起こす(東電は、消防車を用意している、と発言)

第2部は、演壇に東電からは6名、保安院は1名で、報告の内容は、東電HPを参照されたい。http://bit.ly/Kxo0B2質問者として、元スイス大使の村田光平氏も参加された。氏は、東電と保安院では対処できない、と指摘。

質疑は大荒れになった。ほとんど、相変わらずの「想定外」モードの連発。だが、重要な情報が飛び出た。民主党の秘書からだ。
4号機の真下に、活断層が走っている。東電はそれを知っているが隠している
⊃直人首相の時に、4号機倒壊を想定した米軍からの、特殊消火剤が提供され、今も米軍基地にスタンバイしている

この指摘に、東電と保安院は沈黙した。市民100人の証言者がいる。


2012年09月02日(日) 対談『日本破滅論』(文春新書)




池袋東口の高層マンションから北区の方角。





『公共事業が日本を救う』の藤井聡と、『TPP亡国論』の中野剛志、
が「この国のかたち」を問い直す衝撃の書。
「大増税」「構造改革」「大阪維新」をストップせよ!
という対談『日本破滅論』(文春新書)に、しこたま納得。
増税、構造改革、大阪維新、どこがダメなのかおれにもわかったー

がんばれ若き官僚!

有線ばかり耳に入る職場環境を嘆くつもりは毛頭ない。
ようやく判明したフェアリーズのTweet Dreamという曲なのか、耳からトキメいたのでMVみたらガキどもなのにヒイてしまったが。
この2ヶ月のヘビロテCDはパトリックファーマー、渋谷毅川端民生、DCPRGオルターウヲーイントーキョー、YouTubeは世界の終わり、時をかける少女。
ポールのラム、ヴィーナスアンドマース。
住めば都。
風が吹いているぅ〜、いきものがかり。
放射能の風が吹いているぅ〜。
でもさ、喫煙や飲酒や運動不足や加齢やストレスといった因子に比べてどうなの!

南海トラフ大地震予測が公表されましたが、思えばいつ世界が終わってもいいように生きたほうがいいのは最初からそうだったのよね、
と、缶ピースとミニットメイドで仕事開始の雄叫びして走ったり、
treat her gently とポールなりきり歌ったり、こないだ24女子にまじほれます言われたのそんなにうれしいのか自分。
おふくろの葬儀で大食して83kg超えしてたが7ヶ月で77kgまで身体が動いて来た!
震災に備えて!公共事業をガッツリやるべし!内需拡大!

You Tubeで藤井聡の話している動画みたら、なんかいまいちー・・・


2012年09月01日(土)




今朝は午前9時気温29度。


Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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