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2003年12月31日(水) 拝啓 王子さま

拝啓 王子さま

年の瀬を迎え、お忙しい日々をお過ごしのことと存じます。ご無沙汰してしまったことを心からお詫びします。

お元気ですか。風邪などひいていませんか。

私は元気です。

一年が終わりますね。古い方の手帳を眺めながら、私は何をしたのだろうと振り返ってみました。羅列された企業名と×印が並んでいるだけです。就職活動をしていたのでした。コメント欄には「今日はここが悪かった。次はこうしよう」。その繰り返しが、気が遠くなる数並んでいます。



正直なところを言えば、あなたへの思いは変わらずにいつも持ち続けたままです。うっかり気を抜くと、手を伸ばそうとしてしまいます。それでも、混沌としていた感情に、色々折り合いがついてきました。「変わるのだ」と言い続けて結局ずっと沈み込んでいた昨年の暮れと比べると、良くも悪くも本当に変わったと思っています、自分では。

あなたから見たら相変わらず未熟で落ち込んでいる、子供っぽい私でしょうか。せこせこ動き回って、あがったり下がったりしているように見えるのかなあ。



今年の反省は、たくさんわがままを言ったことです。あなたにも沢山言ったんじゃないかな。ごめんね。来年はもっと、自分のもやもやを自分の中で処理できるひとになりたい。

良かったことは、仕事にも人間関係にも継続して考えていくべきひとつの指針が出来たこと。目標が決まって、目的地への全体像が見えていれば、それに向けてこつこつ努力することはあまり苦手ではありません。

昨日電話した友達は、来年の目標は世界史だと言っていました。あれの勉強法も一緒です。最初に流れと、図が頭に浮かびさえすれば、そこにはまってくる固有名詞をあとはこつこつ暗記するだけ。面倒くさいのは、2000年間の図を、一度頭に入れないといけないところまでです。

私は世界史が好きでした。



ずっと憧れていた業界に、片足を突っ込むことが出来ました。勝負はここからですが、頑張っていくつもりです。毎日仕事をしていて少し分かったのは、仕事というのはすべて「雑務」であるということ、どんなに偉くなってもね。

雑務でない仕事など、きっと無いのだと思います。ただ、忙しい時でも、「宜しくお願いいたします」と手書きで一筆付け加える気持ちだけは忘れないようにしたい。それが当たり前で普通のことだと思うしみんなやっている。私はいい加減で不器用だから意識しないと色々なことが他の人より出来なくなってしまうのです。そのことを前提に、いつも緊張感を持って仕事をしたいと思います。

……なんて、すごく優等生な感じでいやらしいですね。



「れいちゃんの日記は読みやすくなったね」とつい先日友達が言ってくれました。就職活動中は、人格がばらばらで毎日違う人が書いているみたいだったよ、と。

あなたへの手紙を毎日のように送っていた頃に、このサイト見つけてくれた人ともお友達になりました。高野文子の「黄色い本」をちょうど読んでいた頃だったそうで、「れいこさんと重なりました」という、とても嬉しい感想も頂きました。

今改めて「書く」ことについて考えてみると、いつもそれが私の中心にあるという気がしています。文章がうまい、とか、そういった技術的な部分が自分のアイデンティティだったこともありましたが、もう、そういうんじゃない。ただ、その行為自体が楽しくて仕方がないのです。だから例えば「僕には絵がある、君には文があるでしょう?」というような言い方をされると戸惑ってしまいます。そういった、小説家、または小説家志望の人が背負っているような書くことに対するああだこうだは、私の中にはもうないから。

ある程度の文章を読んでいれば、そこからのカットアンドペーストで毎日の日記など簡単に書くことが出来ます。(未熟ながら)気取った文体を使うこともありますが、それも単なる切り貼り。大きなオピニオンもありません。

それでも書くんだから、きっと好きなのだと思います。



来年はあなたの手紙にも、ここの日記にも、ただ自分の生活について綴るつもりです。webログというものが流行しているみたいで、当然興味もあるし、パソコンに詳しくなりたいから首も突っ込んだっていい。というかそういうデジタルなものに頼って生きたいと思っているけれど、相反する感情としてここに書くことは単なる情報にしたくない、というのもあるのです。

私がこっそり読んでいる大好きな女の子の日記は、強くて、誰かが読んでいることなんかとは全く関係なく自分の感情と生活を綴っています。私は密かに、彼女が今に文藝賞をとるだろうと予想しています。頑張って欲しい。そういう風に、才能のある人を応援する仕事を、公然としたい。こっそり日記を見るとかではなくて。



今日は2時に起きました。これから家族で年越しそばを食べます。テレビでは氷川きよしくんが「ずんずんずんどこずんどこ」と歌っています。

私は彼が大好きです。

来年も格好良い男の子にちやほやされて、「かわいいねかわいいね」なんて言われることを目標にしたいなあ。お嫁に行くメドくらい立てたいなあ。

……あはは、また煩悩が出て来ちゃった。除夜の鐘で、108つ、洗い流したいや。



最後に一つ、私が今年最も心に残った本は、浦沢直樹の『MONSTER』(小学館)と、森山大道『犬の記憶』(河出文庫)でした。年末に読んだ漫画が今年の一冊だなんて、ちょっと軽すぎるかしら。読んでも読んでも、読むべき本は絶えず、名作は毎年(数冊かもしれないけれど)量産されていきます。なんて素敵なことでしょうか。お金がなくても文庫本は500円です。お金は欲しいけれど。

来年があなたにとっても、私にとってもいい年でありますように。ただ目の前にある生活を、私はこれからも暮らしていきます。いい暇つぶしを沢山見つけたいなあ。また泣きたいなあ。今年はたくさん泣けたなあ。「良いお年を」、といって昨年のああだこうだを洗い流すこの慣習を、私はとても愛しています。



良いお年を、大好きな王子さま。   かしこ




平成15年12月31日   れいこより  









2003年12月30日(火) それでも明日に胸は震える

■バカの壁

父親が録画しておいてくれたNHKの週刊ブックレビューを見たら、あの養老先生にあの児玉清がインタビューをしていた。なかなか貴重な映像じゃないかしら、と思いながら見る。『バカの壁』(新潮新書)は語りおろしの本なのだけれど(だから読みやすいですよ)、それを文章に起こしたのは元focusの編集者だそう。写真に文章をつけるという週刊誌のスタイルが、僕の解剖学的ものの考え方、語り方と合っていたのではないかと思う、と先生は語っていた。

20年前に書いた”バカの壁”という言葉を編集者が見つけてきて、「新書のタイトルはこれで」とあらかじめ決めてきたのですって!売れる本を作ったら気持ちがいいのだろうな。一年の新書、ノンフィクションのベスト5に養老先生の本が3冊よ。はあ。



■ファミリーブック

  


町に一つだけの大型書店+レンタルビデオの店に行く。ヒット曲がつまみぐいで流れる。はなわ、福山雅治など。ヤンキーが多数集結していた。

imidasとrockin'on(カレンダー付きで550円は安い!)、『20世紀少年』を5巻まで。それからスクラップブック代わりにジャポニカ学習帳の「作文帳』を買った。字数を数えて原稿を書かないといけないことが多いので、便利かなあ、と思って。

友達がデザイナーとして初めてクレジットされた雑誌を見つけた。ほくほくする。こうして頑張っている人の活躍を見られるのは本当に嬉しい。おめでとう。これからも頑張ろう。



■ベストバイ

  


今年のお買い物、個人的ベストバイは、Derfonicsで購入したお財布です。ちょうど「もの」の魅力に目覚めた頃に出会った一品。お札は折らないと入らないけれど、蛇腹型が大きく開くので小銭がとりやすい。折り紙のように、一枚の革で出来ているのだそうです。

THA'AMANAという日本のメーカーなのですが、ネットで調べても出てこない。私が今一番やりたいのは、こういうハンドメイドメーカーの工場(アトリエ?)を取材すること。雑貨屋さんの片隅にある一品に込めた人の生活や思い。もしかしたらそんなものなくて、量産されている工場で作られているとしても。働いている人に会いたい。ファッションの裏側をも見てみたいなあと思うのです。



2003年12月29日(月) ほんとうはそれもどうでもいい

昨日はアキちゃんと斎藤菫さんと3人で楽しくブランチ。アキちゃんが憧れの人を取材した話を聞いたり、菫さんのご実家が原宿であることに田舎ものである私がぶーぶー言ったりした。久しぶりに竹下通りで古着を見て、ベルトを買う。

今日は高校の友達と忘年会。少なくてもちゃんとした友達がいることが心から嬉しい。



なんでも焦らずにやろう、というのが最近の信条で、「別れて別れて!きーー!!」とか、「転職!転職!!マガハ!!!」などと、あまりいう気が起きない。面倒くさいだけかな……心穏やかに色々忘れて暮らしています。たまに来る恐いほど即物的で攻撃的で、どうしても我慢できないという類の煩悩さえどうにか押さえておけば、たいていのことには驚かずにやっていけるのです。



お正月休みは、いくら夜更かししてもいいので心おきなく本が読める。『MONSTER』はあっという間に終わった。引っかかったけれども言葉にならないことが沢山頭の中に広がった、そんな作品。

「明日はいい日だ」
「楽しい思い出は作ればいい」
私のまわりの心のない人たちはヨハンではない、なぜなら優しさはあるから
怖さは消えない
結局話は解決していないと思う
浦沢直樹に話を聞きたい
最終ページの空っぽのベッドの意味は?
モンスターを作り出した母親や絵本作家は、のうのうと暮らしている
どこまでいってもつかめないもの
美味しい食卓を囲むために、人は生きる

よく分からないなあ……これからはひとりよがりな読書感想文ではなく、どうしたらその本を他の人が手に取るだろうか?ということを第一に考えて文章を書きたい。『羊をめぐる冒険』を読み返しています。覚えていないところばかりで愕然として、だから自分が今何を感じるのかにとても興味があります。



友達に今年の10大ニュースを聞いた。こうして人から話を引き出して行くのは本当に楽しいので、私は取材する仕事が向いているかなあと思ったりもする。得意と好きは違うだろうし、仕事でするのとも大きな隔たりがあるのだろうけれど。その子は2つまで言って電話を切ってしまった。私は自分のを考えよう、と思ってひとりになった。勢いで10個書く。

1就職先決定
2新聞をきちんと読むようになった
3要領の悪い私でも、できる仕事があるかもしれないと思えた
4悲観的な気持ちが消える
5「美術」「デザイン」「強度の音楽」……話しても誰も教えてくれなくて、感覚でしかないのだと思っていたものを初めて説明してもらえた
6ずっと好きだった人がふっきれた
7アルバイトでミス、企業のコピーライトを間違えた
8洋服を見ていて楽しいと、心底思えるように
9貯金を始める
10美容院をshimaにしてみる、お金を出せばちゃんと可愛くなるんだ(笑)ということに気がつく
(以上、1分で書きました。)



mioちゃんがサイト(GO!)で自分の中学生時代の日記を公開していたのが面白かった。私は何を書いていたっけ?と本棚の奥から引っ張り出してみた。抜粋します。とにかくストイックな中学生……
いやだよこんな人。




1996年6月11日<中学3年当時>
今思うこと

私はもとに戻りたい。勉強をたくさんできていたときの自分に。

駅伝のれんしゅうがあったとき、志望校をあげてもいいからやめたいと言った。
あのつらさに比べたら机に向かうことは、私には苦ではないはずだ。

はっきりいって止まってるヒマがなさすぎる。
忙しさにかまけるな、先生は言う。
けれど、何も考えずつっ走ってつっ走ってきた私は、今自分で遠回りを始めた。
ラストスパートしなきゃいけない今になって、こんなことじゃいけない。
分かってるのに……

持久走大会とか、体育祭の1000メートルとか、
死んでもやりたくないと思ったモノって、
努力してもムダなものだから。
自分の実力しかたよるものなくて、心細いから逃げたかった。

だけど、勉強はにげちゃいけない。
努力しかないんだから。

■くんはすごいと思う。お母さんはよく■くんをほめる。
くらべられてもむかつかないくらいやっぱすごい。
どんな環境でもできるんだなーと感じる。

私は天才じゃないから、
数学バリバリとか、社会もの知りとか、そういうのじゃない。
私は今までずっと、コツコツコツって意地でみんなに勝ってきた。
■も■ちゃんもいい人だけどライバルだ。
私は3番じゃなく2番じゃなく、1番を目指す。目指してダメでも別にいいと思う。
それは逃げではないし。

買い物もしたいし、■くんと電話したいし、だけど今は仕方ない。こういうときだから。やりたいこと。言葉で表す。

AIR MAXほしい。
PinksのツィギーT欲しい。<当時non noに載っていた>
お腹ぽっこりなおしたい。

がんばろう。すずしい顔して猛勉強しよう。ケビン・ミッチェルは毎日走っている。



読んでいて、いとおしいのだけれど疲れます。やれやれ、大人になって良かった。



2003年12月26日(金)

会社で大掃除。本を沢山捨てたが、資料で部長が買っていた漫画だけは「好きなの持ってく?」と聞かれたので浦沢直樹『MONSTER』と、『ゴルゴ13』、『ドラえもん』を頂く。何故なのかどれも1巻しかなく、「読みたくなったらあとは自分で買ってね」と。

予言通り、帰りの電車でMONSTERにはまる。「ああもう」とだめな男に振り回されるがごとく池袋で下車、駅前の本屋の3階に直行して17冊をレジに持っていった。私は本当にちょっと、頭が弱いのではないだろうか。自分で心配になるが、我慢できない。

以前友人が、『MONSTER』から村上春樹『羊をめぐる冒険』を連想したと話していて非常に興味深く聞いたのだが、「結局MONSTERってなんだ?」というとてつもなく大きなクエスチョンを抱えながら、読者(私)は物語にひきづられていく。

まだ5巻。でもお正月休みは本読むって決めたからいいの!以下、近況。



■ジーンズ

誕生日プレゼントに母親が「最後だからね!」といってお金を出してくれたジーンズが、ようやく手に入った。最近原宿店が出来た、MAURO GRIFONIというお店のもの(shipsで働いている先輩がに教えてもらったブランド)。ダメージ加工やヒップハング具合など凝りポイントは多いのだが、素人が見たら超普通じゃん、と言えそうな感じがいい。






2003年12月24日(水) お金についてクリスマス前に考える22歳

一人暮らしにあたり買いたいもの

マックG4(でかすぎるよiMacさん)
冷蔵庫(前回は備え付けだったため)
オーブントースター(電子レンジはグラタンができない)
コーヒーメーカー
しょうゆ、ソース差し
(↑そういう贅沢をしたい)
掃除機(コロコロだけでは限界がある)
花柄のカーテン(パルコで見つけた乙女の)



持っていくか迷っているもの(意見求む)

読み終えた本、雑誌
写真のアルバム
CDコンポ(パソコンで音楽をきけるから)
プレステ2(パソコンでDVDが見られるから)



資金捻出の為に売りたいもの(欲しい人いますか?)

iMac
プレステ2
マルタンマルジェラ6のパンツ
national standardの半袖スエット



近況

風邪をひいて鼻のしたがぼろぼろ

イデーショップの誕生日プレゼントのお返しに
花くまゆうさくグッズを買う
こういうところでポイントを稼がない私は偉い

『シンセミア』は上巻の半分くらいまで

島田雅彦『優しいサヨクのための嬉憂曲』

クリスマスカードを出す

「今年の冬はあんまりべたべたカップルがいないみたい」
新宿で食事をしながら友達に感想を述べたら
返事「いま、君のまわりじゅうにいるよ。現実を直視したまえ」

それでも私のウォークマンでは小沢健二が、
こんな素敵なdays!と歌ってくれた

本当はもっと書きたい
明日か明後日に今年のまとめをします







女の子二人のクリスマスイブです。
楽しかったね。



2003年12月18日(木)

卒業論文(妥協の産物)終了!3日間引きこもって食べたり飲んだり(太った)iTuneダウンロードしたり、人に電話をして泣いたりしながらもとにかく終わらせました。昨日、製本屋さんに提出した帰り道、少しだけ渋谷で買い物をした。パルコに新しくできた古着屋で朱色のストール。



■私は阿部和重と結婚したい(かっこいいから)。

阿部和重が4年かけて書き上げたという大作『シンセミア』(朝日新聞社)が気になって仕方ない。友人はもう読んだらしく、「その物語世界の濃密さったら!」と感動のメールが来た。

先日高田馬場の芳林堂で「ありますか?」と聞いたら、「売り切れました」と言う。新刊でしょ!書評コーナーに「下」だけあるってどういうことよ!もうーーと、怒ることはせずに『文学界』の「映画の現在」特集(阿部和重×蓮実重彦対談収録)を買って悶々とする自分を収めてしまった。こういう特集を買おうと思うようになったのは、本当に映画好きの友人のおかげで、まだ知り合って一年ちょっとだけれど私の成長の可能性を大きく開いてくれた人だと感謝している。



■これから買いたい本

せっかく本のことを書いたのでもう少し。仕事の訓練に2行で収めようとしたんだけど、思い入れの強いものは長くなってしまった…とほほ…


『石蕗(つわぶき)の花』(講談社文芸文庫)
母親が欲しいと言うのでアマゾンで検索してあげたのだが、私も気になってしまった。
ちなみにつわぶきは私の誕生日の花で、花言葉は「忍耐強い」。当たってる?。


金井美恵子『「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ』(講談社)
この人を知ったのは『軽いめまい』(講談社文庫)を勧められてから。私に写真家、桑原甲子雄を教えてくれたすばらしい文章の持ち主である。こちらは著者のエッセイ集。


ローベルト・ヴァルザー『ヴァルザーの詩と小品』(みすず書房)
50歳から精神病棟に自ら入った作家は、万人受けするタイプではなかったが熱烈なファンに恵まれたという。12月7日の朝日新聞の書評で、穂村季弘は彼の読者を「ハッピーフュー」と呼んでいる。ずれていること、弱いこと、ダメなこと、孤独なこと。そんな基準は誰が決めたんだ?「弱い人が好き」と繰り返してきた私が一番、社会の枠に縛られていたのかもしれない。誰にも自慢しなくても幸せそうな、彼の世界を知りたいと思った。


『本とコンピュータ』12月号
実は一番愛しているかもしれない雑誌。やっと出たのかな、早く欲しいです。凄い人たちが作っているのだ。詳細はウェブにあり。http://www.honco.jp/e_note/


現代用語の基礎知識2004/imidas2004
別冊付録(一般人向けの勝負の分かれ目……)までついて2000円台は安い。私は昨年、LVMHのデザイナー群を調べました。ファッションオタク志願者にも必携の書。



■そうだった

高校生の頃、発売日になると走って(本当に、走って)買いにいった雑誌があった。原宿路上でのストリートスナップだけが並んだfruits。

今は随分変わってしまって、服飾の専門学校生しか買わなそうな本だけれど、原宿が本当に素敵だった頃を知りたいならバックナンバーを見て欲しい。私は14号(横山優貴が表紙だった)から買っていたけれど、ある時、大学2年生頃かな、洋服に関するあらゆる事がどうでも良くなって、全て捨ててしまった。

私は22歳になった。寒い東京を闊歩する人々を眺める。それぞれの人生を抱えながら白い息を吐いて急ぐ、普通の人たちを見るのが好きだ。薄汚れたムートンジャケットのおにいちゃん、穴のあいたジーンズが自慢げな学生。品のいいトレンチコートの襟を立て、使い古した革の鞄を抱えながらよっぱらう会社員。洋服にはそれぞれの人生が染み付いている。大したことのない「人生」かもしれない。大事件はない。新聞を読んで、大きく変わった外の世界に驚くくらいだ。それでも、私は彼らがうらやましい。愛しい。私の服も、あんな風に見えていたらいいのに、と思う。

かっこいい内面が外見にあらわれる、とはよくいったものだ。ちょうど一年前の就職作文に書いた。「洋服に追い付こうとする自分ではなく、古着を着ていても格好いい人になりたいです」。

しかし、格好良いから愛おしいと思うのではない、今はそう思う。その10年もののトレンチコートにしみついた、あなたの10年分の冬がいいんだよ。

昔fruitsを撮っていた青木さんというカメラマンさんが、ロンドンやNYの路上を写した雑誌がSTREETである。ああ!街の人の「おしゃれ」を盗みたい!久しぶりに立ち読みしたその本を、すぐにレジまで持っていった。

ぐるぐるまわって、再び高校生の頃の熱情に、戻っていける気がすごくしている。だれかに認められるためではなく、暇つぶしの消費活動としてでもなく。汚れを背負って変色しながら。宝探しをしてどこまでも。誰にでもなれるんだった、そうだったそうだった。

fruits(GO!)
STREET(GO!)



2003年12月15日(月) 君の声は遠くなり君のコエが近くなる

■ほんにゃかはんにゃかなまぬるいぜ

キャラクターに似合わず定期購読している『Arne』が届く。だって季刊だし、パルコブックセンターとか青ブックとか、いちいち行くの面倒くさいじゃん?と、言い訳。着物とアートと松浦弥太郎さん、そして昔ながらの家庭料理。最近の「しぜんな」雑誌はこればかり。と、批判口調だけれど決して嫌いだということではなくて、私も筑前煮が好きだしまたカウブックスにも行きたいよ。ユトレヒトのメルマガ購読してるよ。ねえ、あなたへのクリスマスプレゼントはディックブルーナさん装丁の本がいいかな?てへ、でもオランダ語読めないから窓辺に飾ってね☆とか言いてえんだよ。

普通で気持ちいい生活を繰り返し繰り返し提案したら、マンネリ化していきづまるのは当然だ。特別なことは起こらず、この上なく幸せでも不幸せでもない毎日を、なかなか楽しく続けていくことが生活というものの本質なのだとしたら、常に新しいことを求められる雑誌でそれをやるという挑戦はとても難しいし、しかしだからこそすごいと思う。カタログみたいに新作載せるだけじゃあみんな飽きたんだろう。

とはいえ、個人的には新しくオープンした路地裏の手作りのお店をどこよりも早く、大きく取り上げていたoliveも好きだった。スローな生活をしている人は、どうしてみんなシンプルな紺やベージュや、茶色のTシャツばかり着ているんだろうといつも思う(しかもそれが実は、実は!ギャルソンだったりして)。

と、また愚痴愚痴……ナンシー関や斎藤美奈子のすごいのは、結局辛いことを書いていても対象(前者ならテレビ、後者なら本)への愛情が伝わってくるところだ。ここまで言うのにどれだけ勉強したのだろうかという努力がにじみ出ている。私もいつかそういう文句が言いたいものよのう。



■こうでなくっちゃよ

しばらくぶりに読んだら、メンズノンノは最高に面白かった!やっぱりコンビニに置いている雑誌は田舎中学生や高校生に手にとってもらう工夫、サービス精神がちりばめられていて、「憧れ」と「現実生活への配慮」、そのバランス感覚が絶妙でいい。

←Men's nonno「人気ショップ&ブランド23に徹底リサーチ!最終入荷アイテムリスト」のカタログにあったHYSTERIC GRAMOURのパーカ(22000円)。クラッシュ加工でくたくたした風合いが出してあるそう。

最近ドレステリア、ドレステリア言っていた反動で汚い格好がしたくなっている。こういうのが本物の古着で欲しい(シカゴで500円、とかさ)。



■内緒にしたかった


欲しくて欲しくて、ずっと眺めている。



ソンディ・テスト(GO!)をやってみる

凄い結果になってしまった……とほほ。



性衝動 0+タイプ

相手への盲目的な愛情表現型。サディズム、闘争的攻撃性、積極的活動性。ただし、極端になると暴力に訴えても自分の性衝動を満たそうとする。


発作衝動 0+タイプ

相手の立場を考えない自己主張型。ヒステリー的自己顕示欲、みせびらかし、いやみな言動、極端な場合には性的露出狂になることもある。


自我衝動 *-タイプ

自分の欲求を肯定したい気持ちと否定したい気持ちが対立して、非難や被害となって表れる葛藤逃走型。訓練された従順な自我と、ほかを拒否する自閉的な自我が交互にあらわれ、周期的に仕事が嫌になり放浪する。


接触衝動 --タイプ

自分の精神的世界からも、社会的価値観からも離れた自己疎外型。接触には非現実的で、現実には失われてしまったような人やものに固着する。自分を不幸だと思い、極端な場合には、自殺傾向も伴うから要注意。





2003年12月13日(土) 優しさが繊細さに繋がるのなら、私は繊細な人が好きだと言わねばならない。

■Elliot Smith

亡くなった人に過剰な思い入れであれこれいうのは、それ(死や不在)と関わりなく普通に彼や彼女を愛している人々に失礼なのは知っていて、しかし、亡くなってからその素晴らしさに気付いた私にはエリオット・スミスの残骸のような情報を寄せ集めるしか愛情を消化する方法のない休日なのである。

実をいえば彼が亡くなる1週間ほど前にちょうど友人のrinちゃん(GO!)と遊んで、「エリオット・スミスすげえいいよ」という話を聞いていた矢先。以前頂いていた大量のMDの山から『XO』と『eithor/or』を取り出して聞くところだった。いまだに歌詞カードも何の情報もない。何を歌っているのかも思想もよく知らないのに、それでもこれほど心に染みる音楽があるのかと驚く。

未発表集が出るという。(GO!)
顔写真をクリック。(GO!)
音源あり。(GO!)



■「敬意」なんて重いよね?

友人が、「『マー関口ロック画集』立ち読みしたよ」というので嬉しくなり、「いいでしょいいでしょ?」と興奮した。曰く、「何がこんなに笑えるんだろう?って考えたんだけどさ、分かったよ。敬意がない!」そう。

あはは。その通り。世界の隙間に潜む狂気をすくい上げる奇跡のファルセット、あのトム・ヨークさまにアザラシをもたせるのよ。そりゃあ(いい意味で)無知でなきゃできないよ。私が偉くなったら初めにお仕事を頼みたいのはマーさん。

昨日高崎線の最終電車に乗っていたら、前に座った男性がはなくまゆうさく(GO!)の漫画を熱心に読んでいた。こぶとり、変なジャンパー、やたら厚着の彼をいとおしく思った。



■原宿




このあいだ頼んでいたジーンズをとりにいく道すがら、原宿に久しぶりに寄った。平日の夜、寒いのに、路上にはけっこうな数の暇そうーな若者が群れている。(おそらくギャルソンの)黒い服を着た業界人が、忙しそうにキャフェに出入りする表参道周辺とは対照的だった。

高校時代、あれ程コンプレックスを持ってはらじゅく、はらじゅく、と出かけていたその町は、代官山や青山や、あるいは中目に「エッジさ」を持って行かれて少し落ち着いたように私には思えた。

それでも、竹下通りやキャットストリート、さらに明治通りから一歩入ったいわゆる「裏原宿」にはこまこまと小さなお店が軒を連ねている。昔と少しも変わらず、そこには安くて可愛い宝物を探しに来る、本当に洋服が好きそうなお客さんがいるのだ。

偉そうなビルに入って好きなブランドだけをチェックしては、「欲しいものがない」とのたまっていた最近の自分を恥じた。かっこわるいな、と思った。



3万円のヒステリックグラマーのオーバーオールを3回も4回も下見して、悩んで悩んで悩んだ末に欲しかった色が無くなり、それでもどうしても気になってまた何度も通っているうちに新色が出て、それが自分に似合うのかも考えずにようやく手にはいることが嬉しくて嬉しくて、でも恥ずかしいから「試着させてください」とも言えずにただレジに興奮しながら持っていった16歳の私を思い出す。卒論からの現実逃避で段ボールに入っていた昔の服をひっぱりだしたら、ヒスやらグラマラスやら、カウンドダウン(古着)やら、思い出の洋服が沢山出てきた。大学の新歓コンパに勇んで着ていったオレンジのトレンチコートが懐かしい。

新しいお店が出来たと聞けば地図を片手にすぐさま駆けつけ、キューティーのページを隅々のキャプションまで舐めるように読んだ頃。高円寺特集の次の日には、その駅に初めて降り立っていた鼻息の荒さったら!



「3万円」は高いけれど出せる金額になった。そして私はわくわくすることを忘れかけている。プラダの表参道店が、どんな建築家の設計によるかなんて、少しも考えていない若さのパワーはすごい。3000円のトレンチを、私は今でも着られるだろうかと、ハンガーにかけて眺める。

繰り返す流行、使い古されたモチーフ、結局、アートではなく商売でしかないモードの世界。失望の種はいくらでもある。それでも私は死ぬまでおしゃれしたいぜ。服を愛したいぜ。おしゃれな人にはきっとなれない。おしゃれがしたいからするんだ、それだけの人になればいいと、あの温かい原宿の路地たちが教えてくれた。



2003年12月11日(木) みみ くび せなか ふくらはぎ

新聞はきな臭い記事だらけだ。

クリスマスのコンピレーションを聞きながら卒論。寝ないよう、母にベッドを占拠してもらう。やそじさんときゃどまえ先生から葉書が届く。ああよかった。18日過ぎたら遊んでください。

Elliot SmithのCDが馬場のMUTOになかった。



友達に、「田中はなんか、”ほんとは好きだけどそれを見せない”とかじゃなくてさ、ふっつうに幸せそうな(男性との)おつき合いが似合うね」と言われた。なんか君がとても嬉しそうに笑っているところが想像できるよ。映画の話とか、最近読んだ本のこととか一生懸命話してさ、ミルクティーとか飲んでるところが、と。

笑ったら嬉しいし、泣いたら悲しい。そんなことに最近気付いた。どうしようバカかな。アルバイト中も、先輩がモンティパイソンの話を振ってくれて、とても嬉しくて笑った。ジョンレノンの『ハッピークリスマス』を音痴な人が電話口で歌っていて、それが嬉しくて笑った。高校生の時に大宮の古着屋さんで買ったオレンジ色のトレンチコート。出して着てみたらなかなかいかしてたけど、手が短くて間抜けだったから母が笑っていた。あはは、ポリアンナの幸せさがしかよ。

クリスマスが近づくと早稲田通りにはやけになって酔っぱらうサークルの集団と、気楽で気楽で頭の中にディズニーランドしかないような恋人たちが増える。それでも皆、もてあますほど目の前に広がった暇な時間にこれからの自分の将来や、アルバイトのシフトや4月にあるRADIOHEADのライブや、すきなひととの自分の関係や、あの日話したことの誤解について色々と考えているのだろう。高田馬場から大学までの15分、いつも何かに守られているような、不思議な感覚が体を包む。久しぶりの夏目坂のデニーズは、店員さんが変わっていた。



■この件については後日詳しく書きたい。

森山大道『犬の記憶終章』を読み終える。スタジオボイスの写真特集を買う。自分は放っておくと「演歌」や「叙情」に走りやすい人間だからこそ、写真では「表面」にこだわるのだと彼がインタービューで話していた。私は森山タイプの人間だ、と書いたら失礼だろうか。

表面を突き詰めたらどこかに飛翔できるのか。

彼の全作品集は15万円もするけれども、超初期のホルマリン漬けの赤ちゃんを撮った写真などは、ぜひ改めて拝見したいと思う。



2003年12月06日(土)

「☆HAPPY BIRTHDAY☆

22歳おめでとう。
来年は社会人かあ。

れいちゃんは私のアロマテラピーです。一緒にいる時のその雰囲気が私を癒してくれます。れいちゃんが誕生日を迎える度に、こうやって私と出会えたことを感謝しています。ずっと一緒に歳を歳をとっていきたいです。結婚してくれとは言わないけれど、ずっと友達でいてください(涙)。

くだらない話、将来の話、好きな男とその彼女を別れさせる方法などなど、またお茶して語りましょう」。



12月5日の0時00分、アルバイト帰りの電車の中で友達からのメールを受信した。地元の駅について、うちにかえる真っ暗な田舎道を歩きながら、嬉しくて泣いた。肩をひくひく動かして出てくる、情けない涙が止まらなかった。

ずっと昔に色々諦めていたことが心の中に溢れ出す。ああ、こんなに嬉しい気持ちがあったんだっけ、不思議な感触だった。捨てても捨ててもついてくる温かい人間関係がある。これじゃあまだまだ絶望できない。「人の事は信じない」なんて言えない。ちえこ、どうしてくれるの?ありがとう。



誕生日の夜(金曜日)も深夜まで仕事で、今日も出勤で「なんだかなあ」と思っていたら、先輩が「ほんとにごめんね」と言ってケーキを買ってきてくれた。彼女は2晩ほぼ徹夜で泊まっているのに。部長からも内定の件でメールを頂き、「失礼な言い方だけれど、田中さんを得たことは僕にとって大きな拾い物だったと思っています」と書いてくれた。

9時過ぎに市ヶ谷を出て新宿ルミネの青山ブックセンターに寄り、久しぶりに3時間ほど入り浸って大量に買い物をしながら、また涙が出そうになる。

これから体力的にも精神的にも辛いことやめげそうになることがあるかもしれない。その時、私は何度でも思い出すつもりだ。自分がこの業界を何故目指したのか、どれだけ頑張っていたのか。夢は何か、あいたいのは誰か。


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