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2004年11月28日(日) エンドレスワルツ

町田町蔵が阿部薫を演じた、『エンドレスワルツ』を見た。また悪い癖が出た。芸能人を好きになってしまう。本気で惚れる。殴って欲しいと思う。殴って欲しい。まいった。

見た後は虚脱した。助けて欲しい。

(こういう感情にまかせたことばかり書くのはやめにしないか。読んだ本についての感想がいくつもあるだろう。ましてや殴って欲しいだなんて。)



2004年11月27日(土) 光ちゃんです。

土曜日は谷中に行った。美しい午後だった。商店街に光が差していた。おばあちゃんがたくさん通った。そこでメンチカツを買って歩きながら食べた。商店街の上に階段があって、坂を上る。逆光でまわりが光に包まれる。冬の光線は弱くて品がある。眩しい。

古びた木造の家がたくさん並んでいた。横を覗くと路地があった。日陰が秘密を含んでいるようだった。鳥肌が立った。墓と寺があった。ひとつやふたつではなく、五つも六つもあった。

世界中の人がここに押し掛けるんじゃないか。みんなでこの午後をとりあうんじゃないかと思うほどすばらしかった。

夜はまた神保町のキッチン南海でカツカレーを食べた。テレビが付いていて、相撲を流している。朝昇龍が優勝する一番を見た。

ある午後の隣りに、いつも出口がある。



2004年11月23日(火) 王子様からの手紙

前略 バナナちゃん


やあ、こんばんは。

随分久しぶりの手紙になってしまった。
どうせ僕のことはこういう人間だって思っているかも
しれないけれど、
僕としてはずっと君に手紙を書かなきゃって
思ってたんだ。
そればかり心に引っかかって、
鞄にはずっと便せんと封筒と、
切手を入れてた。

本当だよ?
(まあ遅れたことに変わりはないよね。ごめん。)

今回書いたのは、君の誕生日が近いからだ。

どうせまた君のことだ。
誕生日なのに僕がどこだか分からない場所にいて、
連絡が取れなくて、指輪をくれないと言って
泣くんだろう。

大切なことはそんなことじゃないんだよ。
僕は君のことが好きだし、
君だって僕を慕ってくれている。

直接会えなくたって、
キスをしなくたって、
通じる気持ちはあるんだよ。

こういう気持ち悪い言い回しも、
きっと君は「嘘くさい」とはねのけるだろうけど。



僕は新しいアパートを借りた。
前のところは家賃が高すぎたから。
引っ越してから大急ぎで冬支度をしている。
君はこたつを入れたって書いていたね。
うらやましい。
僕のところはこたつもエアコンもないから、
ハロゲンヒーターを調達した。



新しい町には、神社と踏切と、小さな商店街がある。
午後には踏切を通る電車に西日が当たって、
「郊外の昼下がり」という風景ができあがる。

神社には猫と、おばあちゃんがいる。
おばあちゃんはベンチに座って、
猫にえさをやっている。
僕はその隣のベンチで、1時間ほど読書をして帰る。
君への手紙も、今、そこで書いている。



貸し本屋によく行く。
(家の近くにあるんだ。図書館はとなり町だからなかなかね。)
人の手を渡った本を読むのが好きだ。
僕の前に借りた人の物語をよく想像するんだ。
どうしてここに線を引いたんだろう?って。

ジュンパ・ラヒリの『その名にちなんで』と『停電の夜に』を読んだ。
非常に面白かった。
「ここの隠喩は……」「文章の構成が……」って
インテリめいたことを言わないといけない風潮がある中で、
そんな読後のことを考えずに、
物語の筋をドキドキしながら追えた。
僕には珍しいことだ。



……こんな風に、
本の感想を書かれても君は退屈かしら。

君に会うたびにいつも、僕が本の感想を言うのを
黙って聞いているのを見ては、
僕はふと心配になる。

どんな本読んだ?
僕はこんな本を読んだ。
どんな音楽を聴いた?
僕はこんな音楽を聴いた。
どんな映画を見た?
僕はこんな映画を見た。

この繰り返しに、何の意味があるのだろうと思う。

僕は、人と会っていても、
正直何も得るところがないんだ。
だけどそれは僕が大きな欠陥を抱えた人間だからで、
君はそうじゃないんだよね?
だから僕は君に会う時、
君に会うだけの責任を考えて接している。
君が僕に会って、隣で眠っていつも泣いて、
僕の背中に顔を埋めるのを見て
ああ僕は何か君の役に立っているのかなと考える。
だけど僕には心がないから、それがどんな感情なのかが
正直なところさっぱり分からない。
君をそれで傷つけたとしたら、心からすまないと思っている。



だから今は、君になるべく会いたくないんだ。
それは君を嫌いだっていうことじゃないよ。
責任を負ってまで会う関係なんて、必要なのかって、
考えてしまうんだ。



それでね、話は戻るけれど
誕生日プレゼントを同封した。
指輪は僕が選ぶと大変なことになりそうだからやめておいた。
君が欲しがっていたジャックパーセルの白。
もう買ってしまった?
だとしたら本当にごめん。

よかったら履いてみて欲しい。
きっと似合う。
君がよく着ていた、マルジェラのワイドパンツに合わせたら
かっこいいと思う。



年末に向けて、きっと君はせわしい日々だろう。
僕は相変わらずのんべんだらりとやっているけれど。
エリオット・スミスを毎晩聞いて眠る。
彼のように内側に内側に向かう音楽が、
それでも他者の心に染み渡って人を癒すのは何故だろう。



君は少し泣くのをやめたらどうだい?
「泣いた」「泣いた」と書くのはずるい。
これは嫉妬だ。
僕は涙なんて流すことができない、悲しい人間なんだ。
心がないってことを、君は想像できるかい?



敬具




2004年11月22日(月) 以前に書いた、馬場についてのちゃんとした文章

「出身どこ?」飲み会や合コンでしばしば繰り出されるこの質問ほど、辛いものはありません。私の実家がある埼玉北部は、はっきり申し上げて、何ひとつ特徴がないのです。最寄り駅を言っても鉄道マニアの方しか分からないし、どうせ会話も続かないし……と悩んだ末、「東京です」と嘘をつくこともしばしばです。
 


そんなわけで今回は、大好きで住み着いている新しい郷土「高田馬場」をご紹介することにしました。実はたくさん隠れていらっしゃるという埼玉県民の方、郷土を捨てた(?)私を温かく見守ってください。



私が高田馬場を好きな理由は、大学4年間という鬱屈して多感な、失恋ばかりを繰り返した微妙な時期を、ここで過ごしたことと深く関わっています。毎日、会社帰りに駅を降りると、深夜の早稲田通りには酔っぱらって寝転がったり、寄り集まって大声を上げている学生たちの姿をたくさん見ます。彼らの訳の分からない、やり場がなくあふれ出てしまったパワーを眺めるたび、「ああ、ああいう時代が自分にもあったなあ」と甘酸っぱい気持ちが胸にわきあがります。高田馬場には、こうしたいつまでも学生気分を許してくれる温かい空気が満ちあふれていて、簡単には涙を流せない、大声で叫べない「社会人」になってしまった自分を、ふっと立ち止まらせてくれるのです。



先日、とても残念なことがありました。早稲田通り沿いにあった「レッドピーマン」という定食屋さんが店をたたんでしまったことです。ここは、村上春樹『ノルウェイの森』にも登場した知る人ぞ知る名店でした。手作りのハンバーグやフライなど、正統派の洋食を700円ほどで食べられるので、サークル帰りの学生や仕事帰りのおじさんたちが、ビール片手に語り合う姿がよく見られました。最近ではチェーンの定食屋に押されつつありますが、早稲田通り沿いには、「レッピー」に代表されるような、安くておいしい、昔からのお店がたくさんあります。遊びに来た友達には「食べ物屋ばっかりだよね」とよく言われますが、私は誉め言葉と受け取っています。



もうひとつの馬場の特徴といえば、やはり古書店街でしょう。駅から早稲田大学までの1本道には、人文系から外国文学、美術書まで、専門の古書を積み上げた薄暗い店が並びます。私は古本マニアではないので、ワゴンを覗いて100円もしない本をあさるくらいのものですが(神保町より相場は安いそうですよ)、年に数回ある「青空古本市」は楽しみに出かけます。会場の穴八幡(神社)に、サンダル履きのおじさんや近所の子どもたち、金髪の学生まであらゆる人々が繰り出して、それぞれの1冊を探していく。そんな休日の風景を眺めていると、「この街に住んでよかったな」という気持ちが満ちてきます。



にぎわう新宿と上品な目白にはさまれた場所に、こんなにあか抜けない街が今なお存在することを、たまに思い出していただけたらと思います。神田川の満開の桜は本当に素晴らしいので、春になったらいらしてください。ごちゃごちゃして汚くて、少しもエッジじゃないのになぜか愛しい、不思議な馬場の魅力。一度はまったら、私のように抜け出せなくなりますよ。おほほ。
 



2004年11月21日(日) ハウルの動く城

レイトショーでカップルにまみれながら、『ハウルの動く城』を見てきた。

途中から涙が止まらなかった。

それはこの間、六月の蛇で泣いた時のそれとは種類が全く違う。

あまりにも色々なことが詰まりすぎていて、

色々整理しないとこの映画について語れない。

途中、生理的に溢れてくる涙に

「言葉を超えた何か」はあるかもしれないと思った。

人を無条件に癒すのは、

昔に見た風景の思い出だったり、

美しい景色だったり、

すきなひととキスすることだったりするのだろう。

それは、色々なことがとてもとても複雑に絡み合って

なにがなんだか分からなくなっているといわれる

私たちのまわりのあらゆる事に言えるんじゃないかと思った。

※キムタクは全くキムタクらしくない素晴らしい声を出しています。



2004年11月20日(土) 誇らしげに言うならきっとそういうことなんだろう

2年前の10月頃から、就職活動を始めた。

ちょうど今頃、『マスコミ就職読本』編集長のエントリーシート添削講座があったのをふと思い出す。私の書いた紙が、大隈講堂の前のスクリーンに映し出され、全員の見本になっていた。編集長は「このくらい書けていれば書類は通る。去年ここで見本になった人は講談社に受かりました」と言った。その後に通った出版専門の予備校でも、作文が匿名でしばしば見本になった。「文章が抜群にうまい。こういうのは5年に1度くらいしか出ない。君は大手に行けるかもよ」と先生は褒めてくれた。

嬉しかった。私、けっこういけるのかも、と思った。

1月から実際の試験が始まった。結果は散々だった。本当になにひとつ、うまくいかなかった。面接が嫌いだった。話しても話しても落ちた。そのうちに何を話して良いのか分からなくなった。通るはずのエントリーシートで門前払いをくったこともしばしばだった。

それでも先生の言葉を信じた。「出版社に受かるには、ぜったいにあきらめないこと」。

自分との戦いだった。「自分との戦い」って何だよ、臭いなあ、と書いていて思うけれど、本当にひとりぼっちだったのだから他に書きようがない。助けてもらえなかったということではない。誰に何と励ましてもらっても、自分のお金で食べていくのは自分だから、私はひとりでやらねばならないと思っていた。

「まだ○○社がある。進むだけだ」
当時の日記には、前向きな言葉ばかりが並んでいる。怖いくらいだ。

3月、4月になり、ゴールデンウィークが過ぎても、希望の会社には内定がなかった。誰とも会いたくなかった。「シューカツどうなったの?」と聞かれるのが、(相手に悪意はまったくないのだが)本当に苦痛だった。電話にも出たくなかった。用件のついでに進路の話になるのを避けた。誰かと話す時は、「就職はまだ決まってないけど、今に何とかするから見てろよ」というひとことから会話を始めた。

もしもし、の後に「バカにするなよ」と言って電話を始めたら、前の彼に笑われたことがある。「なんでそんな、『なめんなよ』のなめねこみたいな話し方なの?(笑) 別にへこんだのが理由で電話したっていいんじゃないかな」。

眠る前には涙が出た。布団の中でしくしく泣いた。何故泣くのか分からなかった。失恋した時よりもしつこく、毎晩静かに涙が出た。行き先がない、分からないというのは、これほどにつらいことかと思った。



落ちた内の一社でアルバイトとして拾ってもらった。それが今の会社だ。縁とは不思議なものだとつくづく感じる。

今回、大きな異動があり、今まで一緒にやってきたチームの人と別れることになった。金曜日に「解散飲み会」があった。(お世辞とか策略かもしれないけれど)「僕はバナナさんを買ってるんだよ」とおっしゃってくれた、大好きな上司とも離れる。一生懸命秋葉原の「サンボ」という牛丼屋の話をする彼を見て、あついものが胸にこみ上げてきた。学生時代はアルバイトをするたびに人間関係に悩んでいたので、仕事というのは嫌なものだと半分諦めていた。こんなにいい人達に囲まれて働けることは奇跡のように思えた。

仕事は楽しい。忙しくて休みたくて、すげーめんどくせえ、寝たい、と何度も思うけれど、それでも楽しい。辞めない。こんな風にかっこよく書くと、まるでとっても素敵な仕事をしているようだが、そんなことはない。有名人を取材するわけではない。村上春樹の担当編集者なわけでもない。くだらない雑務で一日が終わる。それでも、幸せだと思う。

自分に未熟なところが無限にあるのは痛いほど分かっている。頑張らないといけない。くじけそうなほど疲れた時は、就職活動のことを思い出している。たったひとりで戦った当時の自分に、恥ずかしくないかと。



新しい仕事をすることになる。少し緊張する。



2004年11月14日(日) ちゃんこ食べたい

新宿御苑のそばに四谷区民センターという建物があって、その7階に新宿区立四谷図書館が入っている。ちえこが卒論の本を借りるというのでついていった。窓からの眺めがすばらしくて、ビル群と夕焼けがはじまる前の空が見えた。



秋の夕暮れ時に、暗い道を帰るのはあまりきらいではない。飯田橋の日本歯科大学の体育館の横を通ったらバスケットボールをつく音と、キュッキュッというバッシュの止まる音が聞こえた。



かどちんから噂のmixiの招待状が来たので開いてみた。プロフィールからおかしくて笑う。この人天才だよ。まじでライターになったら? (猫原理主義について:電話すると、途中から私ではなくワラビ=愛猫に話しかけているのは事実のようだ)


年 齢 26歳
血液型 B型
趣 味 語学, ペット
職 業 ガテン系
所 属 出版社
自己紹介 疲れた日は愛猫をなでて眠ります。 ここ数年毎日なでています。
好きな映画 アニーホール、スリーパー(ウディ・アレンの)、ばかのハコ船
好きなペット 猫原理主義
好きなホームページ
http://www.tees.ne.jp/~c-holism/、http://www.realtokyoestate.co.jp/

<×月×日>
朝八時、フットサルの試合にいくはずが目が覚めたのは12時ジャスト。キャプテンすいません、次の試合ではメンバーのホカ弁持参するっス、と謝りながら仕事でもプライベートも管理がままならないことに自己嫌悪。

とはいえこのまま二度寝してしまっては本当にダメ人間だ、と思い昨晩から(夢にまで見たのでずっとやっている感もある)伊藤まさこ風原稿を書き進める。
気がつけば「心地いい」「大切に」「丁寧に」「ゆっくりと」「リネンのような」が多出する、まるでナチュラル語翻訳機につっこんだようなでこぼこの原稿が出来上がった。
ちっくしょー年収300万時代を生きる俺にスローライフなんて!



2004年11月13日(土) 退屈ならそれもまたグー

終電以外で帰れる日々が嬉しくて、ビデオを借りて帰ることにした。



金曜日の0時から見たのは、塚本晋也の『六月の蛇』。泣きたくない種類の作品だったが、どうしようもないくらい涙が出た。どこまでもどこまでもどうしても、人と人と繋がりあえないということへの、悲しみの感情がどくどくと湧き出てきた。

こんなものは、もう消えてくれたと思っていたんだ。

泣きながら、ああ私はイタイ人だ、と思った。感情を消えたことにしてどこかに閉じこめ、知らないふりをしていた自分に感心した。誰かとどうしても分かり合いたくて、笑いながらご飯を食べたくて、抱きしめ合いたいのに、そういう欲求を閉じた部屋で『六月の蛇』を見ながら涙を流すことでしか解消できない私は、なんて勇気のない人間になってしまったことだろうと思った。…といいつつ、これを見て泣くような人のグループに、自分はどうしても入りたくないといつも考える。私は、ほげほげと石でもコレクションして暮らしたいよ。

(ちなみに映画自体は、最後にきちんと光を提示して終わる。人と人は繋がり合えるよ、と。その通りだ、いい解答だと思う。うまく言葉にできないが、こういう作品が映画祭で賞を取ることを、私は嬉しく思う。普段感じている、のるかそるかの感情―恥ずかしいからなるべく隠している―が正当化されるような気がして。)

土曜日に友人に連れられて見たドキュメンタリー映画、フレデリック・ワイズマンの『霊長類』でも感じたことだが、(映画を含む)芸術作品というのは優れているものほど、毎日の暮らしの底の底に潜んでいるなんやかんやを掘り起こして目の前にさらしてくる。だから、なかなか疲弊する。



アテネフランセからの帰りに友人が、「今日はカツカレーにしよう」と言ってすたすた歩くので着いていったら「キッチン南海」に着いた。神保町の南海は早稲田のそれとだいぶ趣が違った。本格的なのだ。

コック帽をかぶり、白衣を着たイケメン男が横並びに4人立って、カツを揚げたりキャベツを盛りつけたりしている。愛想がいいのか悪いのか分からない、微妙な客との距離がある。妙に荘厳な雰囲気が店全体を覆っている。全員顔が濃かったので、かなり萌えだったが、特に一番顔が濃い、りっぱな鼻のひげ男さんが私のお気に入りだった。

カツカレー(650円)は本当においしかった。「カツ大きいね。お得だよね」と言いながら地下鉄に乗って帰る。『ドクター・コトー』があるから少し急ぐ。CDを借りる。



おいしいカツカレーを食べることと、「人と人が繋がり合えるか」を考え抜くことと、いったいどちらが大切かなんて私には分からない。ただ、私は『六月の蛇』のヒロインみたいに、泣きながらバイブレータを操作しなくても平気みたいなのでよかった。



※リンクとプロフィールやっと直しました。



2004年11月10日(水) 折り目正しい力士

今、仕事が落ち着いているので、この機会にホームページをきちんとすることにします。

まず、リンクの文字化け&リンク切れを直す。
プロフィールをもっとまともなものにする。
日記の更新を充実させ、クオリティを上げる(たぶん)。
きまぐれおまけコーナーに、本の紹介か何か、新しい企画をアップする。



それからもうひとつ、節約のためにも小さな生活を送る決意をします。

不要品は、どんどんオークションで売る。
洋服は古着を買う。友人から譲ってもらう。
電話代の節約!
映画とビデオと本と王子さまにはお金を惜しまない。



2004年11月09日(火) 睡眠欲の強いあけぼのっち

カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したガス・ヴァン・サントが『エレファント』の前に撮ったという『Gerry』を見た。……見に行ったのだが、なぜか、寝てしまった。だってずっと砂漠の風景なんだもん。

一緒に行った友人に、「雲の映像がエレファントと同じで云々……」と感想を話そうとしたら、「ていうかほとんど寝てたじゃん」と返された。ばれてたか。

私をなぐさめに彼がくれた感想をアップします。





『Gerry』について

なんか俺が怒っていると思われてそうなので、そうではないと言っておきます。

映画を見に行って寝ることなど普通のことなのです。もちろん俺にとっても。「ゴダールはね」としたり顔で語りながらも、実際の上映中は寝ることが大半だと言ってよいでしょう。こうして考えると寝るのと寝ないのとの比率は半々だと思います。

だいたいあの映画を喜び勇んで来るような観客は、絶対どこかおかしいはずなので狂っているか、薬を打っているかのどちらかなのでしょう。

映像も音楽も「寝ろ」と言わんばかりのものだったしね。まぁ、気になったらまたビデオで見ればいいんじゃないでしょうか。

というわけで、自分なりにあの映画のどこに惹かれたかを書きます。

形式的には実験的と言ってよく、また過去のフィルム(フィリップ・ガレルの『内なる傷痕』など)に似ているところのある作品ですが、私は「〜的」といったカテゴリーを越えた作品であり、これに似たどの作品よりも『Gerry』が好きです。

露わになる人間という存在の希薄さ。物語が進むにつれ、ストーリーも地理的にも人間の存在そのものもどんどん輪郭が曖昧になってゆく。それは私個人の「印象」ではなく、もやがかかったような映像や足を引きずるノイズや無方向的な空間把握によって確かに画面に刻まれていました。そうしてこの輪郭の曖昧さ(虚無ではなく)が永遠に続くのではないかと思わせる展開。それを断ち切る事件。だがそれすらもあくまで曖昧なものでしかない(「俺はおまえが嫌いだ」「嘘だろ」笑いが続く)。

こんなふうに我々の「生」とはどこまでも曖昧なものでしかないのだ、とこの映画は告げているのではないでしょうか。ではそれが不快と言われれば、少なくとも私にとってはそんなことはなく、この映像をいつまでも見続けていたいと思ったのでした。

画面に露呈される「弱さ」。気がつくと自分はいつもこういうものに惹かれているのだなと思います。「弱さゆえの〜」といった反語ではなく、それそのもののどうしようもなさには引きつけられて止まないのです。



2004年11月08日(月) 書けない

5連休はよく休んだ。山形の土門拳記念館と、北海道を訪れた。土門拳は「筑豊のこどもたち」を見られたのが大きな収穫。北海道は、美瑛という丘の町の紅葉があまりにきれいで、息をのんだ。旅行の谷間に実家に帰った日は読みかけの本をかたづけ、書棚にあった『星の王子様』と川端康成をみつくろって読んだ。

自分について考えることから、離れ続けた。

日記も書けなくなった。文字数は埋められるけれど、からっぽだと思う。多分最近の文章は、誰が見ても精彩を欠いているんだろう。(私の場合)涙を流して反吐をはくように出さなけりゃ、魅力のあるものは作れない。

青春時代に自己投影の対象(カリスマとも言う)だった椎名林檎が『InRed』の表紙を飾っていた。インタビュアーは小田島久恵。林檎ちゃんにはこの人と決まっているのだろうか。何年も前から繰り返し、何万字も語られ続けているだろうに、小田島は知らないふりで、初めて顔を合わせたかのような文章を上げている。

昔は「自分が生きる手段として、音楽を利用していた」と、彼女の言葉にある。もう我々は大人なので、生きることと何かひとつを同義にする勇気を持たない。



2004年11月07日(日) マイルドセブンの木




2004年11月03日(水) 『装幀列伝』を読みながら考えた

芸術の才がない。

小さい頃から絵を描くのが下手で、写生会が嫌いだった。私がデッサンすると、道は奥行きが出ず、空に向かって延びているように見えた。その上ああだこうだ考えて描くので、できあがりも遅く、いつも居残りでようやく完成した。教室で描くと目の前に風景がないものだから、余計におかしい色づかいになった。勉強でも運動でもどんくさい男の子が、見たこともないような濃淡を作り出して空を塗っているのを見て、「どうやって思いつくの?」と心底感心して尋ねたこともある。

字は得意だったので、高校の芸術では書道を選択した。それ以来ずっと、絵や美術というものから離れて生きてきた。できないから離れてかまわないと思っていたし、離れているという意識さえなくなるほど、縁遠い世界だった。

大学4年生も終わる頃、「希望の職種はグラフィックデザイナーです」という人と知り合った。もらったメールには、「気に入っているブランドのイメージビジュアルを手がけたい」と書いてある。

ぺーぺー女子大生の私には、何を言っているのか全く分からなかった。グラフィックデザイナーとかアートディレクターと聞くと、襟を立てて高そうな革の鞄を持っているひげのお兄さんを思い浮かべるくらい。彼らが何をしているのかなんて少しも知らなくて、でもなんとなく偉そうで、なじめなかった。書店の「アート」という棚はまっすぐに通り過ぎていた私である。分からないのも当然だった。「アート本なんて誰も分かってないくせに、それを持ってる自分が嬉しくて買うんでしょ」と心の中でバカにしていた。

色々と話を聞くうち、それらがどうやら偏見であることに気付いた。ものを作ることについて、こんなに考えている人がいるのか、と驚いた。昼と夜の明かりの強さや、細い細い線についてや、鉢植えの植物の色づかいについて感知する。どうやら、「降りてくる」瞬間を味わったことがあるらしい。

(「降りてくる」というと変な表現だけれど、分からないこともないかな。私も出版社の入社試験中に作文を書いているときなどに、それにほんの少しだけ似ている体験をしたことがある。頭の中に、突然文章の構成図がわき出てくる。私のはそんなアーティスティックなものじゃないけれど、世の中の芸術家はそうやって神がかった作品を生み出しているのだろう。)

「今まで色々なことを知らなきゃいけない、勉強しなきゃいけない、と思ってきたから、ある一面では苦しかったんだけど、『デザインをやるんだ』って決めてからはすごく吹っ切れたんだ。すっとしたんだよね。これでやっていくんだ、もの作りしかないんだ、ずっと、って。」

普段は無口で自分のことを話さない人から出た、まっすぐの言葉が忘れられない。人との出会いから生まれる新たな興味が、私をまた違う場所に連れて行ってくれるのだ。



2004年11月02日(火) 黒いコンバース

覚え書きがたまったのでメモ。

■ジュンク堂新宿三越店

会社で新宿に行く用ができたので寄ってきた。三越の7,8階がジュンク堂になっている。ジュンク堂カードを作ると商品券2000円分がもらえるというのにつられて申し込んでしまった。「年収」欄を書くのが本当に恥ずかしかった。

私はジュンク堂ファンなので、紀伊国屋よりもこちらに通ってしまいそうだ。ただ、よる9時までというのがネック。結局ルミネのブックファーストで時間つぶしが一番楽なのかも。

■ずっと言ってたフォント

『ku:nel』の小見出しとかで、最近よく使われてるフォントって何?といろんな人に聞いていた答えが分かりました。エイワンの丸明オールドだと思います。ちなみに本文は、字游工房のこぶりなゴシックだって。ここまで分かったから、ノンブル(ページ数)の書体がものすごく気になる。


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